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197・風
しおりを挟む狩りの仕方は動物によってそれぞれだ。
狼や犬科のリカオンなどは群れで獲物を追い回しながら襲いかかる攻撃タイプだし、地上最大の肉食獣であるホッキョクグマは氷上に空いた穴の側でじっとアザラシなどを待ち続け、獲物が顔を出した瞬間に鋭い一撃を加え捕食する待ち伏せタイプだ。
例外もいるが、殆どの場合この攻撃タイプと待ち伏せタイプに分かれるのではないだろうか?
それでは、虎獣人の特性を色濃く受け継いだ件の魔獣人はどうかと言えばーー後者である。
虎の茶色く硬い体毛の上にぞんざいに引かれた黒の縦縞は森の中での擬態効果が高く、草むらなどに潜まれればその大きな姿は途端に希薄する。
特に視覚よりも嗅覚に頼って周囲を警戒していたヘイズにとってはとりわけ効果的であった。
自分の手足を限界以上に動かし森を駆ける疾風と化していたヘイズは、再び周囲を取り巻く濃い臭気に戦慄する。
(上流へ行ったんじゃなかったのか?)
先程通ったばかりの道に新たに上書きされた臭い、それは川沿いを上流へと向かった筈の魔獣人が再び戻って来た事を示している。
付近を警戒する為にヘイズが足を緩めた次の瞬間、これまでジッと枯葉に伏せて潜んでいた魔獣人が後方より飛び出し、猛然とヘイズを追いかけ始めた。
「オォゥオオ!!」
「糞ッ、一人になるのを待ってやがったな!」
ヘイズは緩めた足に力を込め、思い切り地面を蹴り飛ばしながら追い付かれない様に再び加速する。
チラリと振り向けば涎を撒き散らしながら咆哮する魔獣人の顔が見えた。
両手両足を使った獣本来の走りは二本足で走るヘイズよりも断然速く、此方がスピードを上げたのにも関わらず距離はさっきよりもグッと縮まっている。
(糞ッーー速ぇえな、おいっ!!)
しかし、惨憺たるこの状況で一つだけ朗報があったーーそれはガウルの姿が見えないと言う事だ。
追跡者を排除してからゆっくり食事を楽しもうと考えたのか、それとも来るべき冬に備えて食糧を増やそうと思ったのか……どちらにせよ更なる狩りにガウルの存在は邪魔であったらしい。
何処かへ隠して来たのだろうが、これはヘイズに取っても都合が良かった。
「流石に人質なんて考えは浮かばねぇよな!」
先程の様にガウルを抱えながらだと手の出し様が無いが、そうで無いなら遠慮はいらない。例え相手が魔獣人であっても、命が掛かっているなら攻撃も已む無しだ。
ヘイズは背に担いだ槍を右手に握ると、斜め後方に迫る魔獣人へと狙いを定める。
(どれだけ深く刺さるか分かんねぇが……)
あの硬そうな体毛には半端な攻撃は弾かれそうだ。しかし走る相手のスピードを利用すれば投槍の威力を高められるかもしれない、要はカウンターだ。
走りながらの投槍するにはそれなりの技術がいるが其処は中級冒険者のヘイズ、慣れた様子でタイミングを見計らい、槍を持つ腕を振り上げたーーその瞬間。
ーードガザザザ、ガザザ、ガザザザ!!
「ーーうおっ、な、何だぁっ?」
突如竜巻が吹き上がりヘイズの目の前を大量の枯葉が覆う。それは投槍しようと構えていたヘイズの視界をすっかり塞いでしまった。
「糞ッ、邪魔な風だ! タイミング最悪だぜ」
こうなったら直接槍を刺すしか無いと、後を振り返りながら地面を削り足を止めたヘイズは、目の前を乱舞する枯葉の奥に消えた魔獣人を探す。
ーーブォン!
「危ねぇ!!」
途端、視界の端から現れた巨大な爪がヘイズの頬を掠めた。
ひらひらと時期はずれの五月雨の様に何時迄も降り続ける枯葉の中で、魔獣人は弾ける様に左右へ跳び、回り、一気に距離を詰めてその大きな爪を振るったかと思えば急激なバックステップを踏みまた枯葉降る森へと戻り隠れる。
何度も繰り返される威嚇と攻撃ーー見え辛い中で繰り広げられるトリッキーな動きは、ヘイズの目と精神を摩耗させる。嗅覚や聴覚が鋭い分、獣人の視覚は人に劣るのだ。
それでも槍を構えながら油断無く一撃の機会を狙うヘイズは、この一帯を吹き荒れる奇妙な風の存在に気が付いた。
魔獣人が暴れる度にその場で強烈な旋風が起こる、そしてそれが枯葉を巻き上げて周囲の視界を塞ぐのだ。まるで川底で暴れる魚が土砂を水中で巻き上げる様に……。
偶然かとも思ったが明らかに不自然過ぎる。
(ーーまさか風を……操ってるのか!?)
通常ではあり得ない情景、考えられるのは魔法だが言葉が話せない魔獣人が一般的な魔法を使う事は無い。
しかし、魔獣の中には本能的に溢れ出す魔力を適性の有る魔法へと変換するものもいるーーワイバーンのブレスや帯電する雷鳥などがそうだ。
同様にあの魔獣人も風を操る事が出来るのであれば、不自然に舞い上がる枯葉も、拡散した臭いの痕跡も、全ての説明が付く。
更に観察すると、魔獣人の操る風は攻撃魔法の様な指向性は無く、圧縮してカマイタチを起こしたりも出来ない様だ。どちらかと言えば操ると言うよりも風を纏っていると言った方がしっくりくる。
(あの緩急ついた奇抜な動きは風を利用してるって訳だ。しかし、分かった所でどうする?って話だな……)
経験上、大型な獣はスタミナが無い事が多いがコイツはどうだろう? このまま躱す事に専念していればいつかは諦めてくれるだろうか? だが、重傷を負っているガウルを思えば時間が惜しい。
耐えるべきか逃げ出すべきかーーヘイズが今後の展開に迷っていると、不意に周囲の風音が鳴り止んだ。
見ればあれだけ疾風迅雷に動き回っていた魔獣人がその動きを止めているではないか。
「グアゥ?」
直立不動で何かに聴き耳を立てるその姿を見て、ヘイズはチャンスとばかり直ぐ様その場から離脱する。
「何だか分からねぇが、今のうちだ」
一体何に気を取られていたのか……出来れば一生気を取られていて欲しいと念ずるヘイズだったが、そう上手くはいかない。安心も束の間、再び魔獣人が後方より迫る音が聞こえてきたーーしかも先程よりも確実に速い。
「糞ッ、しつけぇ!」
あっという間にヘイズに追い付いた魔獣人は、ヘイズを置き去りにする程の速度をもって直進する。両端に枯葉を吹き上げながら突進するその姿はさながら大海を割るモーゼの様だ。
ヘイズなどまるで眼中に無いかの様に猛進する魔獣人を見送ったヘイズは、気が抜けた様に足を止めるーーそう、何故かヘイズは置き去りにされたのだ。
自分が襲われると思っていたヘイズは安堵に胸を撫で下ろす。そしてある事に気付き直ぐにその顔を青ざめさせた。
魔獣人が向かった先にはシェリー達が居る!
「……狙いは、まさかシェリーかっ!」
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