バルタゴ戦記

カササギ

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鉱山

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帝都を出て9日、ひたすら馬車に揺られる毎日が続いた。

道中快適な旅程である訳もなく、当初狭い檻の中ではいざこざが絶えることは無かった。ただそれも最初の数日で、その後は陰鬱な締めが馬車を支配していった。

赤チョッキの男は宿場毎に宿をとっていたが、俺達奴隷は檻の外に出される訳もなく、馬車に積まれたまま時々檻に放り込まれる水袋とカチカチに乾いたカビたパンを互いに奪いあって命をつないでいた。

暫くすると帝都を出る時に遠くに見えていた山々が日を追う毎に近づいてくるのが見え、それにつれ道も舗装されたものから田舎道へそしていつしか山道へと姿を変えていった。

半日ほど山間の隘路を進んだ後、小さな村落に着く。
ここで檻が開けられ、俺達全員馬車から下ろされた。

到着とともにすぐ村の代表者らしき者が赤チョッキのところへ挨拶をしにやってきた。

(良く知った仲みたいだな?)

暫く談笑した後、村の代表者らしき者と赤チョッキは何やら交渉を始めた。

……その間俺達は放置されていたが、何故か誰も逃げる素振りは見せなかった。

やがて話がついたのか、赤チョッキは金を渡す。

金勘定を終えた後、村の代表は村人に何やら指図をした。

彼らは馬車から馬を一頭だけ外し、残りを厩へと引いていった。

(ここが終着点なのか?)
そう思ったのもつかの間、赤チョッキは何か大声を発し鞭で地面を叩いた。

他の奴隷は一列に並び始め、俺もそれに倣って並んだ。その後奴隷達は手枷同士を鎖で繋がれ、一列に並ばされた後山道を歩かされることになった。

歩くこと数時間後、急に登り道が途切れ視界が開けた。

眼下にはすり鉢状にカルデラが広がっており、盆地にはバラックらしき建物がちらほら見える。
そして正面の崖には特徴的な穴がポッカリ空いていた。
(山肌に穴?だとすればここは鉱山か?
俺達は鉱山奴隷として売られたのか。)

『能力無き者、魅力の無い者』は使い潰しの単純労働者として消費されるというのは、どうやらこの世界でも一緒ってことらしい。

暫く後、奴隷は一ヶ所に集められそれぞれ
屈強な鉱山労働者によって体を抑えつけられた。
(何が始まるんだろうか?)

赤チョッキが、先頭の奴隷から順に近づき何かをやっているのが見えた。

そしてそのたびに悲鳴が響く。

(焼きごてで奴隷紋を焼き付けでもしてるのか?)

そう考えているうちに俺の番が来た。
(ま、どうせろくなことじゃない)

奴は俺の前に来ると、手に持った木の筒から蛭(ひる)のようなものを木の枝で挟みつまみ上げた。

黒くウネウネうねっている。

俺は身体をひねりそれから逃げようとした。
が、拘束されている状態では逃れる術は無かった。

赤チョッキは手慣れた動作で蛭を俺の首筋に近づけ


ポトリ


落とした……

首筋にその虫は落ちると、暫く頭らしいものをピクピクさせ、その後先端部にあるトゲを使い皮膚を割き体の中に入っていった。

あまりの痛さに声も出ず、歯を食い縛りただひたすら痛みに耐えた。

(こいつは何の権利があって俺をこんな目に合わせるんだ?いつか絶対復讐してやる……)

暫く後、痛みが和らぎ辺りを見回す余裕ができた。

やっとのことで立ち上がり周りを見渡す。
呻き声をあげている奴隷もいれば、地面に臥しピクリとも動かなくなっている奴隷もいた。
(体が耐え切れなかったのだろうか?)

こと切れたと見える奴隷から、蛭が皮膚の表面に這い上がってくるのが見える。
(宿主が死ぬと這い出てくるものなのか……)

生き残ったもの達は立たされ、井戸近くに連れていかれた。
道中糞尿まみれとなっていた俺達は一列に並ばせされ 水をかけられていく。

一通り終わると、枷を外されボロボロの 貫頭衣と草履らしきものを与えられた。


その後、しばらくたって再び広場に俺たちは集められた。

(流石にこれ以上は悪いことは無いだろう)
その予想はすぐに裏切られることになった。

「اجمع ثانية」

赤チョッキが叫ぶ、
間もなくのたうち回っている少年二人が衛兵らしき者達によって運ばれてきた。
(奴隷以外にも手駒がいるんだな。)
そして

「انظر الى هنا.」

と叫び

赤チョッキは大きな竹筒から50cmくらいはあろうかと思える蛭をつまみ上げた。
その蛭を片手で持ち、一方の少年の側に寄ると蛭の頭部にある突起を押した。

ポトリ

紫色の液体が落ち、少年の首筋に垂れる。
そうしたとたん痛みが収まったのか、暴れていたのが嘘のように少年は静かになった。

ただし、赤チョッキはもう片方の少年には近づく素振りすらない。
何かを待っているようだ。

(まさか?)

片方の少年は暫く後、ピクピクと痙攣(ケイレン)を繰り返しながら、急速に萎(シナ)びていった。口角からヨダレを流し、声にならない叫びを上げている。

赤チョッキは何もせずニタニタ笑っているだけだった。

新しく連れて来られた奴隷達何人かが見るに堪えなくなって赤チョッキに詰め寄るが、衛兵に押し留められ近づくことが出来ないでいた。

赤チョッキは不愉快そうに彼らを見た後、
笑って手に持った大蛭のしっぽをひねった。

「ピイッー」と甲高い音が大蛭から漏れ、
それに呼応するように俺の身体中に痛みが走った。

俺だけでは無く、奴隷全員が激痛でのたうち回っているのが見てとれた。

赤チョッキによる最低の入門儀礼(デモンストレーション)であった。
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