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序章 辺境に住まう賢者
城砦都市「アルデナ」
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僕の屋敷があるこの街の名は、城砦都市「アルデナ」と呼ばれている。
大元は、ムースペルク王国とかいう大陸屈指の大国の、最西端に位置する都市だ。
この都市のさらに西には、ゼボット老が隠れ棲んでいた人外魔境(この都市の人々には、『巨魔の樹海』と呼ばれている)が広がっている。中心へ向かえば向かうほど、人には荷が重すぎるような魔獣がうようよしているらしい。
そしてゼボット老の屋敷は、この人外魔境のど真ん中に造られていた。
何が言いたいかといえば、ゼボット老の造ったこの身体と、ゼボット老の知識のおかげで今の僕があるわけです。
死にたくないために足掻くほど地獄が続く。そんな生活でした、はい。
閑話休題。
で、その人外魔境の生物は各々の縄張りを持つものがほとんどである。魔境の中の生物の肉の方が美味いし、植物も豊富のため、魔獣たちも魔境の外に出る理由がない、というのもある。
が、ごく稀に、その縄張り争いに負けて仕方なく魔境の外に出てきてしまうケースがある。
たとえ魔境での生存競争に敗れたからといっても、単体で村一つ容易に破壊できる魔獣も存在する。
そういった魔獣たちを王国に蔓延らないようにして建造されたのが、この「アルデナ」というわけだ。
都市全体は巨大な石造りの外壁に覆われ、広大な敷地内には、領主の館を中心とした街があり、外壁に近づくにつれ農地も多く存在している。
内部には数多くの人々が暮らしているため、食糧自給率こそそこまででもないが、都市内各所に食糧が備蓄されているらしく、軽く一年は籠城できるらしい。
*****
都市には、毎日のように何百、何千という人が出入りしており、都市の中心にある商店街などは、常に煩いくらいの喧騒が聞こえてくる。
「賢者様!賢者様!ウチの果物見てってよ!この間見てもらったおかげでダンナもすっかり元気になったんだから!いっぱいオマケしとくからさ!!」
「おお…賢者様じゃ……ありがたやありがたや」
「おーい賢者様!!ウチの串焼き食ってってくれよ!この前教えてもらったレシピを試した自身作なんだぜ!」
と、通りを歩けば色んな人から声をかけられる。
「賢者様」ってのはもちろん僕の事だ。何故かこの呼び名が定着してしまった。何度か訂正しようとしたけどダメだった。………恥ずかしくなんてないやい。
ちなみに、1人目は八百屋のおばちゃん、祈ってるのは70歳くらいのおばあちゃん、最後が串焼きを売ってるのおっちゃんだ。
誘いは嬉しいが、今の所特に買うものもないので手を振って挨拶しながら屋台やら何やらを通り過ぎていると、不意にアリサが呟いた。
「マーリン様」
僕の三歩後ろを付いて歩いていたアリサが真横まで来ている。
それが意味するのは単純で、僕が狙われている、という事だ。
「後ろの3人かい?」
「はい。排除しますか?」
顔は平静、姿勢は正しいアリサの後ろにドス黒い何かが見える。
……殺気って見えるんだなぁ…
なんて事を考えつつ、僕も平静を装う。
アリサの殺気が向かっているのは、僕が商店街に入ってから付いてきている3人だ。
誰なのかは特に興味は無いが、付かず離れずの距離をしっかり守り、気配も上手く消している良い尾行の仕方だと思う。
まぁ、森の中で培った僕の気配察知能力の方が上をいってるんだけどね。
「放っておきなよ。こんな人気のあるところでは襲って来ないさ」
襲ってきたところで、何かできるとも思えないけど。
「マーリン様がそうおっしゃるのであれば」
僕の答えを聞いたアリサは、再び僕の三歩後ろに戻った。
***
「と、思ってる時期が僕にもありました」
「あ!?なに訳のわからねぇ事言ってやがる!!」
ただいま、商店街のど真ん中で悪漢に囲まれております。はい。
尾行してる奴らとは関係なさそうだな。なんか馬鹿しかいなさそうだし。
あ、そうそう。囲まれてる理由だけど、僕に近づいてきた男をアリサがぶっ飛ばした事が原因です。
まぁ、向こうも明らかにニヤついた顔でぶつかってきたし、スリか恐喝の種にするために近づいて来たんだろうけど。
「いやいや、君たちが不自然に近づいて来たからでしょうに」
「ウルセェ!!言っとくが、先に手を出したのはテメェの付き人なんだぜ!?」
うん、そこは認める。
「あなた達のような汚らわしい者がマーリン様に触れるなど不敬です。私はそれを防いだに過ぎません」
うん。先に手を出したという事実にもアリサはブレない。うーん……そこは少しで良いから躊躇ってもらいたいんだけど。
「それに、先に不用意な真似をしたのはあなた達の方です。スリだかなんだか知りませんが、もう少し演技を覚えたらいかがですか?それに、あなた達が衛兵の詰所に顔を出せるような清い存在には見えませんし」
アリサは冷たい目で薄く笑い、さらに煽っていくスタイル。
「んだとゴラァ!!」
そして、煽られて怒髪天をつく悪漢。腰から片手剣を抜き、今にも襲い掛かりそうだ。
それまで平気な顔をしていた見物人も慌てて離れていく。
うむ。ここは、この手しかない。
「あ!なんだあれ!?」
それまで黙っていた僕が急にあらぬ方向を指差して叫んだ事で、全員の目線がそちらへ向く。
「一体なんだ……って!?ヤロウどこ行きやがった!?」
少し離れたところから悪漢の声がする。
ははは。見たか!これぞマーリン式遁走術!
僕は、悪漢達が目を離した瞬間、全速力で逃走したのだ。すでに悪漢たちとは何十メートルもの距離がある。
すぐ横には、一切肩を揺らさずに走るアリサもいる。
ふははは!こうなればこっちのものだ。一度走り出した僕を捕まえる事など出来やしない!森の魔獣たちですら無理だったのだから!
なんて心の中で笑いながら、さらに遠くへ逃げるべく近くの路地裏へと入り込んだ。
大元は、ムースペルク王国とかいう大陸屈指の大国の、最西端に位置する都市だ。
この都市のさらに西には、ゼボット老が隠れ棲んでいた人外魔境(この都市の人々には、『巨魔の樹海』と呼ばれている)が広がっている。中心へ向かえば向かうほど、人には荷が重すぎるような魔獣がうようよしているらしい。
そしてゼボット老の屋敷は、この人外魔境のど真ん中に造られていた。
何が言いたいかといえば、ゼボット老の造ったこの身体と、ゼボット老の知識のおかげで今の僕があるわけです。
死にたくないために足掻くほど地獄が続く。そんな生活でした、はい。
閑話休題。
で、その人外魔境の生物は各々の縄張りを持つものがほとんどである。魔境の中の生物の肉の方が美味いし、植物も豊富のため、魔獣たちも魔境の外に出る理由がない、というのもある。
が、ごく稀に、その縄張り争いに負けて仕方なく魔境の外に出てきてしまうケースがある。
たとえ魔境での生存競争に敗れたからといっても、単体で村一つ容易に破壊できる魔獣も存在する。
そういった魔獣たちを王国に蔓延らないようにして建造されたのが、この「アルデナ」というわけだ。
都市全体は巨大な石造りの外壁に覆われ、広大な敷地内には、領主の館を中心とした街があり、外壁に近づくにつれ農地も多く存在している。
内部には数多くの人々が暮らしているため、食糧自給率こそそこまででもないが、都市内各所に食糧が備蓄されているらしく、軽く一年は籠城できるらしい。
*****
都市には、毎日のように何百、何千という人が出入りしており、都市の中心にある商店街などは、常に煩いくらいの喧騒が聞こえてくる。
「賢者様!賢者様!ウチの果物見てってよ!この間見てもらったおかげでダンナもすっかり元気になったんだから!いっぱいオマケしとくからさ!!」
「おお…賢者様じゃ……ありがたやありがたや」
「おーい賢者様!!ウチの串焼き食ってってくれよ!この前教えてもらったレシピを試した自身作なんだぜ!」
と、通りを歩けば色んな人から声をかけられる。
「賢者様」ってのはもちろん僕の事だ。何故かこの呼び名が定着してしまった。何度か訂正しようとしたけどダメだった。………恥ずかしくなんてないやい。
ちなみに、1人目は八百屋のおばちゃん、祈ってるのは70歳くらいのおばあちゃん、最後が串焼きを売ってるのおっちゃんだ。
誘いは嬉しいが、今の所特に買うものもないので手を振って挨拶しながら屋台やら何やらを通り過ぎていると、不意にアリサが呟いた。
「マーリン様」
僕の三歩後ろを付いて歩いていたアリサが真横まで来ている。
それが意味するのは単純で、僕が狙われている、という事だ。
「後ろの3人かい?」
「はい。排除しますか?」
顔は平静、姿勢は正しいアリサの後ろにドス黒い何かが見える。
……殺気って見えるんだなぁ…
なんて事を考えつつ、僕も平静を装う。
アリサの殺気が向かっているのは、僕が商店街に入ってから付いてきている3人だ。
誰なのかは特に興味は無いが、付かず離れずの距離をしっかり守り、気配も上手く消している良い尾行の仕方だと思う。
まぁ、森の中で培った僕の気配察知能力の方が上をいってるんだけどね。
「放っておきなよ。こんな人気のあるところでは襲って来ないさ」
襲ってきたところで、何かできるとも思えないけど。
「マーリン様がそうおっしゃるのであれば」
僕の答えを聞いたアリサは、再び僕の三歩後ろに戻った。
***
「と、思ってる時期が僕にもありました」
「あ!?なに訳のわからねぇ事言ってやがる!!」
ただいま、商店街のど真ん中で悪漢に囲まれております。はい。
尾行してる奴らとは関係なさそうだな。なんか馬鹿しかいなさそうだし。
あ、そうそう。囲まれてる理由だけど、僕に近づいてきた男をアリサがぶっ飛ばした事が原因です。
まぁ、向こうも明らかにニヤついた顔でぶつかってきたし、スリか恐喝の種にするために近づいて来たんだろうけど。
「いやいや、君たちが不自然に近づいて来たからでしょうに」
「ウルセェ!!言っとくが、先に手を出したのはテメェの付き人なんだぜ!?」
うん、そこは認める。
「あなた達のような汚らわしい者がマーリン様に触れるなど不敬です。私はそれを防いだに過ぎません」
うん。先に手を出したという事実にもアリサはブレない。うーん……そこは少しで良いから躊躇ってもらいたいんだけど。
「それに、先に不用意な真似をしたのはあなた達の方です。スリだかなんだか知りませんが、もう少し演技を覚えたらいかがですか?それに、あなた達が衛兵の詰所に顔を出せるような清い存在には見えませんし」
アリサは冷たい目で薄く笑い、さらに煽っていくスタイル。
「んだとゴラァ!!」
そして、煽られて怒髪天をつく悪漢。腰から片手剣を抜き、今にも襲い掛かりそうだ。
それまで平気な顔をしていた見物人も慌てて離れていく。
うむ。ここは、この手しかない。
「あ!なんだあれ!?」
それまで黙っていた僕が急にあらぬ方向を指差して叫んだ事で、全員の目線がそちらへ向く。
「一体なんだ……って!?ヤロウどこ行きやがった!?」
少し離れたところから悪漢の声がする。
ははは。見たか!これぞマーリン式遁走術!
僕は、悪漢達が目を離した瞬間、全速力で逃走したのだ。すでに悪漢たちとは何十メートルもの距離がある。
すぐ横には、一切肩を揺らさずに走るアリサもいる。
ふははは!こうなればこっちのものだ。一度走り出した僕を捕まえる事など出来やしない!森の魔獣たちですら無理だったのだから!
なんて心の中で笑いながら、さらに遠くへ逃げるべく近くの路地裏へと入り込んだ。
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