筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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209・身体強化【ブースト】

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 ギシギシと軋むイカダを押し進むヘイズの足下をキラキラした小魚の群れがワッと通り過ぎたーー途端、ヘイズの腹がグゥと鳴る。

(そういや、腹が減ったな)

 空を見上げれば、霧でボヤけた太陽が丁度真上に見えた。当初の計画通りに行けば、今頃三人で一角兎アルミラージの丸焼きでも頬張っていた頃だろう。

(獲物の数は多い、ガウルは居る、魔獣人マレフィクスにも襲われるーーったく、今回は予定外が多過ぎだ)

 折角の好条件だったが依頼の方は諦めざる得ない。
 出直したくとも、もう既に何体かの一角兎アルミラージを殺してしまった。用心深い魔獣だ、仲間の死骸を見れば早々に巣穴を変えてしまう事だろう。

 一瞬、依頼失敗の違約金の事が頭を過り渋面を作るヘイズであったが、青白いガウルの寝顔を見て「命あっての物だ」とすぐに考えを改めた。

(だが何の道どのみち金は必要なんだよな、何か割の良い依頼が直ぐにありゃ良いんだが……)

 ガウルの治療には金が掛かるーー当たり前だが聖職者が行う回復魔法はタダでは無い。お布施と言う名の高額な治療費が必要となる。

 ガウルは教会が管理する孤児院の子であるが、それとこれは別の話。いくら優しいティズでもそこの区別はしっかりする筈だ。
 お布施が教会を運営する大切な資金源と言う事もあるが、そんな事がまかり通ってしまうと、治療の必要な子供をワザと教会へ捨てる親が出てきてしまうからだ。

(まぁそれでも、即金が原則の治療費を後払いにしてくれる位はやってくれそうだが……いや、そうじゃなきゃ困る)

 宵越しの金を持たない貧民街の冒険者、それはヘイズだって例外では無い。こうなると尚更依頼を失敗した事が悔やまれた。

ーービュウッ!

 突然の突風に辺りが騒めく。
 鏡の様に周囲の紅葉を映していた湖面はあっという間に波立って、その幻想めいた景色を乱暴にかき消した。
 通り過ぎてく強風に目を細めたヘイズは、うねる波に傾くイカダのへりをしっかりと握る。

「糞っ、風が嫌いになりそうだ」

 左右に大きく揺れるイカダを押さえ付け、ガウルが落水しない様に悪戦苦闘していたヘイズの鼻が、不意に何かを察知してヒクついた。

「こ、この臭いは……まさかっ!」

 風に混じったその強烈な臭い……慌てて振り返ればヘイズが想定する中で一番最悪な光景が目に入るーー魔獣人マレフィクスと、それを目の前に固まるシェリーの姿だ。

「あ、あっ…………」
「グオガァッーーー!!」

 ーー身体の芯が震える大きな咆哮が轟いた!

 先程とは違い、明確な敵意に塗れたその眼光にシェリーの足が震えているのが見える。あの様子ではとても逃げられそうにない。

「な、何でアイツが此処にいるっ!? まさか、兄弟ブロウがやられたのか!」

 ヘイズはすぐさまイカダから手を離すと、唸り声と共に身体中に魔力を巡らせた。全身の毛が逆立つと共に陽炎の様な揺らめきがヘイズの身体から滲み出すーー獣人による身体強化ブーストの効果だ。
 
「ごるぁああ!! そこから離れやがれェ!」

 魔獣人マレフィクスに負けぬ程の怒号を上げたヘイズの槍が飛ぶ! 身体強化ブーストにより一時的に底上げされた腕力を使った投槍に、槍はまるでカタパルトで発射されたかの様な力強さで飛んで行った。

 立ち塞がる波を次々と突き抜け、一直線に岸へと迫る槍を見た魔獣人マレフィクスは、その身に吹き荒ぶ風を纏って周囲の物ごと槍を弾き飛ばす。

(あれも弾くのかよっ!? 糞厄介な風だぜっ!)

 強風を纏った魔獣人マレフィクスに一切の攻撃が通じない事は先程の戦闘から分かっていたが、身体強化ブーストを使った攻撃も通用しないのはやや想定外。有効とは言えなくとも、傷の一つくらいは負わせられると思っていたヘイズはガックリと首を垂れる。

 しかしヘイトはしっかり取れた様だ。魔獣人マレフィクスは唸りを上げると、吹き飛ばしたシェリーには目もくれずに湖のヘイズ目掛けて一気に空中へと踊り出した!

「グガァッ!」

 岸から風を使った物凄い跳躍を見せた魔獣人マレフィクス、ヘイズは右を引いた半身でその場に腰を落とすと水中で二本目の槍を構えた。

 落ち込んでる暇は無い、それにヘイズにはまだ試すべき事はある。

 身体の軸がぶれぬ様、湖中の砂利を足で掴みしっかりと両足を踏み締める。右手で強く槍を握り、腰を捻るとバネの様に膝を縮め力を込めた。
 型は違えど、それはまるで居合の一閃を放つかの様な構えである。

 ーーそう、ヘイズの狙いは最速の一撃。

「さぁ来やがれッ!」

「グラァアアッ!!」

 怨嗟えんさの叫びを上げ、空から力任せに振り下ろした魔獣人マレフィクスの爪がヘイズの左肩に食い込むーーその瞬間、ヘイズは思い切り右手の槍を突き出した!

「その厄介な風はァ、攻撃する時には出せないんだったよなあッ!」

ーーズドッ!

 魔獣人マレフィクスの下腹にヘイズの槍がめり込んだ!

 一瞬驚いた魔獣人マレフィクスだったが、その動きは止まらない。今度は逆の左手で刺さった槍ごとヘイズの身体を振り抜こうとするが……「ギャッ」と言う短い悲鳴と共に、ダラリと垂れ下がった左腕が力無く揺れるだけだった。

「ーーまだぁッ!」

 手首の捻りによって更に捩じ込まれる鋭い槍の穂先は、とうとう魔獣人マレフィクスの厚い身体を突き抜ける!

「ーーカハッ!?」

 魔獣人マレフィクスの巨体が水に落ち、辺りに盛大に波飛沫が舞い上がる。

「うぐぁッ」

 しかし、確実な一撃を入れる為、魔獣人マレフィクスの攻撃を躱さなかったヘイズもタダでは済まなかった。肩の肉をゴッソリと削がれ、更なる血を失ったヘイズもまた、力尽きた様にその場へと崩れ落ちるのだった。

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