12 / 154
第一章 始動【旅立ち編】
第11話 魔力の導き
しおりを挟む
目的の場所に到着した僕は、予想との違いに呆けてしまう。
商館の扉の前にはドアマンが立っており、僕と目が合うと会釈をして扉を開けてくれた。
「ど、どうも」
会釈を返して店内へと進む。
天井と壁が真っ白で清潔な印象を受ける広々としたロビー。足元は鉄靴でも感じるふかふかした白と青の不規則な模様の絨毯が敷かれている。
その店内を照らす照明は、魔導シャンデリアだろうか。鏡のようによく磨かれたテーブルがその光を反射していた。
テーブルを挟むように置かれているのは、明るいターコイズブルーと落ち着いたバーガンディのソファーが店の雰囲気にマッチしており、そんなスペースがいくつもある。まるで高級ホテルのロビーラウンジのようで、高級感溢れる雰囲気なのだ。
僕が想像とのギャップに圧倒されていると、店主らしきでっぷりと肥えた男が恭しくお辞儀をしてから声を掛けてきた。
「ようこそ我が館へ。本日はどのような商品をお求めでしょうか?」
「……ああ、戦闘に連れていける者を探しているんだけど」
その男の背後にあるものに目を奪われながら告げる。
「かしこまりました。戦闘奴隷でしたら、こちらへ……」
案内してくれるのかと思いきや、少し考えるような素振りを見せた店主が品定めするような気味の悪い纏わりつく視線を向けてきた。
「何方かと思えば、これはこれは勇者様では御座いませんか。うーん、そうですね……勇者様方と共に旅をできるほどの奴隷は相当値が、張りますよ?」
貼り付けた作り笑顔の裏に、支払う金はあるんだろうな? という意味が含まれている気がした僕は、資金が足りなかったときの保険として尤もらしい理由を述べた。
「ああ、それなら今日は確認だけなんだよ。足りなければちゃんと用意してくる」
僕が勇者パーティーの一員だと認識した上でそう確認してくるということは、そのレベルの戦闘奴隷は、いったいどれほどの金額なのだろうかと心配になる。けれども、僕は先輩たちと行動することはない。
だから、そんな高額な奴隷を必要としないため無用な心配だろう。
一方で、それ相応の戦闘力を有した奴隷が居ることが判明し、それはそれで僕を驚かせた。
「さようですか……いささかお急ぎのようにお見受けいたしましたが……」
ちっ、と僕らしくもなく内心で舌打ちをしてしまう。
僕の視線の先にはショーウィンドウがあり、綺麗に着飾った奴隷たちがマネキンのように並べられている。努めて平静を装っているけど、さっさと奴隷を購入して魔獣討伐に繰り出したいのだ。
そんな訳もあり、店主との会話中も僕はそこから視線を離せないでいた。
どうやら、奴隷商なだけあって観察眼が優れているようだ。
「余計な詮索はしないでほしい」
動揺した僕は口調が少し乱暴になる。
「これは失礼いたしました。戦闘奴隷といいますと、具体的に要望は御座いますか?」
「後衛職が得意なのがいいかな。できれば、攻撃魔法を使えるか弓を使える者で」
「かしこまりました。それではこちらへ」
店主の後に続き店の奥へと進んで行く。
「あれ、こっちは違うの?」
店主がショーウィンドウの前を通り過ぎて上階へ上がる階段の方へ進んで行くため、思わず僕が呼び止める。
「ええ、こちらは、特別な奴隷でございます」
僕の不思議そうな表情に気付いたのか、より詳しく教えてくれた。
「農耕用や採掘用奴隷とは違い、貴族様用の奴隷でございます。教養があり執事やメイド等をこなせる者や、愛玩用であったりする訳でございます」
なるほどね。まるでマネキン人形のように着飾った美形の奴隷たちが愛想笑いを振りまいていたのは、そういう理由があるのか。
他の国のことはわからないけど、このサーデン帝国に於いての奴隷売買とは、市場経済の一部でふつうの話である。
特別推奨されている訳ではなく、忌避されていることもないらしい。
それに、奴隷になるということは、市民権を失ったことを意味しており、ある一定のルールを元に奴隷落ちした人たちだ。
僕に襲い掛かってきたファイティングファングの悪漢三人のような犯罪奴隷だったり、税金を納められない者が奴隷として働かざるを得なかった場合。
ただ、金銭的理由の場合は、その返済を完遂すれば奴隷の身から解放されるらしい。
召喚されたばかりのころ。教養の授業でその話を聞いた僕は、人間を売り買いすることに抵抗を感じた。
それがどうだろうか?
この半年間の生活で彼らと触れ合う機会があり、僕は彼らがそれほど苦しんではいないことを知ったのだ。彼らは全て合意の上だという。慣れとは怖いものだ。この世界では必要なことなのだろうといまの僕は納得しているのだから。
それはさておき、いまの僕では、自分だけでの力で先輩たち勇者を見返すどころか、この世界を生きていくことさえ無理な話だ。都合が良すぎるのは僕だってわかっている。
それでもやはり、僕一人では大型魔獣や多数の魔獣を相手にできないことは事実だ。魔力がまったくない僕は、『ゼロの騎士』として帝都で有名であり、先輩たち勇者の引き立て役程度としか認識されていない。
情けない話、それが僕の実力であり――世評だったりする。
つまり、誰からも蔑ろにされるならば、奴隷でも仲間という存在がほしかった。
そして、強くなりたい、と――
「如何なさいましたか?」
ショーウィンドウに囚われた奴隷たちのことを眺めたまま突っ立っている僕を、店主が不思議そうな目をして見上げてくる。
「いや、なんでもない……悪かった。行こうか」
「かしこまりました」
階段を上がりきった先の施錠された扉を通り抜ける。
先程の白を基調にした清潔な空間から一転、鉄格子の檻がいくつも並び天窓から差し込む陽の光のみで薄暗い陰気な雰囲気へと変わった。
「申し訳御座いません。極力清潔に保ってはおりますが、なんせここの奴隷にそこまでの対応はできませんので、少々我慢していただきたく」
店主がそうは言うものの、床、壁、天井の全てが、清掃が施されているとは思えない程にかなり汚れている。さらに、思わず鼻を覆いたくなる程のなんとも言えない臭いが立ち込めていた。
「ああ……」
あまり話すと臭いが鼻を突くため最低限の開閉だけで済ませる。
檻の中へと視線を向けると、奥の方に桶が置かれていた。そこで用を足しているのだろう。おそらく、それが悪臭の原因かもしれない。
早速、店主の案内でとある檻の前で立ち止まった。
「この者は如何ですか? 元々冒険者でシルバーランクだったようです。魔法は火魔法と土魔法を中級まで使えます。値段は金貨八枚です」
そう紹介された奴隷は、魔法士とは思えないような隆起するほどの筋肉を纏っていた。それでも、不健康な奴隷生活のせいか、頬が少し痩せこけてその筋肉には張りと艶がない。
「理由は?」
そう短く質問した僕の意図を理解し、完璧な回答が返ってきた。
「何やら犯罪に手を染めたらしく、それで犯罪奴隷となったようです。本来は鉱山送りなのですが、それほどの戦闘技能があるためこのバラノフ商会で引き取りました」
「犯罪奴隷以外で」
僕は理由を知るや否や頭を振る。
断る尤もな理由があって良かった。犯罪奴隷はごめんだし、金貨八枚なんて持ってない。
それにしても高いな。
そのあとも色々と見て回った。沢山の魔法が使える敵国の元魔法士は金貨一二枚。その他では、税金の肩代わりや食い扶持を減らすために貧村で売られた子供が多く、僕を嫌な気分にさせた。
一応、そんな出自でも初級魔法を使えるらしい。一〇歳程度の少年少女で金貨五枚もする。
「攻撃魔法をまともに使える者は、これで以上ですね。この中でお気に召さないのであれば、次は弓術ですかね」
やはり、魔法が使えるのは一種のステータスだ。当然、値が張った。
「うーん、そうだね。そっちも紹介してくれない?」
一頻り唸りながら考えた僕は、魔法士を諦めて弓術を使える者に変えようと思ったとき。
僕は異変を感じ取った。
慣れてきたとはいえ、まだまだ臭いがキツイ。そんな中、身体を包み込むような力の波動を感じ取ったのだ。
その正体が気になった僕は自然とそちらへ歩を進める。
「おや、どちらへ行かれるのですか?」
店主が僕のことを呼び止めたけど、この感覚が気になって仕方がない。
「こ、これは……」
薄暗い通路を進むに連れてその感覚が強くなり僕は立ち止まる。
まさか!
死の砂漠谷で相対した中級魔族ドーファンに匹敵するほどの力の波動を感じ、じっとりとした汗をかく。
咄嗟に振り返って僕は叫んだ。
「店主! ここに魔族がいるのか!」
「魔族? 勇者様、お戯れを。魔族なんぞが居る訳ございませんよ」
鼻で笑った店主がそう一蹴し、僕の脇を通り過ぎる。
魔族じゃない? それならば、これは……
慌てて店主のあと追うけれど、次第にそのプレッシャーが強くなる。が、直ぐにあの中級魔族の力の波動とは別種であることに気が付いた。
表現が難しいけど、身体中がポカポカするような心地良いプレッシャーだったのだ。
そして、それに導かれるようにしてある檻の前で歩みを止めた。
「ここです。ここにはどんな奴隷が?」
先へ行ってしまった店主が振り向くと、僕が指さす先を見て目を見開いた。
「おお、よくお気付きになられましたな。でもそれは使い物にはなりませんよ。珍しい病気に掛かっており、もうそろそろ処分しようと考えていたところなんです」
「病気? なんの病気なの?」
確かに檻の隅で身体を丸め、息を荒くしている少女が横たわっていた。
「魔力弁障害といって、体内の魔力が勝手に放出されてしまい、常に魔力切れ状態なんですよ。だから、息をするのがやっとで、手足を動かす事さえできません」
たったいまも感じているプレッシャーは漏れた魔力、なのか?
そう思った途端に、力が漲るような温かい濃密なエネルギーが僕の中に流れ込んでくる。
「こ、これは……」
これは魔力なのか? と言おうとした瞬間。その少女が生まれたての子鹿みたいに手足を震わせて弱々しくも立ち上がったのだった。
僕が驚いて店主の方を見る。
「いや、本当です! 動けるはずがないんです! 私にも何がなんだかさっぱり」
本気で驚いたように声を上げる様から、店主が嘘を吐いていることはないだろう。
「でもっ」
気付いたらその少女が弱々しい足取りで僕の方へと向かってくる。近くに来たことで、明り取りの窓から差し込んだ陽の光が当たり、少女の全容があらわになった。
奴隷生活で整えられていないぼさぼさではあるものの、褐色の肌に映える白銀の長い髪が陽の光を受けて煌いていおり、横に飛び出たシャープな耳が目にとまる。
肌の色からしてエルフ族に分類される亜人、ダークエルフだろう。青みがかった銀色の瞳は、煌く髪とは正反対でくすんだように朧気だった。
そして、奴隷服というより布からこぼれ落ちそうなほどの双丘が、荒々しい息とともに躍動している。そんな風に観察していたら息が当たりそうな距離まで近付いてきていた。
「きみは?」
「わたしは……エ、ルサ。わたしを、買って……ください……」
息も絶え絶えに言った少女は、格子を掴む手から力が抜けたのか崩れ落ちそうになる。
「うわ、ちょっとっ」
危なく檻に頭をぶつける寸前で、鉄格子の中に腕をのばした僕がなんとか受け止めることに成功した。
その瞬間、先程とは比べられないほどのとてつもない魔力が僕を満たし、身体の芯から熱を感じる。これは、聖女オフィーリアにスキルを確認してもらうときに感じた、あの熱を帯び力が漲った感覚とまったく同じだった。
「も、申し訳御座いません。お召し物が汚れますのであとはこちらで」
「いや、大丈夫だよ」
慌てたように謝罪する店主を目で制止した僕は、思わず口の端が上がるのを感じた。
プレートアーマー姿なのだから汚れてもたかが知れている。でも、僕が笑ったのはそれが理由ではない。
「決めた。このエルサって子にするよ」
「え、本気ですか!」
店主が驚くように素っ頓狂な声を上げて僕のことを凝視ししてくる。
「うん、本気だよ」
真面目な表情を作って僕は断言する。
彼が驚くのも当然だ。彼女は、本来であれば動くことさえままならないほどの重傷だったのは間違いない。今回、僕の元へ辿り着けたのは、最後の足掻きであってこのまま目を覚まさない可能性だってある。
だがしかし、僕に流れ込んできた魔力が言っていたのだ。
『お願い! わたしは生きてる! もっとやれる!』と。
そんなのは、完全な僕の勘であってなんの根拠もない。それでも、僕は決めた。
彼女――エルサとなら何かとんでもないことができるんじゃないかという『期待』を感じたのだ。
「べつに売り物では無いということも無いんでしょ?」
僕が尋ねても店主は決断しかねていた。
「ええ、まあ……丁度処分しようと考えていたぐらいですので、買い手がつくなら願ってもないことです。ただ……」
「ただ?」
「ただ、直ぐに死なれて不良品を掴まされたなどと言わないですよね?」
まさかの理由に僕は呆れて言い返した。
「そ、そんな訳ないだろ!」
「それならば問題はございません」
店主と価格交渉を終えた僕は、契約の前にエルサの身体を綺麗にすると言われ、応接間で待つことになった。
てっきり、あの綺麗なロビーのソファーのところで契約するのかと思ったけど、奴隷紋を刻むため別室になると説明を受けたのだ。
店主に案内された応接間に一人。
ダークブラウンの革張りソファーに腰掛けながらハーブティーを啜る。
僕の身体の中に流れ込んできたあの感じは、やはり魔力なのだろうか?
いまでも渦を巻くように蠢く何かを身体の中に感じる。
「……ん? 感じる?」
ふと、僕は思い出す。
『魔力を感じなさい。せっかく良いスキルがあるのにもったいないわよ』
昨日、金髪碧眼の少女に言われた言葉と何か関係があるかもしれない。
まさかとは思う。それでも、あの不思議なエネルギーを魔力だと考えると、僕の中に蠢くこれは魔力なのかもしれない。
「いやいや、そんな都合よくいくわけないよ」
誰もいない応接室でそんなことを呟き頭を振った。が、万が一ということもある。そう考えると、どうしても期待してしまうのだ。
「魔力、だったらいいな……うん。そうしたら――」
エルサとの出会いに何かを確信して新たな可能性を見出した僕は、思わず顔を綻ばせる。
僕はそんな期待を胸にエルサの準備が整うのを一人、奴隷商の応接間で待つのであった。
商館の扉の前にはドアマンが立っており、僕と目が合うと会釈をして扉を開けてくれた。
「ど、どうも」
会釈を返して店内へと進む。
天井と壁が真っ白で清潔な印象を受ける広々としたロビー。足元は鉄靴でも感じるふかふかした白と青の不規則な模様の絨毯が敷かれている。
その店内を照らす照明は、魔導シャンデリアだろうか。鏡のようによく磨かれたテーブルがその光を反射していた。
テーブルを挟むように置かれているのは、明るいターコイズブルーと落ち着いたバーガンディのソファーが店の雰囲気にマッチしており、そんなスペースがいくつもある。まるで高級ホテルのロビーラウンジのようで、高級感溢れる雰囲気なのだ。
僕が想像とのギャップに圧倒されていると、店主らしきでっぷりと肥えた男が恭しくお辞儀をしてから声を掛けてきた。
「ようこそ我が館へ。本日はどのような商品をお求めでしょうか?」
「……ああ、戦闘に連れていける者を探しているんだけど」
その男の背後にあるものに目を奪われながら告げる。
「かしこまりました。戦闘奴隷でしたら、こちらへ……」
案内してくれるのかと思いきや、少し考えるような素振りを見せた店主が品定めするような気味の悪い纏わりつく視線を向けてきた。
「何方かと思えば、これはこれは勇者様では御座いませんか。うーん、そうですね……勇者様方と共に旅をできるほどの奴隷は相当値が、張りますよ?」
貼り付けた作り笑顔の裏に、支払う金はあるんだろうな? という意味が含まれている気がした僕は、資金が足りなかったときの保険として尤もらしい理由を述べた。
「ああ、それなら今日は確認だけなんだよ。足りなければちゃんと用意してくる」
僕が勇者パーティーの一員だと認識した上でそう確認してくるということは、そのレベルの戦闘奴隷は、いったいどれほどの金額なのだろうかと心配になる。けれども、僕は先輩たちと行動することはない。
だから、そんな高額な奴隷を必要としないため無用な心配だろう。
一方で、それ相応の戦闘力を有した奴隷が居ることが判明し、それはそれで僕を驚かせた。
「さようですか……いささかお急ぎのようにお見受けいたしましたが……」
ちっ、と僕らしくもなく内心で舌打ちをしてしまう。
僕の視線の先にはショーウィンドウがあり、綺麗に着飾った奴隷たちがマネキンのように並べられている。努めて平静を装っているけど、さっさと奴隷を購入して魔獣討伐に繰り出したいのだ。
そんな訳もあり、店主との会話中も僕はそこから視線を離せないでいた。
どうやら、奴隷商なだけあって観察眼が優れているようだ。
「余計な詮索はしないでほしい」
動揺した僕は口調が少し乱暴になる。
「これは失礼いたしました。戦闘奴隷といいますと、具体的に要望は御座いますか?」
「後衛職が得意なのがいいかな。できれば、攻撃魔法を使えるか弓を使える者で」
「かしこまりました。それではこちらへ」
店主の後に続き店の奥へと進んで行く。
「あれ、こっちは違うの?」
店主がショーウィンドウの前を通り過ぎて上階へ上がる階段の方へ進んで行くため、思わず僕が呼び止める。
「ええ、こちらは、特別な奴隷でございます」
僕の不思議そうな表情に気付いたのか、より詳しく教えてくれた。
「農耕用や採掘用奴隷とは違い、貴族様用の奴隷でございます。教養があり執事やメイド等をこなせる者や、愛玩用であったりする訳でございます」
なるほどね。まるでマネキン人形のように着飾った美形の奴隷たちが愛想笑いを振りまいていたのは、そういう理由があるのか。
他の国のことはわからないけど、このサーデン帝国に於いての奴隷売買とは、市場経済の一部でふつうの話である。
特別推奨されている訳ではなく、忌避されていることもないらしい。
それに、奴隷になるということは、市民権を失ったことを意味しており、ある一定のルールを元に奴隷落ちした人たちだ。
僕に襲い掛かってきたファイティングファングの悪漢三人のような犯罪奴隷だったり、税金を納められない者が奴隷として働かざるを得なかった場合。
ただ、金銭的理由の場合は、その返済を完遂すれば奴隷の身から解放されるらしい。
召喚されたばかりのころ。教養の授業でその話を聞いた僕は、人間を売り買いすることに抵抗を感じた。
それがどうだろうか?
この半年間の生活で彼らと触れ合う機会があり、僕は彼らがそれほど苦しんではいないことを知ったのだ。彼らは全て合意の上だという。慣れとは怖いものだ。この世界では必要なことなのだろうといまの僕は納得しているのだから。
それはさておき、いまの僕では、自分だけでの力で先輩たち勇者を見返すどころか、この世界を生きていくことさえ無理な話だ。都合が良すぎるのは僕だってわかっている。
それでもやはり、僕一人では大型魔獣や多数の魔獣を相手にできないことは事実だ。魔力がまったくない僕は、『ゼロの騎士』として帝都で有名であり、先輩たち勇者の引き立て役程度としか認識されていない。
情けない話、それが僕の実力であり――世評だったりする。
つまり、誰からも蔑ろにされるならば、奴隷でも仲間という存在がほしかった。
そして、強くなりたい、と――
「如何なさいましたか?」
ショーウィンドウに囚われた奴隷たちのことを眺めたまま突っ立っている僕を、店主が不思議そうな目をして見上げてくる。
「いや、なんでもない……悪かった。行こうか」
「かしこまりました」
階段を上がりきった先の施錠された扉を通り抜ける。
先程の白を基調にした清潔な空間から一転、鉄格子の檻がいくつも並び天窓から差し込む陽の光のみで薄暗い陰気な雰囲気へと変わった。
「申し訳御座いません。極力清潔に保ってはおりますが、なんせここの奴隷にそこまでの対応はできませんので、少々我慢していただきたく」
店主がそうは言うものの、床、壁、天井の全てが、清掃が施されているとは思えない程にかなり汚れている。さらに、思わず鼻を覆いたくなる程のなんとも言えない臭いが立ち込めていた。
「ああ……」
あまり話すと臭いが鼻を突くため最低限の開閉だけで済ませる。
檻の中へと視線を向けると、奥の方に桶が置かれていた。そこで用を足しているのだろう。おそらく、それが悪臭の原因かもしれない。
早速、店主の案内でとある檻の前で立ち止まった。
「この者は如何ですか? 元々冒険者でシルバーランクだったようです。魔法は火魔法と土魔法を中級まで使えます。値段は金貨八枚です」
そう紹介された奴隷は、魔法士とは思えないような隆起するほどの筋肉を纏っていた。それでも、不健康な奴隷生活のせいか、頬が少し痩せこけてその筋肉には張りと艶がない。
「理由は?」
そう短く質問した僕の意図を理解し、完璧な回答が返ってきた。
「何やら犯罪に手を染めたらしく、それで犯罪奴隷となったようです。本来は鉱山送りなのですが、それほどの戦闘技能があるためこのバラノフ商会で引き取りました」
「犯罪奴隷以外で」
僕は理由を知るや否や頭を振る。
断る尤もな理由があって良かった。犯罪奴隷はごめんだし、金貨八枚なんて持ってない。
それにしても高いな。
そのあとも色々と見て回った。沢山の魔法が使える敵国の元魔法士は金貨一二枚。その他では、税金の肩代わりや食い扶持を減らすために貧村で売られた子供が多く、僕を嫌な気分にさせた。
一応、そんな出自でも初級魔法を使えるらしい。一〇歳程度の少年少女で金貨五枚もする。
「攻撃魔法をまともに使える者は、これで以上ですね。この中でお気に召さないのであれば、次は弓術ですかね」
やはり、魔法が使えるのは一種のステータスだ。当然、値が張った。
「うーん、そうだね。そっちも紹介してくれない?」
一頻り唸りながら考えた僕は、魔法士を諦めて弓術を使える者に変えようと思ったとき。
僕は異変を感じ取った。
慣れてきたとはいえ、まだまだ臭いがキツイ。そんな中、身体を包み込むような力の波動を感じ取ったのだ。
その正体が気になった僕は自然とそちらへ歩を進める。
「おや、どちらへ行かれるのですか?」
店主が僕のことを呼び止めたけど、この感覚が気になって仕方がない。
「こ、これは……」
薄暗い通路を進むに連れてその感覚が強くなり僕は立ち止まる。
まさか!
死の砂漠谷で相対した中級魔族ドーファンに匹敵するほどの力の波動を感じ、じっとりとした汗をかく。
咄嗟に振り返って僕は叫んだ。
「店主! ここに魔族がいるのか!」
「魔族? 勇者様、お戯れを。魔族なんぞが居る訳ございませんよ」
鼻で笑った店主がそう一蹴し、僕の脇を通り過ぎる。
魔族じゃない? それならば、これは……
慌てて店主のあと追うけれど、次第にそのプレッシャーが強くなる。が、直ぐにあの中級魔族の力の波動とは別種であることに気が付いた。
表現が難しいけど、身体中がポカポカするような心地良いプレッシャーだったのだ。
そして、それに導かれるようにしてある檻の前で歩みを止めた。
「ここです。ここにはどんな奴隷が?」
先へ行ってしまった店主が振り向くと、僕が指さす先を見て目を見開いた。
「おお、よくお気付きになられましたな。でもそれは使い物にはなりませんよ。珍しい病気に掛かっており、もうそろそろ処分しようと考えていたところなんです」
「病気? なんの病気なの?」
確かに檻の隅で身体を丸め、息を荒くしている少女が横たわっていた。
「魔力弁障害といって、体内の魔力が勝手に放出されてしまい、常に魔力切れ状態なんですよ。だから、息をするのがやっとで、手足を動かす事さえできません」
たったいまも感じているプレッシャーは漏れた魔力、なのか?
そう思った途端に、力が漲るような温かい濃密なエネルギーが僕の中に流れ込んでくる。
「こ、これは……」
これは魔力なのか? と言おうとした瞬間。その少女が生まれたての子鹿みたいに手足を震わせて弱々しくも立ち上がったのだった。
僕が驚いて店主の方を見る。
「いや、本当です! 動けるはずがないんです! 私にも何がなんだかさっぱり」
本気で驚いたように声を上げる様から、店主が嘘を吐いていることはないだろう。
「でもっ」
気付いたらその少女が弱々しい足取りで僕の方へと向かってくる。近くに来たことで、明り取りの窓から差し込んだ陽の光が当たり、少女の全容があらわになった。
奴隷生活で整えられていないぼさぼさではあるものの、褐色の肌に映える白銀の長い髪が陽の光を受けて煌いていおり、横に飛び出たシャープな耳が目にとまる。
肌の色からしてエルフ族に分類される亜人、ダークエルフだろう。青みがかった銀色の瞳は、煌く髪とは正反対でくすんだように朧気だった。
そして、奴隷服というより布からこぼれ落ちそうなほどの双丘が、荒々しい息とともに躍動している。そんな風に観察していたら息が当たりそうな距離まで近付いてきていた。
「きみは?」
「わたしは……エ、ルサ。わたしを、買って……ください……」
息も絶え絶えに言った少女は、格子を掴む手から力が抜けたのか崩れ落ちそうになる。
「うわ、ちょっとっ」
危なく檻に頭をぶつける寸前で、鉄格子の中に腕をのばした僕がなんとか受け止めることに成功した。
その瞬間、先程とは比べられないほどのとてつもない魔力が僕を満たし、身体の芯から熱を感じる。これは、聖女オフィーリアにスキルを確認してもらうときに感じた、あの熱を帯び力が漲った感覚とまったく同じだった。
「も、申し訳御座いません。お召し物が汚れますのであとはこちらで」
「いや、大丈夫だよ」
慌てたように謝罪する店主を目で制止した僕は、思わず口の端が上がるのを感じた。
プレートアーマー姿なのだから汚れてもたかが知れている。でも、僕が笑ったのはそれが理由ではない。
「決めた。このエルサって子にするよ」
「え、本気ですか!」
店主が驚くように素っ頓狂な声を上げて僕のことを凝視ししてくる。
「うん、本気だよ」
真面目な表情を作って僕は断言する。
彼が驚くのも当然だ。彼女は、本来であれば動くことさえままならないほどの重傷だったのは間違いない。今回、僕の元へ辿り着けたのは、最後の足掻きであってこのまま目を覚まさない可能性だってある。
だがしかし、僕に流れ込んできた魔力が言っていたのだ。
『お願い! わたしは生きてる! もっとやれる!』と。
そんなのは、完全な僕の勘であってなんの根拠もない。それでも、僕は決めた。
彼女――エルサとなら何かとんでもないことができるんじゃないかという『期待』を感じたのだ。
「べつに売り物では無いということも無いんでしょ?」
僕が尋ねても店主は決断しかねていた。
「ええ、まあ……丁度処分しようと考えていたぐらいですので、買い手がつくなら願ってもないことです。ただ……」
「ただ?」
「ただ、直ぐに死なれて不良品を掴まされたなどと言わないですよね?」
まさかの理由に僕は呆れて言い返した。
「そ、そんな訳ないだろ!」
「それならば問題はございません」
店主と価格交渉を終えた僕は、契約の前にエルサの身体を綺麗にすると言われ、応接間で待つことになった。
てっきり、あの綺麗なロビーのソファーのところで契約するのかと思ったけど、奴隷紋を刻むため別室になると説明を受けたのだ。
店主に案内された応接間に一人。
ダークブラウンの革張りソファーに腰掛けながらハーブティーを啜る。
僕の身体の中に流れ込んできたあの感じは、やはり魔力なのだろうか?
いまでも渦を巻くように蠢く何かを身体の中に感じる。
「……ん? 感じる?」
ふと、僕は思い出す。
『魔力を感じなさい。せっかく良いスキルがあるのにもったいないわよ』
昨日、金髪碧眼の少女に言われた言葉と何か関係があるかもしれない。
まさかとは思う。それでも、あの不思議なエネルギーを魔力だと考えると、僕の中に蠢くこれは魔力なのかもしれない。
「いやいや、そんな都合よくいくわけないよ」
誰もいない応接室でそんなことを呟き頭を振った。が、万が一ということもある。そう考えると、どうしても期待してしまうのだ。
「魔力、だったらいいな……うん。そうしたら――」
エルサとの出会いに何かを確信して新たな可能性を見出した僕は、思わず顔を綻ばせる。
僕はそんな期待を胸にエルサの準備が整うのを一人、奴隷商の応接間で待つのであった。
0
あなたにおすすめの小説
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
勇者の隣に住んでいただけの村人の話。
カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。
だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。
その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。
だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…?
才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる