筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

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277・ゼロじゃない

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「ギュイ! ギュイィ!」

 身動きの取れないオルガの腹下を潜り抜けた男は、エレナの方を振り返り、勝ち誇ったような笑顔を見せ付ける。

「まったく、オルガと真正面からやり合う奴なんて、ましてやそれで五体満足なんて事はそう無いんだけどねぇ」
 
 隠れていた壁から路地へと出たエレナは、そう言って男のえみに引き攣った笑いを返す。

ーー正直、驚いた。

 魔法が阻害されたことも、それでも威力の高い攻撃を受けてピンピンしている事にも、そして何よりあのオルガを怯ませた事にーーである。

 人よりも遥に巨大な体を持つオルガは当然魔法耐性が高い。これは魔力抵抗値云々の話では無く、単純に質量の問題である。小さなネズミが吹き飛ばされる程の強風も象にとっては涼し気な微風《そよかぜ》に過ぎないーーみたいな事だ。

 そんな巨大なオルガを怯ませるなど、一体どんな魔法を使用したのだろうか?

(爆破? いや重力系? いずれにせよオルガを怯ませる程の魔法だってのに、辺りに全く影響が出無いのはおかしいねぇ…………)

 氷魔法を使えばその付近には霜がつく。風魔法を使えば水が波立つし、爆破魔法なら当然辺りが弾け飛ぶ。系統にもよるが、凡その魔法は周囲にも何らかの影響を与える物だ。しかし、男が使用する魔法は不思議と周囲に全く影響が出ない。
 数々の者共と対峙してきた実践経験豊富なエレナが、実際に目の前で見ていたにも関わらず、未だ男が使っている魔法の系統すら分からないと言うのは、はっきり言って異常とも言える事。

 得体の知れない不気味さを感じつつも、エレナは平静を装って男に向かって指を一つ立てると、それをゆっくりと左右に揺らして見せた。

「ーーだけどね、ゼロじゃあ無いんだよ」

 そう、ゼロでは無い。
 強がりでも何でもなく、オルガの突進を躱しエレナの前に立った者は過去に何人も居る。「勝ち目の無いオルガを無視して指示役の魔法士を叩く」なんて事は、最早策と呼べるものですらなく、誰もが考え付く事。
 実際、多くの者達がそうやってエレナへと挑んで来たし、中には一個小隊程の徒党を組んでエレナとオルガを引き離そうとした者共もいた。

 ーーだが、それを考え付いた者の全てがそれを実行出来たかどうかはまた別であり、ましてや単独でそれを成し得た者となると片手で数える程度にはなるのだが…………。

 兎に角、オルガを無効化される事は過去に経験済み、ならば当然その対策も考えてある。
 
「ーーだから、そんな事で私達を、だなんて思われちゃあ困るんだよねぇ!」

 残り少ない魔力を悟られぬようエレナは出来るだけ傲慢にそう言い放つと、立てた指でピアスを弾く。

 チャリッ

 空気が音を立てて震え出す。同時に空間が歪み、見覚えのある門がエレナと男を隔てる様に出現した。
 ゲートだ、しかしその大きさは酒場で見た物とは明らかに一線を画す。

「でけぇ……」
 
 行手を阻むように聳え立つ門を前に、男は感嘆とも取れるような声を漏らす。

 ーーまるで壁。

 一度設置した場所を変える事が出来ないゲートだが、その出口となる「対《つい》なる門《ゲート》」はエレナの目視出来る範囲に出現させる事が出来る。そしてそれはエレナが望む大きさと形で出現させる事が可能。
 路地の端から端までをピッタリと埋めるようにゲートを出現させたエレナ、その名の通り唯一の出口である路地を塞ぐ門となって男を袋小路へと閉じ込めたのだ。

「魔力が阻害されてなけりゃあ、私の水魔法で対処できたんだけどねぇ……。まぁ出来ないなら出来ないなりにやり方はあるさね」

 ゴゴゴゴゴ 

 不気味な音を立てながら追い討ちを掛けるように開く巨大なゲート、その先からおびただしい量の海水が雪崩込む。
 無限の海水を蓄える海へと繋がる門から湧き出た水は、圧倒的な物量で男を呑み込むと、瞬く間に辺りに侵食、あっという間に路地という空間を水で満たし尽くした。

 閉鎖空間での水責め。
 本来ならばここにエレナの海流操作水魔法が加わるのだが、今回は路地を海水で満たすだけ。
 単純な物量攻撃ならば訳のわからぬ男の魔力阻害も影響無いだろうと言う予測と、残り少ない魔力を温存しようとする目論見もくろみ、そしてもうひとつーー、

「さぁオルガ、アンタの土俵フィールドだよ!」

 エレナの声にオルガの目に生気が宿る。
 海水で浸された体を小刻みに震わせ、這いつくばった地面から天に向かって頭を上げる。
 横幅の狭さは変わらないが、代わりに聳え立つ壁に迫る程の深さを得たオルガ。尾鰭おびれを力強く地面に叩きつけると、その勢いで一気に水面近くまで上昇してゆく。

 ダッツパーーン!! 

 正に水を得た魚……いや、シャチ
 水面から空へと大きく躍り出たオルガは、見事な背面はいめん宙返りを決めると、「ほぎゃぁ!!?」と屋根の上で腰を抜かすピリルを尻目に轟音を立てながら再び水中へと飛び込んだ。

「さぁ、もう何処にも逃げ場は無いよ!」

 身動きの取れないオルガの救出と自由に動き回れる環境フィールドを作り出す事。これこそがエレナの本命であった。
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