10 / 39
【二】
4
春休みが来て、理久とハル君が高校を卒業した。その実績を買われ、ハル君は実業団に所属することになった。新幹線で一時間半の距離の寮暮らしだ。
さすがにこれはとハル君に電話する。
「ハル君、明日行くんだよな? 駅まで見送りに行くよ」
電話の向こうからからっとした笑い声がする。
『大袈裟だな。見送りになんて来なくていいって』
「でも……」
次、いつ会える? 顔くらい見たい。
そんな心の叫びをハル君が笑い声で吹き飛ばす。
『逆に寂しくなるだろ』
その言葉に飛行機を見送った日のことを思い出した。
『綾斗も今疲れてるだろ? そうだ、今から俺が綾斗ん家に行くわ。それならいいんじゃねえ?』
突然ハル君がそう言った。喜びに冷たかった胸が温まる。
最近気分の落ち込みが激しい。ハル君と連絡を取ることさえ億劫に思うほど。ハル君はそれを咎めもせず、寂しいとも言ってくれない。だが、ハル君はちゃんとオレを思ってくれている。
部屋着の上からシャツを羽織り、階段を駆け下りる。玄関先に出たとき、ちょうど家の門からハル君が入ってきた。無地の白いTシャツにジーパン姿のハル君はハルジオン。半月の月光がハルジオンを薄い銀色に際立たせる。
「綾斗、こっち」
ハル君が隅に寄って手招きする。地面に大小二つの影が近づく。ハル君のにっと笑う白い歯がくっきりと見えた。
「俺、すげえ頑張ってくるからさ。ほら、アスリートにならねえといけねえからよ」
「将来の夢だもんな」
「そんな都合よくいかないかもしれねえけど」
ハル君がこちらの手を取った。皮膚の硬い大きな手。男らしいてのひらは熱い。
「次帰る時期が決まったら連絡する」
屈み込んできたハル君のキスに応える。視界の端で、向かいの二階の部屋のカーテンが閉まる。そちらを見ようとする。だが、ハル君が口づけを軽く重ねてくる。
「綾斗、ゆっくり休めよ。無理すんじゃねえぞ」
「……うん、ありがと」
手を振り、向かいの玄関が閉まるところまで見送る。手を振ると、ハル君も手を振り返す。
くちびるを触る。肉厚なハル君の弾力に顔が火照る。誰もいない家に戻る。夜に閉じ込められたしんとした家。でも外は暖かく、春のにおいが漂っている。花が咲き誇る季節だ。ベッドのシーツを温かく感じた。
だが、よかったのは最初の一ヶ月まで。次第にハル君とは連絡が取りづらくなる。メッセージを送っても返信が遅い。ときには無視される。電話もなかなか出ない。どうしたの。そう聞くと、寮だからと言われる。なかなか電話で話せないと。
まるでオレが邪魔者のようだ。連絡を控えるようにして、寂しいときはハル君の写真を見て気を紛らわす。でも、部活中の写真のハル君はオレを見ない。写真を手に俯く。
ハル君、本物に会いたいよ。
ハル君は実力が拮抗する相手に囲まれている。自分を追い込んで汗水流して練習している。それなのに、サークル内での批判と冷笑を思い出して落ち込むオレ。自分のことが恥ずかしくて堪らない。
だが、どうしても朝は起きられない。全てのやる気がなぎ倒される。料理も適当になっていく。一日でオレの腹に入ったのはパンとカップ麺だけ。寝る時間もまちまちになる。
「綾斗さーん、元気?」
そんなオレを見かねた理久が家に遊びに来た。
破れのあるジーンズ、大きめのブロッキングスタイルのパーカーを着た理久。今は立派な専業Vチューバーだ。事務所内でも上位の売れっ子らしい。たまに打ち合わせで遠くまで出かけたりすると言う。そういうときは「これがおいしいんだって」とお土産を買ってきてくれる。
「綾斗さん、痩せたから食べなきゃ駄目だよ」
そんな優しい声で叱ってくる。
さすがにこれはとハル君に電話する。
「ハル君、明日行くんだよな? 駅まで見送りに行くよ」
電話の向こうからからっとした笑い声がする。
『大袈裟だな。見送りになんて来なくていいって』
「でも……」
次、いつ会える? 顔くらい見たい。
そんな心の叫びをハル君が笑い声で吹き飛ばす。
『逆に寂しくなるだろ』
その言葉に飛行機を見送った日のことを思い出した。
『綾斗も今疲れてるだろ? そうだ、今から俺が綾斗ん家に行くわ。それならいいんじゃねえ?』
突然ハル君がそう言った。喜びに冷たかった胸が温まる。
最近気分の落ち込みが激しい。ハル君と連絡を取ることさえ億劫に思うほど。ハル君はそれを咎めもせず、寂しいとも言ってくれない。だが、ハル君はちゃんとオレを思ってくれている。
部屋着の上からシャツを羽織り、階段を駆け下りる。玄関先に出たとき、ちょうど家の門からハル君が入ってきた。無地の白いTシャツにジーパン姿のハル君はハルジオン。半月の月光がハルジオンを薄い銀色に際立たせる。
「綾斗、こっち」
ハル君が隅に寄って手招きする。地面に大小二つの影が近づく。ハル君のにっと笑う白い歯がくっきりと見えた。
「俺、すげえ頑張ってくるからさ。ほら、アスリートにならねえといけねえからよ」
「将来の夢だもんな」
「そんな都合よくいかないかもしれねえけど」
ハル君がこちらの手を取った。皮膚の硬い大きな手。男らしいてのひらは熱い。
「次帰る時期が決まったら連絡する」
屈み込んできたハル君のキスに応える。視界の端で、向かいの二階の部屋のカーテンが閉まる。そちらを見ようとする。だが、ハル君が口づけを軽く重ねてくる。
「綾斗、ゆっくり休めよ。無理すんじゃねえぞ」
「……うん、ありがと」
手を振り、向かいの玄関が閉まるところまで見送る。手を振ると、ハル君も手を振り返す。
くちびるを触る。肉厚なハル君の弾力に顔が火照る。誰もいない家に戻る。夜に閉じ込められたしんとした家。でも外は暖かく、春のにおいが漂っている。花が咲き誇る季節だ。ベッドのシーツを温かく感じた。
だが、よかったのは最初の一ヶ月まで。次第にハル君とは連絡が取りづらくなる。メッセージを送っても返信が遅い。ときには無視される。電話もなかなか出ない。どうしたの。そう聞くと、寮だからと言われる。なかなか電話で話せないと。
まるでオレが邪魔者のようだ。連絡を控えるようにして、寂しいときはハル君の写真を見て気を紛らわす。でも、部活中の写真のハル君はオレを見ない。写真を手に俯く。
ハル君、本物に会いたいよ。
ハル君は実力が拮抗する相手に囲まれている。自分を追い込んで汗水流して練習している。それなのに、サークル内での批判と冷笑を思い出して落ち込むオレ。自分のことが恥ずかしくて堪らない。
だが、どうしても朝は起きられない。全てのやる気がなぎ倒される。料理も適当になっていく。一日でオレの腹に入ったのはパンとカップ麺だけ。寝る時間もまちまちになる。
「綾斗さーん、元気?」
そんなオレを見かねた理久が家に遊びに来た。
破れのあるジーンズ、大きめのブロッキングスタイルのパーカーを着た理久。今は立派な専業Vチューバーだ。事務所内でも上位の売れっ子らしい。たまに打ち合わせで遠くまで出かけたりすると言う。そういうときは「これがおいしいんだって」とお土産を買ってきてくれる。
「綾斗さん、痩せたから食べなきゃ駄目だよ」
そんな優しい声で叱ってくる。
あなたにおすすめの小説
平凡高校生の俺にイケメンアイドルが365回告白してくる理由
スノウマン(ユッキー)
BL
高校三年生の橘颯真はイケメンアイドル星宮光に毎日欠かさず告白されている。男同士とのこともあり、毎回断る颯真だが、一年という時間が彼らの関係を少しずつ変えていく。
どうして星宮は颯真に毎日告白するのか、そして彼らの恋の行方は?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。