隅田川の虹

dragon49

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05 師匠と弟子

隅田川の虹

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 「ほな、さいなら」
 男は、ビニール袋を担ぎ踵を返した。

  「ま、待って。オジさーん、弁当食べない?」
大地は、さっきから男の腹がグウグウ鳴るのを聞いていた。

  「な、なんや君、食べへんのか?」

   「エラーした上に三振までして、また学校で虐められる。食欲なんて湧かないよ」
 大地は、俯いた。

  「さよか?カーブを見したったさかい、見学料やな、そやそうしとこか」
  男は、大地から弁当を受け取ると無心に頬張り出した。
    「焼き肉弁当やんか、わいの好物や」
      「お茶欲しいな、何や飲みモンないんか」

大地は、水筒の麦茶を差し出した。
    「君は、名前なんて言うんや?」
      「中川大地」
大地は、ぶっきらぼうに答えた。

  「虐められる言うとったけどやな、虐めっ子っていったいなんや?」
 男の目が真剣味をおびた。

 「朝、校門の所で三、四人で待っててぼくに嫌がらせをするんだ。悪口を言ったりしてさ。帰る時も校門の所にいる。学校に行くのが嫌になる」

 「コウモンの所に屯ってる?まるでギョウ虫みたいな奴らやで」
  男は冗談のつもりで言ったのだが、大地の表情はさらに強ばった。とても笑える気持ちには、なれなかった。

 「大地君、キミヒット打ちたいんか?」
  大地は、黙って頷いた。

 「教えたったる。ただし条件があるんや」
  「な、何?」
  大地の目が、久しぶりに輝いた。

  「わいが大地君に教えるんやさかいに、わいが
師匠で、大地君は弟子や、ええか?」
  大地は、素直に頷いた。

 「今日から、わいを師匠と呼び!」
  「分かりました、師匠」
 男は、深く頷いた。

  「ほな、バット振ってみいや、見たるさかい」
 男の口調が熱を帯びてきた。

大地は、バットケースから金属バットを取り出した。

 大地の運命は静かに変わり始めた。その惨めな道に光りが射し始めた瞬間であった。

 

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