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【四】
10
シャワーを終える。理久が浴びている間にオレは紅茶をいれて自室に戻った。乱れたベッドから目を逸らし、机の引き出しを開ける。そしてハル君の写真の入った箱をひっくり返し、床に並べていく。温かい紅茶に口をつけながら、一枚一枚じっくり眺める。
青空へ飛び上がって少し後ろを振り返る懸命な姿。翼の生えたハル君はどれも美しい。でも、これはハル君の一部。オレはハル君の本音に気づけなかった。
オレは、恋人失格だった。涙がぼとぼとと落ちる。気づいたら写真をビリビリに破いていた。ちぎれた翼が散らばる。胸にぽっかり穴が空く。
ハル君をレンズで追いかけた日々。あれは間違いなく青春だった。一番ハル君を見つめていたはずなのに、ハル君の苦しみに気づけなかったオレ。オレはハル君を責められない。
「綾斗さん」
声かけにはっとして見上げる。上半身裸で白いタオルを肩にかけた理久が驚いたように目を丸くしている。オレの前に膝をついた。タオルに隠れた蝶が羽の先だけちらりと見える。
「そんな、自分の撮った写真をこんなにしなくても」
ハル君の写る写真なのに、理久はオレの撮った写真と言う。ぽっかり空いた穴が温かさでじわじわと埋まっていく。オレはははっと笑ってみせた。
「でも、別れた彼氏の写真を大切にしてるとか、おかしいからさ」
破いた写真の欠片をかき集め、机の横のゴミ箱に無造作に突っ込む。手の甲でぐいと涙を拭う。そしてマグカップを机の上に置いて、そこにあった理久の写真を手にした。
日常の中で自分を見つめる理久の微笑み。
――オレは、この人を選ぶ。この人と、やり直したい。
「こっちの写真。こっちを大切にすべき、だよな」
気恥ずかしくて声が小さくなる。理久がぱっと顔を明るくさせて「綾斗さん!」とぎゅっと抱きしめてきた。自分と同じボディーソープのにおい。セックスのあととは違う、格別な幸せの香りだ。心臓が新たな音を立て始め、顔が火照る。
「僕と付き合ってくれる? そういう意味で言ってくれた?」
「えっと、理久がよければ、だけど。だって、オレ、さっき別れたばっかりで、あんなはしたないことをしたし、理久にもずっとひどい態度で」
理久は満面の笑みで腕に力を入れ、オレを力強く抱きしめた。
「僕の長年の片思いを舐めないでくれる? 綾斗さんは僕にとって特別なんだって」
「……なんで、オレ?」
すると理久は微笑んでオレの頭を撫でてくる。
「理由はたくさんある。さっきも少し言ったでしょ。でも、好きだから、じゃダメ? もし納得できないなら、これから少しずつ伝えていくよ。綾斗さんは? 僕のこと好き?」
「……オレが一番誰かに支えてほしいときに支えてくれたのは理久だった」
思いきって膝立ちになり、理久の頬に両手を添える。いざとなると声が震える。
「理久が、好き」
初めて伝える好意と自分からするキスは特別で、目を瞑ると花火の明かりが何度も打ち上がる。
来年、花火を二人で見たい。一緒に焼きそば食べて、ラムネを飲んで。ベランダからか、川縁からかは分からない。昔も見たねと積み上げた思い出話を口にしたい。
理久との過去。これから積み上げていく未来。どちらも大切だ。
「綾斗さん! ありがとう!」
理久がぎゅうっと体を抱き締めてきて、笑って理久の体を抱きしめ返す。いつになく喜びを弾けさせた笑顔の理久。人の喜びがオレの喜びになる。視界の隅でタオルから覗く蝶。これが、オレの新しい翼。真実を口にして、嘘をついていなかった翼だ。
「綾斗さんのこと、大切にするよ」
オレがふふっと笑って「オレも」と言うと、理久も笑う。顔を見合わせる。理久が照れたような赤い顔をしている。この人はオレを好きなんだという実感に心が満たされていく。理久は、写真じゃなくてオレのことが好き。それが胸に浸透すると、自分の顔も赤くなっている気がした。慌てて立ち上がる。
「えっと、じゃあこれも捨てないと」
棚に手を伸ばして写真立てを手に取った。賞を取った、ハル君の写真。オレの青春の一ページ。
青空へ飛び上がって少し後ろを振り返る懸命な姿。翼の生えたハル君はどれも美しい。でも、これはハル君の一部。オレはハル君の本音に気づけなかった。
オレは、恋人失格だった。涙がぼとぼとと落ちる。気づいたら写真をビリビリに破いていた。ちぎれた翼が散らばる。胸にぽっかり穴が空く。
ハル君をレンズで追いかけた日々。あれは間違いなく青春だった。一番ハル君を見つめていたはずなのに、ハル君の苦しみに気づけなかったオレ。オレはハル君を責められない。
「綾斗さん」
声かけにはっとして見上げる。上半身裸で白いタオルを肩にかけた理久が驚いたように目を丸くしている。オレの前に膝をついた。タオルに隠れた蝶が羽の先だけちらりと見える。
「そんな、自分の撮った写真をこんなにしなくても」
ハル君の写る写真なのに、理久はオレの撮った写真と言う。ぽっかり空いた穴が温かさでじわじわと埋まっていく。オレはははっと笑ってみせた。
「でも、別れた彼氏の写真を大切にしてるとか、おかしいからさ」
破いた写真の欠片をかき集め、机の横のゴミ箱に無造作に突っ込む。手の甲でぐいと涙を拭う。そしてマグカップを机の上に置いて、そこにあった理久の写真を手にした。
日常の中で自分を見つめる理久の微笑み。
――オレは、この人を選ぶ。この人と、やり直したい。
「こっちの写真。こっちを大切にすべき、だよな」
気恥ずかしくて声が小さくなる。理久がぱっと顔を明るくさせて「綾斗さん!」とぎゅっと抱きしめてきた。自分と同じボディーソープのにおい。セックスのあととは違う、格別な幸せの香りだ。心臓が新たな音を立て始め、顔が火照る。
「僕と付き合ってくれる? そういう意味で言ってくれた?」
「えっと、理久がよければ、だけど。だって、オレ、さっき別れたばっかりで、あんなはしたないことをしたし、理久にもずっとひどい態度で」
理久は満面の笑みで腕に力を入れ、オレを力強く抱きしめた。
「僕の長年の片思いを舐めないでくれる? 綾斗さんは僕にとって特別なんだって」
「……なんで、オレ?」
すると理久は微笑んでオレの頭を撫でてくる。
「理由はたくさんある。さっきも少し言ったでしょ。でも、好きだから、じゃダメ? もし納得できないなら、これから少しずつ伝えていくよ。綾斗さんは? 僕のこと好き?」
「……オレが一番誰かに支えてほしいときに支えてくれたのは理久だった」
思いきって膝立ちになり、理久の頬に両手を添える。いざとなると声が震える。
「理久が、好き」
初めて伝える好意と自分からするキスは特別で、目を瞑ると花火の明かりが何度も打ち上がる。
来年、花火を二人で見たい。一緒に焼きそば食べて、ラムネを飲んで。ベランダからか、川縁からかは分からない。昔も見たねと積み上げた思い出話を口にしたい。
理久との過去。これから積み上げていく未来。どちらも大切だ。
「綾斗さん! ありがとう!」
理久がぎゅうっと体を抱き締めてきて、笑って理久の体を抱きしめ返す。いつになく喜びを弾けさせた笑顔の理久。人の喜びがオレの喜びになる。視界の隅でタオルから覗く蝶。これが、オレの新しい翼。真実を口にして、嘘をついていなかった翼だ。
「綾斗さんのこと、大切にするよ」
オレがふふっと笑って「オレも」と言うと、理久も笑う。顔を見合わせる。理久が照れたような赤い顔をしている。この人はオレを好きなんだという実感に心が満たされていく。理久は、写真じゃなくてオレのことが好き。それが胸に浸透すると、自分の顔も赤くなっている気がした。慌てて立ち上がる。
「えっと、じゃあこれも捨てないと」
棚に手を伸ばして写真立てを手に取った。賞を取った、ハル君の写真。オレの青春の一ページ。
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