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181・懇願
しおりを挟むシェリーとヘイズの問答を聞きながら、ますます俺の不安が募ってゆく。当然だ、事の次第によっては折角の話が流れてしまうかもしれないのだ。
かと言って、ギルドに登録出来る手段は浮かばないーー俺は思い切って彼等の話へと割って入る。
「あ、あのさヘイズ、そういえば俺も冒険者登録してないーーってか出来なかったんだけど……やっぱマズイの?」
恐る恐る尋ねる俺に、ヘイズはぞんざいに片手を振りながら答えた。
「あぁ? 兄弟は俺の手伝いって事にするから別に登録の必要無えよ」
「え、そうなの? 何だ、心配して損した!」
「報酬はギルドを通して俺が受け取る事になるが、取り分は後でちゃんと分ける。まぁ、そこは俺を信用してもらうしかねぇけどな」
通常ギルドでの依頼を受ける為には冒険者登録が必須である。しかし、ヘイズの言い方からしてその手伝いまでには細かな規定は無いらしい。
そう言えば、運び屋役で子供達が冒険者に同行する事もあるーーなんて話をグルルガ辺りが話していた気がする。
冒険者が依頼で何日も遠征する場合、当然ながら持って行く物資も多くなる。依頼先が馬車で通れる様な場所でない場合、人族よりも力と体力に優れた獣人を運び屋として連れて行く事が多いらしいーーいざと言う時、獣人の方が切り捨てやすいと言う後ろ暗い理由もある様だが…………それは兎も角ーー。
「ーーあれ? じゃあ別に登録前のシェリーが一緒でも問題無いんじゃないの?」
「ーーだ、だよな!? アンタ、偶には良い事言うじゃねーか!」
俺の言葉にシェリーの表情がパッと明るくなる、それとは裏腹にヘイズは露骨に顔を顰めた。
恨めしげな目線を俺に投げかけ、ヘイズは苛立った様に尻尾を振って語気を強める。
「ーーなぁ、さっきの話は聞いてただろシェリ坊。俺はギルド云々より魔獣人がーー」
しかし、シェリーは尚も縋る様にヘイズへと懇願する。普段から強情な所があるシェリーだが、ここまで兄貴分であるヘイズに楯突くのは珍しい。
「ーー頼むよヘイズの兄貴! 魔獣人の事は分かってるけど、最近ちゃんとした肉なんて手に入らないんだ。それに一角兎の毛皮があれば幼年組に冬用の新しい毛布だって作ってやれる……なぁ、頼むよ、雑用でも何でもやるからさ、な?」
シェリーの言う通り、孤児院での肉と言えば固い干し肉ばかり……あれは肉と言うよりスープの出汁である。ジューシーな肉らしさと濃厚な脂身などは全くの皆無ーー実際出汁取った痕の昆布をしゃぶってる様なもんなのだ。
そんな現状、今回の一角兎がどれ程居るのかは分からないが、新鮮な肉を持って帰れるのは貴重な機会である。
そして沢山持ち帰るなら人手は多いに越した事は無いだろう。半端な量ではこの前のパンの様にあっという間に食べ尽くされてしまう。
取り過ぎじゃないかってくらい持ち帰らなければ、また俺の分が無くなってしまうかもしれない!
(それに、どうせならきちんと血抜きした美味しい肉が食べたい)
久々の肉(タンパク質)、是非最高の状態で味わいたいじゃない?
しかし、生憎俺には血抜きや皮剥ぎなどの知識がまるで無い。騎士団の戦闘訓練が終わった後、クリミアに狩人の技術を習おうと思っていたのだがーー教わる前に出てきちゃったからなぁ。
「シェリーって獲物の解体は出来るんだよな?」
「一角兎はした事無いけど、まぁ他のと大した変わんねえだろーー多分いける」
(多分か……でも、俺よりマシだろう)
「なぁヘイズ、人手はあった方が良いんだろ? 手伝ってもらおうぜ。何、大丈夫だって、魔獣人の対応は俺に任せとけ!」
ヘイズとしても孤児院の貧困問題や、まだ幼い弟妹分の為と言われれば無碍には出来なかったのだろう。暫しジッと目を閉じ考えていたが、大きな溜息と共にやや投げやりに両手を上げた。
「…………兄弟がそこまで言うなら……仕方ねぇ。シェリ坊、足引っ張んじゃねーぞ?」
「ーーお、おうよ! ーーったり前だ!」
◇
嬉し気にガッツポーズを決めるシェリーとそれを「俺のお陰で~」と宣いドヤる声を聞きながら、ヘイズは数枚の銅貨を店主へと握らせ店を出る。
見上げれば太陽はすっかり傾き、薄ら青い月達が遠くの雲間から覗いていた。
扉を閉めた後、尚も店内から漏れ出す二人の騒がしい声にヘイズは深く長い溜息を吐くと、魔導ランプが灯る繁華街の奥へと歩き出すーー向かうは冒険者ギルドだ。
夕刻のギルドは依頼報告で人がごった返すのが常だ。今回の様に書類の代筆などを頼む場合は閑散としている夜が良いーー何故なら、代筆を頼むとその依頼内容が周りに筒抜けになるから……と言うよりは、忙しさの所為で代筆を担うギルド嬢が機嫌が悪くなるからだ。
向こうも仕事であるのだから、機嫌関係無くやる事はやってはくれるのだが、雑だったり間違ったりと大抵碌な事にはならない。故意か不注意か、過去には報酬金額の桁を少なくされた事もある。しかも、それが間違っているかどうかは字の読めないヘイズには確認しようが無いのだ。
(そうだな、差し入れに何か買って行くか……)
互いが気持ち良く仕事が出来る様に配慮する事、これが如何に大事な事かと分かったのは何度目の失敗後だっただろう。
特に今回に限ってはヘイズに取っても大事な貴族絡みの依頼である。多少の出費を伴ってでも間違いの無い文章が出来るのであればそれで良い。それにギルド嬢の好感度を上げておけば、これからも美味しい仕事を回してくれるかもしれない。
そんな打算的な考えもあり、ヘイズは繁華街にある屋台群へとその足向きを変えるのだった。
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