筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

文字の大きさ
204 / 287

204・罪悪感

しおりを挟む

「やっぱり……そうなんだ……」

 気付いてはいた、あれが弟なんじゃないかと……。

 酒に酔ったヘイズから、自分の弟がまだ山で生きているかもしれないと聞いた時、シェリーの中で弟を探しに行く事が一つの目標となった。

 小さく貧弱で、いつも孤独と飢えに震えながら誰かの助けを待っているーーシェリーが思い描いた弟はそんな弱々しい存在だ。

  この頃のシェリーには、多少外見が違ったり、獣の様に乱暴だと言う事が、殺されるまでの理由になるなんて到底理解出来なかったし、自分ならそんな弟を助けられると本気で信じていた。

 何せ、血を分けた本当の姉弟なのだからーーと。
 
 薄暗い寝床に響く兄弟孤児達の寝息を聞きながら、山を彷徨う孤独な弟を思い眠れぬ日が続いた。会った時にやろうと、キラキラ光る石を集めたりもした。

 しかし貧民街の孤児であるシェリーは、まだ見ぬ弟を常に気にかける様な余裕の有る毎日を過ごしていた訳ではない。
 雨露防ぐ屋根と、日に一食の具の無い薄いスープ、孤児院には辛うじて飢え死にや凍死を凌ぐ事が出来る程度の保証はあるが、それだけだ。
 
 足りない物は自分達で何とかしなくてはならない。

 ゴミ箱を漁り、時には店先から野菜の切れ端や魚のアラなどをくすねながら、何とかその日その日を乗り越える毎日。

 時が経ち、幼い妹弟孤児が増えるとその慌ただしさは一層激しくなった。
 幼年組の食糧の調達、縄張り争いに喧嘩の仲裁、この頃からシェリーは組織カーポレギアのツテを使って子供でも出来る仕事を仲間内に斡旋する様な事も始める。少しずつだがスープにも具が入り、寝床には毛布が増えた。
 そうこうしている間に周りからはと慕われ、孤児の中では一目置かれる存在となったーー忙しく必死に生きる毎日に、いつしかシェリーは弟への思いが徐々に薄れていくのを感じていた。

 そんなシェリーの思いを再燃させたのが今回の討伐依頼だ。

 森の奥深くへ入り魔物を討伐するーー毛皮や肉が欲しいと言った言葉に嘘は無いが、それ以上に惹かれたのが魔獣人マレフィクスが出るという噂である。

 シェリーも目撃された魔獣人マレフィクスが自分の弟だと思った訳ではない。あれから何年も経っている、それに多少なりとも世間を知った今、魔獣人マレフィクスがどんなものかも知った。
 
 ーー異形で、異質で、凶暴で、獰猛、とても共存出来る存在では無いと。

 それでも同行を切望したのは、何というかシェリーにとってのケジメみたいな物だった。

「弟を探し森へ入ったがやはり居なかった、会うことは叶わなかった」

 ーーやれる事はやった。

 そんな心の隅に残る罪悪感を消す免罪符が欲しかったのかもしれない。

 だから、自分と同じ虎模様の魔獣人《マレフィクス》を目の前にした時、シェリーは大いに動揺した。





「そうだ、アイツは確かにお前の弟だ、俺の鼻もそう言ってる。だがなーー」

 ヘイズの声が頭の奥でぼんやりと響いている。今シェリーの心を埋め尽くすのは、ひたすらに後ろめたい罪悪感だ。

「きっとアタシを恨んでる……」

 不安と孤独、そして命の危険に怯えながらも森の奥で数十年、たった一人で過ごしてきた弟。それはシェリーが思う以上に辛く、過酷な生活だったに違いない。

 一方、姉である自分はどうだ?

 沢山の仲間達に慕われ、死なない程度には暮らしが保証された毎日。足りない物はまだまだ多いが、昔より仕事も増えてきた。最近じゃあコレも悪くない生活だと思い始めている。
 恵まれた環境にいながら、気付けば自分と周りの事ばかり。何故もっと弟の事を考えてやれなかったのか、考えるどころか、つい最近までその存在自体を忘却の彼方へと押しやっていたではないか。

「何故、助けに来てくれなかった」
「何故、気にかけてくれなかった」
「何故、お前だけが不自由なく生きている」

 ーー何故、何故、何故、何故

 そんな想いが先程の攻撃に込められている気がして、シェリーは思わず自分の唇を強く噛んだ。
 
「ーー恨む? アイツにそんな感情は残ってねえよ。そもそもシェリ坊を恨むのは筋違いってもんだろ」

 理性の無い魔獣人マレフィクスに言葉は通じない。知性も感情も無く、ただ本能のままに人に害を為す魔獣でしかない。
 先程シェリーの匂いを執拗に嗅いでいたのも、どこか自分の匂いと近いと感じたからだろう。決して何らかの感情があっての事では無い筈だ。

(まぁ、アイツには多少の知恵が残ってるみてぇだがな)

 風を使う防御と方向転換、それだけでなく枯葉を集め自分に得意な場所フィールドを作り出したりと、凡そ本能のままにーーと言うには無理のある戦い方だった。
 
ーー明らかに知性を感じる。

 しかしその事には言及せずに、ヘイズは「気にする事は無い」と俯くシェリーの頭にそっと手を乗せた。

「…………分かっ…てる」

 皆に姉貴と慕われる程に周りに弱音を見せぬ様気丈に振る舞ってきた。そんなシェリーが今、ぐちゃぐちゃな感情をどう処理して良いか分からなくて溢れ出る涙を止める事が出来ないでいる。

 シェリーの性格を理解しているヘイズは、その姿から目を逸らす様にくるりと背を向け、静かに諭すよう言った。

「心配すんな、アイツはきっと何も知らねぇ兄弟ブロウが森へ還してくれる。だが兄弟ブロウを恨むんじゃねぇぞ? 今やらなくても、いずれギルドが、街が、王国が、討伐隊を組んでアイツを殺す事になるんだしな」
 
 あれ程に育った魔獣人マレフィクスはそう居ない。例えヘイズが報告しなくとも必ず発見されるーー恐らく、他の誰かの犠牲を伴って。

 ヘイズの言葉を聞きながら、鼻を啜り、俯き肩を震わせていたシェリーだったが、何を思ったのか突然森へと向かって大声で吠えた。

「うわぁああッ!!」

 ハァハァと肩で息をする程に肺の中の空気を全て吐き出したシェリーは、グイと袖で涙を拭い、大きな深呼吸をすると、いつもと変わらぬ調子でヘイズに言った。

「血が繋がった弟だって言うからさ、どんなもんかと思ってたけど……実はアタシ、アイツに懐かしさも何も感じなかったんだ」
「シェリ坊…………」
 
 「薄情かな……」と、自嘲気味にシェリーが笑う。

「会った事の無かった弟よりも、一緒に暮らしてる弟分のがアタシには大事みたい。アタシはもう大丈夫! ガウルを探しに行こう、兄貴!」

 大きな石を飛び跳ねる様に上流へと駆け出したシェリー。吹っ切れた様振る舞ってはいるが、尻尾がダラリと悄気しょげた様に垂れ下がっている。

「そうか…………ああ、そうだな」

 ヘイズは少し憐れむ様に森を振り返ると、再びガウルの捜索へと気持ちを切り替えた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...