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248・告解【ホモロギア】
しおりを挟む「取り越し苦労なら良いのですが……」
ガウルとヘイズが深い眠りについている事を確認したティズは、ゆっくり立ち上がり扉へ向かう。
ーー古く、少しだけ右に傾いた扉。
ティズはその剥がれた白い塗装から覗く木目をそっと撫でる。そして小さく深呼吸をするとその場に跪き、両手を胸元に重ねて目を閉じた。
自分の心臓を両手で包み込むこの仕草は、合掌と同じく神に祈る時の所作である。しかし、一部の聖職者達には無詠唱で魔法を発動させる為のトリガーでもあった。
「…………」
ティズの祈りに反応し、その胸元に鮮緑の光が淡く灯る。
教会の特別な儀式により、身体に刻まれた文言の数だけ無詠唱で使う事が出来る魔法。これのメリットは、長い詠唱が必要な上位の魔法であっても直ちに発動出来るのは勿論の事と、口が開かぬ状態でも発動が可能だと言う点だ。
例えば水に落とされたり、毒で喉を焼かれたとしても、刻まれた魔法は使う事が出来る。
ーーティズの胸に刻まれた文言は四つ。
発動したのはその内の一つ「告解」。それは扉一枚を隔てて神へ直接の告解が可能となる、別名「懺悔室」と呼ばれる神聖魔法だ。
この告解は神に懺悔する事で呪いを解く「解呪」の魔法だ。呪われる者はその原因が本人にある事が多く、解呪の代償として自らの罪や過ちを告白し神に赦しを請う必要がある。その為の簡易的な聖域を作り出すのが本来この魔法の使い方である。
ティズの胸元に浮かんだ淡い光は、魔法の発動に必要な文言だけをなぞる様に発光して静かに消えた。
ーー途端、部屋全体が世界と切り離された様な奇妙な感覚に捉われる。自分以外の時が止まったかの様な閉塞感にティズの身体が僅かに強張った。
窓から差す一筋の光が祈るティズを照らす。
古びた教会の一室とは思えぬ程の荘厳な雰囲気が辺りに漂い始めた頃、何処か遠い空から静かに鐘の音が鳴る。ーーそして、扉の奥から厳かな女性の声が響いた。
「我を呼びし者、汝の罪を告白せよ」
若く落ち着いた女性の声。それはどんな騒めきの中でも耳が捉えて離さない、直接頭の中へと語り掛ける様な不思議な響きをもってティズに告げる。
慈愛と尊厳に満ち魂を震わせる女神の声は、聞く者を自然と平伏させる力を持つと言う。しかしティズは臆する事無く、いつもと同じ調子で扉の向うへと話掛けた。
「あっ、懺悔じゃないんですフレイレル様! 実は少々ご相談したい事がありまして」
声だけとはいえ神を呼び出す神聖な魔法。それを助言を得る為だけに使うなど、他の聖職者が聞いたなら卒倒しそうな行為である。
流石に不敬と感じたのか、女神の声のトーンが一段落ちた。
「………………ティズよ」
「はい?」
ティズはキョトンと頭を傾げる。暫くの沈黙の後、扉の奥から聞こえてきたのは深い溜息。そして女神は駄々を捏ねる幼子を咎める様な口調でティズに言った。
「…………寄付金の期限の延長なら諦めろ、例外を作るなと司教どもが煩いのじゃ」
「ち、違います! 延長はして欲しいですけど、今日はその話じゃありません!」
◇
王都にあるドライゼ城、その城内の中で一番神聖な空間である《礼拝堂》。
《礼拝堂》は王城に住まう者達が祈りを捧げ、様々な祭事を執り行う重要な場所であり、王が女神へ意見を求める為に謁見する場所でもある。
規則正しく敷き詰めらた白い石畳に、夜空を模した青藍の壁、吹き抜けた高い天井には大小様々な窓が並び、陽光に月光、如何なる時期時間を問わず説教壇を照らす造りとなっている。
また、部屋の最奥には無数の垂れ下がる布に囲まれた御簾と呼ばれる神域があり、その中に憑坐を以て顕現した女神フレイレルが鎮座しているのだが、例え王であってもその姿を直接見る事は禁じられていた。
「むぅ、ティズめ。神聖魔法である告解を連絡手段に使いおって……」
そう言って説教壇に立つ白髪の老人が、身に纏う白地に青と緑の紋様が入った豪華なマントを揺らす。
「フレイレル様、本来の使い方では無いのです。わざわざ付き合う必要は無いのですぞ」
胸元まで伸びた白髭を撫でながら女神へと苦言を述べるのは教皇イスラ。全ての聖職者の指導者として、神聖魔法の誤った使い方はとても許容出来るものではない。
「フレイレル様のお言葉を民へと届けるのが我らの役目ではありますが、ティズはまだそれを許される地位にございません。それを直接対話など……」
イスラの言葉に、真っ白な布を隔てた御簾の内側から薄っすらと透ける影がケタケタと笑った。
「ーーまぁそう固い事を言うでない。用途は違うにせよ、使い方としては理に叶っておろう? 教会の規則に則って然るべき手順を踏めば、我に言葉が伝わるまで幾日も掛かるじゃろうしの。ーーが、皆が皆その様な使い方をし始めると面倒な事になるのも確かじゃな」
「今の我には耳が二つしか無いからの」と両耳に手を添えた影が戯ける。
「では、そうなる前にティズにはきちんと注意すべきでは?」
「何、我と直に対話が出来る度胸があるのはお主とティズぐらいなものじゃ。他の者は恐縮し過ぎて話にならん」
「度胸では無く慣れですな」
「慣れか、まぁそうかもしれぬな」
そう言って笑う御簾の中の声は小さな溜息と共に途切れ、一転して真剣味を帯びた言葉がイスラへ向けられる。
「ーーでじゃ、お主は今の話をどう思う?」
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