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【四】
8
「ハル君」
シーツに座り込んだオレは口を拭い、額の汗を腕で拭うハル君を見上げた。
「さっきオレのことを特別って言ってたけど、それ、好きだからじゃないよな」
オレは小さな感情も見逃すまいとハル君をじっと見つめた。
「オレが、ハル君の写真で賞を取ったのが特別なんだよね? 自分の高飛びで認めてもらえたのが嬉しかったんだよね? オレが賞を取ったことで自分が認められた感じがしたんだよな。大事なのは、オレじゃなくてあの写真なんだろ」
するとハル君がスッと表情を沈めた。
「綾斗には分かんねえよ。取り柄の陸上で必死に努力したのに、親の再婚で転校して築き上げたものが全部パー。世界が根底からひっくり返ってゼロからやり直しになった。そのときお前が賞を取った。すげえと思ったよ。ああ、俺ってそんだけの価値があるんだって」
「ハル君は綾斗が俺のトロフィーだってよく言ってた。そういう意味なんだ。オレがハル君の栄光を証明してるって意味か」
こんなすれ違い、ひどすぎる。オレの好きな人は、最初からこれっぽっちもオレのことを好きじゃなかった。堪えきれなくて涙がこぼれる。
「別に、オレを好きじゃなかったんだ。オレと付き合うって形で、トロフィーを手放したくなかっただけなんだね」
「そうだよ。それだけだよ。文句あんのか!」
ハル君が声を荒らげた。でも、刺々しさの裏にある傷が見え隠れして、ズキズキと胸が痛む。オレが涙を拭うと、横に座った理久が肩に腕を回してきた。そしてぎゅっと抱き寄せてくれる。細い指がこちらの頬を流れる涙の線を切る。
息をつき、ハル君を見上げる。ハル君の目は、いつかのときと同じ赤い縁の目をしている。
あの写真をオレと同じくらい喜んでくれたハル君。写真を撮るために太陽の下でカメラを構えていたことを思い返す。オレは精一杯微笑みかけた。
「ハル君、賞を取る前からオレにはハル君がかっこよく見えてたよ。門外漢のオレでもハル君のすごさは分かった。すごいって認めてた。だからモデルをお願いしたんだ。でも、オレだけじゃ足りなかったんだな。分かるよ、たくさんの人に認められたい気持ち」
ハル君は、オレと似ている。誰かに認められたくて、一枚の写真に縋る。女の子と遊んだのもちやほやされたいだけだったのかもしれない。
そこでオレを抱き寄せる理久の手に力が入った。
「ハル、真っ先に認めてくれてた綾斗さんを蔑ろにしたのが間違いなんだ」
理久の手が温かい。オレはハル君にはっきりと言った。
「ごめん、もうハル君を好きだとは思えない。高飛びしてるハル君をかっこいいと思うし、心から応援してる。だけど、これ以上は無理だ」
オレはハル君を、人生で初めて胸を焦がした相手を睨んだ。気持ちは分かる。だからこそ一緒にはいられない。
「もう別れよう」
ハル君はブラウンの短髪を掻き、「あっそ」と肩をすくめた。
「はいはい、分かりましたよ」
そう言いながらジーンズのベルトを締める。そのとき、ズボンの後ろポケットからハル君のスマホがぽんとベッドに落ちた。そこに浮かび上がったのは、オレが賞を取ったハル君の写真だ。
「……ハル君、この写真を壁紙にしてたんだね」
どこまでもオレより写真が大事なんだな。そう思ったが、ハル君はスマホを手に取り小さく息を吐く。
「……この頃の俺は綾斗の一番だったかもしれねえけど、もうダメってことか。まあ、自業自得だけどよ」
軽い口調に小さな震えが混じる。ハル君はきゅっと口元を引き締めた。「じゃあなー」とあっさりとした口調になって手をひらひらさせてベッドから降りる。
「理久、俺は家に帰らねえから。寮に戻る。もうこの土地に帰ってきたくもねえし」
「えっ? ハル君、ちょっと」
「綾斗は早く元気になれよ」
ハル君がこちらを振り返らずに部屋を出ていく。丸まった背中がいつもより小さい。階段を下りる音は遠ざかり、バンッと玄関を閉める音がした。
オレは棚に飾ってあるハル君の写真を見つめた。雲一つない快晴の中で弓のようなフォームでバーを超えるハル君。
ハル君が口にしていたように、本当に努力していた。だから輝いて見えた。そこにオレの腕が合わさった。最初で最後の二人での努力の結晶だ。それは間違いない。
シーツに座り込んだオレは口を拭い、額の汗を腕で拭うハル君を見上げた。
「さっきオレのことを特別って言ってたけど、それ、好きだからじゃないよな」
オレは小さな感情も見逃すまいとハル君をじっと見つめた。
「オレが、ハル君の写真で賞を取ったのが特別なんだよね? 自分の高飛びで認めてもらえたのが嬉しかったんだよね? オレが賞を取ったことで自分が認められた感じがしたんだよな。大事なのは、オレじゃなくてあの写真なんだろ」
するとハル君がスッと表情を沈めた。
「綾斗には分かんねえよ。取り柄の陸上で必死に努力したのに、親の再婚で転校して築き上げたものが全部パー。世界が根底からひっくり返ってゼロからやり直しになった。そのときお前が賞を取った。すげえと思ったよ。ああ、俺ってそんだけの価値があるんだって」
「ハル君は綾斗が俺のトロフィーだってよく言ってた。そういう意味なんだ。オレがハル君の栄光を証明してるって意味か」
こんなすれ違い、ひどすぎる。オレの好きな人は、最初からこれっぽっちもオレのことを好きじゃなかった。堪えきれなくて涙がこぼれる。
「別に、オレを好きじゃなかったんだ。オレと付き合うって形で、トロフィーを手放したくなかっただけなんだね」
「そうだよ。それだけだよ。文句あんのか!」
ハル君が声を荒らげた。でも、刺々しさの裏にある傷が見え隠れして、ズキズキと胸が痛む。オレが涙を拭うと、横に座った理久が肩に腕を回してきた。そしてぎゅっと抱き寄せてくれる。細い指がこちらの頬を流れる涙の線を切る。
息をつき、ハル君を見上げる。ハル君の目は、いつかのときと同じ赤い縁の目をしている。
あの写真をオレと同じくらい喜んでくれたハル君。写真を撮るために太陽の下でカメラを構えていたことを思い返す。オレは精一杯微笑みかけた。
「ハル君、賞を取る前からオレにはハル君がかっこよく見えてたよ。門外漢のオレでもハル君のすごさは分かった。すごいって認めてた。だからモデルをお願いしたんだ。でも、オレだけじゃ足りなかったんだな。分かるよ、たくさんの人に認められたい気持ち」
ハル君は、オレと似ている。誰かに認められたくて、一枚の写真に縋る。女の子と遊んだのもちやほやされたいだけだったのかもしれない。
そこでオレを抱き寄せる理久の手に力が入った。
「ハル、真っ先に認めてくれてた綾斗さんを蔑ろにしたのが間違いなんだ」
理久の手が温かい。オレはハル君にはっきりと言った。
「ごめん、もうハル君を好きだとは思えない。高飛びしてるハル君をかっこいいと思うし、心から応援してる。だけど、これ以上は無理だ」
オレはハル君を、人生で初めて胸を焦がした相手を睨んだ。気持ちは分かる。だからこそ一緒にはいられない。
「もう別れよう」
ハル君はブラウンの短髪を掻き、「あっそ」と肩をすくめた。
「はいはい、分かりましたよ」
そう言いながらジーンズのベルトを締める。そのとき、ズボンの後ろポケットからハル君のスマホがぽんとベッドに落ちた。そこに浮かび上がったのは、オレが賞を取ったハル君の写真だ。
「……ハル君、この写真を壁紙にしてたんだね」
どこまでもオレより写真が大事なんだな。そう思ったが、ハル君はスマホを手に取り小さく息を吐く。
「……この頃の俺は綾斗の一番だったかもしれねえけど、もうダメってことか。まあ、自業自得だけどよ」
軽い口調に小さな震えが混じる。ハル君はきゅっと口元を引き締めた。「じゃあなー」とあっさりとした口調になって手をひらひらさせてベッドから降りる。
「理久、俺は家に帰らねえから。寮に戻る。もうこの土地に帰ってきたくもねえし」
「えっ? ハル君、ちょっと」
「綾斗は早く元気になれよ」
ハル君がこちらを振り返らずに部屋を出ていく。丸まった背中がいつもより小さい。階段を下りる音は遠ざかり、バンッと玄関を閉める音がした。
オレは棚に飾ってあるハル君の写真を見つめた。雲一つない快晴の中で弓のようなフォームでバーを超えるハル君。
ハル君が口にしていたように、本当に努力していた。だから輝いて見えた。そこにオレの腕が合わさった。最初で最後の二人での努力の結晶だ。それは間違いない。
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