筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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259・奪われた銭袋

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 手元から消えた銭袋、だが煙の様に消えた訳じゃない。消える瞬間の銭袋が真上へと引っ張られる感覚、そして地面に散らばる数枚の羽根…………、俺は睨む様に空を見上げた。

「ピリル! 何のつもりだっ!!」
「違いますぅ、ワイはピリルなんて奴、知りまへーん!」

 風魔法で空高く舞い上がる小さな影、あれは間違い無くピリルだ。

「そのナリに言葉使い、ピリル以外の誰がいるってんだよ!」

 全く、金を奪うなんて悪戯にしては度が過ぎている。しかもその金が俺のじゃ無いってのが尚タチが悪い、責任が全部俺に来ちゃうじゃないか!

 空を見上げ怒鳴る男を見下ろしながら、ピリルは勝ち誇った様に小さくほくそ笑む。

「くふふっ、予想通りの大正解や!」

 孤児院でリットンとのやり取りを見ていたピリル。
 治安の悪い貧民街に沢山の金を持って来る様な馬鹿は居ない。ーーであれば、金の受け渡しは店だろうと予想し、先周りして金を奪う機会を伺っていたのだ。勿論、いざと言う時にそなえ、近くの路地にはバルボが潜んでいる。

「おい、ふざけてないで降りて来いって!」
「聞こえまへんなー」

 風魔法により遥か高さまで上昇したピリルは、白い翼をバサリと広げて緩やかに滑空を始める。複雑な路地を物ともしない空中ショートカット、このまま空を移動して逃げ切るつもりなのだろう。

「あー、もうっ! 俺の初収入なんだけどなぁ!」

 俺は一瞬の躊躇ためらいの後、右手に持った銀貨をピリル目掛けてぶん投げた。無駄に投石スキルが高い俺から放たれた銀貨は、一筋の銀線を描きながらピリルの翼へと吸い込まれる。

「コケッー!?」

 ボッと言う小さな音と共に銀貨が当たったピリルの片翼が跳ね上がる。そのままグルンっと身体を軸に旋回したピリルは、大きくバランスを崩してクルクルと空から落ちてきた。

「やべっ、やり過ぎたか?」

 僅かな衝撃(?)であっても空を飛ぶピリルには致命的だったらしい。錐揉みしながら落下するピリルは路地向こうの建物の奥へと消えて行った。

 「高度が少しでも下がれば良いな」ぐらいの感覚で投げた銀貨は思いのほか効果的だった。流石に鳥獣人だし、そのまま地面に激突して死んでいる……なんて事は無いとは思うがーー、

 少し心配になった俺はピリルが落下した場所へと向かう。
 
「うっ、足が重い!」

 筋肉疲労により鉛を絡めた様に重くなった足を無理矢理動かす。しかし、落下地点までは複雑な路地を経由しなくてはならず、結局俺がピリルの元へと辿り着いたのはそこそこ時間が経った頃だった。





「ピリル、大丈夫かー?」
「ぎゅむ~~」

 路地の真ん中で分かりやすく潰れるピリル。頭に大きなコブが出来ているが、それ以外に大きな怪我は無さそうだ。

「悪い事するとばちが当たるんだぜ?」

 俺はそう言ってピリルを起こしてやると、近くの壁に寄せ掛け座らせた。

 もう何だか怒りよりも呆れが勝るが、今後の事を考えてしっかりと指導してやらねばなるまい。この細っちょろい足を鍛える鬼の脚トレ『限界スクワット』を10セットばかし付き合って貰おうか。

(兎も角、先ずは金の回収だな……)
 
 半分ノビているピリルの羽毛の中をまさぐるーーが、いくら探しても銭袋は見当たらない。落ちた衝撃でどこかにいったのかと思い、そこら中を見回すも辺りにそれらしき物は見つからなかった。

「おいっピリル、お前、銭袋どこにやったんだよ!」

 「無くしました」では済まされない金額だ、焦った俺はピリルの赤いトサカを掴んで激しく揺さぶる。すると、弱々しく目を開けたピリルが路地の先を指差した。

「ぜ、銭は……チンピラ共に奪われてしもうてん……」
「チンピラ? はっ? 何それ、どう言う事だよ?」

 どの口が「奪われた」とか言っているのかはさて置き、ピリルの話を聞いてみると、落下した衝撃で手放した銭袋を偶然近くに居た地元のチンピラ達に拾われてしまったと言う。

「取り返そうとしたんや! ーーせやけど、相手は三人やってん。普段のワイなら人族ヒューマンの一人や二人、ポイポイのポーイなんやけどな? 何や兄さんにやられたこの翼が痛んでしもうて……。結局、背後から頭をぽかーんとやられてこの様ですわ」

 ピリルはそう言うと、翼をさすりながらわざとらしく溜息を吐いて見せた。

 その大きなコブは落下した時の物じゃなかったのか。ーーってか、そもそもがピリルの所為なのに、チンピラに銭袋を奪われたのをしれっと俺の所為にしている辺りが図々しい。鬼の脚トレに加え、修羅の胸トレも追加してやろう。

「ーーったく。それで、その銭袋を奪った奴らがあっちに逃げたって事か?」

 ピリルが指差した路地先。結構時間が経っている為、当然チンピラの姿はもう見えないが……、追い掛けるしかないだろう。
 俺は筋トレで重くなった足を揉み解し準備運動を始める。まだ力は入らないが時間が経ったおかげで駆け足ぐらいなら行けそうだ。

「まぁまぁ兄さん、焦らんでも大丈夫や。アイツらなら今頃バルボに捕まってボコボコにされてる筈やで」

 俺が来る少し前、一足先にピリルの元へと駆け付けたバルボがチンピラ共を追って行ったらしい。
 バルボは俺には劣るものの、貧民街の中では力自慢で有名みたいだからな。これは逆にチンピラの方が心配かもしれない。

 だが、一つ問題がある。

「バルボ、足遅いけど大丈夫そ?」

 バルボは馬獣人のクセに走る速度は人並み、スタミナも人並み。果たして随分前に逃げてしまったチンピラに追い付けるのだろうか?
 
「そりゃあ! …………あの、一応兄さんも見て来てくれまへん?」

 チンピラから金を取り返したバルボがそのまま逃げる可能性もあるからな、ピリルに言われるまでも無く行くけども、行くけども!

 俺はあざとくこちらを見上げるピリルのトサカを掴んで近くに引き寄せると、ゴキゴキと指を鳴らし耳元で囁いた。

「ピリル、お前、もしヘイズの金を取り返せなかったら…………、どうなるか分かってんだろうな!」
「ひぃぃ、怖い怖い兄さん! ち、ちょっとしたお茶目ですやん?」

 ちょっとした脅しと共に「飛べる様になったら空から探せ」とピリルに言い残し、俺はチンピラを追って路地の先へと向かうのだった。
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