284 / 287
284・滑空
しおりを挟むーーさて、滑空とは降下飛行の事である。
基本的には高い場所から低い場所へ移動する物で、ピリルは普段風魔法を使った上昇と滑空を繰り返しながら飛んでいる。
数学、いや物理か? こんな時に飛距離を出す計算や公式があった気もするけど、残念ながら全く記憶に無い。だから俺は汚れた屋根に指で簡単な図を書きながら、目測による凡その飛行可能距離を想像する。
(魔法無効化の所為で風魔法は使えなくなるけど、滑空出来るぐらいの高さはある。着地点は此処より低い場所、大通りか裏路地のどっちにするかだな)
正面の大通りに向かって飛んだ場合、着地後に間違い無く衛兵達とやり合う事になる。
一方で裏にはオルガが居るが、そのおかげか衛兵達の姿は見えない。しかも屋根の高さは貧民街方面に向かって行くほど低くなっているので滑空するには都合が良い。
着地した後の事を考えても、大通りより裏路地の屋根を伝って逃げる方が良いかもしれない。
「ーーうん、飛ぶなら裏路地だ。ただ、向こう端の屋根まで飛べるかはやってみなきゃ分からない」
俺は1区画先にある赤茶けた屋根を見る。
そもそもピリルの翼で滑空が可能なのかどうかと言えば、昔ムササビスーツなる物で滑空するスポーツを見た事があるので問題無い (多分)。
ピリルの翼も広げれば2m近くあるし、まぁ失敗しても下が水なら少なくとも落下死するような事は無いだろう。
(そう、落下死はね……)
俺はオルガに食われる可能性を敢えて外す。どのみちこれしかもう手は無いのだ、やるしかない。
「よしっ、飛ぶ方向もその先の逃走経路も大体の目星がついた。ーーやるかッ! ほらバルボ」
ピリルとやり合ってから拗ねたように屋根に寝転んでいたバルボに声を掛け、俺はしゃがんで背を向ける。
「バルゥ?」
「背中に乗れ。落ちないようにしっかり掴まってろよ」
「バ、バル バルッフッ!」
自分が足手纏いだと自覚しているバルボは、背中を差し出した俺に若干目を潤ませながらもシッカリとしがみ付く。
(うん、50Kgってとこかな)
顔が長い所為か顔のすぐ横に鼻息が掛かるのが気になるが、重さ的には問題無い。バーベルスクワットなら準備運動にもならない重さだ。
俺はバルボの両腕がしっかりと首に抱き付いたのを確認してから立ち上がると、屋根の中央で突っ立っているピリルへ声を掛けた。
「ピリル」
翼を広げたまま少し項垂れたようなピリルがビクッと体を震わせる。
カカシ……というよりは十字架に貼り付けられたキリストっぽく見えるのはこれから行う作戦の所為だろうか? 何しろピリルに1番負担が掛かる方法だ、下手すると翼が折れるかもしれない。
(違う方法を考え直すか? ……いや、でもう時間も無いしな)
太陽はもう半分沈んでいる。夕陽を背に黄昏て見えるピリルに少しだけ同情した俺だったが、直ぐにそれは勘違いだと気付く。
「あっ、準備終わりましたん? ワイもこの通り、井戸より深く反省し終わりましたわ!」
(……全っ然、反省してないわ)
いつもと変わらず軽口を叩くピリルに俺は呆れて溜息を吐《つ》いた。全く、本人からの反省完了報告とか初めて聞いたわ。
「バルルバフッア ブルル!」
「なんや寝息? あ、あほぅ、起きとったわ! 人聞き悪い、ちょっと目を閉じて己を省みてただけですぅー!」
反省してないどころか寝てたのかよ……。俺の中に眠る、ほんの少しの慈悲が砕ける音が聞こえた気がした。
「兄さん、バルボの言う事なんて信用したら飽きまへん! さっきの根に持って適当な事抜かしとるだけですよって」
「信用も何も、俺にバルボの言葉は分かんねーよ」
「ファっ!? そうやった、バルボの言葉はワイにしか分からんのやった。ち、ちゃいますよ、さっきのはバルボがそんな風にワイを貶めようとしてますーってご報告ですねん」
「ブルッブルゥ~。バルッバルファブ!」
「う、うっさい! それより兄さん、もうこの棒はおろしてええんやろ?」
慌てて取り繕うピリルに俺は冷めた目で言い放つ。
「ーーいや、ダメだ」
「えー、これ地味にきっついねん。ワイほんまに反省したんやけどなぁー」
「むしろこっからが本番なんだから、しっかり担いでおけよ」
「こっからが本番? 本番ってなんですの?」
「今、説明してやる」
俺はピーチクパーチク囀るピリルの細い両足首を掴むと、頭上高く持ち上げた。
「ぎゃー、兄さんのエッチ!」
「何がエッチだバカ」
重量的にはバーベルのバー(20kg)ぐらいだろうか。
軽いだろうとは思っていたが園児ぐらいしか無いじゃないか、高い高いが捗るぜ。
「軽いなピリル! いいか、これから貧民街の方へ飛ぶから翼を広げておけよ、閉じたら落ちるからな?」
「はぁ、落ちるって……………はぁっ!? 今、えっ? 飛ぶ言いました??」
助走を付ける為に俺はピリルを掲げて正面の屋根の端へと歩き出す。キョロキョロ周りを見回していたピリルは、屋根の端に来て漸く理解が追い付いたのか、その場でバタバタと暴れだした。
「無理無理、無理無理ですって!!」
「大丈夫だって、俺の計算 (してない)ではギリ行ける筈だから。それに落ちても下は水だろ?」
「その水ん中にはあのデッカい魚がおるやないですかっ! 嫌や! 魚に食われる最後なんてっ!」
「食われたくなきゃしっかり棒を担いでろ!」
この棒はピリルの翼が折れない為の補強、そして半ば強制的に翼を広げ続けさせる為に必要な物だからな!
軽く膝の曲げ伸ばしをしながら俺は足下の感触を確かめる。グリップ良し、裏手に向かって少しだけ傾斜しているから助走次第で十分な加速が出来そうだ。
「行くぞっ!」
「バ、バルッ」
「いやゃぁああ!!?」
絶叫するピリルを頭上高く掲げ、俺は屋根の端目指して駆け出した。
傾く夕陽が黒く沈む海の上に燃えるような光の筋を描いている。それはまるで沈みゆく太陽が最後の導きを与えてるかの様に見えた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる