1 / 3
1 右京太夫と悪党
悪党
しおりを挟む
700年以上も前の京での出来事である。京で代々守護職を務める由緒ある家柄に生まれた右京太夫は、武士の台頭と六波羅探題の存在に日々身も細る思いであった。
右京太夫は、古に聞くミカドを中心とする貴族による雅な政ごとに興味があり、なんとかしてこれを再興できないものかと考えていた。
しかし時勢は完全に武士に傾き、平氏が参内して以来、やれ源氏だ北条だ、挙げ句の果てに鎌倉に幕府まで出来て、守護地頭によって荘園経営までに口をだされては死活問題である。
『なんとかならないものか』、右京太夫の歎息をよそに、検非違使の勢力が急速に衰えた洛中では、その治安が日に日に悪化していた。
右京太夫には三人の妹がいた。上の二人は既に同じ貴族の家に嫁がせており、末の妹だけを六波羅探題に類する武家に嫁がせていたが、所詮は水と油、傷物にされた挙句、この末の時子だけが出戻りで家に居た。
右京太夫は、この時子を手駒にして何とか洛外の反幕勢力と姻戚関係を結び、これを利用できないものかと頭の中で計を巡らせた。勿論、時子の気持ちなど微塵も眼中にない官僚らしき小汚い考えである。
この頃、右京太夫の屋敷にこの家の格式には凡そ似つかわしくない田舎風情の土豪の男が出入りするようになった。決まって屋敷で催される連歌や香の会の日に限って来るのである。
この男、名を右衛門といい、年の頃は三十路ちょっと過ぎ、近頃河内の国で守護地頭に逆らう反幕勢力『悪党』に類する者であった。
右京太夫は、この悪党を洛外から六波羅探題を牽制できる勢力であると睨み、右衛門に密書を託し、河内と手を組もうと目論んでいた。
しかし右衛門は流石に土豪あがりの田舎侍、京風の雅な文化に触れても窮屈なだけで、河内に行ったきり何ヶ月も帰って来ない事が度度あった。
そこで右京太夫は、人の性には家の格式も何もあるまいとばかりに、連歌の会の終わりに直会と称して京料理をふるまい
妹の時子に舞を舞わせた。
これには流石の右衛門も参って熱をあげた。時子の貴族の娘らしい優美な振る舞いと所作に完全に翻弄されたのである。
しかし当の時子は、列席の客人の前に出る時には、決まって能面を付け素顔を見せなかった。『なぜ時子殿は、素顔を見せてくれない?せめて一度でよいから拝ませてほしい、さぞかし美しいのに違いない』、右衛門の興味は尽きなかった。
ある春先の連歌の会で、主人の右京太夫が、『春の宵 梅の花散る 望月や』と詠むと、時子が『六波羅蜜に 雲のかかりて』と返した。
この時、右衛門は時子が前の結婚で受けた心の傷が癒えていない事を悟り、同時に六波羅の不明に腹が立って、益々時子が愛おしく、恋の炎は燃え上がった。
そして遂に、右衛門は自らの思いを時子に伝えたく、その情念を文にするとそれを右京太夫に託した。
右京太夫は、古に聞くミカドを中心とする貴族による雅な政ごとに興味があり、なんとかしてこれを再興できないものかと考えていた。
しかし時勢は完全に武士に傾き、平氏が参内して以来、やれ源氏だ北条だ、挙げ句の果てに鎌倉に幕府まで出来て、守護地頭によって荘園経営までに口をだされては死活問題である。
『なんとかならないものか』、右京太夫の歎息をよそに、検非違使の勢力が急速に衰えた洛中では、その治安が日に日に悪化していた。
右京太夫には三人の妹がいた。上の二人は既に同じ貴族の家に嫁がせており、末の妹だけを六波羅探題に類する武家に嫁がせていたが、所詮は水と油、傷物にされた挙句、この末の時子だけが出戻りで家に居た。
右京太夫は、この時子を手駒にして何とか洛外の反幕勢力と姻戚関係を結び、これを利用できないものかと頭の中で計を巡らせた。勿論、時子の気持ちなど微塵も眼中にない官僚らしき小汚い考えである。
この頃、右京太夫の屋敷にこの家の格式には凡そ似つかわしくない田舎風情の土豪の男が出入りするようになった。決まって屋敷で催される連歌や香の会の日に限って来るのである。
この男、名を右衛門といい、年の頃は三十路ちょっと過ぎ、近頃河内の国で守護地頭に逆らう反幕勢力『悪党』に類する者であった。
右京太夫は、この悪党を洛外から六波羅探題を牽制できる勢力であると睨み、右衛門に密書を託し、河内と手を組もうと目論んでいた。
しかし右衛門は流石に土豪あがりの田舎侍、京風の雅な文化に触れても窮屈なだけで、河内に行ったきり何ヶ月も帰って来ない事が度度あった。
そこで右京太夫は、人の性には家の格式も何もあるまいとばかりに、連歌の会の終わりに直会と称して京料理をふるまい
妹の時子に舞を舞わせた。
これには流石の右衛門も参って熱をあげた。時子の貴族の娘らしい優美な振る舞いと所作に完全に翻弄されたのである。
しかし当の時子は、列席の客人の前に出る時には、決まって能面を付け素顔を見せなかった。『なぜ時子殿は、素顔を見せてくれない?せめて一度でよいから拝ませてほしい、さぞかし美しいのに違いない』、右衛門の興味は尽きなかった。
ある春先の連歌の会で、主人の右京太夫が、『春の宵 梅の花散る 望月や』と詠むと、時子が『六波羅蜜に 雲のかかりて』と返した。
この時、右衛門は時子が前の結婚で受けた心の傷が癒えていない事を悟り、同時に六波羅の不明に腹が立って、益々時子が愛おしく、恋の炎は燃え上がった。
そして遂に、右衛門は自らの思いを時子に伝えたく、その情念を文にするとそれを右京太夫に託した。
0
あなたにおすすめの小説
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる