筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

文字の大きさ
209 / 287

209・身体強化【ブースト】

しおりを挟む

 ギシギシと軋むイカダを押し進むヘイズの足下をキラキラした小魚の群れがワッと通り過ぎたーー途端、ヘイズの腹がグゥと鳴る。

(そういや、腹が減ったな)

 空を見上げれば、霧でボヤけた太陽が丁度真上に見えた。当初の計画通りに行けば、今頃三人で一角兎アルミラージの丸焼きでも頬張っていた頃だろう。

(獲物の数は多い、ガウルは居る、魔獣人マレフィクスにも襲われるーーったく、今回は予定外が多過ぎだ)

 折角の好条件だったが依頼の方は諦めざる得ない。
 出直したくとも、もう既に何体かの一角兎アルミラージを殺してしまった。用心深い魔獣だ、仲間の死骸を見れば早々に巣穴を変えてしまう事だろう。

 一瞬、依頼失敗の違約金の事が頭を過り渋面を作るヘイズであったが、青白いガウルの寝顔を見て「命あっての物だ」とすぐに考えを改めた。

(だが何の道どのみち金は必要なんだよな、何か割の良い依頼が直ぐにありゃ良いんだが……)

 ガウルの治療には金が掛かるーー当たり前だが聖職者が行う回復魔法はタダでは無い。お布施と言う名の高額な治療費が必要となる。

 ガウルは教会が管理する孤児院の子であるが、それとこれは別の話。いくら優しいティズでもそこの区別はしっかりする筈だ。
 お布施が教会を運営する大切な資金源と言う事もあるが、そんな事がまかり通ってしまうと、治療の必要な子供をワザと教会へ捨てる親が出てきてしまうからだ。

(まぁそれでも、即金が原則の治療費を後払いにしてくれる位はやってくれそうだが……いや、そうじゃなきゃ困る)

 宵越しの金を持たない貧民街の冒険者、それはヘイズだって例外では無い。こうなると尚更依頼を失敗した事が悔やまれた。

ーービュウッ!

 突然の突風に辺りが騒めく。
 鏡の様に周囲の紅葉を映していた湖面はあっという間に波立って、その幻想めいた景色を乱暴にかき消した。
 通り過ぎてく強風に目を細めたヘイズは、うねる波に傾くイカダのへりをしっかりと握る。

「糞っ、風が嫌いになりそうだ」

 左右に大きく揺れるイカダを押さえ付け、ガウルが落水しない様に悪戦苦闘していたヘイズの鼻が、不意に何かを察知してヒクついた。

「こ、この臭いは……まさかっ!」

 風に混じったその強烈な臭い……慌てて振り返ればヘイズが想定する中で一番最悪な光景が目に入るーー魔獣人マレフィクスと、それを目の前に固まるシェリーの姿だ。

「あ、あっ…………」
「グオガァッーーー!!」

 ーー身体の芯が震える大きな咆哮が轟いた!

 先程とは違い、明確な敵意に塗れたその眼光にシェリーの足が震えているのが見える。あの様子ではとても逃げられそうにない。

「な、何でアイツが此処にいるっ!? まさか、兄弟ブロウがやられたのか!」

 ヘイズはすぐさまイカダから手を離すと、唸り声と共に身体中に魔力を巡らせた。全身の毛が逆立つと共に陽炎の様な揺らめきがヘイズの身体から滲み出すーー獣人による身体強化ブーストの効果だ。
 
「ごるぁああ!! そこから離れやがれェ!」

 魔獣人マレフィクスに負けぬ程の怒号を上げたヘイズの槍が飛ぶ! 身体強化ブーストにより一時的に底上げされた腕力を使った投槍に、槍はまるでカタパルトで発射されたかの様な力強さで飛んで行った。

 立ち塞がる波を次々と突き抜け、一直線に岸へと迫る槍を見た魔獣人マレフィクスは、その身に吹き荒ぶ風を纏って周囲の物ごと槍を弾き飛ばす。

(あれも弾くのかよっ!? 糞厄介な風だぜっ!)

 強風を纏った魔獣人マレフィクスに一切の攻撃が通じない事は先程の戦闘から分かっていたが、身体強化ブーストを使った攻撃も通用しないのはやや想定外。有効とは言えなくとも、傷の一つくらいは負わせられると思っていたヘイズはガックリと首を垂れる。

 しかしヘイトはしっかり取れた様だ。魔獣人マレフィクスは唸りを上げると、吹き飛ばしたシェリーには目もくれずに湖のヘイズ目掛けて一気に空中へと踊り出した!

「グガァッ!」

 岸から風を使った物凄い跳躍を見せた魔獣人マレフィクス、ヘイズは右を引いた半身でその場に腰を落とすと水中で二本目の槍を構えた。

 落ち込んでる暇は無い、それにヘイズにはまだ試すべき事はある。

 身体の軸がぶれぬ様、湖中の砂利を足で掴みしっかりと両足を踏み締める。右手で強く槍を握り、腰を捻るとバネの様に膝を縮め力を込めた。
 型は違えど、それはまるで居合の一閃を放つかの様な構えである。

 ーーそう、ヘイズの狙いは最速の一撃。

「さぁ来やがれッ!」

「グラァアアッ!!」

 怨嗟えんさの叫びを上げ、空から力任せに振り下ろした魔獣人マレフィクスの爪がヘイズの左肩に食い込むーーその瞬間、ヘイズは思い切り右手の槍を突き出した!

「その厄介な風はァ、攻撃する時には出せないんだったよなあッ!」

ーーズドッ!

 魔獣人マレフィクスの下腹にヘイズの槍がめり込んだ!

 一瞬驚いた魔獣人マレフィクスだったが、その動きは止まらない。今度は逆の左手で刺さった槍ごとヘイズの身体を振り抜こうとするが……「ギャッ」と言う短い悲鳴と共に、ダラリと垂れ下がった左腕が力無く揺れるだけだった。

「ーーまだぁッ!」

 手首の捻りによって更に捩じ込まれる鋭い槍の穂先は、とうとう魔獣人マレフィクスの厚い身体を突き抜ける!

「ーーカハッ!?」

 魔獣人マレフィクスの巨体が水に落ち、辺りに盛大に波飛沫が舞い上がる。

「うぐぁッ」

 しかし、確実な一撃を入れる為、魔獣人マレフィクスの攻撃を躱さなかったヘイズもタダでは済まなかった。肩の肉をゴッソリと削がれ、更なる血を失ったヘイズもまた、力尽きた様にその場へと崩れ落ちるのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...