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十手持ちの家系
十手持ちの家系
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-幕末期の江戸八丁堀
「ならぬ!絶対にならぬぞ!」
幕府の元同心、由井源右衛門は息子の話を聞いて激怒した。
「どうしてですか、父上は平素から嫁をとれとおっしゃっているではありませぬか?」
息子の庄三郎は、困った顔をした。
「だから、どうして非人の女なのだ?おまえももう三十路だ。農家や商人と言った町方の娘ならまだ考える余地もあろうが、非人では話にならん」
「家督をお前に譲って隠居したとはいえ、それだけは許すわけにはいかぬ。武門の汚れじゃ」
父は、ますます激昂した。
「父上は、お古いのです。一体、関ケ原から何年たっているとお思いですか?武士と言ったって、大店の主人に借財をして頭の上がらない時代です。士農工商は、崩れつつあるのです」
息子は、手を広げて奥の書箱から一冊の本を持って来た。
「ここに英吉利の六供氏なる著作物の翻訳があります。市民は本来四海平等なりて、統治者に対し......」
「こ、このうつけものがー!」
父は息子に掴みかかった。
「それは御禁制の品ではないか?この日の本はな源平の争乱以来、血で血を洗う戦さに明け暮れた国なのじゃ。それに終止符を打ったのが権現様じゃ。その権現様の大恩を忘れ西洋の思想に毒されるとは情けないにも程がある」
息子は、胸倉を掴まれ視線を天井に移した。
「非人が何ですか!権現さまが新しい時代を切り開いたように、日の本はまた新しい門出を迎えようとしているのです。それがしにはそれがわかるのです。父上には、それがお分かりにならない」
父は、息子から手を放した。
「もう、何を言っても無駄なようじゃな」
「亡くなったおまえの母みやは、立派な武家の娘であった。お前達、三人兄弟が元服した時は、わしには望外の喜びじゃったわ。家運の分に過ぎると思うてな」
「それが、庄太郎が亡くなり、庄次郎が亡くなった時には、がっかりしたがそれも十手持ちの宿命、捕物で命を落としたのなら、名誉の戦死でわしも諦めもついた」
「残された三男のお前が、昌平坂学問所の試験に合格した時は、母にも父にも自慢の息子じゃった。あそこを出れば、立派な忠義の士となり幕閣の道も開かれるとな」
「それが、何だ。何を学んでいるのかと思ったら、西洋の危険思想ではないか?これでは三男のお前も死んだも同然だ!」
息子は、父の目を見据えた。
「父上、幕藩体制はもうすぐ限界を迎えます。封建社会などというものはなくなるのです」
父は、息子の翻訳本を取り上げようとした。
「それをよこせ!昼餉の焚き木の足しにして燃してくれようぞ」
「いやでございます。この本は、それがしの宝にございますれば!」
息子は、翻訳本を懐にしまい込むと這々の体で家を出た。
父は、息子が玄関から出ていくのを認めるとよろよろとした足付きで仏壇の前にへたり込んだ。
「すまぬ、みや。わしの育て方が間違うていたようじゃ」
父は、誰もいない仏間で静かに頭を垂れた。
「幕府にご迷惑をかけることになったら、腹を切って詫びるつもりじゃ」
父は息子に、安政の大獄で散った烈士達の命運を見ていた。
「ならぬ!絶対にならぬぞ!」
幕府の元同心、由井源右衛門は息子の話を聞いて激怒した。
「どうしてですか、父上は平素から嫁をとれとおっしゃっているではありませぬか?」
息子の庄三郎は、困った顔をした。
「だから、どうして非人の女なのだ?おまえももう三十路だ。農家や商人と言った町方の娘ならまだ考える余地もあろうが、非人では話にならん」
「家督をお前に譲って隠居したとはいえ、それだけは許すわけにはいかぬ。武門の汚れじゃ」
父は、ますます激昂した。
「父上は、お古いのです。一体、関ケ原から何年たっているとお思いですか?武士と言ったって、大店の主人に借財をして頭の上がらない時代です。士農工商は、崩れつつあるのです」
息子は、手を広げて奥の書箱から一冊の本を持って来た。
「ここに英吉利の六供氏なる著作物の翻訳があります。市民は本来四海平等なりて、統治者に対し......」
「こ、このうつけものがー!」
父は息子に掴みかかった。
「それは御禁制の品ではないか?この日の本はな源平の争乱以来、血で血を洗う戦さに明け暮れた国なのじゃ。それに終止符を打ったのが権現様じゃ。その権現様の大恩を忘れ西洋の思想に毒されるとは情けないにも程がある」
息子は、胸倉を掴まれ視線を天井に移した。
「非人が何ですか!権現さまが新しい時代を切り開いたように、日の本はまた新しい門出を迎えようとしているのです。それがしにはそれがわかるのです。父上には、それがお分かりにならない」
父は、息子から手を放した。
「もう、何を言っても無駄なようじゃな」
「亡くなったおまえの母みやは、立派な武家の娘であった。お前達、三人兄弟が元服した時は、わしには望外の喜びじゃったわ。家運の分に過ぎると思うてな」
「それが、庄太郎が亡くなり、庄次郎が亡くなった時には、がっかりしたがそれも十手持ちの宿命、捕物で命を落としたのなら、名誉の戦死でわしも諦めもついた」
「残された三男のお前が、昌平坂学問所の試験に合格した時は、母にも父にも自慢の息子じゃった。あそこを出れば、立派な忠義の士となり幕閣の道も開かれるとな」
「それが、何だ。何を学んでいるのかと思ったら、西洋の危険思想ではないか?これでは三男のお前も死んだも同然だ!」
息子は、父の目を見据えた。
「父上、幕藩体制はもうすぐ限界を迎えます。封建社会などというものはなくなるのです」
父は、息子の翻訳本を取り上げようとした。
「それをよこせ!昼餉の焚き木の足しにして燃してくれようぞ」
「いやでございます。この本は、それがしの宝にございますれば!」
息子は、翻訳本を懐にしまい込むと這々の体で家を出た。
父は、息子が玄関から出ていくのを認めるとよろよろとした足付きで仏壇の前にへたり込んだ。
「すまぬ、みや。わしの育て方が間違うていたようじゃ」
父は、誰もいない仏間で静かに頭を垂れた。
「幕府にご迷惑をかけることになったら、腹を切って詫びるつもりじゃ」
父は息子に、安政の大獄で散った烈士達の命運を見ていた。
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