嘘つきの翼【完結】

タリ イズミ

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【一】

1

「僕のほうが先に好きだったのに」
 そう言うやいなや、理久りくに突き飛ばされる。ぶつけたはずの背中がやわらかく沈む。ベッドだ。寝転がって見上げる理久がいつも以上に背が高く見えて、息を呑む。
「理久、あの、オレは」
綾斗あやとさん、僕のほうを見てよ」
 ひんやりとした黒いマニキュアの手がオレの頬を這う。オレの闇の蔦を断ち切る理久の手。本当はこっちが正しかったのかもしれない。頭のどこかでその思いが掠める。
 ハル君。脳裏に最後に会った日の彼の顔が浮かぶ。それなのに、近づいてくる理久の顔は今にも泣きだしそうだ。
 理久。十数年積み上げた思い出が頭を駆け巡る。ランドセルを背負った理久が泣いたときもオレが慰めた。
 拒めない。声が喉に引っかかって出てこない。肉厚な弾力のあるくちびるを押しつけられて、目を瞑った。体がほろほろと溶ける。
 ミーンミンミン。外で蝉が鳴いていた。


「次、園田」
 ピピーッ。陸上部顧問の笛が鳴って、ハル君の運動靴が校庭に砂埃を立てる。一眼レフを構えてその姿を追う。カシャカシャカシャ。オレの指が連続でシャッターを切る。
 ふわりと浮いた体が高いバーを越え、ゆっくりと緑のマットの上に落ちる。ぱっと起き上がったハル君がバーを見上げた。
「よっしゃー!」
 太陽の下で声を響かせ、汗を飛ばしてガッツポーズをとる。そのこぶしや笑顔もフレームに収め、「ハル君ナイス!」と声をかけた。オレの声が青空へ吸い込まれる。ブラウンの短髪のハル君が、晴れやかな笑顔でオレに手をあげる。
 眩しい。この子はいつも太陽のようだ。周りが明るくなる。
「早坂先輩も飽きないっすね。もう何日目っすか」
 ベンチの隣に座る陸上部の後輩が興味津々といった様子で聞いてくる。オレは照れ笑いして画像を確認する。
 カメラにハル君の雄姿が収まっている。オレひとりだけの宝物。自然とふふと笑ってしまう。
「高三で最後のコンテストだから。どうしてもいい写真が撮りたくてさ」
「失礼ですけど、写真部ってもっと地味なイメージでした。花を撮るとか」
「ハル君みたいにモデルを引き受けてくれる人なんていないからな」
 順番がくるりと回って、またハル君の番になった。オレはまたカメラを構えた。雲一つない快晴、今日は絶好の撮影日和だ。
 校庭を吹き抜ける涼しい風はハル君の追い風。その風がオレの背中も押してくる。風で乱れた髪を手櫛で直し、息をとめてシャッターを切る。
 どの瞬間も画像に収めて残したい。路地や坂道といった静物を撮るのが好きだったはずだった。それなのに、今は動いて残せないハル君の軌跡を切り取りたくなっている。
 ハル君の真剣な表情を見て何度もシャッターを切る。レンズの向こうでハル君が空を裂くたびに、ハル君のことで頭がいっぱいになっていく。飛んできらりと光る汗の粒がオレの心を潤す。
 オレは高校で写真部に所属している。完全インドア派のオレ。だが、写真のことになると、電車に乗って遠くまで撮影しにいくくらい情熱を注いできた。
 元々クラスの女子と口をきくのはプリントが配られたときくらい。インフルエンザで一週間ちょっと休んで久しぶりに登校したときも、誰もなにも声をかけてこなかった。オレは教室に溶けて消える影の薄い人間だ。
 それを変えたのが一つ年下のハル君。転校してきたハル君が陸上部に入り、校庭を教室からなにげなく見ていたオレは一瞬で心を奪われた。――きれいだ。
 助走に入る瞬間の真剣な眼差し。軽々と空へ飛んでバーを超えるなだらかな身体のカーブ。分厚いマットからぱっと高跳びのバーを見上げて落ちていなかったときに「よっしゃあ!」と元気な笑顔を咲かせる。そんな年下に一瞬で心が攫われた。
 口実になったのが高校最後のコンテスト。恐る恐る声をかけてモデルを頼むと、ハル君は「オッケー!」とすぐに親指を立てた。立派な体躯のハル君は一八六センチ。日に焼けた浅黒い肌や筋肉の引き締まった体は、男のオレでも惚れ惚れする。オレのレンズがうずうずする。写真に映えると確信した。
 そうやって陸上部の練習に押しかけ、ハル君を撮り続けている。今年は満足のいく写真が撮れそうだ。趣味程度で、オレはコンテストに応募してもなんの成績も残せない。だが、今年はなにかが違う。
 カメラを構える。ユニフォームが太陽に輝き、オレの胸を焦がす。パシャリ。シャッターを切ると、ボタンを押した人差し指が熱い。こちらが「やった!」と叫びたくなるような画像がまた一つ刻まれる。

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