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230・要求
しおりを挟む「グルルカにぃ。俺、肉が食いたいよ……」
大鍋の中で回る芋の欠片に合わせ、クルクルと首を振っていた山羊族の男の子がそう呟いた。
「アフ、芋は嫌いか?」
「嫌いじゃないよ、けど……」
「じゃあ文句言うな、具が入ってるだけマシだろ?」
「…………うん」
今、孤児院の食料事情はすこぶる悪い。
この時期は皆が冬に備え食料集めに躍起となる為、カスみたいな野菜の端くれでさえ値段が上がるのはいつもの事だが、それに加え今年は貴族達が狩猟を自粛した為にクズ肉の価格が異常に高騰したのだ。
貴族達が狩った獲物は角や毛皮などの戦利品を剥ぎ取った後、そのまま街の肉屋へ、そしてクズ肉は貧民街へと流れる仕組みになっていたからである。
まだ多少新入りが持って来た芋が残ってはいるが、このままでは冬を越すのは厳しい。そんな事情から孤児院では食材を節約している最中であった。
「俺、明日からもっと仕事頑張るよ! そうしたら皆んな腹一杯食える様になるんだろ?」
グルルカは薄いスープを掻き混ぜていた手を止め、血気盛んに両手を振り上げるアフの頭をポンポンと叩くと、コッソリ耳打ちする様に小声で囁いた。
「ーー姉貴達が帰って来れば、このスープにも肉が混ざるかもしれないぞ?」
「えっ、ほんと!? 姉貴はいつ帰ってくるの?」
「そうだな、早ければ今晩にでも…………ん?」
グルルカの耳がアルニーとミルニーの甲高い声を捉えてピクリと動く。どうやら入り口付近で何かあったらしい。
「……双子が騒いでるな」
「姉貴が帰って来たのかも!」
シェリー達が帰るには少し時間が早過ぎる、それに双子達の声には警戒する様な焦りが混じっていた。
「…………ちょっと見て来るから代わりに混ぜてろ、焦がすなよ」
グルルカは持っていた木べらをアフに握らせると炊事場の外へと向かう。すると、門から物凄い勢いで双子達が跳ねて来るのが見えた。
「アル、ミル、何があった?」
「二人が大変なの! 早くシスターを呼んで来なきゃ!」
「ーー呼んで来なきゃ!」
二人は青い顔でグルルカの前を駆け抜けると、教会の扉を打ち破る様にして中へと飛び込んで行った。
「……二人? 一体誰の事だ? まさか、姉貴達の事じゃないよな」
グルルカは鳩尾から上がる不安に軽い吐き気を覚えながらも、双子達が来た入り口へと走り出した。
◇
「ぐっ、ううっ……」
強烈な頭痛と燃える様な身体の痛みに思わず声が漏れる。今までの人生で経験した事の無い程の最悪な目覚めだ。
「まだ動かない方がいいですよ? 大きな傷は塞ぎましたが、最低限の処置しかしてないですし……」
「…………ティズ、か?」
聞き慣れたその声にヘイズの顔がホッと緩む。どうやら上手く教会まで辿り着けたらしい、これでガウルもーー、
「そ、そうだ…………ガウルっ、ガウルはどうした!」
自分よりも重傷であったガウルの身を案じ、痛む身体を無理矢理起こそうとするヘイズをティズが慌てて押さえ付ける。
「安心しろーーとは言えねえが、取り敢えず死んじゃいねえな」
予想と違う者からの返答にヘイズは暫し混乱する。それは此処に居る筈の無い者からの言葉だったからだ。
「ーー何でアンタが此処に居る? シルバ」
ヘイズの声には隠し切れない棘があった。敵対ーーとまではいかないが、馴れ合う程の関係でも無いシルバが、一度も来た事の無い教会に居る事にヘイズが警戒を抱くのは当然だ。
「つれないねぇ。アンタ方を此処まで連れて来たのは誰だと思ってるんだい?」
「大変な思いで運んで来たってのに、さっきの長耳も、突っかかってきた犬コロも、此処には恩知らずしか居ないのねぇ」
「…………お前らは只歩いてただけだろうが」
「ギャレク、黙りな」
コントみたいなやり取りを他所に、シルバをヘイズをジッと見つめる。
目を覚さないヘイズを街まで連れて行く事を決めたのはシルバだ。勿論、それはシルバなりの思惑があっての事。
「よぉヘイズ、随分やられたな? 俺様が見つけてやらなきゃ、今頃ボアの糞になってたな」
「…………あぁそうかもな。それに関しては礼を言う。ーーで、何が望みだ?」
「クハハッ、分かってるじゃねぇか!」
シルバはその獰猛な笑顔を見せながらヘイズが横たわるベッドに近付くと、側にある椅子にドカッと座る。
「お前、貴族の依頼を受けてんな? そいつをそっくりこっちに渡せ」
「ーーな、何っ!?」
直球過ぎるシルバの要求にヘイズは苦虫を噛み潰す。何らかの思惑はあるとは思っていたが、まさか依頼その物を横取りするつもりだとは……。
「……………………………………糞っ、分かった。だが、条件が有る!」
暫く考えていたヘイズは、二つの条件を付けた上で依頼を譲る事を了承した。
「一つは、既に俺たちが狩った一角兎はこっちにくれ。見ての通り、ガキ共を食わしてかなきゃならねぇんだ」
「……まぁ良いだろう。だが残ってるのは全部貰う。もう一つは?」
ヘイズはヨロヨロと上体を起こすと、シルバに向かって頭を下げた。
「ーー頼む! 魔獣人の所に居るシェリーと兄弟を助け出してやってくれ!」
ヘイズの言葉を聞いたギャレクが大声で叫んだ。
「魔獣人だって!? 冗談だろ、誰が頼まれるかよっ」
獅子族の女二人も明らかに嫌な顔をしている。それはそうだ、魔獣人がいるからこそ誰も受けなかった依頼なのだ。
「クハッハハッ、いいぜ契約成立だ!」
「おい、シルバ!!」
「うるせぇ! いまァ、俺が交渉中だろうが! 引っ込んでろ!」
シルバは騒ぐギャレクを叱り飛ばすと、獰猛な笑顔でヘイズの手を握り囁いた。
「だがよ……もしその二人が既に死んでても、文句を言うのは無しだ」
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