筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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224・水の中

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ーードパーンッ!!

 水風船が破れるような破裂音、身体が砕けたかの様な衝撃、次いでゴボゴボと重い水が体を包み込む。
 肺を満たす空気を求め、泡立つ空へと手を伸ばしてみるが、滝から流れ込む大量の川水に押されてどうにも身動きが取れない。

 何も出来ず、沢山の小さな水泡にいざなわれるようにして深く白い湖底へと落ちて行く。

 まるでゆっくりと圧殺されるかの様な恐怖感。今すぐ逃げ出したい気持ちが胸に込み上げるが、こんな時程冷静さを欠いてはいけない。
 無駄に動けば動くだけ肺の空気が抜けてしまうーー黙っていれば人の身体は水に浮く……筈だ。


 止めどなく降り注ぐ滝からの水に押されながら、自分の指先、足先、膝などがちゃんと曲がるかどうかを確認する。

 何せ高さ約30mからの落下である。水面はコンクリートとまではいかなくともかなりの硬さだった筈だ。下手すれば気を失うどころか死んでいてもおかしくは無いのだが、どうやら身体に目立った損傷は無い。

 思ったよりダメージが少なかったのは、途中で落下速度が落ちた事と、魔獣人マレフィクスを盾にして着水した事、それに毎日筋トレをしている俺の筋肉が強靭だったからだろう。

(流石だ、俺の筋肉! それにしても魔獣人マレフィクスがあんなパラシュートみたいにゆっくりと降下出来るとは思わなかったなぁ)

 風魔法の風圧は大したものだと思ってはいたが、まさかあれ程とは……。俺が飛び降りた所為でかえってシェリーを危険に晒した様な気もしないでも無いが、知らなかったんだから仕方がない。
 
 そんな魔獣人マレフィクスは、洗われている最中のボロ雑巾みたいにクルクルと力無く水流に巻かれながら俺の少し上を沈んでいる。

 暴れず、もがかず、完全なる脱力。

 野生動物みたいな奴なのに、意外と冷静な対処をするもんだと感心するが、途中で単に気絶しているだけだと気付いた。

 あれだけの落下衝撃の矢先に立ったのだから当たり前か。まぁ、ミサイルみたいな俺のフライング・クロスチョップが炸裂した時から気絶している可能性もあるけど……。

(シェリーはどこだ?)

 見回しても付近には俺と魔獣人マレフィクス以外に生きている者の気配は無い。

 滝壺は其れ程広くは無く、直径15m程の楕円形の筒みたいな形状をしていてる。側面は崖と同じくゴツゴツとした硬い岩壁、底には白砂が敷き詰められている様に見える。

 これ程先まで見透せる澄んだ水だと言うのに、小魚一匹見ないなんて……なんだか不気味な場所である。

 それと言うのもーー長い間、絶え間無く流れ落ちる滝の水が掘り進めた滝壺は深い落とし穴の様に窪んでいるのだが、大量の水が勢いよく落ちる力と、それが湖底にぶつかって跳ね上がる力が複雑な対流を生み出している所為で、一度入れば二度と出られ無い領域となっているらしい。

 故に魚は近付かないし、水流に飲み込まれてしまった者はもれなく永遠に湖底へ囚われ朽ち果てる。湖底に見える珊瑚礁みたいな真っ白な白砂は、長い時間をこの冷たい牢獄で過ごしてきた亡骸達の成れの果てだった。

 黙っていればいずれ浮くと考えていた俺は、自分の考えが甘かった事に気がつく。

(ヤバい、さっさとシェリーを見つけて脱出しないと! シェリーはどこに…………あっ、そうか!)

 シェリーは……その、あまり目立たないが……れっきとした女の子である。

 一般的に女性の体は男性よりも体脂肪率が高い傾向にある。そして、脂肪は筋肉よりも水に浮き易い。
 これはつまり、色々と小柄ではあるが立派なレディであるシェリーよりも、筋肉の塊である俺の方が先に沈んでしまったに違いない。

(上かっ!)

 見上げれば俺の考察通り、対流が巡り白泡が渦巻く辺りで手足をバタつかせているシェリーが見えた。

 魔獣人マレフィクスが盾になったお陰で大した怪我も気絶もしなかったシェリーは、どうやら持てる全ての力を使って水面を目指す事にした様だ。
 がむしゃらに腕を振り回し、手ごたえの無い水を何度も蹴り付けている。

「がぼっ がぼぼっ」

 新鮮な空気を求め一心不乱にもがくその姿は…………きっと一般的にはと言うのかもしれない。

(ーーっ! 待ってろよシェリー、今度こそちゃんと助けてやるからな!)

 名誉挽回とばかりに俺は大きく水を掻き、一旦湖底まで潜ると、小さな白い骨が広がる底を強く蹴ってシェリーを助けるべく上に向かって泳ぎ出す。

 肺の中の酸素にはまだ余裕があるが、俺は潜水が得意な訳では無い。シェリーを連れ、途方も無い水圧が降り注ぐ滝壺を抜け、穏やかな湖の水面へと浮上するーー恐らく酸素はギリギリか?

(飛び降りたり浮かび上がったり、今日は忙しいな)

 後半の事を考え、極力酸素を消費しない様に力を抜いて泳ぐ。

 中程に差し掛かると巨大な洗濯機が可動しているかの様にグルグルと複雑に回る水流に面を食らう。更に、滝が近づく事で強まる水圧がこれ以上の浮上は許さないと俺の頭をガッチリと抑えつけた。

ーー予想はしていたが、恐ろしい程の水圧だ。

 この水圧と急流の中を泳げるのは、鯉の如く滝をも登ると言われる魚人マーマン人魚セイレーンみたいな水中に特化した種族位なものだろう。

 普通の人間には、この難所を突破する事は到底不可能に思えた。

(そうーー普通の人には、なっ!)

 暴れ踠いた末に力尽き、目の前に丁度沈んで来たシェリーのグッタリとした手を掴むと、俺は揃えた両足を弓の様にしならせ力強く水を蹴った!
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