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蒲田
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楽しそうに公園で遊んでいる子供達を
見て、ななは気づく。
猿のような叫び声を上げて暴れる子供が
いないし、表情がとても愛らしいのだ。
「かわいいね」と、ななは声に。
親たちもにこやかで、のどかに
笑いながら会話をしている。
ここは蒲田で、どっちかと言うと
裕福な人の住むところでもなかったけれど
それでも、下町の昔からの住人は
いがみ合う事なく暮らして来た。
都市の暮らしに、江戸時代から
慣れて来た人々は、アメリカの黒人のように
陽気で楽しそうだったことを
ななも覚えている。
暮らしが貧しいと言っても、ものを欲しがる
訳でもなく
日々の暮らしに落ち着いている。
どこの土地でもそうで、移住してきた者が
妙に都会人のふりをしたりするけれど
400年前から江戸に暮らしているような
人は、土着の田舎者っぽい(笑)
温かみがある。
「ななさんは、子供好きですね」ジョナサンはにこやかに。
「うん、うるさいとか思ってたけど、今はそう思う」と、なな。
小さな子供達は、公園の砂場で遊んだり
噴水のお水に触れたり。
のんびりとした時間を過ごしている。
ジョナサンは「いいですね、子供好きなのは。
僕も、子供好きです」と、父母の記憶はないので
ジョナサンは、それだけに
遠い人類発祥からの記憶に基づいた言葉を
紡ぐ。
誰にでもある気持ちなのだけれども
ふつう、父母からの影響が大きいので
忘れかけているのだ。
本当は、誰だって子供を愛しいと思う
記憶が、心にあるのだ。
ななも、その記憶を
思い出して
そういえば、加藤さんは
最初から自由な感じで
ストレスがなさそうだったな、なんて
思い出して
科学の子供、ジョナサンと
似てる、なんて
思ったり。
風の渡る公園で、ゆたかな時間が
過ぎている。
ラーメン屋さんから、公園の中を通って
ななとジョナサンは、お散歩。
こういうの、いいな、って
ななは思っている。
すらりとした長身の美青年ジョナサンと、デート(笑)
ななは小柄だけど愛嬌のある子なので、美形の長身に憧れたりする。
ななは、加藤を思い出す。
嫌な事があっても
超然と笑顔で過ごしていた。
それなので、派遣先の社員たちが
劣等感に駆られるのだった。
何をしても相手にされず、感情的にもならない
加藤。
正しい事をしている、などと言う
主張もなく
ただ、相手にしないだけの彼。
イジメなどと言うものは、べつに
気にしなければどうと言う事もないものだ。
そう言外に言っているようだ加藤が
イジメに抑圧されている彼ら全員の
愚かさを自認させ、劣等感を刺激するので
(笑)
なお、彼らは加藤を敵視するのだった。
瞬間。
ふわ、と
ななの体が宙に浮いた。
反射的に、ジョナサンの手を取ると
あれ不思議。ジョナサンも宙に浮いた(笑)。
忘れていたけれど、ななは
神様から飛ぶ能力を貰っていて
飛びたいと思うと、飛んでしまったりする。
会いたくなかった人に会って。
ジョナサンも一緒に。
「変な男だね」と、ジョナサン。
科学の子だから、正義や平等は解るけど
利己とかは理解できない。
「なんで、法律で禁止してるような事でも
会社の上司が言えば従うのだろう」と。
「そういうところが変だったの。日本は。
派遣なんて制度がいけないのよ」と、ななは実感。
お金を払えば何をしてもいい、なんて
絶対変だ。
それで、その派遣先を辞めたのだけど。
もう過去のこと。
今では、派遣制度もなくなり
日本には平和が訪れた。
損得勘定が、日本を蝕んでいたのだけれども
それは日本に渡来して来た人が仕組んだ事だった。
宙を舞いながら、ななとジョナサンは
「空もいいですね」と、小鳥みたいに
ふんわり。
でも、小鳥だって
のんびり飛んでいる訳でもなくて
食べ物を探したり、繁殖の相手を探したり
忙しいのだ。
一生は短いのだから。
人間は、加藤の発明と
ルーフィの伝えた18世紀の魔法のおかげで
その何れからも自由になった。
いくらでもエネルギーは得られるし、
繁殖だってしなくてもいい。
でも、元々生き物だから
好き嫌いの感覚や愛は
600万年前から変わらない。
ななは、ジョナサンの事を
好ましいと思う。でも、恋愛の対象には
ならないような、そんな気がしていたり。
安心して委ねたいような、そういう気持ちに
なりたいって。
ななの心はそう言っているようだ。
ななは、宙に浮いているのが
心許ないので
すぐ近くの区役所の屋上に降りた。
羽田空港が遠くに見え、京急の3階建線路が
すぐ近くに見える。
ジョナサンは、楽しそうに「空飛べるのって、すごいね」と喜んだ。
それが、神様に貰った能力だから
ななにとってべつにうれしい事でもないけれど(笑)。
でも、秀でているから嬉しいと言うのも
変だとななは感じていた。
幼い頃から、ななは愛嬌のある少女だったけど
あまり勉強は得意ではなかったりして。
それは、学校の教師が
勉強の成績の優劣で生徒を差別していたりするからだったりして
そんなものなら勉強なんてしたくないと
思ったのもあった。
それも、実は
教師たちが毒されていたからで
本来の教育は、学ぶ楽しさを教えるものであるのに。
貨幣が無くなれば、理由をつけて
攻撃をしなくても良くなるのだ。
エネルギーは潤沢に、永遠に得られるので
攻撃に無駄エネルギーを使う理由はないし
疲れるだけだ(笑)。
元々優劣がなければ、優位なものを
攻撃、と言う
優位、と言う羨望もなくなるのである。
別に、経済がどうであれ
好ましいひとは、好ましい。
ななにとって、安心できるひとなら
近くにいて、頼りになってくれると嬉しいって
思うし
別に、家族でなくても
恋人でなくても。
男の子でも女の子でも、別にいいって思う。
それは自然な気持ちだし、生き物としての
群れの名残だったりする。
いまでは、誰でも無尽蔵のエネルギーがあるのだから
別に、自由に恋愛してもいい。
それはそうだけど、でも古いタイプのななとしては
やっぱり、男の子ジョナサンと、いきなり
恋愛するというのも(笑)
変だ、し
はしたないって思う。
そう、慌てて恋愛したり
結婚しなくても
別に生きていけるのだ。
屋上の風に吹かれて、ななは思うけど
「どうやって降りようか?」と、大切な
事に気づいた、ななだった(笑)
もう一度飛んで下りれば
よさそうなものだけれども(笑)
自由に飛ぼうと思っても飛べないところが
ななに掛けられた魔法の面白いところで
自分が魔法使いじゃないから、うまく使う
術もしらない。
ただ、気分が乗ると飛んでしまう(笑)
「こんなんじゃ、弁護士には絶対なれないな」と、ななは面白い事を言うので
ジョナサンは「ななは弁護士を目指しているの?」と、ふつうに、なな、と呼ぶ。
それはアメリカンらしい風習で
自然だけれども、なぜか日本人の、年下の
男の子に、なな、なんて呼ばれると
怒るだろうな、と
ななは思う(笑)。
屋上はヘリポートになってるので
下りる階段を探すのは結構大変だった。
でも、なんとか下りて
12階のフロアに下りて
エレベーターを待ちながら。
ななは、ジョナサンとお話をしながら
「でも、生き物だから」と、ジョナサンは
誰かを愛したいって思う、と
そんな風に思う時、薬が効いて来るって
面白い事を言った。
「薬?」と、ななは尋ねる。
「そう、薬が心に効くんだって。
誰かを愛して、その人のために何がしてあげようと思うのは、心の薬なんだって、そう
教わった」と、ジョナサンは言う。
そういえば、ななの側でも
優しい人は、みんな誰かの為に、って
生きている人で
「それで、ジョナサンは旅してるの?」
エレベーターが来て、人のいない12階の
扉が開いた。
ジョナサンと一緒に、エレベーターに乗って
ジョナサンは、地下2階のボタンを押した。
「どこ行くの?」ななは何気なく。
「区役所の地下を見てみたいな」と、ジョナサンは言う。
「京浜急行が、東急と地下鉄でつながるの」と、ジョナサンは面白い事を言う。
地下鉄の駅が出来るはずの区役所の下は
確かにがらんどうな駐車場で
靴音が響くような場所。
不自然な場所に、鉄の扉があって
よく聞くと、向こうに
大きな空間があるような余韻があった。
「ななは、弁護士になりたいの?」と、
唐突にジョナサンが言うので、ななは笑った。
その声も、広い空間に吸い込まれるような
響きがある。
ジョナサンは科学の子。
その響きで広さを感じ取り「地下3階まであるね」と。
「そんなのわかるの?」と、ななには
地上の雑音と混ざって、わからない。
「トンネルになっているね。響きが遠いし
低い音が共鳴してる」と、物理っぽい事を
楽しそうに話すジョナサンを見て
なんとなく、加藤を思い出すななは
自分が少し悲しくなって。
少し、涙が滲んでしまう。
忘れたようでも、思い出してしまって。
でも、もう、あの人は
ここにはいない。
ジョナサンにとって、涙ぐむ
ななは、不幸な衝撃だった。
振り返った彼は、意味がわからず
でも、ふるえる腕で
ななを思わず、抱き寄せてしまう。
科学が教えない、そんな行動は
生まれる、ずっと前から
600万年の昔から人間が持っている
優しい気持ち。
意味はない。
ジョナサンにとって不幸だったのは
ななの心には、まだ加藤が居たので
その抱擁は、ななにとって
優しい弟の、ようなものだったから。
でも、未経験なジョナサンにとっては
それが、初めて触れた女の子の肌で
柔らかく、芳しく。
感動に打ち震えたジョナサンだった。
その涙の意味を問う事もなく、ジョナサンは
ただ、それが愛と言うものなのだろうと
そう思った。
神様の薬ってこれ?
もともと、愛は
生物が繁殖のためにもっているプログラムである。
生命を慈しむ事が正しいとされているので
女の子を愛する事も、生命を作るためである(笑)。
なので、生命に危機が訪れると
繁殖をしたいと思うのは
例えば人間でもそうで
情報のように使われている
ホルモン、などが
ケミカルな情報媒体として
観測されている。
ノルアドレナリンなどは
戦闘のためのホルモンで
筋肉を緊張させたりするけれど
同時に、繁殖のための
誘因物質の分泌にも関連している
そういう理由で、危機が訪れると
繁殖が起こるのは
日本でも、よく動物行動学生が
観測するが
類人猿などの群れのリーダーが交代すると
雌が一斉に発情する、前記した
そんな例でも散見される。
危機が訪れなくなったジョナサンや、ななたちは
特に繁殖の必然はない。
けれども、ななのような
女の子が涙を流す事は
科学の子、ジョナサンの
古い記憶の中にあったデータを刺激するのだろう。
弱いもの、愛らしいものを
悲しませてはいけない、と言う
基本的な、弱者保護の
プログラムである。
人間は生き物だから
繁殖をする事を喜ぶように、出来ている。
そうしないと、死滅するから
そうなっているのだけれど
具体的には、行動を司る脳で
繁殖行動をすると気持ちいい、と感じるように
出来ている。
誠に不思議なのだが、進化の過程で
それをどうやって手に入れたか?(笑)。
それはともかく。
面白い事に、快も不快も
脳の中、神経の間に化学物質が満たされる事で
そう感じるように出来ている。
分泌、と言うか
小さな容器に入っていて、それが
出てきて
用済みなら回収される。
機械的に面白い仕掛けなのだけれども、それが
生き物には大抵備わっているのは
誠に不思議である。
ただ、人間は遊ぶ動物である。
ホモ・ルーデンスと言われる所以だが
その繁殖行動の気持ちよさを、遊ぶような
行動が見られるのは、人間の隣人、サルあたりからで
雌同士が、お互いに体を刺激して
気持ちよさを感じる事で
お互いの社会関係を保つ、と言う
今も昔も変わらない(笑)ような
行動があったりする。
人間は、その繁殖を
遊びにしてしまったので
言ってみれば、化学物質を脳で使うので
麻薬と同じで
つまり、気持ちよくない時は
不快になる。
つまり、繁殖のための機能を
遊びにしてしまうと
禁断症状のように、普段は不快、と言うか
不満になってしまう。
アメリカンでも1960年代あたりから
そういう風潮が興り
日本でも、1980年代あたりから
そうなった。
でも、賢い人は
脳で起こる快感だけを楽しむようになったから
面倒な繁殖の為の婚姻とかを避けて
快感だけで充分ハッピー(笑)だったりする。
かえって、家族を持って
新しい機会に恵まれず、禁断症状(笑)で
不満顔をしている人の方が
不幸、だったりする。
そんな理由もまた、ななたち
若い自由な人が、そういう古い人から
羨望と妬っかみ(笑)で
攻撃される理由でもあった。
でも今、そういう束縛から
少なくとも日本の人は解放されたし
ジョナサンたちアメリカンもほとんど解放された。
好きで恋愛して、子供が出来ても
育てるのが困難なら
国が引き取って育ててくれる。
家督も相続も不要な、エネルギー循環社会だからである。
食べ物すら、人工光合成を元に
有機化合物が無限エネルギーで作れるし
望めば、女は
子供を産む機能からも解放される。
発情がなくなれば、機能も不要なのである。
ジョナサンは、生まれる前から
持っている
繁殖のプログラムに沿って、ななを
対象にしてしまいたいと衝動する。
でも、ジョナサンは科学の子。
その人を愛するならば、その人の為に
ならない事はできない、と
理論的に考える。
1960年代までは日本にもあった、愛の感覚である。
それでも、ジョナサンは旅の若者。
衝動に負けてしまってはいけないと
自らを律する事が
男として正しいと、成熟した行動を示すが
それは、若干ななには
物足りなかったりする(笑)。
なながそう思うのも無理もなく
ななたちの世代と言うか、1960年代より後は
日本が、工業労働者の育成の為に
学校教育を行った世代である。
理由を考える事なく、服従し
周囲と同調する事を教えた。
そういう世代が大人になって、子供を
産んで教育すると
何も知らないので、子供を教えられず(笑)
ただ、服従する事だけを教えるけれど
そのストレスで、子供は攻撃的になり
親や教育者を嫌う。
つまり、歪んだ教育方針がいけないのだが
その元凶は損得である。
工場労働者を増やして、国を儲けさせよう。
もちろん、そのピンハネをして
資本家が儲ける事が目的の一部でもある(笑)
故の服従強要であり、正しい目的なら
服従させる必要はないので
つまり、目的が変だから
理由を明らかにできないのである(笑)。
つまり、理論的に考える事を禁じられた世代が
親になったので
そうした悲劇が起こった。
善悪すら教えられていないのは
善悪を知ると、損得と相反すると
都合が悪いから、である。
つい最近まで、「原発は安全だ」などと
教えられていたのもその一例で
事故で、その嘘が露見するのだが(笑)。
そのように、正しい認識を教えられていない
ななにとっては、無軌道な欲の充足が
渇望される。けれど
それは謝った教育の弊害である。
科学の子、ジョナサンは
その道を歩まない。
「ごめんなさい」と、ジョナサンは
やわらかな誘惑を断ち切る。
ほんとうは、ずっとそうしていたかったけれど
暗がりで抱き合っていたら、ジョナサンの
抑制もどこまで続くかわからなかった。
ななは、少し、残念に思ったけれど
その感覚は、加藤に感じたそれと
似ていて。
ジェントルマンなジョナサンを、加藤のようだと
好ましく思った。
加藤は、古い教育を受けた日本人の子孫だから
善悪をはっきり見極める。
それが故、いまの日本では行き場が
研究室くらいでしかなかった。
服従だけを教える国の教育のせいで
その、研究室ですら
不正研究で成果を捏造し、予算を着服するような
研究者が増えてはいたけれど。
損得だけを考え、隠れてするなら
悪い事だって平気。
そんな研究者が、増えていたのも
教育の歪みのせいで
服従を強要されれば、隠れて自由を
求めるのは当たり前で
それでは、教育ではない。
自ら考え、正しい判断をして
自律する事へ導くのが教育である。
それを行わなかったせいで、年老いても
成熟せず、分別のできない大人ばかりになったから
子供に分別がないのは当然である(笑)。
判断力の源を教えないから、だ。
政治も、そういう大人たちがすれば
損の押し付け合いになるから
そうなると、政治ではなくて
ただの衆愚である(笑)。
そういう衆愚が、損得勘定で
古い原発を使いつづけ、安全対策を怠ったところに
大地震が起きて。
衆愚たる存在が明らかになったのだった。
人間の愛は、我が身の為じゃなくて
愛する者がいて、それを初めて知る事ができる。
そう、ジョナサンは感じているし
ななも同じだろう。
それは、たぶん
ななが少女っぽい思いを忘れずに
生きて来たからで
ふつうの26才だったら、そんな事も忘れて
繁殖の為の行動を遊び、快楽に酔って
ふだんは、禁断症状のように
不満と不快に明け暮れる、つまらない大人に
堕ちてしまっていただろう。
そうしなかった理由は、ななにもわからないけれど
たぶん、母親の自堕落なそういう姿に
内心嫌悪していたからなのだろうと
ななは、女同士として
いつか、そうなってしまう自分を
怖いと思い、踏み止まっていた。
理屈はなにも分からなくても
感じ、で
汚濁に塗れたくないと感じた。
「ねえ、ジョナサン」と、ななが
加藤に似ているジョナサンに、好感を
告げようとすると
「変だな」と、ジョナサンが言うので
ななは、少し驚く。
加藤の代わり、みたいに
ジョナサンを思っていた事を
彼に見透かされていたように思って。
「音がする」ジョナサンは、地下の音に
集中していた。
「何もないはずなのに、地下から音がするよ」と、ジョナサンの少年のような
好奇心は、ななの事を気にしていなかったので
その事に、ななは安堵するけれど
半面、少年のようなジョナサンの心に
嘘をついてはいけない、と
加藤の代わりにジョナサンを愛そうとした
自身を反省する。
それは愛じゃないわ。
汚濁に塗れる一歩手前で、ななは踏み止まって。
重い鉄扉は、地下駐車場の
壁に点在しているが
そこに空間があると言う事を暗示している
かのようだ。
ジョナサンは「もう、地下鉄が出来たのかな?」と、ななに告げ
ななの表情を見て、どことなく察する。
「ななさんには、好きな人がいるのでしょう。
すみません、僕がいけない。
気づかなくて。ななさんを
愛してしまいそうでした」と、ジョナサンは
ジェントルマン。
科学の子だから、ななのように
幼い頃の親に嫌悪を持っているような
テンションもなく、健康的だ。
その事で、ななは
加藤を連想したのだった。
「わたしこそ、ジョナサンと
行きずりでもいいから恋してしまいたいと
思った。でも、それはいけない事。」
動物的な繁殖の為のプログラムを
楽しむ、汚濁した女に
もう少しで陥るところだった。
恋、と言う言葉を
使ってはいけないところなのだけれども。
「ジョナサン、ありがとう」と、ななは
少女の気持ちを思い出させてくれた彼に
感謝の気持ちを伝えた。
実らなかった恋だけれども、加藤との素敵な
思い出は
一生、大切にしょうと
ななは思う。
それだけで、ずっと
幸せに生きていけそうな、そんな気になる
ななだった。
いつか、おばあさんになって
からでも
素敵な思い出があれば、いつまでも
青空のようにさわやかに生きていけそう。
そう、ななは感じる。
でも、ななは
それなりに26才だから。
自分の体が魅力的だと無言で訴えている。
生き物だから当然なのだけど
子供を宿す、女として生まれた
性質で
600万年前は、社会も経済もなかったから
好きなように、衝動で
繁殖をしていった、そんな記憶が
ななにももちろん、ジョナサンにもある。
家族や経済、社会や租税、収入とか
変なもののせいで、人間は自由に恋愛が
できなくなった。
例えば、不安定な暮らししか送れない
かつてのなな、みたいな
派遣社員だと、例えば
婚姻は難しい。
子供でも出来たら、お金が掛かるのに
そこで派遣終了、なんて事になったら
子供がかわいそう。
そう思うと、婚姻もできない。
少子高齢化社会の原因は、派遣なんて
制度を作った国、だったりするのだ。
その、金銭も経済も、加藤が壊したし
エネルギー革命のせいで、派遣、なんて
事して働かなくても
良くなったし、働く必要もなくなった。
その派遣、なんてものも
一部のお金儲けが好きな人のせいだったから
ついでに、加藤が壊してくれた(笑)。
だから、ジョナサンと行きずりの恋に
墜ちても別ににいいのだけど
やっぱり、そうはできないのが
なな、だし
だから、神様が魔法をくれたのだろう。
神様は、そんな二人に
天から、ささやく。
「生命体は、そういうものじゃ。
別に、恥ずかしい事じゃなくて
人間は、社会があるから
繁殖のプログラムを隠蔽しないと
社会が、繁殖の場所になってしまう(笑)と言うだけじゃ」
実際、生命体にしてくれと
願って生まれて来た訳ではない(笑)。
勝手に、繁殖をするようにできているだけ、だ。
プログラムと言っても単純なもので
赤ん坊のような声、丸い体つきの曲線、
あるいは匂い。
そういうものに触れると
大切にしたくなるだけで
雄の場合は、遺伝子を残そうと
媒体を移動させたいと
行動する。
それだけなのだ。
それは、人間としての
たとえば
なな、や
ジョナサンの人格とは無関係に生じる。
生命体、この地球に発生したのは
当初は、水の中で
太陽の光から、炭酸同化作用で
有機物を作り、酸素を
作るような
微生物から始まって
その有機材の中から
収縮するタンパク質が発生した。
収縮と弛緩で、運動ができる。
筋肉のもと、である。
そうして、動く事ができるようになると
それが、動物のもと、になる。
その頃は自己増殖だから
自分の複製を残そうと
遺伝子が複写を始める。
そうすると、ひとつのフィールドが
狭くなるので
ふたつにわかれようとする。
そうして、めでたくふたつに別れると
それが生命体の誕生である。
別に、尊くもない(笑)。
すっと、飛んで
人間、ななやジョナサンの体の中でも
遺伝子が複製をあちこちで残している。
ただ、遺伝子を後世に遺そうとする
媒体を作る器官でも
媒体が増殖するので
放出したいと要求する、それだけだ(笑)。
なので、別にそれは
恥ずかしい事でも
何でもない(笑)
ただ、好みの相手でないと
繁殖したくないと言う部分は
そうして、様々な種類を
残したので
人間が生き延びた、と言うだけの事だった。
それは、文化にも言える。
損得だったら、損より得した方がいいに決まっている。
得すればうれしいのは
極めて生物的な感覚である。
でも、損得をするのが
資本家で
労働者は、資本家の損得のために
無理矢理残業をさせられたり(笑)
損得のため、と嘘ついて
労働者をイジメたりするのは
損得ではなく、醜い
資本家たちの心に住む悪意であるが
言って見れば、それは
増殖できない不幸な遺伝子媒体が
死んで行く断末魔の叫び、である。
遺伝子媒体のタンクが満杯になると
ストレスが掛かるが
機会に恵まれず
つまらない損得のために
明け暮れる
主に、年老いた資本家たちは
自らの存在を主張する事くらいしかできない。
他に楽しみを知らない愚かな人物なので
自己主張くらいしか関心がないのだ(笑)。
イジメの方法を考える暇があったら
金儲けの方法でも
考えた方が
順当だが
それほど賢くないのだ。
(笑)
ジョナサンは、鉄扉のドアノブを
ひとつひとつ、捻ってみた。
「開かないよ」と、ななは
ジョナサンのひたむきさに笑顔になる。
蒲田区役所の地下から、JR蒲田駅の方向に向かって
地下トンネルを掘ろうにも
それには、駅地下の東急ストアを移転して
東急目蒲線を地下に移す必要がある。
その工事はまだだ。
でも、それならどうして地下駐車場に
扉があるのだろう?
「開いた」ジョナサンは
扉のノブの一つが、たまたま鍵が
掛かっていない事に気づき
それを捻る。
大きな防火扉のような、鉄の扉は
重々しく開こうとして
軋み音を立てた。
「止めて、ジョナサン、怖いよ」ななは
ジョナサンの後ろに立って
彼の上着を引っ張った。
暗闇を恐れるのは、近代の人間の感覚である。
灯りがなかった頃は、日暮れの後は
闇だったし
人類以前には、樹上で生活していたが
やはり、夜は闇だった。
樹上で生活すると言う知恵が無ければ
やはり、夜は他の動物に食われると言う
危険があったので
それは怖い、ものであったろう。
ななは女の子だから、もちろん
防御的である。
それも、人類以前からそうで
雄に襲われると言う危険を避ける為の
知恵、である。
近代文明社会でも、法律が護る、とは言うものの
襲われてからでは遅い。
だけれども、遺伝子にそれがあるのなら
ジョナサンにもそれはあるはず、だが
少年、ジョナサンの冒険心と言うか
過大な行動力が、向こう見ずな事を
彼に誘う。
ドアを開き、隙間から足を踏み入れようとしたが....
暗闇を恐れる感覚は、そんな風に
長い時間を生きてきた人類の経験の
蓄積であるから
それなりに信憑性があると言える。
なので、科学の子ジョナサンにも
ふつうの子(笑)ななにも通じる。
だけど、生まれてから学んだような事は
本当か嘘かわからない事もあるから
闇雲に信じるのは、それこそ
暗闇を恐れないような無謀な事だ。
「!」ジョナサンは、足元が怪しい事に気づき
墜ちてしまいそうになった。
上着を掴んでいたななは
反射的に、助けようとして
身体が浮いた。
ななは、反射的に
空飛ぶ魔法を使ってしまって(笑)
暗闇に落ちるのは避けられた。
でも、ジョナサンは「ありがとう、でも
穴に下りて見たかった気もする」と、少年らしい冒険心を少し、忘れていない。
クリーム色の鉄扉を閉じて
ななは「落っこちたら痛いかも」と、笑う。
そだね、と
ジョナサンも笑った。
科学の子、ジョナサンは母も父も知らないけれど
それだけに、正しい教育を得ているので
いろいろな行動にも、正邪を見極める。
1960年代くらいまでは、アメリカンでも
それがふつうだった。
もちろん日本でもそうだったのだけど
正邪を見極められると都合が悪い人達が
正しい事を教えなくなったので
その人達が大人になる頃、世の中が
暴力的になったりするのは
割と、当たり前かもしれない。
どうしていいか、解らないのだから。
嘘を教える人も多い。
ドイツ人音楽家ワーグナーが、ユダヤ人
音楽家メンデルスゾーンを匿名で
非難したりした、とか
歴史的事実だけど
でも、周りがみんなそうしていたら
ドイツ人として、ユダヤ人を差別する
事が良くない、と
判断する事を、ドイツ人社会で
知る事は難しいし
そう教わる事も困難だ。
正邪と言うのは、そういうものである。
神様は、そんな彼らを天上から
微笑みながら見下ろし「自然の子供と
科学の子供か。いつか、どうなるのかの」と
少し未来を覗いて見たくなった。
神様は、その、少し先の未来を覗いて見る。
変わりないような世界で、ひとびとは
楽しく暮らしている。
家族を持たなければならない事もなく
望めば、子供も産めるけれど
女といえども、出産から解放されたい人は
そうする。
ジョナサンのように、科学的に生まれてくる
親のいない子供も増えた。
そういう子供達は、子供達同士で
コミュニティーを作って育つし
国の共同保育園で、豊かに暮らすから
かえって、妙な親のエゴイズムを知らずに
育つ分健康的で
魅力的な人間になる。
変な自己顕示とかは、ほとんど
親の強要による切迫観念のせいなので
そういう、おかしな闘争心もない。
平和で穏やかな子供達は、それでも
愛に目覚めて
恋したりする事もある。
父親が不在がちの家庭の男の子みたいに
変な母親に強要されて
男性としての自立が遅くなる、なんて事もない。
反対に、女の子が
父親のような男性を好む、なんて事も
少ない。
それでも、やっぱり
メンデルスゾーンと、アンデルセンみたいな
三角関係が起こったりするけれども
不幸に思い込む事もない。
過剰に思い込むのは、それも
育児の失敗による強迫観念である。
自然のままの類人猿のように、社会に
過度に抑制されなければ、親とて
子供達に強要する事もない。
それら強要は、大抵
仕事か何かで時間や金銭の余裕がないために
子供を大人の都合で支配しようとして起こす
ものだ。
なので、会社も金銭もない世界なら
大人もむやみに強要する事もない。
人類有史以来あった、農耕と牧畜より
生じる貯蓄の概念、転じて
貨幣の存在が
めぐりめぐって信用貨幣となってから
起きた異常な不公平は、全て
加藤の破壊行為で消え去ったのだった。
そうして、快い事ばかりに触れて
育った子供達は
朗らかになる。
医学的にも認められているが
脳神経の接続点で、グリア細胞が
グルタミン酸を制御しており
不快な事が度重なると、制御が壊れ
グルタミン過大になったりして
快いと感じなくなる。
みんなが自由に生きられるようになって
科学の子供達は、そういう危機に遭遇する
事はなくなった。
何の事はないが、不快な事のほとんどは
嫌な人や集団と付き合わなくてはならない
から、起こるので
働く必然がなくなれば、嫌な事を
する必要もない。
嫌な事をしなくても生きて行けるからである。
そうして生まれて育った、科学の子供達2世は
生まれつき、自由だ。
もとより規制されなくても、原野で
自由に生きて行けるし
親のようなものが規制しようにも
親そのものがいないので
思い通りに生きて行ける。
人間は、原始に戻れたのである。
いや、原始よりも自由なのは
エネルギー源が永久にあるという事で
狩猟も採集もしなくてもいい。
租税も無くなったし、そのせいで
住民登録などという面倒なものもなくなった。
どこに住んで、何をしてもいいとなれば
一日を、ほとんど開拓的に
過ごす事になる。
そういう環境なら、快い事に
満ちているのだろう。
神様は、そんな人間たちの
近未来を天上から見下ろして
「進化が進むと、どうなるのかのぉ」と
興味は続く。
神様は、感慨を以って
地上を臨む。
「人類の進化じゃの」
環境適応と言ってもいい。
生き物が、環境に合わせて生きていく
性質である。
浜松医大の研究で言えば
不快な事が続くと、脳内のグリア細胞が変化して
いつも気分が不快になってしまう、と言う
性質を見てもそうで
不快、つまり
いつも環境中からストレスがあると
そのストレスに備えるために、防御適応を
しなくてはならないので
故に不快な気分が続くのであろう。
見えざる敵からの防御である。
人類に進化する以前は、天敵があって
ジャングルの中で、いつも防御を考えて
生きていた人類の始祖たちは
ある時、樹上で暮らす事を覚えた。
その環境では、猛獣もいない。
そうすると、人類の始祖たちとの
同類同士の、割と安全な争いが
その、防御の対応であった。
人類に進化して、社会を作ると
今度は、人間たちの争いが
その、防御と攻撃の目的になったりする。
主に、それは損得とか言う概念の影響で
つまり、貨幣が起きて経済があるせいである。
差別も、結局は損得であり
正義も悪もそこにはないことから
それと分かる。
神様の視点では、誠に不思議な事である。
意味なく争っても、何の利得もなく
エネルギーの無駄なのだ(笑)。
つまり、天敵がいなくなって
暇になった人間の欲望が、それを齎したと
言う事なのだろう。
それを、一人の科学者と魔法が
破壊し、貨幣も経済も無くし
損得と言う概念のない人間社会になった事で
子供達は、醜い人間の争いから解放されて
永遠に子供達のまま、生きていく事が出来る。
子供達同士で愛しあって婚姻する事も出来るし
原始社会のように、家族ではなく
共有した群れで生きる事もできる。
ひとりで生きる事も、もちろん可能だ。
ただ、生きてしまった為に
人間として生れついたので
かわいいもの、愛らしいものを
愛でたい、そばに置きたいと
思ったりする。
そうしないと、不快になるのは
行動力が余ってしまうからである。
歌い踊る、文章を書く、映画を作る。
楽しみの為に人間は動くようになる。
神様が見下ろしている日本でも
都市生活になるまでは
恋愛も婚姻も自由で
例えば昭和になってさえ
農村や山奥では
子供は村の共有財産で
若い娘は、お年頃になると
女の子だけのコミュニティーに入り
老婆が大抵管理する
村外れの家に住み
そこで、若い男の
来訪者を待ち
恋を得て、婚姻に至る。
そういうコミュニティーが存在していた。
西洋でもそういう例は至る所にあり
例えばイスラエルなどでも散見されている。
それができなくなったのは
家族単位で租税をするために
国がそうしたので
つまり、人間の自由を
損得と貨幣が抑圧したと言う
側面もある。
もっとも、日本では
若い娘たちを
日本人に化けた渡来人の末裔、
年長者の男が凌辱する事が多かったので
国がそれを規制した、と言う側面もあるのだけれど。
ななは、ジョナサンと
蒲田区役所の地下駐車場から、そのまた下の
地下鉄予定空間に臨みながら。
神様が地上を臨むような気持ちになっていて(笑)
「どっちかと言うと、閻魔さまが
地獄を臨む気持ちかな」と、イメージを
声に出してしまって(笑)
ジョナサンが笑顔になる。
「地獄って具体的だよね。痛いとか辛いとか。
針の山とか、火あぶりとか。
でも天国ってひとそれぞれだから
しあわせってそうなんだろね」と、科学の子供達、ジョナサンは
イメージも科学的だ。
体感できる苦痛が、わかりやすい地獄の
イメージだったりする。
ななにとっては、女、のコミュニティーも
苦痛だったりしたけれど(笑)
意味もなく、抑圧されたりする。
人間の祖先、猿あたりからの経験で
雌は子供を育てる共同体、みたいな側面があるから
協同組合のように、同じ負担をさせられたりする。
猿の頃では、子供の面倒を
協同組合で(笑)するから
自分の子供でなくても面倒を見たり
年長の雌のマッサージ(笑)をしたりとか
そういう群れが転じ、人間の家族になって
女たちは、女社会を作っていたりする。
そこに、論理的な側面はないから
変な負担もある。
ななは愛らしいから、加藤のような男に
愛らしいと評価されると
愛らしくない女たちから嫉妬されて
事務所の台所掃除当番をさせられたり(笑)とか
そういう、コミュニティーを使った
意地悪はあったりする。
元々、コミュニティーは自由参加だから
出ればいいのだが(笑)
それを認めない、と言う
ある種テロ集団のような所もある(笑)。
集団の横暴とは、例えば
派遣労働者が望んでいないのに
派遣労働者の待遇を悪くする法案を
作るようなものだ(笑)。
それも、言って見れば横暴であるから
論理的でない。
ななは
加藤のような人のそばにいられれば
別に、貧乏だったとしても
幸せに暮らせそうな、そんな
空想をして
その空間に憧れてしまった、そんな
感じだった。
なので、隣席だから
時々、加藤と会話する。
たまに、メガネをかけて来るななを
「可愛らしいですね」と、穏やかに微笑んで
そういわれると、胸の奥が温まるような
そんな気がした。
なので、加藤が
元々いた科学研究所に戻ると言って
アルバイトを辞めた時
一緒に、辞めてしまったのだった。
もう、会えないなら
この場所に来るのも辛い。
そう思って、旅に出たのだった。
気持ちは不思議だと、ななは思う。
その加藤は、10年前に
心の忘れ物をして、並列時空間に
飛んでしまった、のだけれども
ななの心は、まだ
そこから進んでいない。
地下鉄の探検は、諦めた
ジョナサンは、少し残念そうだけど
「まあいいか」と、ニッコリして
ななのほうを振り向いて。
その笑顔を見ていると、ななも
まあいいか、って気持ちになる(笑)。
そんなもので、別に
恋愛とかって大袈裟に考えなくても
誰か、気の合う人と一緒にいるのは
楽しいものだし
そういう関係もいいものだ。
自然の子、ななは
親に育てられて来たから
なーんとなく、頼る相手に
甘えたい、みたいな気持ちは
どこかにあるし
「わたしって魅力的なのよ」って
身体で表現したい。
花のような存在の女の子って
生け花みたいに
全身が愛でたい存在、だったりする。
それは、ジョナサンにもわかる。
I like you don't you
って、ジョナサンはアメリカ英語で言うけど
その本当の意味は、日本人のななには
伝わらない。
言葉でひととひとが結ばれたり、離れたり
。
変なものだとジョナサンは、科学的に感じる(笑)。
子孫を残す為の人間の愛、でも
今はジョナサンのように、科学的に
生まれて来る事も出来るから
そんな科学の子供達の愛って、争いもなく
共和的。
「ジョナサンは、アメリカに恋人はいないの?」と、ななは楽しそうに聞く。
地下駐車場にクルマが入ってきて
タイヤの音が、地下に響く。
「うん。別に無理して恋しなくてもいいし。
友達は一杯いるけどね」と、ジョナサン。
アメリカンって、開放的だから
楽しいんだろうな、って
ななは想像する。
ブロンドの美人や、エボニーのファンキーガール。
笑いながら、海岸でサーフィンしたりとか。
なーんて、ななの想像は
どことなく映画っぽいけど(笑)。
行った事ないし。(笑)。
ななの想像だと、アメリカンって
そんな風に陽気で、お肉が大好きで
食べものは味がテキトーで(笑)
安くて一杯あって。
みたいなイメージだけど。
ジョナサンはあんまりそういう感じがしない。
それが不思議な、ななだったけど
エレベーターで区役所の1階に上がると
郵便局のひととか、区役所のひとが
玄関から外へ出て、タバコを吸っていたりする。
「おもしろいね、あんなにしてまで吸いたいのかな」と、ジョナサンは言う。
「わたしも解らないけど」と、タバコを
吸う事など知らない、ななも言う。
「刺激に慣れるんだって」と、ジョナサンは
科学の子供だけあって、知識に豊富だ。
いつも
のんびりしてるひとは、のんびりしてる顔になるけれど
それは、普段の習慣が表情に出るから、だったりする。
弱い立場の子供は、大人がとっても強く見えるから
感情的になる親なら、いない方がいい。
そんな意味で、科学の子供ジョナサンは
普通だ。
「アメリカに、科学の子供は多いの?」ななは
尋ねる。
日本にはまだ少ないけれど。
「アメリカンって、陽気で
開放的だって」と、ななは
区役所の広い玄関から、庭園になっている
エントランスを歩きながら。
少し離れて歩く、ジョナサンを振り向きながら。
にっこり。
その庭園は、区役所の人達の
憩いの場所になっていて
ベンチや、水際の公園みたいになっていて。
あちこちでタバコの煙りがたなびいている。
見上げると、硝子のタワーのような
区役所の建物が
太陽にきらめいて。
ジョナサンは「アメリカンって、陽気で
だれとでもHするとか?」と
あからさまに言うので
ななはちょっと恥ずかしくなった。
「そんな事ないよ。日本のJKがそうだって
アメリカでも言われてるけど、そんな事ないでしょ」と、ジョナサン(笑)。
「そんな事聞いてない」と、ななは
笑いながら。
「そうだよね。日本のJKってアメリカでも
有名だもの。レッグウォーマーで歩いてて」と
ジョナサンは、ルーズソックスの事を言っているのだろうか。
「ああ、あれ。今は廃れたけど」と、なな。
それにしても、どうしてアメリカンがだれとでもH(笑)
なんてイメージが伝わったんだか。
と、ななは思う。
日本のJKがそうだって言うイメージもそうだけど
そんな事ない。
JKって言うと、ななは
加藤の恋人になってしまった
あの少女の事を思い、ちょっと
悲しくなる。
科学の子供達だって、恋のライバルは
いるんだろうし、と思って
「ねえ、ジョナサン?科学の子供達だって
三角関係とか、なるんでしょ?」と
当たり前の事を聞く。
「それは、変わらない。でも、あんまり
ないかなぁ。どっちかと言うと」と、ジョナサンは淡々と言った。
「ほら、僕らは親って言うか
みんな一緒に育ってるから。
誰かだけが特別好きって思い込まないんだ。
コミュニティーの女の子は
大抵好きだし」と、ジョナサンは
淡々と言う。
そんなものだ。
もう、人間同士争う事もない。
争って生き延びないといけない、のは
野生生物の話で
人間は天敵も無くしたし
損得、なんて概念も
過去になったから
江戸時代の町人みたいに
その日暮らしで
十分幸せにやっていけるのだ。
都会が住みにくいとか
人が冷たい、なんて言うのは
田舎者が都会に出てきて言う言葉で
江戸っ子は、生れつき
周りに人がいて
だれとでも気軽に仲良くするのに
慣れているから
とても気楽で温かみのある人たちなのだけど
そういうふうに、子供達のコミュニティーで育った
ジョナサンたちは、だれとでもフレンドリー。
そういう事だから、過剰に
思い込んだりしないし
三角関係、なんて
誰かが傷ついたりするような
恋の仕方はしない。
そういうものだ。
争いたがる人って、実は
都会的ではないのだ。
ななは、違和感。「科学の子供達って
真剣に一人を思うって事ないの?」
ジョナサンは、歩きながら少し考えて
「わからないよ。みんな愛しいと思うけど
誰かが特別だって思ったりしないし。
こんな僕を好きになってくれたら、そのひとを
一生懸命に愛するよ、そのひとが
僕を嫌いになるまで」
と、ジョナサンはさらりと答える。
そうかなぁ、とななは思う。
わからないけど、ななは
いつもひとりを思っていたような
気がする。
でもそれが、純愛だって
思っていたからなのかな?と
ななは思う。
ジョナサンも思う。
ジョナサンが女の子を選ぶと言うより
選ばれた時、愛が始まった。
ジョナサンの愛は、生物的な愛で
大抵のオスは、撰ばれてカップルになる。
人類の祖先、猿や
隣人の類人猿たちでも
一見、群れのボスはオスで
メスを選択しているように見えるけど
メスたちは、選択していて
選ばれたオスが、ボスになれる。
それは、好ましいオス、と言う事で
人間で言えば、メスを大切にしてくれるオス
と言う事で
つまり、生物的に好ましいオス。
でも、人間は
ひとりひとり、脳が違っていて
ネットワークもないから
思い通りにならない事も多いし
可愛いものに恵まれない事も多い。
大昔から、そういう人達は
芸術で心を満たしたりした。
小説や、音楽、絵画や彫塑に
偶像的なものが多いのは、そんな理由でもある。
アニメーションや、映画のような
機械文明のあと、発達したものにも
そうした、愛らしい偶像が多いのは
世の中に愛らしいものが減ったせいでもあるし
別に、歴史的に
繰り返された事でもある。
ななのような女の子の文明は、大抵我が身が中心である。
装飾も美容も、我が身が中心なので
年老いた女が、美容に
お金をかけたりして
若い容姿になりたがったりするのも
それが本能的だからで
理論的には、あまり意味がないが
それが趣味なのだ。
なので、ななの感覚的な恋愛と
ジョナサンの理論的友好には
交わるところは少ないようにも見えるが(笑)
それも出会いである。
「じゃあ、ガールフレンドいっぱいなんだ。
いいね」と、ななは言うけれど
なんとなく、近代日本人のななには
それが、不純なような(笑)
そんな気持ちにもなる。
区役所の前の石段の通りには
京浜急行バスの蒲田駅バス停があったりして
通りの向こうには、大人の遊び場っぽい
場所があったりするけれども
ななは、そういう所に
縁がないだろうな、と
そう実感していたりするけれども
ジョナサンたちは、ななたちと
違った愛を持っているのだろうか。
「ガールフレンドと恋人は違うけどね」と
ジョナサンは言う。
「恋人は、ジョナサンが
ガールフレンドと遊びに行ったら
心配しない?」と、ななは
ちょっと前の日本みたいな感覚で聞く。
「よくわかんないなぁ。恋人なんていないし。
でも、二人きりでガールフレンドと遊びに行くって
あんまりないような気もするな。気まずいし。」と、ジョナサンは笑う。
笑い声に紛れて、愛らしい声で
ギターを弾きながら歌う若い女の子の
姿が
ジョナサンの向こうに見えた。
その女の子が生まれる前に作られた曲だけど
その声で歌うと、違った感じの曲に聞こえたり。
懐かしくて新しい、不思議な感じ。
ジョナサンたちのような若者たちのコミュニケーションも
そんな感じで
お互いに共同体に育っているから、みんなが
兄妹みたいなもので
そういう親近感の中で、あんまり
誰と誰が恋人だから、特別だとか
そんな感じにならないのは
なーんとなく小学校や中学校の頃みたいな
そんな感じ、で
懐かしい感じなんだけど
青年のジョナサンがそういうコミュニティーに
いるのは
ちょっと新しい。
それも、家族制度が不要になったいま、
だからだったりする。
見て、ななは気づく。
猿のような叫び声を上げて暴れる子供が
いないし、表情がとても愛らしいのだ。
「かわいいね」と、ななは声に。
親たちもにこやかで、のどかに
笑いながら会話をしている。
ここは蒲田で、どっちかと言うと
裕福な人の住むところでもなかったけれど
それでも、下町の昔からの住人は
いがみ合う事なく暮らして来た。
都市の暮らしに、江戸時代から
慣れて来た人々は、アメリカの黒人のように
陽気で楽しそうだったことを
ななも覚えている。
暮らしが貧しいと言っても、ものを欲しがる
訳でもなく
日々の暮らしに落ち着いている。
どこの土地でもそうで、移住してきた者が
妙に都会人のふりをしたりするけれど
400年前から江戸に暮らしているような
人は、土着の田舎者っぽい(笑)
温かみがある。
「ななさんは、子供好きですね」ジョナサンはにこやかに。
「うん、うるさいとか思ってたけど、今はそう思う」と、なな。
小さな子供達は、公園の砂場で遊んだり
噴水のお水に触れたり。
のんびりとした時間を過ごしている。
ジョナサンは「いいですね、子供好きなのは。
僕も、子供好きです」と、父母の記憶はないので
ジョナサンは、それだけに
遠い人類発祥からの記憶に基づいた言葉を
紡ぐ。
誰にでもある気持ちなのだけれども
ふつう、父母からの影響が大きいので
忘れかけているのだ。
本当は、誰だって子供を愛しいと思う
記憶が、心にあるのだ。
ななも、その記憶を
思い出して
そういえば、加藤さんは
最初から自由な感じで
ストレスがなさそうだったな、なんて
思い出して
科学の子供、ジョナサンと
似てる、なんて
思ったり。
風の渡る公園で、ゆたかな時間が
過ぎている。
ラーメン屋さんから、公園の中を通って
ななとジョナサンは、お散歩。
こういうの、いいな、って
ななは思っている。
すらりとした長身の美青年ジョナサンと、デート(笑)
ななは小柄だけど愛嬌のある子なので、美形の長身に憧れたりする。
ななは、加藤を思い出す。
嫌な事があっても
超然と笑顔で過ごしていた。
それなので、派遣先の社員たちが
劣等感に駆られるのだった。
何をしても相手にされず、感情的にもならない
加藤。
正しい事をしている、などと言う
主張もなく
ただ、相手にしないだけの彼。
イジメなどと言うものは、べつに
気にしなければどうと言う事もないものだ。
そう言外に言っているようだ加藤が
イジメに抑圧されている彼ら全員の
愚かさを自認させ、劣等感を刺激するので
(笑)
なお、彼らは加藤を敵視するのだった。
瞬間。
ふわ、と
ななの体が宙に浮いた。
反射的に、ジョナサンの手を取ると
あれ不思議。ジョナサンも宙に浮いた(笑)。
忘れていたけれど、ななは
神様から飛ぶ能力を貰っていて
飛びたいと思うと、飛んでしまったりする。
会いたくなかった人に会って。
ジョナサンも一緒に。
「変な男だね」と、ジョナサン。
科学の子だから、正義や平等は解るけど
利己とかは理解できない。
「なんで、法律で禁止してるような事でも
会社の上司が言えば従うのだろう」と。
「そういうところが変だったの。日本は。
派遣なんて制度がいけないのよ」と、ななは実感。
お金を払えば何をしてもいい、なんて
絶対変だ。
それで、その派遣先を辞めたのだけど。
もう過去のこと。
今では、派遣制度もなくなり
日本には平和が訪れた。
損得勘定が、日本を蝕んでいたのだけれども
それは日本に渡来して来た人が仕組んだ事だった。
宙を舞いながら、ななとジョナサンは
「空もいいですね」と、小鳥みたいに
ふんわり。
でも、小鳥だって
のんびり飛んでいる訳でもなくて
食べ物を探したり、繁殖の相手を探したり
忙しいのだ。
一生は短いのだから。
人間は、加藤の発明と
ルーフィの伝えた18世紀の魔法のおかげで
その何れからも自由になった。
いくらでもエネルギーは得られるし、
繁殖だってしなくてもいい。
でも、元々生き物だから
好き嫌いの感覚や愛は
600万年前から変わらない。
ななは、ジョナサンの事を
好ましいと思う。でも、恋愛の対象には
ならないような、そんな気がしていたり。
安心して委ねたいような、そういう気持ちに
なりたいって。
ななの心はそう言っているようだ。
ななは、宙に浮いているのが
心許ないので
すぐ近くの区役所の屋上に降りた。
羽田空港が遠くに見え、京急の3階建線路が
すぐ近くに見える。
ジョナサンは、楽しそうに「空飛べるのって、すごいね」と喜んだ。
それが、神様に貰った能力だから
ななにとってべつにうれしい事でもないけれど(笑)。
でも、秀でているから嬉しいと言うのも
変だとななは感じていた。
幼い頃から、ななは愛嬌のある少女だったけど
あまり勉強は得意ではなかったりして。
それは、学校の教師が
勉強の成績の優劣で生徒を差別していたりするからだったりして
そんなものなら勉強なんてしたくないと
思ったのもあった。
それも、実は
教師たちが毒されていたからで
本来の教育は、学ぶ楽しさを教えるものであるのに。
貨幣が無くなれば、理由をつけて
攻撃をしなくても良くなるのだ。
エネルギーは潤沢に、永遠に得られるので
攻撃に無駄エネルギーを使う理由はないし
疲れるだけだ(笑)。
元々優劣がなければ、優位なものを
攻撃、と言う
優位、と言う羨望もなくなるのである。
別に、経済がどうであれ
好ましいひとは、好ましい。
ななにとって、安心できるひとなら
近くにいて、頼りになってくれると嬉しいって
思うし
別に、家族でなくても
恋人でなくても。
男の子でも女の子でも、別にいいって思う。
それは自然な気持ちだし、生き物としての
群れの名残だったりする。
いまでは、誰でも無尽蔵のエネルギーがあるのだから
別に、自由に恋愛してもいい。
それはそうだけど、でも古いタイプのななとしては
やっぱり、男の子ジョナサンと、いきなり
恋愛するというのも(笑)
変だ、し
はしたないって思う。
そう、慌てて恋愛したり
結婚しなくても
別に生きていけるのだ。
屋上の風に吹かれて、ななは思うけど
「どうやって降りようか?」と、大切な
事に気づいた、ななだった(笑)
もう一度飛んで下りれば
よさそうなものだけれども(笑)
自由に飛ぼうと思っても飛べないところが
ななに掛けられた魔法の面白いところで
自分が魔法使いじゃないから、うまく使う
術もしらない。
ただ、気分が乗ると飛んでしまう(笑)
「こんなんじゃ、弁護士には絶対なれないな」と、ななは面白い事を言うので
ジョナサンは「ななは弁護士を目指しているの?」と、ふつうに、なな、と呼ぶ。
それはアメリカンらしい風習で
自然だけれども、なぜか日本人の、年下の
男の子に、なな、なんて呼ばれると
怒るだろうな、と
ななは思う(笑)。
屋上はヘリポートになってるので
下りる階段を探すのは結構大変だった。
でも、なんとか下りて
12階のフロアに下りて
エレベーターを待ちながら。
ななは、ジョナサンとお話をしながら
「でも、生き物だから」と、ジョナサンは
誰かを愛したいって思う、と
そんな風に思う時、薬が効いて来るって
面白い事を言った。
「薬?」と、ななは尋ねる。
「そう、薬が心に効くんだって。
誰かを愛して、その人のために何がしてあげようと思うのは、心の薬なんだって、そう
教わった」と、ジョナサンは言う。
そういえば、ななの側でも
優しい人は、みんな誰かの為に、って
生きている人で
「それで、ジョナサンは旅してるの?」
エレベーターが来て、人のいない12階の
扉が開いた。
ジョナサンと一緒に、エレベーターに乗って
ジョナサンは、地下2階のボタンを押した。
「どこ行くの?」ななは何気なく。
「区役所の地下を見てみたいな」と、ジョナサンは言う。
「京浜急行が、東急と地下鉄でつながるの」と、ジョナサンは面白い事を言う。
地下鉄の駅が出来るはずの区役所の下は
確かにがらんどうな駐車場で
靴音が響くような場所。
不自然な場所に、鉄の扉があって
よく聞くと、向こうに
大きな空間があるような余韻があった。
「ななは、弁護士になりたいの?」と、
唐突にジョナサンが言うので、ななは笑った。
その声も、広い空間に吸い込まれるような
響きがある。
ジョナサンは科学の子。
その響きで広さを感じ取り「地下3階まであるね」と。
「そんなのわかるの?」と、ななには
地上の雑音と混ざって、わからない。
「トンネルになっているね。響きが遠いし
低い音が共鳴してる」と、物理っぽい事を
楽しそうに話すジョナサンを見て
なんとなく、加藤を思い出すななは
自分が少し悲しくなって。
少し、涙が滲んでしまう。
忘れたようでも、思い出してしまって。
でも、もう、あの人は
ここにはいない。
ジョナサンにとって、涙ぐむ
ななは、不幸な衝撃だった。
振り返った彼は、意味がわからず
でも、ふるえる腕で
ななを思わず、抱き寄せてしまう。
科学が教えない、そんな行動は
生まれる、ずっと前から
600万年の昔から人間が持っている
優しい気持ち。
意味はない。
ジョナサンにとって不幸だったのは
ななの心には、まだ加藤が居たので
その抱擁は、ななにとって
優しい弟の、ようなものだったから。
でも、未経験なジョナサンにとっては
それが、初めて触れた女の子の肌で
柔らかく、芳しく。
感動に打ち震えたジョナサンだった。
その涙の意味を問う事もなく、ジョナサンは
ただ、それが愛と言うものなのだろうと
そう思った。
神様の薬ってこれ?
もともと、愛は
生物が繁殖のためにもっているプログラムである。
生命を慈しむ事が正しいとされているので
女の子を愛する事も、生命を作るためである(笑)。
なので、生命に危機が訪れると
繁殖をしたいと思うのは
例えば人間でもそうで
情報のように使われている
ホルモン、などが
ケミカルな情報媒体として
観測されている。
ノルアドレナリンなどは
戦闘のためのホルモンで
筋肉を緊張させたりするけれど
同時に、繁殖のための
誘因物質の分泌にも関連している
そういう理由で、危機が訪れると
繁殖が起こるのは
日本でも、よく動物行動学生が
観測するが
類人猿などの群れのリーダーが交代すると
雌が一斉に発情する、前記した
そんな例でも散見される。
危機が訪れなくなったジョナサンや、ななたちは
特に繁殖の必然はない。
けれども、ななのような
女の子が涙を流す事は
科学の子、ジョナサンの
古い記憶の中にあったデータを刺激するのだろう。
弱いもの、愛らしいものを
悲しませてはいけない、と言う
基本的な、弱者保護の
プログラムである。
人間は生き物だから
繁殖をする事を喜ぶように、出来ている。
そうしないと、死滅するから
そうなっているのだけれど
具体的には、行動を司る脳で
繁殖行動をすると気持ちいい、と感じるように
出来ている。
誠に不思議なのだが、進化の過程で
それをどうやって手に入れたか?(笑)。
それはともかく。
面白い事に、快も不快も
脳の中、神経の間に化学物質が満たされる事で
そう感じるように出来ている。
分泌、と言うか
小さな容器に入っていて、それが
出てきて
用済みなら回収される。
機械的に面白い仕掛けなのだけれども、それが
生き物には大抵備わっているのは
誠に不思議である。
ただ、人間は遊ぶ動物である。
ホモ・ルーデンスと言われる所以だが
その繁殖行動の気持ちよさを、遊ぶような
行動が見られるのは、人間の隣人、サルあたりからで
雌同士が、お互いに体を刺激して
気持ちよさを感じる事で
お互いの社会関係を保つ、と言う
今も昔も変わらない(笑)ような
行動があったりする。
人間は、その繁殖を
遊びにしてしまったので
言ってみれば、化学物質を脳で使うので
麻薬と同じで
つまり、気持ちよくない時は
不快になる。
つまり、繁殖のための機能を
遊びにしてしまうと
禁断症状のように、普段は不快、と言うか
不満になってしまう。
アメリカンでも1960年代あたりから
そういう風潮が興り
日本でも、1980年代あたりから
そうなった。
でも、賢い人は
脳で起こる快感だけを楽しむようになったから
面倒な繁殖の為の婚姻とかを避けて
快感だけで充分ハッピー(笑)だったりする。
かえって、家族を持って
新しい機会に恵まれず、禁断症状(笑)で
不満顔をしている人の方が
不幸、だったりする。
そんな理由もまた、ななたち
若い自由な人が、そういう古い人から
羨望と妬っかみ(笑)で
攻撃される理由でもあった。
でも今、そういう束縛から
少なくとも日本の人は解放されたし
ジョナサンたちアメリカンもほとんど解放された。
好きで恋愛して、子供が出来ても
育てるのが困難なら
国が引き取って育ててくれる。
家督も相続も不要な、エネルギー循環社会だからである。
食べ物すら、人工光合成を元に
有機化合物が無限エネルギーで作れるし
望めば、女は
子供を産む機能からも解放される。
発情がなくなれば、機能も不要なのである。
ジョナサンは、生まれる前から
持っている
繁殖のプログラムに沿って、ななを
対象にしてしまいたいと衝動する。
でも、ジョナサンは科学の子。
その人を愛するならば、その人の為に
ならない事はできない、と
理論的に考える。
1960年代までは日本にもあった、愛の感覚である。
それでも、ジョナサンは旅の若者。
衝動に負けてしまってはいけないと
自らを律する事が
男として正しいと、成熟した行動を示すが
それは、若干ななには
物足りなかったりする(笑)。
なながそう思うのも無理もなく
ななたちの世代と言うか、1960年代より後は
日本が、工業労働者の育成の為に
学校教育を行った世代である。
理由を考える事なく、服従し
周囲と同調する事を教えた。
そういう世代が大人になって、子供を
産んで教育すると
何も知らないので、子供を教えられず(笑)
ただ、服従する事だけを教えるけれど
そのストレスで、子供は攻撃的になり
親や教育者を嫌う。
つまり、歪んだ教育方針がいけないのだが
その元凶は損得である。
工場労働者を増やして、国を儲けさせよう。
もちろん、そのピンハネをして
資本家が儲ける事が目的の一部でもある(笑)
故の服従強要であり、正しい目的なら
服従させる必要はないので
つまり、目的が変だから
理由を明らかにできないのである(笑)。
つまり、理論的に考える事を禁じられた世代が
親になったので
そうした悲劇が起こった。
善悪すら教えられていないのは
善悪を知ると、損得と相反すると
都合が悪いから、である。
つい最近まで、「原発は安全だ」などと
教えられていたのもその一例で
事故で、その嘘が露見するのだが(笑)。
そのように、正しい認識を教えられていない
ななにとっては、無軌道な欲の充足が
渇望される。けれど
それは謝った教育の弊害である。
科学の子、ジョナサンは
その道を歩まない。
「ごめんなさい」と、ジョナサンは
やわらかな誘惑を断ち切る。
ほんとうは、ずっとそうしていたかったけれど
暗がりで抱き合っていたら、ジョナサンの
抑制もどこまで続くかわからなかった。
ななは、少し、残念に思ったけれど
その感覚は、加藤に感じたそれと
似ていて。
ジェントルマンなジョナサンを、加藤のようだと
好ましく思った。
加藤は、古い教育を受けた日本人の子孫だから
善悪をはっきり見極める。
それが故、いまの日本では行き場が
研究室くらいでしかなかった。
服従だけを教える国の教育のせいで
その、研究室ですら
不正研究で成果を捏造し、予算を着服するような
研究者が増えてはいたけれど。
損得だけを考え、隠れてするなら
悪い事だって平気。
そんな研究者が、増えていたのも
教育の歪みのせいで
服従を強要されれば、隠れて自由を
求めるのは当たり前で
それでは、教育ではない。
自ら考え、正しい判断をして
自律する事へ導くのが教育である。
それを行わなかったせいで、年老いても
成熟せず、分別のできない大人ばかりになったから
子供に分別がないのは当然である(笑)。
判断力の源を教えないから、だ。
政治も、そういう大人たちがすれば
損の押し付け合いになるから
そうなると、政治ではなくて
ただの衆愚である(笑)。
そういう衆愚が、損得勘定で
古い原発を使いつづけ、安全対策を怠ったところに
大地震が起きて。
衆愚たる存在が明らかになったのだった。
人間の愛は、我が身の為じゃなくて
愛する者がいて、それを初めて知る事ができる。
そう、ジョナサンは感じているし
ななも同じだろう。
それは、たぶん
ななが少女っぽい思いを忘れずに
生きて来たからで
ふつうの26才だったら、そんな事も忘れて
繁殖の為の行動を遊び、快楽に酔って
ふだんは、禁断症状のように
不満と不快に明け暮れる、つまらない大人に
堕ちてしまっていただろう。
そうしなかった理由は、ななにもわからないけれど
たぶん、母親の自堕落なそういう姿に
内心嫌悪していたからなのだろうと
ななは、女同士として
いつか、そうなってしまう自分を
怖いと思い、踏み止まっていた。
理屈はなにも分からなくても
感じ、で
汚濁に塗れたくないと感じた。
「ねえ、ジョナサン」と、ななが
加藤に似ているジョナサンに、好感を
告げようとすると
「変だな」と、ジョナサンが言うので
ななは、少し驚く。
加藤の代わり、みたいに
ジョナサンを思っていた事を
彼に見透かされていたように思って。
「音がする」ジョナサンは、地下の音に
集中していた。
「何もないはずなのに、地下から音がするよ」と、ジョナサンの少年のような
好奇心は、ななの事を気にしていなかったので
その事に、ななは安堵するけれど
半面、少年のようなジョナサンの心に
嘘をついてはいけない、と
加藤の代わりにジョナサンを愛そうとした
自身を反省する。
それは愛じゃないわ。
汚濁に塗れる一歩手前で、ななは踏み止まって。
重い鉄扉は、地下駐車場の
壁に点在しているが
そこに空間があると言う事を暗示している
かのようだ。
ジョナサンは「もう、地下鉄が出来たのかな?」と、ななに告げ
ななの表情を見て、どことなく察する。
「ななさんには、好きな人がいるのでしょう。
すみません、僕がいけない。
気づかなくて。ななさんを
愛してしまいそうでした」と、ジョナサンは
ジェントルマン。
科学の子だから、ななのように
幼い頃の親に嫌悪を持っているような
テンションもなく、健康的だ。
その事で、ななは
加藤を連想したのだった。
「わたしこそ、ジョナサンと
行きずりでもいいから恋してしまいたいと
思った。でも、それはいけない事。」
動物的な繁殖の為のプログラムを
楽しむ、汚濁した女に
もう少しで陥るところだった。
恋、と言う言葉を
使ってはいけないところなのだけれども。
「ジョナサン、ありがとう」と、ななは
少女の気持ちを思い出させてくれた彼に
感謝の気持ちを伝えた。
実らなかった恋だけれども、加藤との素敵な
思い出は
一生、大切にしょうと
ななは思う。
それだけで、ずっと
幸せに生きていけそうな、そんな気になる
ななだった。
いつか、おばあさんになって
からでも
素敵な思い出があれば、いつまでも
青空のようにさわやかに生きていけそう。
そう、ななは感じる。
でも、ななは
それなりに26才だから。
自分の体が魅力的だと無言で訴えている。
生き物だから当然なのだけど
子供を宿す、女として生まれた
性質で
600万年前は、社会も経済もなかったから
好きなように、衝動で
繁殖をしていった、そんな記憶が
ななにももちろん、ジョナサンにもある。
家族や経済、社会や租税、収入とか
変なもののせいで、人間は自由に恋愛が
できなくなった。
例えば、不安定な暮らししか送れない
かつてのなな、みたいな
派遣社員だと、例えば
婚姻は難しい。
子供でも出来たら、お金が掛かるのに
そこで派遣終了、なんて事になったら
子供がかわいそう。
そう思うと、婚姻もできない。
少子高齢化社会の原因は、派遣なんて
制度を作った国、だったりするのだ。
その、金銭も経済も、加藤が壊したし
エネルギー革命のせいで、派遣、なんて
事して働かなくても
良くなったし、働く必要もなくなった。
その派遣、なんてものも
一部のお金儲けが好きな人のせいだったから
ついでに、加藤が壊してくれた(笑)。
だから、ジョナサンと行きずりの恋に
墜ちても別ににいいのだけど
やっぱり、そうはできないのが
なな、だし
だから、神様が魔法をくれたのだろう。
神様は、そんな二人に
天から、ささやく。
「生命体は、そういうものじゃ。
別に、恥ずかしい事じゃなくて
人間は、社会があるから
繁殖のプログラムを隠蔽しないと
社会が、繁殖の場所になってしまう(笑)と言うだけじゃ」
実際、生命体にしてくれと
願って生まれて来た訳ではない(笑)。
勝手に、繁殖をするようにできているだけ、だ。
プログラムと言っても単純なもので
赤ん坊のような声、丸い体つきの曲線、
あるいは匂い。
そういうものに触れると
大切にしたくなるだけで
雄の場合は、遺伝子を残そうと
媒体を移動させたいと
行動する。
それだけなのだ。
それは、人間としての
たとえば
なな、や
ジョナサンの人格とは無関係に生じる。
生命体、この地球に発生したのは
当初は、水の中で
太陽の光から、炭酸同化作用で
有機物を作り、酸素を
作るような
微生物から始まって
その有機材の中から
収縮するタンパク質が発生した。
収縮と弛緩で、運動ができる。
筋肉のもと、である。
そうして、動く事ができるようになると
それが、動物のもと、になる。
その頃は自己増殖だから
自分の複製を残そうと
遺伝子が複写を始める。
そうすると、ひとつのフィールドが
狭くなるので
ふたつにわかれようとする。
そうして、めでたくふたつに別れると
それが生命体の誕生である。
別に、尊くもない(笑)。
すっと、飛んで
人間、ななやジョナサンの体の中でも
遺伝子が複製をあちこちで残している。
ただ、遺伝子を後世に遺そうとする
媒体を作る器官でも
媒体が増殖するので
放出したいと要求する、それだけだ(笑)。
なので、別にそれは
恥ずかしい事でも
何でもない(笑)
ただ、好みの相手でないと
繁殖したくないと言う部分は
そうして、様々な種類を
残したので
人間が生き延びた、と言うだけの事だった。
それは、文化にも言える。
損得だったら、損より得した方がいいに決まっている。
得すればうれしいのは
極めて生物的な感覚である。
でも、損得をするのが
資本家で
労働者は、資本家の損得のために
無理矢理残業をさせられたり(笑)
損得のため、と嘘ついて
労働者をイジメたりするのは
損得ではなく、醜い
資本家たちの心に住む悪意であるが
言って見れば、それは
増殖できない不幸な遺伝子媒体が
死んで行く断末魔の叫び、である。
遺伝子媒体のタンクが満杯になると
ストレスが掛かるが
機会に恵まれず
つまらない損得のために
明け暮れる
主に、年老いた資本家たちは
自らの存在を主張する事くらいしかできない。
他に楽しみを知らない愚かな人物なので
自己主張くらいしか関心がないのだ(笑)。
イジメの方法を考える暇があったら
金儲けの方法でも
考えた方が
順当だが
それほど賢くないのだ。
(笑)
ジョナサンは、鉄扉のドアノブを
ひとつひとつ、捻ってみた。
「開かないよ」と、ななは
ジョナサンのひたむきさに笑顔になる。
蒲田区役所の地下から、JR蒲田駅の方向に向かって
地下トンネルを掘ろうにも
それには、駅地下の東急ストアを移転して
東急目蒲線を地下に移す必要がある。
その工事はまだだ。
でも、それならどうして地下駐車場に
扉があるのだろう?
「開いた」ジョナサンは
扉のノブの一つが、たまたま鍵が
掛かっていない事に気づき
それを捻る。
大きな防火扉のような、鉄の扉は
重々しく開こうとして
軋み音を立てた。
「止めて、ジョナサン、怖いよ」ななは
ジョナサンの後ろに立って
彼の上着を引っ張った。
暗闇を恐れるのは、近代の人間の感覚である。
灯りがなかった頃は、日暮れの後は
闇だったし
人類以前には、樹上で生活していたが
やはり、夜は闇だった。
樹上で生活すると言う知恵が無ければ
やはり、夜は他の動物に食われると言う
危険があったので
それは怖い、ものであったろう。
ななは女の子だから、もちろん
防御的である。
それも、人類以前からそうで
雄に襲われると言う危険を避ける為の
知恵、である。
近代文明社会でも、法律が護る、とは言うものの
襲われてからでは遅い。
だけれども、遺伝子にそれがあるのなら
ジョナサンにもそれはあるはず、だが
少年、ジョナサンの冒険心と言うか
過大な行動力が、向こう見ずな事を
彼に誘う。
ドアを開き、隙間から足を踏み入れようとしたが....
暗闇を恐れる感覚は、そんな風に
長い時間を生きてきた人類の経験の
蓄積であるから
それなりに信憑性があると言える。
なので、科学の子ジョナサンにも
ふつうの子(笑)ななにも通じる。
だけど、生まれてから学んだような事は
本当か嘘かわからない事もあるから
闇雲に信じるのは、それこそ
暗闇を恐れないような無謀な事だ。
「!」ジョナサンは、足元が怪しい事に気づき
墜ちてしまいそうになった。
上着を掴んでいたななは
反射的に、助けようとして
身体が浮いた。
ななは、反射的に
空飛ぶ魔法を使ってしまって(笑)
暗闇に落ちるのは避けられた。
でも、ジョナサンは「ありがとう、でも
穴に下りて見たかった気もする」と、少年らしい冒険心を少し、忘れていない。
クリーム色の鉄扉を閉じて
ななは「落っこちたら痛いかも」と、笑う。
そだね、と
ジョナサンも笑った。
科学の子、ジョナサンは母も父も知らないけれど
それだけに、正しい教育を得ているので
いろいろな行動にも、正邪を見極める。
1960年代くらいまでは、アメリカンでも
それがふつうだった。
もちろん日本でもそうだったのだけど
正邪を見極められると都合が悪い人達が
正しい事を教えなくなったので
その人達が大人になる頃、世の中が
暴力的になったりするのは
割と、当たり前かもしれない。
どうしていいか、解らないのだから。
嘘を教える人も多い。
ドイツ人音楽家ワーグナーが、ユダヤ人
音楽家メンデルスゾーンを匿名で
非難したりした、とか
歴史的事実だけど
でも、周りがみんなそうしていたら
ドイツ人として、ユダヤ人を差別する
事が良くない、と
判断する事を、ドイツ人社会で
知る事は難しいし
そう教わる事も困難だ。
正邪と言うのは、そういうものである。
神様は、そんな彼らを天上から
微笑みながら見下ろし「自然の子供と
科学の子供か。いつか、どうなるのかの」と
少し未来を覗いて見たくなった。
神様は、その、少し先の未来を覗いて見る。
変わりないような世界で、ひとびとは
楽しく暮らしている。
家族を持たなければならない事もなく
望めば、子供も産めるけれど
女といえども、出産から解放されたい人は
そうする。
ジョナサンのように、科学的に生まれてくる
親のいない子供も増えた。
そういう子供達は、子供達同士で
コミュニティーを作って育つし
国の共同保育園で、豊かに暮らすから
かえって、妙な親のエゴイズムを知らずに
育つ分健康的で
魅力的な人間になる。
変な自己顕示とかは、ほとんど
親の強要による切迫観念のせいなので
そういう、おかしな闘争心もない。
平和で穏やかな子供達は、それでも
愛に目覚めて
恋したりする事もある。
父親が不在がちの家庭の男の子みたいに
変な母親に強要されて
男性としての自立が遅くなる、なんて事もない。
反対に、女の子が
父親のような男性を好む、なんて事も
少ない。
それでも、やっぱり
メンデルスゾーンと、アンデルセンみたいな
三角関係が起こったりするけれども
不幸に思い込む事もない。
過剰に思い込むのは、それも
育児の失敗による強迫観念である。
自然のままの類人猿のように、社会に
過度に抑制されなければ、親とて
子供達に強要する事もない。
それら強要は、大抵
仕事か何かで時間や金銭の余裕がないために
子供を大人の都合で支配しようとして起こす
ものだ。
なので、会社も金銭もない世界なら
大人もむやみに強要する事もない。
人類有史以来あった、農耕と牧畜より
生じる貯蓄の概念、転じて
貨幣の存在が
めぐりめぐって信用貨幣となってから
起きた異常な不公平は、全て
加藤の破壊行為で消え去ったのだった。
そうして、快い事ばかりに触れて
育った子供達は
朗らかになる。
医学的にも認められているが
脳神経の接続点で、グリア細胞が
グルタミン酸を制御しており
不快な事が度重なると、制御が壊れ
グルタミン過大になったりして
快いと感じなくなる。
みんなが自由に生きられるようになって
科学の子供達は、そういう危機に遭遇する
事はなくなった。
何の事はないが、不快な事のほとんどは
嫌な人や集団と付き合わなくてはならない
から、起こるので
働く必然がなくなれば、嫌な事を
する必要もない。
嫌な事をしなくても生きて行けるからである。
そうして生まれて育った、科学の子供達2世は
生まれつき、自由だ。
もとより規制されなくても、原野で
自由に生きて行けるし
親のようなものが規制しようにも
親そのものがいないので
思い通りに生きて行ける。
人間は、原始に戻れたのである。
いや、原始よりも自由なのは
エネルギー源が永久にあるという事で
狩猟も採集もしなくてもいい。
租税も無くなったし、そのせいで
住民登録などという面倒なものもなくなった。
どこに住んで、何をしてもいいとなれば
一日を、ほとんど開拓的に
過ごす事になる。
そういう環境なら、快い事に
満ちているのだろう。
神様は、そんな人間たちの
近未来を天上から見下ろして
「進化が進むと、どうなるのかのぉ」と
興味は続く。
神様は、感慨を以って
地上を臨む。
「人類の進化じゃの」
環境適応と言ってもいい。
生き物が、環境に合わせて生きていく
性質である。
浜松医大の研究で言えば
不快な事が続くと、脳内のグリア細胞が変化して
いつも気分が不快になってしまう、と言う
性質を見てもそうで
不快、つまり
いつも環境中からストレスがあると
そのストレスに備えるために、防御適応を
しなくてはならないので
故に不快な気分が続くのであろう。
見えざる敵からの防御である。
人類に進化する以前は、天敵があって
ジャングルの中で、いつも防御を考えて
生きていた人類の始祖たちは
ある時、樹上で暮らす事を覚えた。
その環境では、猛獣もいない。
そうすると、人類の始祖たちとの
同類同士の、割と安全な争いが
その、防御の対応であった。
人類に進化して、社会を作ると
今度は、人間たちの争いが
その、防御と攻撃の目的になったりする。
主に、それは損得とか言う概念の影響で
つまり、貨幣が起きて経済があるせいである。
差別も、結局は損得であり
正義も悪もそこにはないことから
それと分かる。
神様の視点では、誠に不思議な事である。
意味なく争っても、何の利得もなく
エネルギーの無駄なのだ(笑)。
つまり、天敵がいなくなって
暇になった人間の欲望が、それを齎したと
言う事なのだろう。
それを、一人の科学者と魔法が
破壊し、貨幣も経済も無くし
損得と言う概念のない人間社会になった事で
子供達は、醜い人間の争いから解放されて
永遠に子供達のまま、生きていく事が出来る。
子供達同士で愛しあって婚姻する事も出来るし
原始社会のように、家族ではなく
共有した群れで生きる事もできる。
ひとりで生きる事も、もちろん可能だ。
ただ、生きてしまった為に
人間として生れついたので
かわいいもの、愛らしいものを
愛でたい、そばに置きたいと
思ったりする。
そうしないと、不快になるのは
行動力が余ってしまうからである。
歌い踊る、文章を書く、映画を作る。
楽しみの為に人間は動くようになる。
神様が見下ろしている日本でも
都市生活になるまでは
恋愛も婚姻も自由で
例えば昭和になってさえ
農村や山奥では
子供は村の共有財産で
若い娘は、お年頃になると
女の子だけのコミュニティーに入り
老婆が大抵管理する
村外れの家に住み
そこで、若い男の
来訪者を待ち
恋を得て、婚姻に至る。
そういうコミュニティーが存在していた。
西洋でもそういう例は至る所にあり
例えばイスラエルなどでも散見されている。
それができなくなったのは
家族単位で租税をするために
国がそうしたので
つまり、人間の自由を
損得と貨幣が抑圧したと言う
側面もある。
もっとも、日本では
若い娘たちを
日本人に化けた渡来人の末裔、
年長者の男が凌辱する事が多かったので
国がそれを規制した、と言う側面もあるのだけれど。
ななは、ジョナサンと
蒲田区役所の地下駐車場から、そのまた下の
地下鉄予定空間に臨みながら。
神様が地上を臨むような気持ちになっていて(笑)
「どっちかと言うと、閻魔さまが
地獄を臨む気持ちかな」と、イメージを
声に出してしまって(笑)
ジョナサンが笑顔になる。
「地獄って具体的だよね。痛いとか辛いとか。
針の山とか、火あぶりとか。
でも天国ってひとそれぞれだから
しあわせってそうなんだろね」と、科学の子供達、ジョナサンは
イメージも科学的だ。
体感できる苦痛が、わかりやすい地獄の
イメージだったりする。
ななにとっては、女、のコミュニティーも
苦痛だったりしたけれど(笑)
意味もなく、抑圧されたりする。
人間の祖先、猿あたりからの経験で
雌は子供を育てる共同体、みたいな側面があるから
協同組合のように、同じ負担をさせられたりする。
猿の頃では、子供の面倒を
協同組合で(笑)するから
自分の子供でなくても面倒を見たり
年長の雌のマッサージ(笑)をしたりとか
そういう群れが転じ、人間の家族になって
女たちは、女社会を作っていたりする。
そこに、論理的な側面はないから
変な負担もある。
ななは愛らしいから、加藤のような男に
愛らしいと評価されると
愛らしくない女たちから嫉妬されて
事務所の台所掃除当番をさせられたり(笑)とか
そういう、コミュニティーを使った
意地悪はあったりする。
元々、コミュニティーは自由参加だから
出ればいいのだが(笑)
それを認めない、と言う
ある種テロ集団のような所もある(笑)。
集団の横暴とは、例えば
派遣労働者が望んでいないのに
派遣労働者の待遇を悪くする法案を
作るようなものだ(笑)。
それも、言って見れば横暴であるから
論理的でない。
ななは
加藤のような人のそばにいられれば
別に、貧乏だったとしても
幸せに暮らせそうな、そんな
空想をして
その空間に憧れてしまった、そんな
感じだった。
なので、隣席だから
時々、加藤と会話する。
たまに、メガネをかけて来るななを
「可愛らしいですね」と、穏やかに微笑んで
そういわれると、胸の奥が温まるような
そんな気がした。
なので、加藤が
元々いた科学研究所に戻ると言って
アルバイトを辞めた時
一緒に、辞めてしまったのだった。
もう、会えないなら
この場所に来るのも辛い。
そう思って、旅に出たのだった。
気持ちは不思議だと、ななは思う。
その加藤は、10年前に
心の忘れ物をして、並列時空間に
飛んでしまった、のだけれども
ななの心は、まだ
そこから進んでいない。
地下鉄の探検は、諦めた
ジョナサンは、少し残念そうだけど
「まあいいか」と、ニッコリして
ななのほうを振り向いて。
その笑顔を見ていると、ななも
まあいいか、って気持ちになる(笑)。
そんなもので、別に
恋愛とかって大袈裟に考えなくても
誰か、気の合う人と一緒にいるのは
楽しいものだし
そういう関係もいいものだ。
自然の子、ななは
親に育てられて来たから
なーんとなく、頼る相手に
甘えたい、みたいな気持ちは
どこかにあるし
「わたしって魅力的なのよ」って
身体で表現したい。
花のような存在の女の子って
生け花みたいに
全身が愛でたい存在、だったりする。
それは、ジョナサンにもわかる。
I like you don't you
って、ジョナサンはアメリカ英語で言うけど
その本当の意味は、日本人のななには
伝わらない。
言葉でひととひとが結ばれたり、離れたり
。
変なものだとジョナサンは、科学的に感じる(笑)。
子孫を残す為の人間の愛、でも
今はジョナサンのように、科学的に
生まれて来る事も出来るから
そんな科学の子供達の愛って、争いもなく
共和的。
「ジョナサンは、アメリカに恋人はいないの?」と、ななは楽しそうに聞く。
地下駐車場にクルマが入ってきて
タイヤの音が、地下に響く。
「うん。別に無理して恋しなくてもいいし。
友達は一杯いるけどね」と、ジョナサン。
アメリカンって、開放的だから
楽しいんだろうな、って
ななは想像する。
ブロンドの美人や、エボニーのファンキーガール。
笑いながら、海岸でサーフィンしたりとか。
なーんて、ななの想像は
どことなく映画っぽいけど(笑)。
行った事ないし。(笑)。
ななの想像だと、アメリカンって
そんな風に陽気で、お肉が大好きで
食べものは味がテキトーで(笑)
安くて一杯あって。
みたいなイメージだけど。
ジョナサンはあんまりそういう感じがしない。
それが不思議な、ななだったけど
エレベーターで区役所の1階に上がると
郵便局のひととか、区役所のひとが
玄関から外へ出て、タバコを吸っていたりする。
「おもしろいね、あんなにしてまで吸いたいのかな」と、ジョナサンは言う。
「わたしも解らないけど」と、タバコを
吸う事など知らない、ななも言う。
「刺激に慣れるんだって」と、ジョナサンは
科学の子供だけあって、知識に豊富だ。
いつも
のんびりしてるひとは、のんびりしてる顔になるけれど
それは、普段の習慣が表情に出るから、だったりする。
弱い立場の子供は、大人がとっても強く見えるから
感情的になる親なら、いない方がいい。
そんな意味で、科学の子供ジョナサンは
普通だ。
「アメリカに、科学の子供は多いの?」ななは
尋ねる。
日本にはまだ少ないけれど。
「アメリカンって、陽気で
開放的だって」と、ななは
区役所の広い玄関から、庭園になっている
エントランスを歩きながら。
少し離れて歩く、ジョナサンを振り向きながら。
にっこり。
その庭園は、区役所の人達の
憩いの場所になっていて
ベンチや、水際の公園みたいになっていて。
あちこちでタバコの煙りがたなびいている。
見上げると、硝子のタワーのような
区役所の建物が
太陽にきらめいて。
ジョナサンは「アメリカンって、陽気で
だれとでもHするとか?」と
あからさまに言うので
ななはちょっと恥ずかしくなった。
「そんな事ないよ。日本のJKがそうだって
アメリカでも言われてるけど、そんな事ないでしょ」と、ジョナサン(笑)。
「そんな事聞いてない」と、ななは
笑いながら。
「そうだよね。日本のJKってアメリカでも
有名だもの。レッグウォーマーで歩いてて」と
ジョナサンは、ルーズソックスの事を言っているのだろうか。
「ああ、あれ。今は廃れたけど」と、なな。
それにしても、どうしてアメリカンがだれとでもH(笑)
なんてイメージが伝わったんだか。
と、ななは思う。
日本のJKがそうだって言うイメージもそうだけど
そんな事ない。
JKって言うと、ななは
加藤の恋人になってしまった
あの少女の事を思い、ちょっと
悲しくなる。
科学の子供達だって、恋のライバルは
いるんだろうし、と思って
「ねえ、ジョナサン?科学の子供達だって
三角関係とか、なるんでしょ?」と
当たり前の事を聞く。
「それは、変わらない。でも、あんまり
ないかなぁ。どっちかと言うと」と、ジョナサンは淡々と言った。
「ほら、僕らは親って言うか
みんな一緒に育ってるから。
誰かだけが特別好きって思い込まないんだ。
コミュニティーの女の子は
大抵好きだし」と、ジョナサンは
淡々と言う。
そんなものだ。
もう、人間同士争う事もない。
争って生き延びないといけない、のは
野生生物の話で
人間は天敵も無くしたし
損得、なんて概念も
過去になったから
江戸時代の町人みたいに
その日暮らしで
十分幸せにやっていけるのだ。
都会が住みにくいとか
人が冷たい、なんて言うのは
田舎者が都会に出てきて言う言葉で
江戸っ子は、生れつき
周りに人がいて
だれとでも気軽に仲良くするのに
慣れているから
とても気楽で温かみのある人たちなのだけど
そういうふうに、子供達のコミュニティーで育った
ジョナサンたちは、だれとでもフレンドリー。
そういう事だから、過剰に
思い込んだりしないし
三角関係、なんて
誰かが傷ついたりするような
恋の仕方はしない。
そういうものだ。
争いたがる人って、実は
都会的ではないのだ。
ななは、違和感。「科学の子供達って
真剣に一人を思うって事ないの?」
ジョナサンは、歩きながら少し考えて
「わからないよ。みんな愛しいと思うけど
誰かが特別だって思ったりしないし。
こんな僕を好きになってくれたら、そのひとを
一生懸命に愛するよ、そのひとが
僕を嫌いになるまで」
と、ジョナサンはさらりと答える。
そうかなぁ、とななは思う。
わからないけど、ななは
いつもひとりを思っていたような
気がする。
でもそれが、純愛だって
思っていたからなのかな?と
ななは思う。
ジョナサンも思う。
ジョナサンが女の子を選ぶと言うより
選ばれた時、愛が始まった。
ジョナサンの愛は、生物的な愛で
大抵のオスは、撰ばれてカップルになる。
人類の祖先、猿や
隣人の類人猿たちでも
一見、群れのボスはオスで
メスを選択しているように見えるけど
メスたちは、選択していて
選ばれたオスが、ボスになれる。
それは、好ましいオス、と言う事で
人間で言えば、メスを大切にしてくれるオス
と言う事で
つまり、生物的に好ましいオス。
でも、人間は
ひとりひとり、脳が違っていて
ネットワークもないから
思い通りにならない事も多いし
可愛いものに恵まれない事も多い。
大昔から、そういう人達は
芸術で心を満たしたりした。
小説や、音楽、絵画や彫塑に
偶像的なものが多いのは、そんな理由でもある。
アニメーションや、映画のような
機械文明のあと、発達したものにも
そうした、愛らしい偶像が多いのは
世の中に愛らしいものが減ったせいでもあるし
別に、歴史的に
繰り返された事でもある。
ななのような女の子の文明は、大抵我が身が中心である。
装飾も美容も、我が身が中心なので
年老いた女が、美容に
お金をかけたりして
若い容姿になりたがったりするのも
それが本能的だからで
理論的には、あまり意味がないが
それが趣味なのだ。
なので、ななの感覚的な恋愛と
ジョナサンの理論的友好には
交わるところは少ないようにも見えるが(笑)
それも出会いである。
「じゃあ、ガールフレンドいっぱいなんだ。
いいね」と、ななは言うけれど
なんとなく、近代日本人のななには
それが、不純なような(笑)
そんな気持ちにもなる。
区役所の前の石段の通りには
京浜急行バスの蒲田駅バス停があったりして
通りの向こうには、大人の遊び場っぽい
場所があったりするけれども
ななは、そういう所に
縁がないだろうな、と
そう実感していたりするけれども
ジョナサンたちは、ななたちと
違った愛を持っているのだろうか。
「ガールフレンドと恋人は違うけどね」と
ジョナサンは言う。
「恋人は、ジョナサンが
ガールフレンドと遊びに行ったら
心配しない?」と、ななは
ちょっと前の日本みたいな感覚で聞く。
「よくわかんないなぁ。恋人なんていないし。
でも、二人きりでガールフレンドと遊びに行くって
あんまりないような気もするな。気まずいし。」と、ジョナサンは笑う。
笑い声に紛れて、愛らしい声で
ギターを弾きながら歌う若い女の子の
姿が
ジョナサンの向こうに見えた。
その女の子が生まれる前に作られた曲だけど
その声で歌うと、違った感じの曲に聞こえたり。
懐かしくて新しい、不思議な感じ。
ジョナサンたちのような若者たちのコミュニケーションも
そんな感じで
お互いに共同体に育っているから、みんなが
兄妹みたいなもので
そういう親近感の中で、あんまり
誰と誰が恋人だから、特別だとか
そんな感じにならないのは
なーんとなく小学校や中学校の頃みたいな
そんな感じ、で
懐かしい感じなんだけど
青年のジョナサンがそういうコミュニティーに
いるのは
ちょっと新しい。
それも、家族制度が不要になったいま、
だからだったりする。
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