Negative Fugitive

鬼灯二人

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第一幕『塞翁が馬』

第一幕・八『始まりを告げる音 -ハジマリヲツゲルオト-』

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 ~ ~ ~ ~ ~


 ――セルムッドに決闘を申し込まれてから早くも数日が経ち、彼に険悪な視線を向けられたままミツルは闘いの日を迎えた。

 あれからミツルとセルムッドの二人は一言も口を利かず、それでいて同じ教室内で蛍雪の功を積んでいたために非常に気まずい空気感を漂わせていた。

 アリヤは噂を聞いたのか、青いネクタイを激しく揺らしながら慌てふためいた様子で実技科まで出向いてきた。

 ミツルはお人好しの彼女を有難くも思いながら落ち着いた赴きでおだてる。

 ローリアはミツルが入学した日からずっと傍らにくっついたままだ。何故こんなにも懐かれたのか。
 ここまで来るともはやペットである。

 決闘の時間に遅れないよう新しく覚えた異世界の時間を確認しながら、実技科方面に設けられた闘技場へと足を運ぶ。

「――私が魔術科にいる間に、ミツルはまた厄介事に首を突っ込んだの?」

「言ってなかったか? 不可抗力だ。向こうから仕掛けてきたんだよ」

 心配げに眉を寄せ、端正なその顔に愁いを浮かべるアリヤにミツルはため息混じりに答える。

 だが言われてみればそうかもしれない。
 この世界に来てからまだ日が浅いというのに、ババ抜きもどきや市場通りでの喧嘩、それから今回の決闘。もう三つ目だ。

 もしかして自分は巻き込まれ体質なのかと思ったが、三つのうち二つは自分から首を突っ込んだのだからむしろ真逆だろう。

「――セルムッド・クラトス。クラトス家の長男で、火と水のマディラム使い。小生意気なやつだが、それに見合う剣とマディラムの使い手だよ。……あと一部からモテモテだ」

 ローリアは少々頬を膨らませながら愚痴を吐露する。

「強いのか?」

「強いよ。とってもね」

 ミツルが訊くと、アリヤは顔を引き締めて真剣な眼差しで答えた。

「何せスレイヤード騎士団候補生だからな。ボクでも、彼には勝てない」

 セルムッドの強さを引き立たせるかのように、ローリアは悔し気な顔つきで言い漏らす。

 二人がそこまで言うのであれば、セルムッドの言い放った学院一というのも事実なのだろう。
 それだけ強ければ、性格が悪くとも多少異性にはモテるだろうし自惚れるのも当然のことだ。

 けれど、だからといって矛先を無闇矢鱈と振り回していいというわけではない。自分が最強というのならば、周りには自分よりも弱い人間しかいないのだ。
 弱者を憐れむだけならまだいい。だがそれ以上の攻撃はしてはいけない。しないでほしい。

 明るくて、楽観的で、恵まれていて、幸せで――。
 どこか強ければ、その美点を活用し人生を謳歌できる。

 けれど、どこにも強い部分が見つからなかったら。

 そいつは弱者と成り果て、強者に蹂躙される運命を辿り行く。
 強者は弱者を愚弄し、翻弄し、なぶり殺すことに快楽を覚える。これは野生動物に限らず、人間にも言えることである。否、人間だからこそ言えることなのである。

 他人を犠牲にしないと自分の存在意義を確かめられないのは、自らが劣っていると自覚しているからなのだと俺は思う。

 ならば何故、劣っている自分を素直に受け入れることができないのか。
 優れている部分は限りなく肯定的に捉えるくせに、何故劣っている部分は否定し排除し排斥しようとするのか。

 好きな物だけを食べて嫌いな物は残すだなんて、その方がよほど幼稚でみすぼらしい。
 肉ばかりを食べて野菜を食べなければぶくぶくと太るのが定石だ。

 世に完璧人間など存在しない。
 どんなに頭が良くても、どれほど運動能力に長けていても、それを台無しにでもするかのように短所がどこからか入り込む。

 いくら自分を美化しようとも、他者から見る目が自身を見る目と違えばなんの意味もない。
 ならば、不完全で中途半端な人間は優劣の肉塊と呼ぶにふさわしかろう。

 優れた人間が明るく輝く、誰もが親身に寄り添う存在なのならば、劣っている事すら個性の内ではないのか。
 暗く醜く、悲観的な人間でも、それを個性として見て取れるではないか。

『一人一人の個性を尊重せよ』などと言っておきながら、そのルールを破り虐めて苛めているのは他でもない社会自身だろう。

 欠陥品だから檻に閉じ込めておくなど、平等とは言えまい。
 狭い檻に閉じ込められ続けたものは負の感情を蓄え、やがてそれは殺人衝動や迷惑行為などに移転する。

 しかし誰しもが流れに身を任せ、流れるがままに見て見ぬ振りをする。

 弱者の弱いなりの力を、見出そうとせず蹴落とす。
 貧弱で微弱で微々たる力を、使えもしないだろうと勝手に判断し勝手に捨てる。

 あんなのは屑だ。端から理解しようとしない頭の悪いただの類人猿だ。言葉を喋るだけの猿に過ぎない。

 だから言うのだ。

『馬鹿には何を言っても分からない』と。

 上を向いて、空の世界ばかりを知って、地で這いつくばって生きている底辺世界の住人の存在を知ろうとしない。

 理屈も言葉も道理も訳合いも通じぬ、表側だけ着飾って躍起になる低能相手には、力でねじ伏せ血と地の味を確かめさせるほか道はない。
 自分の中に流れる血を知れば、いつも踏みにじっている泥の味を知れば、その不味さに目を覚ますことだろう。

 私情だけで事を解決出来るのなら、どれほど楽なのか想像もつかない。
 けれどそれは、全員合致で納得のいく理由で解決出来るものではない。

 故に、自らを戒めなければならないーー。
 感情ではなく、理性をもって行動しなければと。

 ――二人の話を聞いて、独白してミツルはゆっくり大きく息を吸うと、歩を進めて間近に迫ってきた闘技場を見るや固く拳を握りしめた。


 ~ ~ ~ ~ ~


 闘技場は茶色がかった石で円形に造られ、周囲の上方から観戦できる、ローマのコロッセオを彷彿とさせるような形状になっていた。

 階段状になっている席には、既にちらほらと観戦客が居座っているのが見受けられた。

 メインである闘技場の中央部分は学校の運動場のように砂が敷かれており、ところどころに大人が丸々隠れられるほどの大岩が設置されている。おそらく身を隠す、あるいは守るためにあるのだろう。

 両端には対峙するように入退場の口が開いている。言わずもがな、闘う際にはあそこから入ってくる事がわかる。奥には決闘をする当人達の控え室があるのだろう。

 ――しばらくの間ミツルが闘いの場となる闘技場を眺めていると、一人の男がこちらに近づいてくるのがわかった。三十代くらいの若々しさの残った男である。

「やあ。君が今回決闘の一派となるミツルさんかな? なるほど、耳にした通り黒尽くめだな」

 愛想良く接してくる男は、ミツルを一瞥するとそう口にした。

「ああ。……あの、あんたは?」

 対してミツルはコミュ力の無い人間、ついぶっきらぼうな口振りで答えてしまう。
 しかし目の前の男は気にせずスルー。ぶつけられた質問にしっかりと受け答える。

「私は君たち決闘者の勝敗ないし過剰行為を雌雄する、いわゆる審判だ」

「なるほど。――俺はどうすればいいんだ?」

 ミツルが言うと、審判を名乗る男は片方の入退口を指差しながら、

「あの奥が控え室になっている。時間が来れば、合図として音楽が鳴り響くようになっているから、そうしたら印の描かれたその場所まで来てくれ」

 そう言いながら男は次に地面に描かれたまるい幾何学模様の印に指を向ける。

「わかった。俺は控え室で待ってればいいんだな?」

 ミツルは男に最終確認をすると、

「ああ、そうだ」

 男は短く返答をした。

 ミツルとアリヤ、ローリアが控え室へ行くのに男に背を向けかけようとすると男が「待った」と呼び止める。

「――君、本当にセルムッド・クラトスと対決するのかい? 私は職業柄、何度か彼の戦闘を見たことがあるが、彼に勝った人を見たことが無い。勝算はあるのかい?」

 無用な心配をしてくれるフレンドリーな審判官に、それまで黙って二人のやり取りを後ろで見ていたローリアとアリヤが口を開く。

「案ずる必要はない。以前にボクとアリヤがマディラムの扱い方を教えている。ボクの目から見ても、負ける確率のほうが低い」

「それはミツルの不安を余計に煽るだけだと思うけど……。でも、今のミツルなら少なくとも簡単に負けることは無いと思うよ」

 彼女たちのミツルに対する真摯な応援に審判官の男は笑いながら肩をすくめ、それ以上のことは何も口に出すことはなかった。


「――決闘まであと少しあるけど、どうする?」

 控え室に入って椅子に腰掛け時間を待つミツル。それをただ黙って見守るローリア。
 そんな緊張という空気に包まれた空間を息苦しく思ったのだろうか、アリヤがそんなことを口にするが、

「「待つ」」

 ミツルとローリアが腕を組みながら寸分違わず一言言い放つ。
 アリヤはシンクロした二人を少し驚いた様子で見ていたが、すぐに口を閉ざすとまた閑静な空間が戻ってきた。

 ――それから数分間静粛が続いたあと、ふと静けさを壊すようにコンコンとノックの音がした。

 三人が音のしたほうを見やると、扉が開きその向こうから一人の女性がひょいと顔を覗かせた。

「入るぞ。――少しいいか」

 そう言いながら部屋に入ってきたのは実技科の担任教師であるセリアだった。

「何かご用でしょうか先生」

 ローリアがセリアに訊くと、

「いや、用というほどの事では無いが。――ミツル」

 そう言って彼女はミツルのほうへと振り向く。

「はい」

「セルムッドのやつが君に決闘を申し込んだことについては私が説教しておいた。彼奴あやつはクラトス家の長男というのもあってか、少々自信家でな。自惚れるのは勝手だが、他者に突っかかるのはどうも私の性にあわん。決闘を引き受けた以上君にも非はあるが、取り敢えずあの男に痛い目を見せてやってほしい」

「そのつもりですよ。……勝つとは言えませんが、負ける気も毛頭ありません」

 しかしそうは言ったものの、ミツルはセルムッドと違いまったく自信を持っていない。より正しく言うのであれば、自信を持つことを良しとしない。

 自信を持つのが大事なことなのは理解しているが、持つことによって必ずしも成功するということはない。
 むしろ自分自身を卑下に扱うほうが利口と言えるだろう。

 絶対的な自信というのは末恐ろしいものだ。目先の成功ばかりに気を取られて、失敗するというリスクをまるで理解していない。

 対して自信を持たない方は、何事においても期待しない。

 そうする事によって何が変わるかと言うと、気持ちが軽くなるのだ。

 例えば、宝くじを買ったとしても一円たりとも当たらないと思っておけば、数百円や千円、もしくはそれ以上が当たったときの嬉しさは何倍にも膨れ上がる。

 逆に本当に一円たりとも当たらなかったとしても、最初から期待していなかった分「やっぱりな」と気持ちに余裕が出るのである。

 だから負ける気は無いにしても、必ず勝つとは言わない。

 ミツルの意気込みにセリアはうむと頷くと、それを聞いて安心したのか、おそらくミツルが見るのは初めてであろうやわらいだ顔を軽く見せ、身を翻すと入ってきた扉のほうへと帰って行った。

 ミツルとアリヤ、ローリアの三人がセリアの出て行った扉をしばらく見つめる。

 そしてそれから更に数分が経過した時、ついに時間を知らせる合図の音が大音量で辺りに鳴り響いた――。

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