嘘つきの翼【完結】

タリ イズミ

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【三】

2

「綾斗さん、夏って言えばなに? やっぱり花火?」
 二人で作った麻婆茄子を口に運ぶ。理久が再び尋ねてきて首を傾げる。揺れたピアスの黒の十字架から目を逸らす。ナスからじゅわっと染み出した味が口内に広がる。
 向かいで理久が食べているところを見る。すると、少し濡れたくちびるに目がいく。下半身が疼き、頭を振って明るく答える。
「ここら辺に住んでるとそうなるな」
「ホラーゲームとか興味ない? 今度生配信でやるんだ」
「案外理久ってそういうの平気だよな」
 理久がお茶碗片手に満足げにふふんと口端を吊り上げる。
「僕、幽霊とか信じてないし、わって驚かされるのもあんまり動じないから。むしろ笑っちゃう」
「マジかよ。普通に怖いって」
「そういうときの実況動画だよ。自分でプレイしなくても体験できるでしょ」
 動画の言葉にぎくりとする。
 理久の動画を見てつけているチェックリスト。どの動画の何分くらいのセリフが好きか書いたメモをポケットのスマホに保存してある。理久の動画と写真を使ってのオナニーは、週三回程度のときもあるし、くせになって一日に複数回してしまうときもある。
 今日も理久が来る前に一回抜いた。写真を撮っているときはこんなことなかったのにな。手についたローションを洗い、ため息をつく。
 手に持つのはカメラがいい。でも握るのは欲の昂ぶり。手を動かすときはハル君を呼びたい。でも口から出るのは理久の名前。
 今週に入ってからハル君の名前がスマホに表示されたことはない。虚しさを通り越して諦めの境地だ。――足元に泥水が広がるのはオレだけのせいじゃない。
 麻婆茄子で腹を満たし、二人で食器を洗う。水切りカゴに皿を並べてタオルで手を拭く。すると、「綾斗さん」と理久の腕が肩に回ってきた。腕の重さと近さにどきっとする。
 理久の目がいつもと違う。瞳の奥になにかが揺れる。
「ヘッドフォンしてホラーゲームやってごらん……こんなふうに怖いよ」
 少し艶を帯びたようなハスキーボイスに背筋がぞくっとした。理久が耳元でふっと息を吹きかけてくる。途端に笑ってしまい、「やめろ」と体を押しのける。理久の瞳の熱が消えた。ははっと笑い、「またね」と頭をぽんぽんと叩いて家に帰っていく。髪に理久の温かさがほんのり残る。
 腹が満たされれば気分もよくなる。ふんふんと鼻歌を歌いながら部屋へ戻る。すると、電気を消した部屋の中でスマホが点滅する。緑は着信の知らせ。電気もつけず、慌てて飛びつく。晴臣と名前が表示されている。
「もしもし!」
 つい大きな声になった。「さっきも電話したんだけど」とハル君の拗ねた口調が聞こえる。
 この時間はうちでは夕飯だって知ってるじゃん。少しだけ不満がぱちんと弾ける。だが、ハル君から電話をくれたのが嬉しい。ぽすっ。軽い音でベッドに腰かける。
「ハル君元気?」
『んー、まあまあ。最近綾斗に電話できてなかったから悪いなって反省してさ』
 ハル君の申し訳なさそうな口調に胸がずきっとする。オレを優しく濡らす夕立のことを頭から追い出す。「忙しいんでしょ、気にしてないよ」と努めて明るい口調で言う。
「練習はどう? 次の大会は記録を残せそう?」
『それがスランプに陥ったみたいでよ。監督にはそういう時期もあるって言われたんだけど、俺は納得できねえんだよな。焦っちまうっていうか』
 そしてスマホの向こうが照れたように言う。
『こういうとき、癒しって必要だろ? 綾斗の声が聞きてえって思ってさ。ほら、綾斗は俺のトロフィーみたいなもんだし、俺の価値を分かってくれてるしよ』
 その言葉に心にぽっと明かりが灯った。自分の存在がハル君の価値を裏付けるような言い方。それがこのときは胸に響いた。ハル君の心の支えになっている。その事実がオレの心をなだらかにしていく。
 一枚の写真をよすがにしていた頃、たった一つの栄光にこだわっていた。今は理久が話してくれることも含め、いろんな支えがある。だから気持ちが楽になる。ハル君を支えられる一つの存在になれたら嬉しい。

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