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【四】
11
ゴミ箱に捨てようとして、急に手が氷のように冷たく固くなる。写真立てを持つ手が震えてくる。写真から目が離せない。
捨てられない。だってこれはオレの青春と情熱の証し。写っているのが誰でも、賞を取って写真を認められた証しだ。頭の中であの頃の青空に風が吹き抜ける。オレの髪が翻り、太陽の日差しに噴き出す汗が飛ばされていく。
温かい手がオレの手を包んでくる。写真立てを掴む手を、理久の大きな手がそっと強ばりを溶かしてくる。微笑んだ理久が優しい声色で言う。
「捨てなくていいよ」
理久の手の温かさがいつも自分を包み込む温かさをしている。
「捨てたいなら綾斗さんのタイミングでいいよ。これを上回る写真を撮れるって僕は信じてる」
理久。言葉が出ないオレに理久が「それより」と口元に笑みを乗せた。
「感情の上下が激しくて一気にカロリー消費した気分! 外に出てみない? 夕飯前にコンビニでデザートのアイスを買うのはどう? 綾斗さんの好きなチョコミント味を買いに行こうよ」
「……オレの好きな味、覚えてたんだ?」
「もちろん! 今なら夜だし、人の目も少ないよ。どう?」
シャワーを浴びたとき、髪を切りたいと思った気持ちがむくむくと顔を出してきた。自然とすっと立ち上がる。
理久がシャツを着るのに倣い、クローゼットを開けた。外に着ていく服なんてもうずっと着ていない。夏だからとりあえず半袖でいいはず。そう思って、以前理久が買ってきてくれた水色の半袖パーカーを着る。Mサイズ。少しぶかぶかだった。
ハル君の写る写真立てを見た。少し考え、棚ではなく机の引き出しにしまう。写真立てがコトンと軽い音を立て、引き出しの中で抵抗したように聞こえた。だが、そのあとはなんの音もしなかった。
「綾斗さん」
理久に手を引かれて玄関まで行く。ぐっと顎を引いてスニーカーを履くと、自分から玄関のドアを開けた。
途端に夏の夜の風がなだれ込み、肌を撫でる。ジジッと夜鳴く蝉の声が耳に響く。花火の残り香で少し煙たい夜空がオレと理久を見下ろしている。むわっとした暑さの残る空気と自然の音は、オレを現実の世界へ押し出す。
外だ。
汗が噴き出る夏。それでも思い出すのは、部室のメンバーのひんやりとした冷たい目線。じりっと後ろに下がる。だが、理久が黒いマニキュアの手を出してきた。
差し出された手をそっと握る。その手はいつもと同じように温かい。すると理久がオレの手を引っ張り、門の外へ出た。理久がゆっくりと歩きだす。その陰に隠れてついていく。
一歩踏み出すごとに心臓が早鳴って手に汗を掻く。コンクリートの地面の割れ目も、歩道の縁石の欠けた部分も、電信柱の根元に揺れる雑草も、オレの心をそわそわさせる。
コツコツコツ。理久の足音とは違う音を耳が拾って顔をあげる。すると、向かいから人がやって来るのが見えた。肩を縮めてさっとフードをかぶる。スニーカーがコンクリートから生えた蔦に絡まり、重くなる。歯を食いしばって蹴散らし、一歩一歩必死に足を前に出す。熱さより冷や汗がひどい。
途方もない時間歩いたあと、理久が「ほら!」と明るい声を出した。そっと見上げると、理久が歩道の先を指さしている。
「コンビニ、見えてきたよ!」
捨てられない。だってこれはオレの青春と情熱の証し。写っているのが誰でも、賞を取って写真を認められた証しだ。頭の中であの頃の青空に風が吹き抜ける。オレの髪が翻り、太陽の日差しに噴き出す汗が飛ばされていく。
温かい手がオレの手を包んでくる。写真立てを掴む手を、理久の大きな手がそっと強ばりを溶かしてくる。微笑んだ理久が優しい声色で言う。
「捨てなくていいよ」
理久の手の温かさがいつも自分を包み込む温かさをしている。
「捨てたいなら綾斗さんのタイミングでいいよ。これを上回る写真を撮れるって僕は信じてる」
理久。言葉が出ないオレに理久が「それより」と口元に笑みを乗せた。
「感情の上下が激しくて一気にカロリー消費した気分! 外に出てみない? 夕飯前にコンビニでデザートのアイスを買うのはどう? 綾斗さんの好きなチョコミント味を買いに行こうよ」
「……オレの好きな味、覚えてたんだ?」
「もちろん! 今なら夜だし、人の目も少ないよ。どう?」
シャワーを浴びたとき、髪を切りたいと思った気持ちがむくむくと顔を出してきた。自然とすっと立ち上がる。
理久がシャツを着るのに倣い、クローゼットを開けた。外に着ていく服なんてもうずっと着ていない。夏だからとりあえず半袖でいいはず。そう思って、以前理久が買ってきてくれた水色の半袖パーカーを着る。Mサイズ。少しぶかぶかだった。
ハル君の写る写真立てを見た。少し考え、棚ではなく机の引き出しにしまう。写真立てがコトンと軽い音を立て、引き出しの中で抵抗したように聞こえた。だが、そのあとはなんの音もしなかった。
「綾斗さん」
理久に手を引かれて玄関まで行く。ぐっと顎を引いてスニーカーを履くと、自分から玄関のドアを開けた。
途端に夏の夜の風がなだれ込み、肌を撫でる。ジジッと夜鳴く蝉の声が耳に響く。花火の残り香で少し煙たい夜空がオレと理久を見下ろしている。むわっとした暑さの残る空気と自然の音は、オレを現実の世界へ押し出す。
外だ。
汗が噴き出る夏。それでも思い出すのは、部室のメンバーのひんやりとした冷たい目線。じりっと後ろに下がる。だが、理久が黒いマニキュアの手を出してきた。
差し出された手をそっと握る。その手はいつもと同じように温かい。すると理久がオレの手を引っ張り、門の外へ出た。理久がゆっくりと歩きだす。その陰に隠れてついていく。
一歩踏み出すごとに心臓が早鳴って手に汗を掻く。コンクリートの地面の割れ目も、歩道の縁石の欠けた部分も、電信柱の根元に揺れる雑草も、オレの心をそわそわさせる。
コツコツコツ。理久の足音とは違う音を耳が拾って顔をあげる。すると、向かいから人がやって来るのが見えた。肩を縮めてさっとフードをかぶる。スニーカーがコンクリートから生えた蔦に絡まり、重くなる。歯を食いしばって蹴散らし、一歩一歩必死に足を前に出す。熱さより冷や汗がひどい。
途方もない時間歩いたあと、理久が「ほら!」と明るい声を出した。そっと見上げると、理久が歩道の先を指さしている。
「コンビニ、見えてきたよ!」
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