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この世界、ヤバい。

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警戒してる様子で私を黙ってみていたカインは、頭をぼりぼり掻くと、はぁ、と溜息を付いた。
そして取ってつけたような笑顔で言う。

「・・・悪かったって。もう無理やりはしねぇからさ。だから機嫌直せよな。で、もう一回やり直そうぜ」
「なにその無理やり作ったみたいな笑顔!そんなのに絆されるわけないでしょ!あんたとなんか、絶対嫌だから」

そう言ってやると、カインはすっと真顔になった。

「ああ・・・?」

全身から不機嫌と不穏なオーラを発して、こっちを威嚇して来る。
な、なんなの、野生の獣じゃん、こいつ。
圧にビビりながらも、負けてたまるかと目を逸らさずにいると、カインは全身の圧を高めながら苛立ちも隠さずに言い捨てる。

「ふざけんなよ、てめぇ。俺らのステータス上げるために女神に遣わされたんだろ。だったらちゃんと役目果たせよ」

その言葉に私もまたカチンと来て、言い返した。

「私だってあの女神に無理やり拉致られて、言う事聞かなきゃ帰さないって言われたから、仕方なく同意したの!」

言いながら、どんどん怒りが湧いて来て、言葉が止まらなくなる。

「なのに会ってすぐ無理やり突っ込んでくるような、優しさとか思いやりのかけらもない、あんたみたいのと喜んでやれるわけないでしょ!もうやだ!なんでこんなクソクズとばっかり縁があるのよぉ!ここまでイケメンじゃなくてもいいから、ちゃんと健全に優しくて私だけ愛してくれる人と出会いたいぃ!」

後半、つくづく自分の境遇が嫌になって、泣き言みたいになった。

「はぁー・・・なんだこいつ・・・」

カインは呆れた声を出して、また溜息を付いた。けど、圧は無くなっている。
「ちっ」
そして舌打ちして、カインは湖にじゃぶじゃぶ入って行って、体を洗い始めた。

私はハァハァと息をつきながらそれを見ていた。さっきカインに押し倒された時に、あいつの汗もついちゃったし、砂まみれだし本当は私も洗いたい。だけどこいつの前で、いつまでも無防備な裸のままでなんかいたくなくて、仕方なくカインに背を向けて、ダサいブラもどきとパンツ、ワンピースを身につけた。

そして、これからどうしよう、と途方にくれた気持ちで、湖と反対側の森の方を見た時だった。
木の陰から、黒い何かがちらりと見えたと思ったら、それは一直線に私に向かって走って来た。

「ひっ!?」

なに、あれ!?
手足の異様に長い、真っ黒な人間みたいなものが、四つん這いで走って来る!
怖い!気持ち悪い!

未知の物に対する恐怖と嫌悪感で動けないでいると、後ろで水音がして、私の目の前に裸のままのカインが飛び降りて来た。
右手にはいつの間にか剣が握られている。
鋭い呼吸音みたいな音と共にカインが剣を振ると、こっちに走って来ていた黒いものが真っ二つになった。

「ひえっ・・・」

思わず息を呑むと、カインは剣を振って更に細切れにする。どういう理屈なのか、剣は触れていないのに切れてる。
その黒いものは、細切れにされると黒い煙みたいなのを出して、あっという間に跡形もなく消えた。

「な、ななな・・・」
なに、あれ、と言おうとするのに、声が震えて言葉が出ない。
私を振り返ったカインが、ぶっきらぼうに言った。

「魔王の配下だ。下っ端の雑魚だけどな。言っとくけど、一人でうろつくとこういうのに襲われるぜ。こいつら、人を食うからな。まぁお前はトータルプロテクションって、とんでもねぇ防護魔法持ちだから、大丈夫かもしんねぇけど」
「うそ・・・人、食べるの?」

ぞっとして鳥肌が立つ。
やっぱ、この世界ヤバいとこじゃん。いくらさっきのバリアみたいなのがあっても、あんなのに襲って来られたら・・・
思わず両手で自分を抱えるようにしていたら、カインは私の方に近付いてきた。

「ま、俺がいればあんなの何てことないけどな。家には結界も張ってある。どうする?俺と行くか、ここに残るか」

無表情に見下ろされて私はぐっと言葉に詰まった。
夜にあんなのに襲われたら正気じゃいられない。

「分かったよ・・・あんたの家に行く」

そう言うと、カインはニヤッと意地悪そうな顔で笑った。

「じゃ、置いてやるけど、一日につき、一回ヤらせろ。トータルプロテクションで拒むのは無しだ」
「は、はああああっ!?」

な、なにこいつ!人の弱みに付け込みやがって!

「あ、あ、あんた、それでも勇者なのっ!勇者って人助けが仕事なんじゃないのっ!?」

叫んだらカインは嫌そうな顔で言った。

「知らねぇよ。俺は好き好んで勇者なんてやってるわけじゃねぇ。魔王を倒せば願いを叶えてくれるっつぅから、勇者になっただけだ。人を助けるために勇者になったわけじゃねぇ。勝手に役割押しつけんな」
「そ、それでも、初対面の女の子に冷たすぎでしょ!あんた絶対モテないから!」

悔しまぎれにそう言ったけど、カインはどうでも良さそうな顔で湖の方に歩いて行って、下着とズボンを拾って身につけていた。
そして私の方へ戻って来ると、もう一度言った。

「で、どうするんだ。俺の条件を飲んで家に来るのか、それともずっとここで一人で頑張るのか、どっちだ。あと家に来たら家の仕事はお前も手伝えよ。俺、自分で何もしねぇやつの面倒見る余裕も趣味もねぇから」
「う、ぅぐぐぐぐぅうう!!」

正直、こいつのことは何から何まで気に入らないし、ムカつくし、憎たらしいし、会って間もないけどもう大ッ嫌いだし、めちゃくちゃ行きたくない。
だけど、こんなところでさっきの気持ち悪い奴の襲撃に怯えながら、一人で夜を過ごすなんて、そっちはもっと嫌だ。
セレスティアは命の危険はないって言ったけど、精神が死ぬ。
それに、私は早く日本に帰らなきゃいけない。
だったら、何とか30回こなせば、もうこいつとは関わらなくて済むんだし、ヤればいいんでしょ!

「ぅううう、わ、分かったよ!その条件でいいからあんたんちに行かせて!家の仕事もちゃんとやるから!」

やけくそ気味にそう叫ぶと、カインはまた意地悪そうな顔で笑った。
笑い顔、邪悪過ぎだわ。絶対こいつ、悪役の方が似合う。

「よし。なら付いて来い」

そう言って先に立って歩き出しながら、私を振り向くと言い足す。

「お前さっき俺に絶対モテないとか言ってたけど、いつも女の方が抱いてくれっつって、股開いて待ってるけどな」
「はぁあああ!?」

何だそれ。モテないって言われたの、悔しかったわけ?ガキっぽいな。

「そんなの、あんたのクソな性格知らない、見た目だけに惹かれた子でしょ!あんたの内面知ったら、誰もあんたになんか靡かないっての!」
「ふん」

カインは私の言葉に面白くなさそうな顔をして前を向くと、そのまま何も言わずに歩き続けた。
ほら、図星だったんでしょ。あんたみたいなの、見た目でしかモテないよ。
・・・っていうか、歩くの早すぎ!

こんなところに置いて行かれるのはごめんだ、と私は慌ててカインのあとを追った。
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