筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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271・エレナ・エーギル

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(こんな筈じゃなかったんだけどねぇ)

 良い酒を出して貰った礼に暴れている輩を外に追い出す、ただそれだけのつもりだったのに……と、エレナ・エーギルは眉間に皺を寄せ小さな溜め息を吐く。

 ここ二月ふたつき程、使節団の露払いとして王子に害を成す可能性が有る存在や団体を一掃して回ってきたエレナ。迅速に排除する為に少々手荒い方法を使ってきたのだが、今回もつい同じ感覚で魔法を使ってしまった。

 結果、店内の設備を流し店主に泣かれる始末。

 少しやり過ぎた自覚はあるが、こんな事に団の予算は使えない。

 いや、使えなくも無いのだがーー、

 エレナはつい先日、王室の小煩い会計担当者に「いくら何でも、予算を使い過ぎです!」とネチネチ小言を受けたばかり。
 どうもあの頭デッカチ共は今回の露払いを簡単に考え過ぎている節がある。「殲滅しなくとも王子が滞在している間、奴らに手を出させなければ良い」などとのたまうが、時間も人数も限られた中での事だ。どうしたって手段は荒くなり、多少なりとも周りへ被害が出るのは致し方ない事。

 ーーとはいえ、今回は作戦外での出来事。非は完全にエレナに有る。
 いっそ捨て置く事も考えたが、どうやらこの店主にはパトロンが付いているようだ。今この街の貴族と揉めるのは今後の作戦に支障が出るかも知れない。

 そこで目を付けたのが事の発端であるあの銭袋だ。
 
 注文の仕方から大層な金額が入っているようだし、持ち主は役に立たなそうな酔っ払いを金貨一枚で雇う様な者だ。あの馬から上手く取り返してやれば店の修理代ぐらいは喜んで払うだろうーー。

 そんなこんなで逃げる二人を追い掛ける羽目になったエレナだが……、


「ーーったく、こりゃあ一体どう言う事だい?」

 あのエレナ・エーギルが、数々の犯罪者を捕らえてきた第二騎士団の団長が、何故かたった二人のチンピラを未だに捕まえる事が出来ていないのだ。

 再設置が出来ないゲートを海に置く事で無尽蔵むじんぞうの水を召喚する事が出来る様になったエレナ。これまでその圧倒的な質量であらゆる物を薙ぎ倒し、絡め取り、水没させてきた。

 対人は勿論、追跡でもその力は圧倒的で、一度狙いを定めたら逃げる事はほぼ不可能。
 水の抵抗と言うのは思ったよりも厄介な物で、たった20cm、くるぶし程度の高さでも歩くスピードは格段に落ちるし体力も奪われる。ましてやその水が勢い良く流れて来るともなれば、足を取られて立っている事すらままならない。彼女の水魔法の前では逃亡者も早々に膝を着き、赤子の如き歩みになるのが常であった。

 しかし、その肝心の水がどうにも言う事を聞かない。疾走する水は男達の足下まで行くのだが、何故かそこで止まってしまう。

「…………ここに来て疲れが出てきたって事かい?」

 魔力操作は繊細だ、これまでの激務を考えればその可能性は当然有り得る。しかも今回は街の地形を確認がてら偶々たまたま入った店での出来事。仕事と違ってやや気が抜けている感も有る。
 それでも此処で彼らを逃すのは第二騎士団の団長としてのプライドが許さなかった。

「ーーはぁ、失態だね。私用だけどアンタに頼るしかなさそうだ、手を貸してくれるかい?」

 轟轟と波が轟くゲートの奥で、二つのまなこが頷く様に瞬いた。



 

「バヒィ ブヒィー」

 隣を走るバルボが荒い息と共に尋常じゃない程の涎を垂らしている。「馬の癖にスタミナ無さ過ぎるだろ」とも思ったが、体は普通に人だし、酒場で暴れていた事を考えれば仕方が無いのかもしれない。
 一方の俺も朝の足トレの疲労が残る中での坂道ダッシュはかなりキツく、大腿四頭筋だいたいしとうきんが自分の意思に反して小刻み震えているを感じている。

 一体いつまで走れば良いのか、互いに限界は近い。

 しかし俺は知っている。魔法は術者から離れれば離れる程、その効力は薄まる傾向がある事を。

 放たれた銃弾がいつまでも飛び続ける事が無い様に、魔法も無限に顕現出来る訳では無い。込められた魔力が尽きればそこで終わり、つまりお姉さんが波に込めた魔力が尽きれば俺達の勝ちだ。


「そんな風に思ってた時期がありました! ちくしょー!!」

 早々に持論を下げたのは、お姉さんが水上を滑る様にして追ってくるのが見えたからだ。その姿はまるでサーファー、完璧に波を乗りこなしている。

 魔法に術者が付いてくるなんてズルい! これじゃあ魔力を継ぎ足し放題じゃないか!

「逃がしゃしないよ、大人しくお縄に付きな!」
「はぁー!? お縄に付くのはそっちの方でしょーが!?」

 金寄越せとか恐喝めいた事を言ってる癖に、何なのこの人?? ーーいや、待てよ。そう言えばさっき「牢屋にぶち込む」とか「罪がどうたら~」と言っていたな。

「バルボお前、誰と揉めたんだよ? まさか衛兵じゃないよな!」
「ブルルッ  バルバ、フッ ブルッフォムル!」

 盛大に涎を飛ばしながら首を強く横に振るバルボ。

 おい、そのジェスチャーは否定違うなのか? 不明分からないなのか? 

 仮に彼女が衛兵だとしたらかなり優秀な部類だ。俺の魔法無効レジストを凌ぐって事はビエルさん以上って事だからな。

(あれ? 確かビエルさんって、この王国TOP3に入る魔力持ちとか言ってなかったっけ?

 ーーって事はあのお姉さん、王国一位か二位の凄腕魔法士って事? 優秀どころの話じゃないじゃん。そんな凄い人が何でバルボなんかと揉めてるんだ? こうなったらもう直接聞くしかない。

「ーーあのっ、お姉さんはもしかして衛兵? だとしたら、多分、誤解があると思うんだ!」
「ーー誤解? まったく、山の男はおとこらしさってのが無いねぇ。そいつはアンタの金じゃないって、さっき自分で言ってただろう?」

 思ったよりも声が近い、お姉さんはもう直ぐ背中まで迫っている。

「うっ、確かにそう言ったかも。ーーでも違うんだ! あれはヘイズの代理で受け取った金だから俺の金じゃない訳で、それを途中でピリルに奪われて、更にピリルがチンピラに奪われたのをピリルの仲間のバルボが取り返してーー」

 ーーって、説明が超複雑過ぎる! 
 こんな走りながら説明出来る話じゃない!

「ちょっ、一回ちゃんと説明させて!」
「ーーはっ。訳の分からない事を並べて有耶無耶にしようってのは小悪党に有りがちな手法さね。何にせよ、この街でも強盗は立派な犯罪だろう? 戯言は牢屋の看守とでもするんだね」

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