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13 人生のセーブ
隅田川の虹
しおりを挟む大地を囲む歓喜の声は、迫り来るパトカーのサイレンで一瞬にして静寂に変わった。
「警部補、別に今でのうても」、島が祈るような哀願の目をした。
「ここがグラウンド、少年野球の聖地やからか?これは捕り物や、わいは東京にホシをあげに来たんや!物証があがっている以上、もう待てるかいな!」
堀にブレは無かった。パトカーを降りると土手を下りて、ズンズンと大地の方に向かっていった。
「警察のおじさーん!師匠を連れて行かないで!師匠は悪くない!悪い人じゃないんだ!」
大地は目を真っ赤に腫らしながら、泣いて堀に縋り付いて訴えた。
師匠の森は、観念したかのように項垂れている。
堀は、意外にも大地と森の前を通り過ぎると真っ直ぐに監督の黒川の元に向かった。
「黒川、いや李勝雄! 中川大輔の殺害容疑で逮捕する。おまえがノックしたバットの指紋と殺害現場にあった凶器の指紋とが一致した。令状もあるで、ジタバタするなや、こっちも大阪から丸腰で来とるわけやないで!」
島は、黒川に手錠を掛けると上着でその手元を隠した。
「被害者家族の身近に身を潜めるとは、考えたなぁ。けど堀さんはプロやで」
堀は、黒川をパトカーに連行する途中で師匠の森を見つけた。
師匠の森は、何が起きたのか理解しきれずにキョトンとしていた。
「おい森!おまえ中川とバッテリー組んどった抑えの森ちゃうんか?おまえ現役の時は、カーブが得意だったってな、人生まで曲げたらあかん!人生は真っ直ぐや、ストレート勝負や、ええな!」
みや子ときくは何事か一心に祈っている。
「みや子さんとお母さんのお陰で、もう一度人生のマウンドに立たせてもらえるんやないか、おまえは果報者やで」
堀は、拳で森の胸元をドンと一つついた。
堀は、まだしゃくりあげている大地を認めるとゆっくりとしゃがみ込み両の掌でその小さな肩を包むと眼を見据えた。
「師匠は悪う無い。せやから、警察のオッチャンはな師匠は連れていかんで。悪いのはみなこの黒川のオッチャンや、だからこれからも安心して師匠と野球してえや」
「本当?」
「ああ、ホンマや」
大地が破顔一笑したのを確認して
堀は、ゆっくりと立ち上がった。
「それでは皆さん!ワテはこれで安心して大阪に帰れます。ホンマ大きに!」
堀は、からりと晴れ上がった空を仰いだ。
「 ええ天気や、日本晴れやないか」
黒川を護送するパトカーは、初夏で新緑にむせ返る土手沿いに真っ直ぐ走り去って行った。
「ワイもな、大阪でなリトルリーガーやってん」
「嘘でっしゃろ」
島が車内で失笑した。
土手にアブラナの花が咲き、モンシロチョウのツガイが仲良くダンスしている。
森と大地は、揃ってグラウンドに一礼した。
「もうリバーサイドホテルは、いいわね」
みや子ときくが、悪戯っぽく笑った。
「明日、引き払うさ。チェックアウトだ」
森は、人生のセーブに成功した。
大地は、森に肩車をしてもらい、母祖母とともに中川豆腐店への家路についた。
「わーい!」
大地は、生まれて初めて幸せを掴んだ。
「大地、野球やってよかったろ?」
きくの問い掛けに、大地は黙って頷いた。
(完)
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