山舞

dragon49

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山舞

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 江戸時代の話である。ある国の領主には跡継ぎがいなかった。正室が領主と夜伽にはげむものの、なかなか正室に懐妊の吉報は聞かれなかった。
  領主は焦った。跡継ぎがいなければ、お家お取り潰しの口実にもされかねないからだ。領主はイラつく気持ちを抑えるため、家臣の小さな過失を見つけると大声で詰った。『このうつけものが!』。
  この事態を重く見た家老は、気晴らしになるだろうと、鳥獣が冬眠から醒める春の日の吉日を選んで領主を鷹狩りに誘った。
  城から狩場は遠く、玄武山という伝説のある山の麓にある陣屋に一行は一泊することとなった。陣屋では、玄武山の登山道と一帯の狩場を管理する『山長』と呼ばれる翁が一行を出迎えた。
  『今宵は、満月。孫娘が明日の豊猟を祈願して、山神に踊りを奉ります』、翁は陣屋の前に松明で篝火を焚くと、一向に孫娘を披露した。
  陣屋の前には山桜が満開であり、時折吹く微風がはらはらと桜吹雪を生じた。
孫娘は、年の頃は十五、六、山桜の花弁を髪に結い、その枝をポキンと手にすると、翁の龍笛とともに可憐な舞を見せた。
  舞が終わると、領主は、上方でかつて見たのとは全く違う、粗野だが清純なそれに何か深く得心がいったようで、翁に尋ねた。
 『この玄武山にいい継がれた伝説とは何か?』、翁は一服考えた風にしてから応えた。『この山の麓で見初めあった男女は結ばれまする』。
 翌日、領主の一行が猟に出ると、熊一頭、鹿五頭、雉が十三羽、兎十匹などなどの大猟であった。
 領主は、これらの猟果全てと陣屋での一行の宿泊費に金十両を支払った。『御領主様のお気持ちは、昨晩から分かっておりまする』、翁は孫娘を呼びつけると山を離れ、領主と行くよう指示した。
  孫娘は、山と翁を何度も見返し、ついに領主とともに城に入った。しばらくして、孫娘は懐妊し、翁の元には礼状とともに金三十両と身の回りの世話をする婆が送られた。
  翁の領主への返信には、翁と孫娘とは実は血が繋がっていないこと、ある春先の満月の夜、玄武山の登山道入り口にある祭壇に捨てられていたこと、それを山神からの賜りものとして以来、翁が孫娘として養育した旨が書かれていた。
 領主はこれを一読すると、娘がまた一層愛おしくなり大事にするようになった。
  完
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