筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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268・不自然な波

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 バルボの尻を蹴飛ばし、店を飛び出したその直後、魔法の扉を乗り越えて現実となった大波がダバンッと壁を打ち付けた。その重い衝撃は扉の木枠を容易にベキリと折り曲げると、壁の一部を砕いて飛ばす。

「まただ! また水が来やがった!」

 当初の二倍は広がった入口から滝の如く吹き出す水に慌てたのは俺達だけでは無い。乱闘と溺没できぼつにより死屍累々であった酒場の客達もまた、その光景に目を見開いた。

「や、屋根に登れぇっ!」
「獣人じゃねぇんだぞ、無茶言うな」
「た、助けっー! がぼっ」

 ーーまさに阿鼻叫喚。

 波に呑まれる恐怖を体験してから幾許いくばくも経っていない中での第二波だ、溜まった物では無い。
 疲労した体に鞭打ちながらうのていで逃げ回るが、大波はそんな彼等の足を掬うと勢い良く渦巻いてその身体を路地の壁へと乱暴に打ち付ける。ホースから出た流水で蟻を弾く様に店前を一掃した波は、そのまま消える事無く再び店前に集結すると、不気味な轟きを響かせうねりを高めた。

「うわわわわっ!? バルボっ、あっちだ! 走れ!」
「ブヒィヒーン!」

 屋根まで膨れ上がる大波が此方に向かって崩れるのを見た俺達は、高台の方へと通じる路地目掛け走り出す。津波が来た時は高台へ逃げるのがセオリー。咄嗟であってもそれぐらいの判断が出来るぐらいの冷静さはまだ持ち合わせている。

 しかし、大波は蛇行しながら泥を纏った朽葉くちば色の波打つ濁流だくりゅうとなって何処までも俺達を追って来た。

 枝道、坂道、分かれ道、何処に進もうとも俺達が居る路地目掛けて雪崩れ込む波。その自然の摂理を無視した動きは、最早だけでは説明出来る範囲を越えていた。
 
「あんな変な波の動き、絶対魔法に決まってるのにっ!」

 道理を得ない不自然な波の動きは、明らかに魔法による物。それなのに逃げる俺の背に飛ぶ波飛沫なみしぶき魔法無効レジスト体質の俺を濡らすのは何故なのか。

「まさかあの自称お姉さん、ビエルさんーーいや、俺以上の魔力持ちって事なのか!?」





「ところで、クリミアはゲートと言う魔法を知っているか?」
ゲート……ですか?」

 高価そうな泡白い陶磁器のカップを恐る恐る口に運んでいたクリミアは、何の脈絡も無く出されたビエルからの問いに、カップをそろりと戻して天井を睨む様に見つめた。


 ーー港街バハム。

 海を使う貿易を一手に引き受ける海将エーギルが治める王国一の港町である。
 
 ビエル、アレス、クリミアの三人が王都に召喚されたのが約一月前。数週間の取り調べを受けた後、「審議を待て」と勾留されたのが王都に程近い此処バハムであった。

 年中波風にさらされる海街の牢は不潔で寒さが身に染みると聞いていたクリミアは、案内されたのが狭い牢屋などでは無く、灯台ファロスと呼ばれる塔だった事に少し安堵した。

 容疑が掛かっているとはいえビエルは王直属の騎士、しかも団長である。勾留先にも充分な配慮がなされたのだろう、灯台ファロスはそこらの宿屋より遥かに上等であった。
 
 海岸に広がる大きな倉庫群とそれに連なる街並み、遠くまで広がる無限の海。それらを一瞥できる程の高さを有する塔のてっぺんには、数キロ先まで光を届ける大型の魔道装置が設置されている。
 その名の通り灯台の役目も負っている灯台ファロスだが、内部の設備も中々に豪華で、広い応接間や複数の個室が設置された宿泊フロアなどがある。
 船舶の安全を担う航路標識であると同時に、商談に来た大手商会、貴族などVIPの宿泊を前提に造られた灯台ファロスは、海洋貿易が盛んな港町ハバムならでの施設であるといえよう。
 
 そんな王都の高級宿と遜色無い灯台ファロスの最上階フロアをあてがわれたビエル達。
 慣れた景色に懐かしさを感じながらもいつも通りのビエル達とは違い、初めての海にはしゃぐクリミア。
 暫くは空と海との境目をカモメが駆けて行くさまや、遠くに見える水平線に白い帆を広げた大型船が船首を翻す様子を興味深気に見下ろしていたが、一週間も過ぎる頃には既に飽きが来ており、先の見えない拘留に不安を感じ始めている様だった。       
 寡黙なビエルにしては珍しい世間話は、そんなクリミアを気遣っての事だったのかもしれない。

「うーん、そんな魔法あったかなぁ……」
「あれは特定の魔法士しか使えない特殊魔法ですし、馴染みの無いクリミアさんは知らないと思いますよ」

 カップの中をスプーンでカチャカチャかき混ぜては沈んだ茶葉を掬い取ると言う暇潰しに興じていたアレスは、何処か上から目線でクリミアにそう伝える。
 
「へー、特殊魔法。……あれ? じゃあ何でアレスは知ってるの?」
「ふふん、それはですね、僕と団長はそのゲートを使う魔法士と一緒に働いていたからです!」

「あー、そう言えばアレスはビエル団長と同じ第二出身だもんね。特殊って事は雷魔法みたいに素質を持ってる人が少ないって事ですか?」

 ドヤ顔で鼻を膨らませるアレスを横目に、クリミアは窓際に立って外を見るビエルへ顔を向ける。
 騎士であるクリミアが知らぬ程の希少魔法だ、その素質を持つ者もかなり稀有な存在なのだろう。
 しかし、ビエルからの返答は意外なものだった。

「いや、ゲートに素質は関係ない。関係あるのは家柄だ」
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