迷宮探索者の憂鬱

焔咲 仄火

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Phase 2 なぜか世界の命運を担うことになった迷宮探索者の憂鬱

第91話 想定内の事件と想定外の結末

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「いつまで待たせるんだよ?」

 ギルドの受付で、ロキはイライラしながら叫んでいた。
 そのいらだちを察してか、受付の女性が申し訳なさそうに頭を下げる。

「申し訳ありません。急いでギルド長を呼びに行っているのですが……」

「あんな奴に直接報告しなくてもいいだろう?俺たちは早く王都に戻りたいんだ」

「そうは申されましてもギルド長はここの責任者ですし、報告する前に皆様を帰らせたとあっては、私たちが怒られてしまいます」

 そんな受付嬢の説明に、ロキは渋々待つことを承諾する。
 ロキの後ろでは、レオン、アルマ、ココロ、アポロの四人が疲れた顔をして立っていた。
 さらに後ろではこの迷宮探索者ギルド内いっぱいに騒ぐ探索者たちの姿があった。

 ついにこの日、ロキたち四人は、このブルームポートの迷宮を踏破した。
 レオーネの情報を元に、アルマの結界とココロの探知能力を駆使し、ありえないスピードでの探索で勇者たちを追い抜いた。
 レオーネと会ってから毎日三階層ずつ更新していったが、さすがに最後の58階層からはスピードが落ち、59階層を踏破したところで夜になっていたため一旦戻って仮眠を取り、勇者たちが60階層の探索を始める時間よりも先の早朝から迷宮へと潜り、そして迷宮主である火竜を倒したのだった。
 本当にわずかの差だった。
 あまりに無理な探索を続けたロキたちパーティーは疲労していたが、これでやっと休日がやってくるという安心感もあった。

 ロキたちが迷宮を踏破したことによって迷宮は機能を停止し、魔物が出なくなったことで異変を察知した探索者たちがゾクゾクとギルドへと帰還してきている。
 勇者パーティーが帰還するのも時間の問題だろう。鉢合わせしてしまったら間違いなく揉める。
 そうならないようロキはさっさと王都へと帰還して聖鍵を国王へ献上し、代わりに勇者への特別扱いの停止などを求めるつもりだ。

 もうしばらくして、ブルームポートの迷宮のギルド長アポカリプソンがやってきた。

「いったい何の騒ぎだ?」

「ギルド長!こちらのパーティーが先ほど迷宮を踏破したと……」

「はあ?何を言っている?勇者様が踏破するはずだろうが!」

「うるせえなあ。これが踏破した証拠の聖鍵な。それじゃ報告は終わったんで俺らは行くぞ」

「待て!そんな嘘が通用すると思うか?どんなイカサマをした?」

「嘘もイカサマもねえよ!普通に迷宮を踏破して来たんだよ!あと本部には報告しとくからな。てめえが俺たちの足を引っ張ったって」

「嘘に決まってるだろうが!こんな早くおまえたちに迷宮踏破できるはずがない!絶対に何か裏があるんだろう?」

 一向にロキの言うことを信じないアポカリプソンを無視して、ロキたちは振り返ってその場を立ち去ろうとする。
 その時ギルド内にどよめきが起こった。
 ロキは声の方向を見る。
 どよめきの中心には、たった今迷宮から帰還した勇者一行の姿があった。
 お互いにその姿を視認すると、勇者は一直線にロキたちの元へと歩いてきた。

「やってくれたな」

「……」

 返事をしないロキ。そして勇者は振り返って聖女レオーネの顔を見る。

「やってくれたな」

「?」

 ロキたちはレオーネから迷宮の情報を教えてもらった。そのことについて気づき言っているのかと思った。だが勇者の考えていたことは違った。

「てめえこいつらをキャリーしやがったな?」

「???」

「こいつらがこんなに早く迷宮踏破できるわけがねえ。どのタイミングか知らねえが、おまえがこいつらをキャリーして俺たちが探索中の階層まで連れて行ったんだろ!」

「ち、違います!」

 慌てて否定するレオーネ。そしてロキは驚きの声を上げた。

「その手があったか!」

 ロキにその発想は無かった。勇者の言うように、レオーネに限らず他の勇者パーティー二人、ピートとバカラのどちらかでもいい。金で買収するなどして勇者が探索中の階層までキャリーしてもらえば、一日三階層などという無茶な探索をしなくても良かったのだ。
 そんな驚くロキを見て、本当にキャリーしてもらったわけではないと悟る勇者。

「じゃあどうやってテメエらは迷宮を踏破したんだ?近道なんてねえはずだ!」

「だから順番に探索してったんだよ。一日三階層ずつな」

「バカを言うな!そんなの俺たちにだって無理だ!」

 そんな勇者の言葉を聞いて、ロキは勝ち誇ってフッと笑う。

「お前には無理でも俺たちにはできるんだよ」

「ふざけるな!」

 反射的に勇者は剣を抜いた。
 ギルド内にどよめきが起こり緊張が走る。
 探索者同士の争いはご法度だ。ましてやここは迷宮探索者ギルドの中。たくさんの衆人の目もある。

「いけません勇者様!」

 慌てて止めに入ったのは勇者パーティーのバカラ。
 他の人間は顔を青ざめてただ傍観しているだけだった。
 バカラに止められ、抜いた剣を持て余す勇者。
 ロキは緊張したまま勇者と視察戦を続けている。
 そんな二人を見守る観衆をかき分け、勇者へと向かってくる者がいた。

「勇者様!そいつらが迷宮を踏破したって本当か?!」

「あ?」

 その男は、A級探索者パーティー鉄壁インプレグナブルのリーダー、プログレだった。
 プログレは不安そうな顔で勇者とロキとを見比べる。

「あ……あの話は大丈夫だよな?」

「なんの話だ?」

「金だよ!10億セルだよ!俺たちがあんたらをキャリーした代金としてくれると言っていた10億セルのことだよ!」

「こいつらが先に迷宮を踏破しちまったんだ。そんな金払えるわけねえだろうが!」

 その言葉を聞いてプログレの顔色が真っ青になる。
 プログレたちは10億セルもの大金をもらえるという約束で、苦労してたどり着いた50階層へと勇者たちをキャリーした。その金は勇者が迷宮を踏破した後に支払う約束になっていた。
 ロキはおそらく勇者にはそれほどの資産はないと言っていた。迷宮を踏破した報酬から支払うのだろうと。勇者が迷宮を踏破できなかった今、プログレがもらえるはずの10億はどこにもないということになる。

「は、話が違うじゃないか!俺たちは借金をしてまで装備をそろえて50階層へ行ったんだ。金をもらえなきゃ首をつらなきゃいけなくなる」

「うるせえな。じゃあ死にゃあいいじゃねえか」

「ふざけるな!」

 次の瞬間、プログレの巨体がギルドの壁に激突していた。胴鎧の真ん中には勇者に蹴られて足跡の形に凹んでいた。
 壁からずり落ちたプログレは盛大に血を吐いた。

「ゲホッ!」

 辺りに悲鳴を騒ぎ声が鳴り響く。慌てて治癒術士を呼びに行く者、恐怖でここから逃げ出すもの。一瞬でギルド内は大混乱になった。
 その中でも勇者とロキは変わらずにらみ合っている。

「≪ヒール≫!」

 プログレの近くにいた者が凹んだ鎧を外すと、駆け寄ったレオーネがヒールをかける。一瞬でプログレの傷は治り、命を救われたプログレは恐怖と混乱で言葉を失っていた。

「レオーネ!そんな奴はどうでもいい。今からこいつらを殺して聖鍵を取り返すぞ。殺し合いだ!」

 勇者は両手で剣を構える。
 相対するロキたちも戦闘態勢だ。
 レオンはすでに獣化しており、ロキもすぐに呪文を唱えられる用意をしている。
 アルマとココロはアポロの後ろに隠れるように避難していた。

 これはロキにとっても想定していた展開だった。
 軽率な勇者なら暴力で物事を解決する可能性がある。
 そのためロキは仲間たちに勇者パーティーと遭遇した時の対処について話し合いはできていた。
 ロキの予想では迷宮内で遭遇するかもしれないと思っていたが、まさかこんなギルド内で襲ってくるとは思わなかったが。
 この国は王政ではあるが、国王の権力は絶対的ではなく、国民の自由は法律によって守られている。
 国法によって意味もなく人を殺したり怪我をさせることは犯罪であり、それは庶民だろうが貴族だろうが関係が無い。
 だからロキたちから先に勇者に手を出すわけにはいかなかったが、こうやって勇者から不当に攻撃を仕掛けてこられ場合には正当防衛が成立する。
 ロキは勇者から攻撃を仕掛けられた場合、その力を封じるために合図をしたらアルマに結界を張らせるよう指示してあった。
 アルマがロキからの指示を待っていると、勇者はその仲間たちに指示を出し始めた。

「いいかてめえら、あの魔法使いはこんな人の多い中じゃ大魔法は打てねえ。さっさと取り押さえろ。あの狼男は俺が殺る」

 これまでただ荷物を運ぶだけだったピートが動揺する横で、盾役の戦士バカラは前に踏み出した。
 そして……
 懐から輪っかのようなものを取り出し、それを後ろから勇者の首へと嵌めた。

「バカラ?てめえ?」

 とたんに襲ってくる倦怠感に勇者は困惑する。

「これは封印の首輪です。聖女様の結界と同じように女神様の力を抑える力のある魔導具です」

「バカラ……てめえ……裏切ったな?!」

「裏切ってなどいません。私は騎士団に所属しています。私が仕えているのは国王陛下です。陛下の命令で勇者様のパーティーとして協力させていただいていましたが、先ほどの勇者様の探索者への攻撃はこの国の法律に反する行為です。そのため騎士団の規律に従って、違法行為をした犯罪者として取り押さえさせていただきます」

「ふざけんな!こんなアイテムを隠し持っていたなんて、最初から何かあったら俺を裏切る気だったんだな?!」

 バカラは右手で剣を持つ勇者の手首を掴み、左腕で勇者の首を絞める。

「レオーネ!この首輪の結界を解除しろ!結界を張るのも解除するのもお前ならできるはずだ!」

 そんな勇者の叫び声にレオーネは首を振る。

「ふざけんな!俺は神殿の大司教から任命された勇者だぞ!てめえの上司だぞ!」

「勇者様、私が仕えているのはあなたではなく、神様です。勇者様の先ほどの行為は神様の教えに反します」

「てめえらいい加減にしろ!ぶっ殺すぞ!」

「いくら勇者様とはいえ、理由もなく人を殺す権利はありません。騎士団の名のもとにあなたの身柄は拘束させていただきます。そして王都に戻って神前裁判を受けていただきます」

「殺してやる!てめえら全員殺してやる!」

 ギルドの中には勇者の絶叫だけがこだましていた。
 ロキが想定していた戦いが起こる前に、ロキの想定外の展開で事態は収束した。
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