悪党

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1 右京太夫と悪党

悪党

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 700年以上も前の京での出来事である。京で代々守護職を務める由緒ある家柄に生まれた右京太夫は、武士の台頭と六波羅探題の存在に日々身も細る思いであった。
  右京太夫は、古に聞くミカドを中心とする貴族による雅な政ごとに興味があり、なんとかしてこれを再興できないものかと考えていた。
   しかし時勢は完全に武士に傾き、平氏が参内して以来、やれ源氏だ北条だ、挙げ句の果てに鎌倉に幕府まで出来て、守護地頭によって荘園経営までに口をだされては死活問題である。
  『なんとかならないものか』、右京太夫の歎息をよそに、検非違使の勢力が急速に衰えた洛中では、その治安が日に日に悪化していた。
  右京太夫には三人の妹がいた。上の二人は既に同じ貴族の家に嫁がせており、末の妹だけを六波羅探題に類する武家に嫁がせていたが、所詮は水と油、傷物にされた挙句、この末の時子だけが出戻りで家に居た。
   右京太夫は、この時子を手駒にして何とか洛外の反幕勢力と姻戚関係を結び、これを利用できないものかと頭の中で計を巡らせた。勿論、時子の気持ちなど微塵も眼中にない官僚らしき小汚い考えである。
  この頃、右京太夫の屋敷にこの家の格式には凡そ似つかわしくない田舎風情の土豪の男が出入りするようになった。決まって屋敷で催される連歌や香の会の日に限って来るのである。
 この男、名を右衛門といい、年の頃は三十路ちょっと過ぎ、近頃河内の国で守護地頭に逆らう反幕勢力『悪党』に類する者であった。
 右京太夫は、この悪党を洛外から六波羅探題を牽制できる勢力であると睨み、右衛門に密書を託し、河内と手を組もうと目論んでいた。
 しかし右衛門は流石に土豪あがりの田舎侍、京風の雅な文化に触れても窮屈なだけで、河内に行ったきり何ヶ月も帰って来ない事が度度あった。
 そこで右京太夫は、人の性には家の格式も何もあるまいとばかりに、連歌の会の終わりに直会と称して京料理をふるまい
妹の時子に舞を舞わせた。
 これには流石の右衛門も参って熱をあげた。時子の貴族の娘らしい優美な振る舞いと所作に完全に翻弄されたのである。
  しかし当の時子は、列席の客人の前に出る時には、決まって能面を付け素顔を見せなかった。『なぜ時子殿は、素顔を見せてくれない?せめて一度でよいから拝ませてほしい、さぞかし美しいのに違いない』、右衛門の興味は尽きなかった。
  ある春先の連歌の会で、主人の右京太夫が、『春の宵  梅の花散る 望月や』と詠むと、時子が『六波羅蜜に 雲のかかりて』と返した。
  この時、右衛門は時子が前の結婚で受けた心の傷が癒えていない事を悟り、同時に六波羅の不明に腹が立って、益々時子が愛おしく、恋の炎は燃え上がった。
  そして遂に、右衛門は自らの思いを時子に伝えたく、その情念を文にするとそれを右京太夫に託した。
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