殺戮王から逃げられない

知見夜空

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第六話・勇者が来ても逃げられない

なかなか死なない君が好き(残酷表現注意)

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「そなたが私を呼ぶのははじめてだな」
「はぇ?」

 聞こえるはずのない声に、ナンデはとうとう自分は発狂したのかと思った。けれど、それは幻聴ではなく

「なっ!? 確かに殺したはずなのに、どうして!?」

 振り返ったヒーロの視線の先には、殺されたはずのドーエスが平然と立っていた。動揺するヒーロに、ドーエスは嘲りの笑みを浮かべると

「あの程度の戦力で私を殺せると思うなど笑わせる。お前たちのことは戯れに泳がせただけだ。お陰で自称・勇者の醜い本性と、実の息子に迫られて泣き叫ぶナンデの姿が楽しめた」
「趣味悪いな!?」

 要するにドーエスは死んだふりをして様子を窺っていたらしいが

「と言うか、死んだふりってどうやって? あの死体は偽物だったのか?」

 疑問を呈する息子に、ドーエスは冷たい表情で

「残念ながら、いちいち説明してやるほど私は親切じゃない。お前が気にするべきは仲間も無しにどうやって、私から逃れるかと言うことだけだ」
「クッ……!」

 前回、戦った時だって仲間のサポートがあった。1人では敵わないと理解しているヒーロは、部屋から飛び出して仲間たちと合流しようとした。

 しかし祝勝会が行われていた大広間では

「っう、ぐっ」

 むせ返る血の臭いと凄惨な光景にヒーロは吐き気を催した。悠々と息子の後を追って来たドーエスは

「言っただろう、お前の仲間はもう居ないと。私の死を祝うためにつどった者を生かしておくはずがない」

 かつてナンデの城で行ったように、ドーエスは結界でナンデとヒーロが居た部屋を外界と遮断した。そのせいで2人は外でどれだけの悲鳴や轟音があがっても気づかなかった。

 ドーエスはヒーロがナンデに、これまでの経緯を説明する僅かな時間に、城中の人間を皆殺しにした。今や城の中で生存しているのは、この親子だけになった。

「う……うわぁぁっ!」

 ヒーロは破れかぶれで父に剣を向けた。ナンデが急いで服を着て、大広間にたどり着いた頃には、戦いはすでに決着しており

「どうやら私が予言したとおりの末路になったな。いつかお前は必ず私に剣を向け、その日が命日になると」

 ドーエスはヒーロをズタボロにすると、片手で頭部を鷲掴みにした。どうも既視感があると思ったら、生まれた時もそんな持ち方をしていた。

 ドーエスに頭を鷲掴みにされたヒーロはナンデに目を向けて

「うっ、うぅ……。は、母上……。助けて……」
「どうする、ナンデ? 助けて欲しいか、この愚かな息子を?」

 ドーエスはニヤニヤと問うたが、

「無理無理無理無理。受け入れられない」

 ナンデは蒼白の表情でブンブンと首を振った。セージョのように徳の高い女なら「それでも我が子です」と受け入れたのかもしれない。しかしナンデはそもそも腹違いとは言え、妹を身代わりにした女だ。

 ただの命知らずならともかく、母を犯そうとした息子の命乞いを、自分にとって決して安全ではない夫にすることはできなかった。それでもヒーロにとっては、

「は、母上ぇ!? どうして!」

 母親は息子の絶対の味方であるべきらしく、自分を見捨てたナンデを言外に責めた。そんな息子に、ドーエスは珍しく静かな怒りを覗かせて

「女として求めた時点で親子の縁など切れている。転生くらいは許してやるつもりだったが、お前のような恥知らずは魂ごと消え失せろ」
「ぐあああっ!?」

 息子の心臓ごと魂を掴み出すと、もろともに握り潰した。それは単に自分を殺そうとしたからではなく、ナンデのさんざんの忠告と恩情を無視しながら、まだ無条件の庇護と愛情を求める厚かましさへの怒りだった。


 事後、ナンデに目をやったドーエスは

「……ナンデ? 泣いているのか?」

 ナンデは涙を隠すように顔を背けると

「……すみません。見殺しにしたくせに、泣く資格など無いのですが」

 あんな息子は到底受け入れられない。しかしヒーロを育てたのは自分だ。彼を歪め死に追いやったのは自分なのではないかと責任を感じていた。

 ドーエスは静かにナンデに近づくと、いつかと違って綺麗なほうの手で妻の頭を撫でながら

「親子とは言え、人には変えられぬさががある。そなたが気に病むことはない」
「……えっ!? い、いま私を慰めたんですか!?」

 息子の死を上回るほど、ドーエスの見せた優しさはナンデにとって衝撃だった。しかしドーエスは照れるでもなく

「いけないか? これでもそなたの夫だ。妻が泣いていれば慰めの言葉くらいかける」
「ど、ドーエス様が分かりません……」

 ナンデは目の前の現象をどう受け止めたらいいのか分からず、ただ困惑したが

「分からぬのはお互い様だ。私もそなたがせっかく死んだ夫の亡骸を護ったり、泣いて助けを求めたりするとは思わなかった」

 ドーエスは優しい眼差しで、ナンデの髪を撫でた。ナンデはヒーロから救われた安堵も手伝って、

(あ、あれ? もしかして私、この人に愛されている?)

 と初めてドキドキした。しかし恐怖に塗り潰された感情の底から湧きかけた愛情は

「他の者と私の死を祝ったら、今度こそ殺してやるつもりだったのに。全くそなたは、なかなか死ななくて飽きぬ」
(アーッ!? やっぱりこの人に愛情などあるはずないぃぃ!)

 ドーエスの一言によって、また恐怖に塗り潰された。結婚して10年になるが、自分はたまたまドーエスのキルラインを踏まずに済んでいるだけで、夫はまだ殺人の機会をうかがっているのだとナンデは改めて痛感した。


 しかし実はナンデが思っているよりは、ドーエスは妻に愛着と関心を持っている。こんなに面白い女は他に居ないから、なるべく失いたくないものだと。

 先ほどナンデに言ったように、ドーエスにも変えられないさががある。相手が誰であろうと、自分の逆鱗に触れた瞬間、どうしても殺したくなってしまう。それはこれほど長く連れ添ったナンデも例外ではない。

 だからこそたまたまでも10年も夫婦として連れ添えたことが、ドーエスには珍しかった。今回、自分が死んだふりをした時、予想外にドーエスへの畏怖を保ち続けたことも。

 そのナンデの予想外の反応や珍しさは、10年も続いたことで奇跡と言っても過言ではないほど、ドーエスにとって貴重になった。

 いつか息子が自分に剣を向け、その日が命日になると予言したとおり、ドーエスの予感は当たる。だからナンデへの予感も当たっていたのだろう。はじめて会った日に予感したとおり、ナンデはドーエスの特別になった。
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