タビスルムスメ

深町珠

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大岡山

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その頃・・・の、庄内では。



玄関に、伯母さんの姿が無いので

「あれ?」と、友里絵は振り向いて。

エントランスのソファで、TVを見ている伯母さんに気づく。

「ごめんなさい、遅くなって」と、由香。

伯母さんは「いいのよ。さあ、帰りましょう。」

のんびりしていて。




玄関に行って。

受付のおばさんに「ありがとうございましたー。」と、友里絵。

由香も「いいお湯でした。」

伯母さんも「いつも、ありがとう。」



玄関で靴を履いて。「ああ、仕事の靴だ、これ」と、友里絵。

「そこまで気にしてなかったな」と、由香。


「なんか買っていこうか!」と、友里絵。

「それもいいねー。」と、由香。


にこにこしながら、伯母さんも玄関を出て。


夜空は、星が出ていて。

雲が少し。

「飛行機飛ぶかな、これだと」と、由香。


「飛ぶといいね。」と、友里絵。


「晴れみたいよ、あした」と、伯母さん。


「さ、帰りましょう」と、伯母さんが歩いて、さっきの路地を進んで。



「愛紗大丈夫かな」と、友里絵。

「平気よ、ここなら、たぶん、河原でしょ」と、伯母さん。


「いつもそうですか?」と、由香。


「他に行くとこないもの。」と、伯母さん。


そういえば、平地が少ないから・・・
あと、行くところだと山の方しかない。

道路沿いに由布院の方へ行くにも遠すぎる。

対岸は、ただ、畑と農家があるだけだ。



「あたし、ちょっと、見てくる!」と、友里絵。


「かえって危ないよ、地元民じゃないから」と、由香は
友里絵の腕を掴んで、引きとめた。


「そっか・・・・。あ、あれ、愛紗じゃない?」と。

振り返った友里絵の視界の端に映った人影。


「ああ、そうだね!良かった。、あーいしゃ!」と、由香は声を掛けて。


人影は此方に気づく。





友里絵も由香も、その人影の方へ駆けていった。

伯母さんは、にこにこ。

「いいわね、お友達って・・・。」


夜風が心地よい。





愛紗は、友里絵と由香が駆け寄ってくるのを見て・・・・。

ちょっと恥かしい。

「ヘンな事言っちゃったな・・・。」と。



「あいしゃー。」と、にこにこして駆けてくる友里絵と由香を見て
でも、そんな気持はどこかに飛んでいって。

笑顔になれた。


息弾ませて、友里絵。「どこ行ってたのさー。」


愛紗は「ごめんなさい。あの・・。」

と、いろいろ謝りたいと思った。

由香は「いいって事よ!友達じゃん。あたしら」


友里絵は「そうそう!よく言えたね。あたしも言えてないよ。ほんと」と。
にこにこ。

思い出すと、愛紗は恥かしくて
顔が熱くなる。

ほっぺたを両手で押さえて「ごめんなさい、ほんと・・・。」

友里絵は「いいの!あたしはね、愛紗が幸せになってくれたら」

と、言って、
さっきの深町の言葉を思い出していた。


・・・結婚する気はありません・・・。



でも、そのことを愛紗に言っていいのかどうか。

迷っていると。


愛紗が「深町さんは、わたしを女だとは思ってくれていないけど・・・
でも、かわいいって。」と、にっこり。

友里絵は「それ、あたしも同じ!」と。にっこり。


「大人の女にならなきゃ!」と友里絵が言うと

愛紗は、そのアクティヴな友里絵の考えが羨ましかった。

「そうだよね、きっと。」と、愛紗。

由香は「あたしは可愛いって思われてないもーん。」と。


友里絵は「そんなことないよ。タマちゃんは、みんないい子だって
言ってたよ。かわいい子たちだ、って。」


由香は「そーなんだぁ。良かった。ま、あたしはさ、タマちゃんが
好きなわけじゃないからいいけど」


と、3人、それぞれの思いを心に、笑顔に戻れて。


「さ、急いで追っかけなきゃ!」と友里絵は駆けていって。


「あ、おい!」と、由香はそれを見送って。

「愛紗がいるから分かるのにね、行き先」と、微笑む。


「友里絵ちゃんってほんと、いい子ね。わたしより、ずっと。
あんなにいい子、見たこと無い」と、愛紗。

わがままばかり言っている愛紗自身を気遣って、深町に電話までしてくれて。
その気持に応えずに勝手な事をしていた、のに。
でも、優しい。


由香は「あいつ、天然だから」と、冗談半分で褒めた。


愛紗も、笑顔になれた。




  



















翌朝、深町は自宅から自転車で
大岡山営業所へ向かった。

家は坂道の途中にあり、木々に囲まれた静かな場所だ。
最近、家が建ち始めたので

「そろそろ引っ越すかな」なんて思ったりもする。

中古で買ったので、別に借金もない。


営業所は、大きな道路沿いにある。

自転車で行くと、懐かしいバスが一杯あって。


思い出に浸りながら、それを見ていると

「おー、タマちゃーん。元気?戻ってくるの?」と愛嬌のある声は田村だ。
今日は日曜日。路線の休憩時間だろうか。


路線バスは、日曜は暇である。

「いえ、ちょっとお散歩」と、深町は笑顔で。


「だめだよー、戻ってこないとー。バス用意してるから。課長に言っとくね。」と
田村はにこにこ。「今、東大だってねー。すごいねー。」


深町は「いえ、入学したわけじゃないですから。そこで仕事してるというだけです。」と、
にっこり。


「東大で何やってるの?」と田村。



「応用物理モデルですね。」と深町が言うと

田村は「なんだかわかんないけど、すごいんだねー。それじゃお金もいいでしょ?」と。


「そんなことないですよ」事実、お金にはならない。
でも、母が「バスは危ない」と、おかしな事を言い出すので(笑)。

そもそも、研究の仕事が不安定だから安定した仕事に就けと言ったのは
その母で。
普通のオフィスワークで正社員、なんて仕事が
40歳過ぎの男にある、と思っているらしい。


それで、バスに乗ったのだが。


田村の声に、野田が笑顔で「おお、タマか。元気にしてるか?」


はい。と返答をすると。

野田は「うむ。オマエはそっちがいいよ。こっちには向いてない。
何しに来たんだ?」


深町は「はい。あの、日生くんの事がちょっと気になって。あの子を
会社はどうなさるのですか?」


野田は「ああ、本人が希望すれば、どこか田舎に転勤か。ここに残るなら
ガイドに戻るしかないだろうな」と。


深町は「そうですか。それを聞いて安心しました。」


田村は「そういえば、友達のガイドが一緒に休暇取ってるね。昨日から。」

深町は「はい。それでちょっと・・・。」と。


野田は「なーんだ。オマエはほんとに・・・女難だな。」と笑う。

深町は少し恥かしげに笑った。



「タマちゃん紳士だからね。」と、田村。


そんなことないです、と深町が言う。

「あの子は優しすぎるから。バスの運転なんて荒っぽい仕事は無理だな」と
野田。


「田舎でもダメだと思いますか?」と、深町。


野田は頷く。「オマエもそうだけど、生きていく世界が違うんだ。そういうもんだ。
バスなんてのはさ、なりたがってする職業じゃないよ。だから、俺もオマエを誘わない。」


深町は「休職扱いにさせられますか?」と。


野田は「うーん・・・・・。病気でもないと無理だろうね。ガイドって
正直、使い捨てなんだ。それが現実。ドライバーとしても新人だし。
乗務経験もない。転勤させたとしても・・・
使い物になるかどうか。

余程長閑なところで、観光とか。コミュニティバスとか。
そんなのなら出来るだろうけれどね。
無理にすることないんだよ。客商売なんて。
今はヘンな奴が多いから。」


深町はそれを調べたかったので「そうですか」と言ったが

内心「それなら円満退社して、別の仕事に就いた方がいいな」と。

そう思った。

鉄道員になるにしても、
ヘンな辞め方をすると、転職は難しい。





それを気にしていたのだった。



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