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【三】
3
そのとき、不意に理久が肩に手を回してきたことを思い出す。ハル君がやったらどうなるのか。きっと理久より重い。引き締まった筋肉が力強くこちらを抱き寄せる。その頼もしさに安堵して、顔を見上げて笑い合うのだ。
だが、その想像は現実のものにならない。ハル君が一番積極的になるのはキスくらい。それも羽のように軽い触れ合いだ。
ハル君は爽やかだから。ハル君とは男同士だから。そんな理由すら飛んでいくほど儚い。理久の声を聞いてあんなことをするオレがはしたないだけだ。
「ハル君、今年の夏は帰ってこれる? お盆休みとかさ」
『それが分かんねえんだよ。でもそろそろ帰りてえよな。恥ずかしい話、やっぱ家ってリラックスできる場所じゃん』
ハル君が照れくさそうに言い、「帰ったら綾斗に会いてえな」とちょっとだけ甘えるような口調になった。途端に自分の現状を思い出して声が小さくなる。
「あの、えっと、でも、オレ、外には、出られない、かも、しれない……」
冷たいシーツをぎゅっと握る。寄ったしわにオレの心も波立つ。だが、ハル君は簡単に言う。
『別にいいぜ。綾斗の顔が見られれば家でもいいし』
ハル君は間違いなくオレの彼氏。そう感じられる台詞に顔がかあっと熱くなる。
ハル君らしきアカウントの女の子と撮った写真たちを思い出す。あれはやっぱりただ一緒に撮っただけなんだ。ほっと胸を撫で下ろす。写真を汚れた目で見てハル君を疑った自分が恥ずかしい。
二十分ほどおしゃべりをする。ハル君は「先輩に呼ばれたから」と電話を切った。急にしんとした暗い部屋。ひたひたと足元が冷たくなっていく。スマホを握り締め、ブラックアウトしたそれを見つめる。
――綾斗の顔が見られれば。
ハル君の温かい言葉が胸に残っている。それなのに、スッと指先が動いてSNSを開く。途端に浮かび上がる理久のキャラクターのアイコン。アカウントを見て、配信が九時からあることを確認する。
ヘッドフォンをつけた。パソコンにコードを繋ぐ。ベッドの上に置いたパソコンの明るいモニター画面。理久の動画を途中まで再生してある。
オレはスマホを見つめ、時間を計算した。配信まであと一時間。だったら一回くらいできるはず。
優しい夕立がやむ。足元の泥水がじわじわと足を捕らえ、絡まる蔦が伸びてくる。蔦の先端がちくりと罪悪感をつつく。瞬きをすると瞼の裏で黒い十字架が艶を帯びる。音量を大きめに設定して、罪悪感を隅に追いやった。
これは止められない。持てなくなった一眼レフ。遠い存在になった彼氏。それを埋められるのはこれだけだ。
理久の声は甘い毒。ヘッドフォンから流れる甘さがオレの仄暗い欲求に火をつける。自分の肩に回った腕の温かさと先ほどの目を思い出し、オレはローションボトルを手に取った。明かりの消えた部屋でパソコン画面だけが煌々と明るい。理久の家から差し込む明かりが、カーテンの隙間からカーペットをほんのり照らす。
オレの影が蠢いた。
だが、その想像は現実のものにならない。ハル君が一番積極的になるのはキスくらい。それも羽のように軽い触れ合いだ。
ハル君は爽やかだから。ハル君とは男同士だから。そんな理由すら飛んでいくほど儚い。理久の声を聞いてあんなことをするオレがはしたないだけだ。
「ハル君、今年の夏は帰ってこれる? お盆休みとかさ」
『それが分かんねえんだよ。でもそろそろ帰りてえよな。恥ずかしい話、やっぱ家ってリラックスできる場所じゃん』
ハル君が照れくさそうに言い、「帰ったら綾斗に会いてえな」とちょっとだけ甘えるような口調になった。途端に自分の現状を思い出して声が小さくなる。
「あの、えっと、でも、オレ、外には、出られない、かも、しれない……」
冷たいシーツをぎゅっと握る。寄ったしわにオレの心も波立つ。だが、ハル君は簡単に言う。
『別にいいぜ。綾斗の顔が見られれば家でもいいし』
ハル君は間違いなくオレの彼氏。そう感じられる台詞に顔がかあっと熱くなる。
ハル君らしきアカウントの女の子と撮った写真たちを思い出す。あれはやっぱりただ一緒に撮っただけなんだ。ほっと胸を撫で下ろす。写真を汚れた目で見てハル君を疑った自分が恥ずかしい。
二十分ほどおしゃべりをする。ハル君は「先輩に呼ばれたから」と電話を切った。急にしんとした暗い部屋。ひたひたと足元が冷たくなっていく。スマホを握り締め、ブラックアウトしたそれを見つめる。
――綾斗の顔が見られれば。
ハル君の温かい言葉が胸に残っている。それなのに、スッと指先が動いてSNSを開く。途端に浮かび上がる理久のキャラクターのアイコン。アカウントを見て、配信が九時からあることを確認する。
ヘッドフォンをつけた。パソコンにコードを繋ぐ。ベッドの上に置いたパソコンの明るいモニター画面。理久の動画を途中まで再生してある。
オレはスマホを見つめ、時間を計算した。配信まであと一時間。だったら一回くらいできるはず。
優しい夕立がやむ。足元の泥水がじわじわと足を捕らえ、絡まる蔦が伸びてくる。蔦の先端がちくりと罪悪感をつつく。瞬きをすると瞼の裏で黒い十字架が艶を帯びる。音量を大きめに設定して、罪悪感を隅に追いやった。
これは止められない。持てなくなった一眼レフ。遠い存在になった彼氏。それを埋められるのはこれだけだ。
理久の声は甘い毒。ヘッドフォンから流れる甘さがオレの仄暗い欲求に火をつける。自分の肩に回った腕の温かさと先ほどの目を思い出し、オレはローションボトルを手に取った。明かりの消えた部屋でパソコン画面だけが煌々と明るい。理久の家から差し込む明かりが、カーテンの隙間からカーペットをほんのり照らす。
オレの影が蠢いた。
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