277 / 287
277・ゼロじゃない
しおりを挟む「ギュイ! ギュイィ!」
身動きの取れないオルガの腹下を潜り抜けた男は、エレナの方を振り返り、勝ち誇ったような笑顔を見せ付ける。
「まったく、オルガと真正面からやり合う奴なんて、ましてやそれで五体満足なんて事はそう無いんだけどねぇ」
隠れていた壁から路地へと出たエレナは、そう言って男の笑に引き攣った笑いを返す。
ーー正直、驚いた。
魔法が阻害されたことも、それでも威力の高い波を受けてピンピンしている事にも、そして何よりあのオルガを怯ませた事にーーである。
人よりも遥に巨大な体を持つオルガは当然魔法耐性が高い。これは魔力抵抗値云々の話では無く、単純に質量の問題である。小さなネズミが吹き飛ばされる程の強風も象にとっては涼し気な微風《そよかぜ》に過ぎないーーみたいな事だ。
そんな巨大なオルガを怯ませるなど、一体どんな魔法を使用したのだろうか?
(爆破? いや重力系? いずれにせよオルガを怯ませる程の魔法だってのに、辺りに全く影響が出無いのはおかしいねぇ…………)
氷魔法を使えばその付近には霜がつく。風魔法を使えば水が波立つし、爆破魔法なら当然辺りが弾け飛ぶ。系統にもよるが、凡その魔法は周囲にも何らかの影響を与える物だ。しかし、男が使用する魔法は不思議と周囲に全く影響が出ない。
数々の者共と対峙してきた実践経験豊富なエレナが、実際に目の前で見ていたにも関わらず、未だ男が使っている魔法の系統すら分からないと言うのは、はっきり言って異常とも言える事。
得体の知れない不気味さを感じつつも、エレナは平静を装って男に向かって指を一つ立てると、それをゆっくりと左右に揺らして見せた。
「ーーだけどね、ゼロじゃあ無いんだよ」
そう、ゼロでは無い。
強がりでも何でもなく、オルガの突進を躱しエレナの前に立った者は過去に何人も居る。「勝ち目の無いオルガを無視して指示役の魔法士を叩く」なんて事は、最早策と呼べるものですらなく、誰もが考え付く事。
実際、多くの者達がそうやってエレナへと挑んで来たし、中には一個小隊程の徒党を組んでエレナとオルガを引き離そうとした者共もいた。
ーーだが、それを考え付いた者の全てがそれを実行出来たかどうかはまた別であり、ましてや単独でそれを成し得た者となると片手で数える程度にはなるのだが…………。
兎に角、オルガを無効化される事は過去に経験済み、ならば当然その対策も考えてある。
「ーーだから、そんな事で私達を出し抜いた、だなんて思われちゃあ困るんだよねぇ!」
残り少ない魔力を悟られぬようエレナは出来るだけ傲慢にそう言い放つと、立てた指でピアスを弾く。
チャリッ
空気が音を立てて震え出す。同時に空間が歪み、見覚えのある門がエレナと男を隔てる様に出現した。
門だ、しかしその大きさは酒場で見た物とは明らかに一線を画す。
「でけぇ……」
行手を阻むように聳え立つ門を前に、男は感嘆とも取れるような声を漏らす。
ーーまるで壁。
一度設置した場所を変える事が出来ない門だが、その出口となる「対《つい》なる門《ゲート》」はエレナの目視出来る範囲に出現させる事が出来る。そしてそれはエレナが望む大きさと形で出現させる事が可能。
路地の端から端までをピッタリと埋めるように門を出現させたエレナ、その名の通り唯一の出口である路地を塞ぐ門となって男を袋小路へと閉じ込めたのだ。
「魔力が阻害されてなけりゃあ、私の水魔法で対処できたんだけどねぇ……。まぁ出来ないなら出来ないなりにやり方はあるさね」
ゴゴゴゴゴ
不気味な音を立てながら追い討ちを掛けるように開く巨大な門、その先から夥しい量の海水が雪崩込む。
無限の海水を蓄える海へと繋がる門から湧き出た水は、圧倒的な物量で男を呑み込むと、瞬く間に辺りに侵食、あっという間に路地という空間を水で満たし尽くした。
閉鎖空間での水責め。
本来ならばここにエレナの海流操作が加わるのだが、今回は路地を海水で満たすだけ。
単純な物量攻撃ならば訳のわからぬ男の魔力阻害も影響無いだろうと言う予測と、残り少ない魔力を温存しようとする目論見、そしてもうひとつーー、
「さぁオルガ、アンタの土俵だよ!」
エレナの声にオルガの目に生気が宿る。
海水で浸された体を小刻みに震わせ、這いつくばった地面から天に向かって頭を上げる。
横幅の狭さは変わらないが、代わりに聳え立つ壁に迫る程の深さを得たオルガ。尾鰭を力強く地面に叩きつけると、その勢いで一気に水面近くまで上昇してゆく。
ダッツパーーン!!
正に水を得た魚……いや、鯱。
水面から空へと大きく躍り出たオルガは、見事な背面宙返りを決めると、「ほぎゃぁ!!?」と屋根の上で腰を抜かすピリルを尻目に轟音を立てながら再び水中へと飛び込んだ。
「さぁ、もう何処にも逃げ場は無いよ!」
身動きの取れないオルガの救出と自由に動き回れる環境を作り出す事。これこそがエレナの本命であった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる