筋トレ民が魔法だらけの異世界に転移した結果

kuron

文字の大きさ
281 / 287

281・ドルフィンキック

しおりを挟む

「そうだろうとも、そうだろうとも!」

 川を舞う木の葉が小さな渦《うず》に飲み込まれるように、水底に向かってクルクルと沈んでいく男の様子を見たエレナは勝利を確信して両手を握る。

 そもそもオルガとの水中戦で勝とうなど土台無理な話。こんな狭い場所でさえなければ勝負にもならない馬鹿げたものなのだ。
 焦る必要など全く無かったのに「妙な老婆心が芽生ちまったよ」とエレナは苦笑する。

「久々に冷や汗かいたねぇ。しかしまぁ、よくビエルはこんなやからを抑えているもんだ」

 このレベルの犯罪者が辺境イアマのスタンダードだとは思いたくないが、第一王子の警護計画は見直した方が良いかもしれない。

 特に男が使った阻害魔法は要注意だ。
 エレナクラスの魔法士が阻害される魔法であるなら、ほぼ全ての魔法士に通用する。
 こんなのが沢山居るとは思えないが、使い手が他にもいる可能性を考えた対策は必要だろう。

(厄介な魔法だけど、知っちまえばそれ程脅威じゃない。だけど其れなりの準備は必要だねぇ。そう考えると今ここで知れたのは大きいか……)

 阻害魔法、その発動条件を朧げながら分かりかけているエレナの頭には、既に幾つかの対策が浮かんできている。だが、そのどれもが事前に準備と場所が必要な物である。
 
「それにイアマの犯罪者リストも確認しなきゃならないね。また変テコな魔法を使う奴が出てきちゃ目も当てられない」

 これだから辺境はーー、とエレナは面倒臭そうに前髪をかき上げる。

 総じて他国との境目に近い辺境には、その土地特有の文化や風習が生じると言う。
 あらゆる情報の発信源である王都から離れてる事や、他国の影響を受けやすい立地の所為だと言われているが、魔法もまた然り。
 独自の変化を遂げたオリジナル魔法が使われていたもしてもそう不思議は無い。

「此処へ来てやらなきゃいけない事が山積みだねぇ、私ゃ過労で倒れちまいそうだよ。警備計画の見直し案はロナルドに丸投げしてーー、おや? ちょっとアレはまずいね」

 エレナが苦虫を潰したような顔で舌打ちする。
 ゲートの奥でオルガが男を潰しにかかっているのが見えたからだ。

「すっかり頭に血が昇ってるじゃないか! ーーオルガっ、殺すんじゃない、捕まえるんだよっ!」

 調べれば余罪が出てきそうではあるが、現時点での男達の罪は死罪とは程遠い。それに凡その当たりがついているとはいえ、男には阻害魔法について聞きたい事が山ほどある。

 多少の怪我は自業自得としても、半死半生の様な形で捕える事はエレナとしては望んではいなかった。
 しかし、腹にしがみ付かれた事が余程頭にきているのか、オルガはエレナの声が聞こえていないかの様に振る舞い続ける。

「あぁもうっ、水魔法が使えないから助けてもやれ無いじゃないか! …………仕方ない」

 意を決したエレナが門《ゲート》を解除しようとしたその時ーー。

「ーーなっ、なんだいっ!?」

 壁とオルガの間を無理矢理擦り抜けた男が、一撃を背に受けながらも人とは思えぬ速度で泳ぎだしたのだ!
 その速さはイルカの如く。水の抵抗を物ともしない全身を使った華麗なる泳法にエレナは目を見開いた。

「な、なんで人族《ヒューマン》が人魚《セイレーン》の泳ぎを知ってるんだい!?」





(度肝抜かせてやる!)

 俺への一撃を加えた後、そのまま潜水して行くオルガ。ここがチャンスと見た俺は、残る酸素の全てを使い人魚直伝ドルフィンキックで水面まで一気に駆け上る。
 
 今まではバルボ回収の時間稼ぎの為に普通の泳ぎしか見せてないからな。こんな泳ぎが出来るだなんて向こうは予想すらしていないだろう。

(ーーとは言っても、流石にシャチ並みのスピードは出せないからな。気付かれないウチにさっさと上がらせてもらうぜ!)

 バタ足よりも遥かに洗練された力の移動は、水中での抵抗を微少に留める事で水の揺らぎを抑える。
 つまりはバチャバチャとした荒々しい泳ぎでは無く、魚のように無音に近い泳ぎである筈なのだが、その微少な水の波動を感じ取れるのがシャチである。
 
 ーーグォン!

 バネ板のように太い尾鰭が弾け、水底に砂煙が上がる。凡そ水中とは思えぬ程の加速でオルガは水中を上昇、瞬く間に俺に迫るーーが、この距離なら俺の方が速い!

 残りの距離を全力で泳ぎきった俺は、その勢いのまま水面から飛び上がって屋根のへりへとしがみ付く。

「おわっーーって兄さんかいっ! てっきり、またあのデカい魚が飛び出して来よったかと……」

 ペタペタとピリルが此方へと近寄って来たその瞬間、俺の足下の水面が黒く迫り上がった。

 ダッバーン!!

「ほぎゃぁ!? で、でたぁっ!!」

 盛大な波飛沫を上げながら現れたオルガ、未だ屋根のふちにしがみ付いている俺に向かってアギトを開く。

「食われてたまるかっ!」

 追い迫る顎先あごさきを足で蹴り押さえ、その勢いを使って一気に屋根へと飛び上がる。そのまま屋根をゴロゴロと転がってオルガとの距離を取るのだがーー、

「ギュイッ!」

 ーーメキ メキバキッ

 なんとオルガは諦めるどころか俺を追ってその大きな頭を屋根にもたれ掛け始めた。痛々しく軋む建物が悲鳴を上げるが、オルガは更にその巨体をも屋根上に乗り上げようとする。

「そこまでだよっ!」

 鋭く叱るようなエレナの怒声が響く。
 その声に反応したオルガは硬直したようにビタリと動きを止めた。ーーいや違う、水面から伸びた沢山の水の触手がオルガに纏わりついている。これがオルガの巨体を止めているのだ。

「オルガ、もうこれ以上は勘弁しとくれ。流石に始末書だけじゃ済まなくなっちまうよ」

 宥めるようなエレナの声を聞いたオルガは、拗ねたように白い腹を見せると、そのまま水中へと戻っていく。

「ーーなぁに、どうせ奴等はもう屋根からは逃げれないさ」 

 エレナの言葉通り、既に建物は衛兵達に取り囲まれていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...