ペリリュー島の夕陽

dragon49

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ペリリュー島の夕陽

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 私は、今確かに生存し東京九段にある靖国神社で、七月末からの御霊祭りを眺めている。華やかな浴衣で着飾った若い女性が、彼氏や夫と目される男性と楽しそうに夜店を覗きながら往く姿を見ると、隔世の感を否めない。
  あれは1944年の秋口の事だった。学徒動員されて、満十八歳の夏に滋賀県大津の陸軍航空学校を卒業した私は、即座に同期の中島と共に南方戦線の命令を受領した。中島は同期であるが、私より学齢が一級上で十九歳、父親を肺結核で既に無くしていた。
  本島内地から兵員輸送船に乗って現地に着いてみると、そこはフィリピンのルソン島であった。私と中島に課せられた任務は、フィリピンの守備隊基地から軍需物資をペリリュー島に空輸する事であった。
 英米軍と違って兵站を無視して進撃を続けてきた日本陸軍が、太平洋にポッカリと浮かぶ小島を死守しようとしたのは、1942年6月のミッドウェイ作戦で空母機動部隊を失って以来、太平洋で敗勢になった事に起因していた。
  中島と二人で軍需物資を積み込み終えた私は、一式輸送機の燃料メーターを見て気持ちが暗くなった。満タンの四分の一しか入っていなかったからだ。一式輸送機の最長航続距離は3000km以上であったが、これではフィリピン本島からペリリュー島までの片道輸送分しかない。
  フィリピン防衛隊の指揮官から、「欲しがりません。勝つまでは」式の気合を入れられた私は、気持ちを取り直して離陸し、一路ペリリュー島を目指した。同情した中島も燃料の事は気にしていたが、海軍では特攻が取りざたされていたこともあって自ら口を塞いでいた。
  フィリピンからペリリュー島迄は、約1000kmの航程であるが、飛行の途中、南太平洋の小島を取り巻く珊瑚礁の美しさ、巻き起こる入道雲の大きさには、暫し我を忘れた。もし、後世の日本人が軍事任務でなく遊びで此処に来られたら、正しく竜宮城であろうと思われた。
  ペリリュー島には、既に満洲の関東軍から二個連隊一万が派遣されて駐屯しており、最期の防衛戦と言っても良かったが、細い兵站線をどう維持するかが課題であった。これが後に上陸する米海兵隊一個師団と激突するのだから、狭い檻の中に日米の闘犬を放つがごとき惨劇になるだろうことは容易に想像出来た。
 そして全航程の約四分の一を少し残した島まで約200kmまでの所まで飛んで来た時、左斜め前方にグラマンのしょう戒要撃機を視認した。「万事休す」、私は南海に散る事を覚悟した。輸送機と要撃機では、スピードと旋回能力が違う。逃げる事はまず不可能であった。
  グラマンが本機の後方にぴったりと張り付き、射撃体勢に入った時には生きた心地がしなかった。そして機銃掃射の音を聞いた時には、墜落を覚悟した。(死んだら、無事三途の河を渡れるだろうか?)、しかし豈図らんや南太平洋に落ちていったのは敵のグラマンであった。
 本空輸作戦を知ったペリリュー島本部が、零式戦闘機を飛ばしてしょうかい任務につきグラマンを追尾していたのだった。九死に一生を得た私と中島は、ホッと胸を撫で下ろして安堵した。
 しかし私はこの時、操縦桿が微妙に効かなくなっている事に気が付き始めていた。ほどなくして機体全体が微振動を始め、ノックし始めた。島は目前なのだが燃料メーターが急激に下がり始めていた。グラマンの機銃掃射の一発が燃料タンクに当たって、燃料が漏れていたのだ。
  私は海面への胴体着水をも視野に入れながら、中島にまず毛布や制服などの衣料品を海に投げ捨てるよう指示した。それでも高度はジリジリと下がっていく。中島が気を利かせ、次に包帯やモルヒネなどの医療品を棄てた。
 そして弾薬と食糧の他、何も棄てる物が無くなった時、中島は弾薬箱の一つを抱え込むと、操縦席の私に挙式の敬礼をし海に身を投げた。それは私の同期の儚い最期であった。
  中島の命と引き換えに無事弾薬と食糧は、ペリリュー島の守備隊に渡ったが、その後の戦闘で結局兵站線を確保出来なかった日本軍は全滅した。あの時、私と中島はどうすべきだったのか、未だに正解がわからないのである。

 ペリリューの    阿鼻叫喚に
絶望し   後世の同胞   竜宮に遊ぶ

(終わり)
 
 
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