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第一章 その賢者、万能につき
兆候来たれり
しおりを挟む「石化中和薬?そりゃあ当然、作れるけど。そんな物何に使うのさ?」
僕は今、冒険者ギルドの応接室に居る。
薬の相談があるというので、わざわざ来た次第だ。特にすることもなかったし。
「先日、森の中でバジリスクを見たという報告を受けまして」
僕の正面に座っているのは、この前いっしょに酒を飲んでたエルフさん。
名前は………何だっけ?まぁ、いいや。
「へぇ、バジリスクか。そんなの居たんだね」
バジリスクというのは、全長10メートルくらいのトカゲの魔獣だ。カメレオンとコモドドラゴンを足して二で割った感じの姿をしている。
カラフルな体色と大きな眼が特徴だ。
そして、一番厄介なのが、触れると石化するブレスを吐くこと。
対抗策は、とにかくブレスに触れない事。他には、今の話の中心にある石化中和薬で予め耐性をつけておく事。そして、もし石化が始まってしまったら、完全に石化する前に抗石薬と呼ばれる薬を投薬する事。
「出来るなら、石化中和薬と抗石薬を揃えたいところなんですが、この辺では石化させてくる魔獣はほぼいないので、都市に在庫がありません。今から取り寄せるにしても、それまでに被害は拡大しそうなので」
抗石薬は、素材の希少さから、かなりお高い。割りかし安易な素材で作れる石化中和薬の5倍近くある。それに加えて、輸送コストまでかかるのだ。二の足を踏むのも分からないではない。
一応、簡単に作れない事も無いんだけど。今は言わなくていいかな?素材がバジリスクの肝だし。言っても本末転倒な気がする。
倒し方に気を使って、被害が増えても気分悪いし。
「そういう事なら、まぁいいだろう。数は?」
「30本ほど用意して頂きたい」
ふむ。30か。練習がてら作らせるには妥当な数だな。
「よし。では値段は相場と同じでいいよ。いつも通り、引き渡しで」
「感謝します」
***
ギルドの出口へ向かいながら、さっきの話の違和感について考えていた。
そもそも、なんでバジリスクなんかがいるんだろうか?
アレはもっと南の方の魔獣のはずだ。気候で言うならば、熱帯雨林の魔獣だ。この辺りの気候は温帯のそれだ。環境が違いすぎる。
不思議な事もあるものだ。
「何だとこのガキがァ!!」
なんて考えていると、不意にそんな声が聞こえてきた。
「ん?」
何事かと声の方を見ると、カウンターの近くで冒険者同士が言い争いをしてる姿が見えた。
まぁ、こんな昼間にギルドで何やってるのか、とか色々疑問はあるが、僕には関係ないからスルーでいいか。
………ん?
なんだろ。なんか引っかかるなあ、あの光景。
片方は皮鎧を着たゴツい男。もう1人は、中肉中背の少年が1人。その他、ギャラリーが数名。
うーん。うーーん。
はっ!閃いた!
「ああ、そうか」
思わず手を叩いて独り言を言ってしまった。
「黒髪だからか、あの少年」
初めて見たなぁ。黒髪の人。
こっちの人達、割とカラフルな地毛が多くてピンクとか緑とか普通にいるのに、何故か黒は見なかったんだよなぁ。
……あ、灰色も割と見たことない髪の色だった。
………。よし。かーえろ。
***
「ーー次は、濾過した溶液に、奇行熊の胆石を3:2の割合で混ぜる。かき混ぜる時は発生する気体に注意するように」
僕の指示に従って、学校の理科室で見るようなビーカーやらシリンダーやらに囲まれたミーアが粛々と作業をしている。
今回初めて作るのだが、その手順は手慣れたものだ。日頃の行いが出ている気がする。
奇行熊というのは、魔獣の名前だ。普通の熊と同じく雑食なのだが、解毒作用のある薬草(それも人間の味覚には苦すぎて悶絶するようなやつばっかり)を好んで食べているところから名前が付いたそうだ。
そんなこの熊の胆石は、凝縮された解毒成分の塊だ。しかもこの解毒作用、石化のような浸食が早い毒なんかには覿面に効く。
そんなこんなで、作業は着々と進んだ。
*****
「はー。今日はたくさん働いた気がする」
リビングの安楽椅子に座り、のんびりゆったりティータイムである。
「そうですね。主にミーアちゃんが、ですけど」
僕の独り言に、近くの椅子で裁縫をしていたルーシュがポツリと呟く。
「失礼だな。ちゃんと交渉とかしたよ?僕は。それに、ミーアと一緒に作業してたし」
「取引も何も、いつも通り相場でいい、って言っただけですよね?あと、ミーアちゃんを見てたって言いますけどほんとに見てただけですよね?」
手元から視線を離すことなく窘めてくる。
うぅ…反論できない。
どう返したらいいのか、ティーカップを片手に考えていると、玄関のドアに付けてる呼び鈴の音が聞こえた。
「こんな夕暮れに誰かしら?」
裁縫を中断したルーシュが、そそくさと玄関へ向かっていく。
「キャーーー!!」
!?
何ごと!?
ルーシュが向かってしばらくすると、ルーシュのものだろう悲鳴が聞こえてきた。その後、ドタドタと屋敷内を走る音も。
「全員動くな!」
リビングに押し入ってきたのは、統一された鎧を着た連中。でも、衛兵や警備隊のものと違う見たことない鎧だ。
「お前がマーリンだな。我々はグズマ様の私兵団である。これより、貴様をグズマ様の下へ連行する」
1番に押し入ってきた一番偉そうな男が叫び、剣を向ける。
今にも襲いかからんとするアリサを抑えつつ、僕はあえて鷹揚に構えた。
「おいおい、ここは私有地だぜ?貴族の私兵であっても、無断で侵入していい場所じゃない。治安問題になるよ?」
そう、いくら貴族でも、武装集団が一般人の邸宅や民家に不許可に押し入るのは犯罪に等しい。それが可能なのは、街の治安を預かる警備隊か、領主の許可を得た者でなければならない。
「黙れ!元はと言えば、たかが平民でありながら、貴族であるグズマ様の呼び出しを蹴った貴様が悪いのだ!!」
「いやいや、いくら貴族でも、平民に好き放題命令できる訳じゃないでしょう?当然現れて、黙ってついて来い、なんて。そもそも、この国の方では、王族や領主以外の貴族にそんな権限は…」
「ええい!うるさい!!連れて行け!」
あーだめだこれ。話を聞かないタイプだ。めんどくさー。
「ちょっと、ストップストップ!暴力反対!黙ってついて行くからその物騒なものをどうにかしてくれ」
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