夏フェス行ったら異世界に迷い込んだ

焔咲 仄火

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第3章

第27話 シークレット・ギグ

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「しかし、なんか違和感があるな」

 飲み干したエールの入っていたジョッキをドスンと置くと、ジョーが呟いた。
 彼らは領主からもらった小遣いで、街に酒を飲みに来ていた。
 ここはナイトロの街のメインストリートにあるパブ。店内は広くたくさんのテーブルがあるが、客はまばらだ。
 客席の奥には一人の吟遊詩人がいて、リュートを引きながら淡々と英雄譚を歌っている。

「どうかしましたかお客さん」

 店主が問いかけると、ジョーが答える。

「なんだあの歌は?坊さんが唱える経にしか聞こえねえ。頭が痛くなってくるぜ。酒場にはもっと似つかわしい音楽があるんじゃねえか?」

「パブには英雄譚サーガってのが決まりじゃないですか。小さい店だったら音楽すらないですよ」

「あの辛気臭い歌が、この店の雰囲気を悪くしてんじゃねえのか?」

「そんなに辛気臭いですかね……」

「ああ。辛気臭いね」

 ジョーの絡み酒に、マスターは困ったように相手をする。

「確かに新しい英雄が現れるわけでもない今、聞いた事のあるような同じ歌ばかりですね」

「そういう事を言ってんじゃねえんだよ。なんつーか、パブってこんな雰囲気でいいのか?もっと客の話声で騒がしいもんじゃないのか?どいつもこいつもしんみり酒を飲みやがって、大人しく酒を飲みたいならもっとこじゃれたバーにでも行けっつうんだ!」

 どうやらジョーは店の雰囲気が気に入らないようだ。酒の飲みすぎもあるだろうが、かなり不機嫌になっている。

「そりゃあ平日の昼間っから飲んでるやつぁ少ねえだろう。週末や夜になればもっと騒がしい客も増えるだろうぜ?」

 ケヴィンがそう言ってジョーをたしなめるが、カウンターの向こうにいるマスターは悲しそうな顔で首を横に振った。

「それが夜中だろうが週末だろうが、最近じゃあこんな感じなんですよ……」

「「なんだって?」」

 思わずケヴィンとジョーがハモる。

「お客さんたち、あまり見ない顔ですが、よそから来られたんですよね?この店も十年くらい前では、昼間から騒がしくて、いつでも席が埋まってるような時期があったんですよ。それが今じゃ毎日こんな感じなんです」

「愚痴か?聞いてやるが、その前にとりあえずエールおかわりだ」

 ジョーはそう言ってジョッキを突き出す。
 マスターはそれを受け取りながら言った。

「フフ……。お客さんのように飲みっぷりがいい人を見るのも久しぶりで、嬉しいですよ」

 4杯目のエールを飲みながら、ジョーたちはマスターの言葉に耳を傾けていた。

「なんだって?それじゃあこの店だけじゃなくて、この街のどこのパブに行ってもこんな雰囲気なのか?」

「そうなんですよ、お客さん」

「そりゃあ、この街は重症だな。パブってのは、労働者階級が日ごろため込んでいるものを吐き出す場所だ。この街の人間はストレスも闘争心も何もかもなくしちまったのか?」

「……その通りです。パブだけじゃあないんですよね。この街全体……いや、この街だけでなくこの国全体が、こんな感じになっちまったんです。毎日淡々と働いて、特に楽しみもなくだらだらと生きている。この国に住む人間は心を無くした人形のようです。偉い先生が言うには、平和な世界が続きすぎたせいだって話なんですがね。平和過ぎてみんな無気力病にかかっちまったって言うんです」

「なるほどな。分かったぜ」

 ジョーが呟く。

「何が分かってんです?」

「おう!俺もだ」

「奇遇だな。俺にも分かったぜ」

「俺もだ」

 ケヴィンの相槌に、さらにダンとデイヴも続く。

「お客さんたち、何が分かったって言うんですか?あなたたちにはこの国がかかっている病気を治せるんですか?」

 そんなマスターの質問に、ジョーが答える。

「この国にはな、ロックンロールが足りねえんだよ」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 酒場の吟遊詩人にジョーが話しかける。

「おい、ちょっとその辛気臭い歌を止めろ。本物の音楽を聞かせてやる」

「えっ?」

 吟遊詩人の男は、何を言われているか分からないが、その雰囲気に恐れて手を止める。

「すまねえ、ちょっと休んでてくれるか?」

 ケヴィンの言葉に頷き、その場所を譲る。席を立つとケヴィンに「悪いな」と肩を叩かれる。
 老人たち四人が集まってくると、ギターはないか?ベースは?と、楽器を用意するように指示が出る。店主がなんとか店の奥からアコースティックギターを二本用意すると、二人がそれをチューニングし始める。
 一人は木製の酒樽を持ち出し、椅子の前に置くと、両手でその蓋を叩いて、その音を確かめていた。

「ドラムの代わりはこんなもんしかねえかな」

 ダンの言葉に他の三人は笑いながら「いいんじゃねえか?」と相槌を打つ。
 その光景に何が始まったのかと、店内にいる客たちの視線が集中する。
 三人の楽器の音合わせの音を聞きつけ、外から少しずつ新しい客が店に入って来た。

「それじゃそろそろいいか?」

 ケヴィンが三人に声を掛けると、それぞれ準備ができたという返事をする。

「な……何が始まるんですか?」

 そう吟遊詩人の男がケヴィンに問いかける。

「俺たちがタダで音楽を聞かせてやるなんて、今日は特別だぜ。ザ・ストーンクリーチャーズのシークレットギグだ!ほら、野郎ども拍手だ!」

 ケヴィンは老人とは思えないほど大きな声で客席に拍手を要求する。
 その迫力に飲み込まれたのか、客席からはパチパチと手を叩く音が響く。

「まだ元気が足りないみたいだな。まあいい。ゆっくり温めてやる。まずはブルースから行くぜ」

 酒樽を叩く音がリズムを刻むと、それに合わせて二本のギターが鳴り響く。そのリズムに合わせてケヴィンは身体を揺らすと、ゆっくりと歌い始めた。その歌は先ほどまでの吟遊詩人の男の淡々とした歌声と違い、とてもメロディアスで、そして腹の底から感情を込めた歌声だった。
 先ほどまで好奇の目で見ていた客たちも、すぐにその歌声に魅せられてしまう。吟遊詩人の男も、今まで聞いたことの無い彼らの音楽に、心が揺さぶられる思いをしていた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 いつも静かなナイトロ街の夜だが、一件の酒場からは騒がしい声が響いていた。
 なんだか不思議な雰囲気に、通りすがる者は吸い寄せられるようにその店の中を覗くと、見た事もない満員の客席の中へと入ってゆく。すでに開いている席はなく、立ちながら酒を飲む客の数の多さに歩くのにも困るくらいだった。

「もう一曲聞かせてくれよ!」

「うるせえ!そう何曲もタダで歌を聞かせてやるかよ!」

 客から飛ぶ声援に、ジョーが口汚い言葉で答える。だがお互いにとても楽しそうな顔をしているため、決してケンカしてるわけではなさそうだ。

「いいじゃねえかジョー。最後にもう一曲だけ披露してやろうぜ」

 ケヴィンの言葉に、ジョーはまんざらでもないという表情で笑みを浮かべる。

「いいかお前ら!大大大サービスでもう一曲だけ聞かせてやるぜ!その代わり明日からはもっと気力を持って毎日を送れよ!」

「ヒュー!」

「待ってました!」

 四人が演奏を始める前とは打って変わって、大きな声が客たちから掛けられる。
 店のマスターも、自分がこの店で働き始めてから初めて見るその光景に、自分の目を疑っていた。
 感傷に更ける暇も与えずに、ケヴィンの声が響く。

「何が無気力病だ?!お前たちに足りないのはロックンロールなんだ。アコースティックバージョンだが聞かせてやるぜ。”Not Enough Rock'n Roll”!」

 その夜そのパブには、その国の者が今まで聞いた事のなかったロックンロールが鳴り響いていた。





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