賢者への軌跡~ゼロの騎士とはもう呼ばせない~

ぶらっくまる。

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第一章 始動【旅立ち編】

第13話 隠されたスキルとはじめての魔法

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 無知――は、罪。
 それは極端な考え方だけど、それほどまでに僕は激しく自分のことを責めていた。

 それを見かねたのか、イルマが一拍。

「はい、その話は、終わりじゃ。いまは、魔法弁障害のことじゃろうに」

 僕としては魔法弁障害より気になったけど仕方ない。これは僕とエルサの問題だ。後で二人のときに話し合おうと頭を切り替えることが出来た僕は、イルマにバトンを返した。

「ごめん、イルマ。話を続けて」
「ありがとうございます、コウヘイ様」

 エルサはそう言いながら僕に微笑んでくれる。僕は微笑み返してみたけれど、上手く笑えた自信がまったく無い。

「まあ、なんじゃ。そう落胆せずとも、コウヘイとおればその症状は、治まるのじゃろ?」

 僕が落ち込んだのはそのことではない。でも、確かにそれも確認したい内容だ。そのことを思い出した僕は、その不可思議な現象について言及した。

「うん、そうみたいなんだ。エルサがいた檻に辿り着いた話はしたよね?」
「うむ。力の波動を感じてそれに包まれる感覚が心地よかったと言っておったな」
「そう、奴隷商はまったく気付いてない様子だったんだ。もし、それが魔力だとすると、魔力ゼロの僕になぜそれがわかったのか知りたくて――」
「あっ、それならわたしが説明します。わたしは魔法眼のスキルがあるから全て見えていたんです」

 さっき、イルマ自身は違うと言っていたやつだ。そうか、魔法眼はスキルのことだったのか。

 そんな風に僕が納得していると、イルマが、「誠か! それは羨ましいのう」と驚き声を上げて羨ましそうにしていた。

「そ、そうかなぁー」

 照れながら答えるエルサに対し、イルマは頻りに首を縦に振って肯定している。よっぽど珍しいスキルなのかもしれない。

「それでね。わたしから漏れ出た魔力がその空間に漂っていたんだけど、突然その魔力が移動するように流れて行ったの」
「ほーう、そんなのも見えるのじゃな。うむ、それで?」

 興奮した様子のイルマは、エルサの言葉に一々感心するように相槌を打つ。

「うん、それで、纏わりつく魔力が薄くなって少し楽になったの。それで流れの先を見ていたら、コウヘイ様が檻の前に立っていて、最後まで漂っていた魔力がコウヘイ様に全て吸収されたの」
「吸収じゃと?」

 エルサとイルマの二人が同時に僕の方を向く。

「え、えーっと、あれかな? この力が湧く感じかそうなのかな?」

 あのとき、身体の芯から温まるような漲る力を感じた。しかも、エルサと触れ合っている間、ずっとそれを感じている。

「よくわかりません。ですが、おそらくそうです。動けるようになったのはそのあとですから」

 それを聞いて思い出すように僕が呟いた。

「そのゼロは無限大……」
「なんじゃその矛盾した表現は?」
「いやっ、違うんだ。昨日、サーベンの森で会った少女に言われた言葉なんだよ」

 ジト目で見てくるイルマに対し、僕は言い訳をするように昨日の出来事――ゴブリン三〇匹に囲まれてからのこと――を包み隠さず説明した。

「はぁ、コウヘイもだいぶ無茶なことをしたもんじゃ」

 なんか凄い呆れ顔をされてしまった。無茶というより僕の不注意だったんだけどね、と一人反省する。

「しかし、そのおなごの言い方は気になるの。もしや、ドルイドに化かされたんじゃあるまいな?」
「ドルイドって、森の精霊っていうアレ?」
「スキルが見える存在と言ったら、神と聖女を抜かしたら精霊しか選択肢が残っとらんじゃろうが」
「え? そうなの!」

 詳しく話を聞くと、ヒューマンでステータスが見えるのは、聖女と呼ばれる存在だけらしい。つまり、召喚されたときに僕を鑑定して無能扱いしたあの聖女オフィーリアのことだ。

 勇者を召喚する国は、聖女が受ける神託により毎回変わるらしい。聖女は、召喚された勇者のステータスを確認するためにその国に赴く役割があるのだとか。

 それを聞いた僕は、違和感から首を傾げた。

「でも、それだとおかしいよ。あの聖女は、僕のステータスを確認した途端、勇者じゃないとか言い出して無能扱いしてきてたんだ。挙句の果てには、重装騎士として引き付け役をやれとか言い出したんだよ」

 僕は、当時を思い出しながら声を荒げる。

「ふうむ。それは妙じゃな……」

 またもや考え込む様子を見せたイルマが、「いくら考えても埒が明かんから、魔法を使えるか試してみたらどうじゃ?」と突拍子もないことを言い出す。

「は? 何を言ってるんだよ!」
「いいから、いいから、わしの言う通りにするのじゃ」

 この手のことは、騎士団との訓練のときに散々試していた。この世界のあらゆる生物は魔力を内包しており、それがゼロになることは死に直結する。

 僕が健康体であることから、水晶の判定に何か不具合があったのではないかとみなが考えたのだ。
 当然、僕もそうであることを願った。

 重装騎士をやることになった僕は、役割的に一番重要な身体強化魔法のプロテクションの練習から開始した。
 結果、一度だけ淡く身体が発光したけど、それが定着することはなく失敗に終わる。
 その後は、いくら言われた通りに詠唱をしても何も発現することがなく、最後まで魔法の練習に付き合ってくれた葵先輩でさえ匙を投げたほどだ。

 結果が見えているのにと重い気分になった僕のことなど、イルマはお構いなしだった。

「わしが手本を見せるから、同じようにやってみるのじゃ……イグニション」

 イルマが生活魔法である着火の呪文を唱える。蝋燭の火よりも少し大きいくらいの赤い炎が、イルマの人差し指に発現した。 

「わ、わかったよ!」

 急かすようにイルマとエルサから無言で見つめられた僕は、最早やけくそだ。

「……い、イグニ、ション」

 期待と緊張から少し噛みながらも着火の呪文を唱える。当然、僕の人差し指には何の変化も起こらない。

「ほ、ほら……」
「何が『ほら』っじゃ! 噛んでおったであろう。ちゃんと集中するのじゃ」

 イルマにそのことを指摘されたけど、僕にはそれが原因だとは思えなかった。

「はいはい、集中ね……」

 適当にそう答え、一応は呼吸を整えて集中する。

 指先から炎が立ち上がる様を――

「イグニ……しょん……」

 それは、唱え終わる前に発現した。が、そのことにイルマたちは気付いていない様子だ。

「な、なんじゃそれは!」

 イルマが目を見開いて驚き声を上げる。

「うわあ、綺麗」

 エルサは、そんな感想と共にまじまじと僕の指先のソレを見つめている。

「で、できた……」

 イルマの炎とは違い、僕の右手の人差し指からガスバーナーのような一〇センチほどの青白い炎が発現していた。

 なぜそのような結果になったかは、僕にはわからない。敢えて理由を挙げるならば、ガスコンロに火が付くイメージをしたからかもしれない。ただそれも、詠唱を終える前に、だ。

 それを説明したけど、イルマとエルサには理解してもらえることもなく、試しにエルサにも着火の魔法を使ってもらったけど、結果はイルマと同じだった。

「ようわからんが、コウヘイが魔法を使えるようになったのは確か、じゃな」

 困ったようにイルマは言ったけど、僕としては嬉しい限りだ。ただ、その実感が湧かないだけだった。

「しかし、じゃ。いままでの話を総合すると、聖女オフィーリアは何かしらの嘘をついておったのか?」
「それは、僕が知りたいくらいだよ」
「まあ、そうじゃろうが、なんともきな臭いのう」

 確かに変な話だと思う。

「あとは、昨日会ったというおなごが言った通り、コウヘイには魔力を吸収できるスキルがあるのじゃろうな。じゃから、無限大と言ったのじゃろう」

 イルマが言う通り、昨日の金髪碧眼の少女が言ったことが証明された訳だ。

 益々、聖女が嘘をつく理由がわからない。むしろ、そのスキルがあったら、勇者パーティーの戦力となりえたのに……
 なぜ、重装騎士なんかに……

 けれども、いまさらそれを言ったところで意味はない。

「聖女の件は気になるけど、それってめちゃくちゃ凄いことだよね!」

 さっきまでは上の空だったけど、いまではすっかり興奮していた。

「うむ、その通りじゃな。それに、さっきの奴隷商での話を聞く限り、エルサは魔力弁障害の魔力切れで動けなかった訳じゃなさそうじゃしのう」
「へー、よく気付いたね」

 エルサが感心したように驚いていた。

「そんなの簡単じゃよ。シュタウフェルン家の娘と言うなら、どうせ継承の儀式でもしたんじゃろ」
「えっ、なんで、なんでー! それは秘匿のはずなんだけど!」

 よっぽど驚いたのかエルサが立ち上がる。対してイルマは、クツクツと喉を鳴らして笑うのみだ。

「口を挟んでいいかわからないけど、イルマが賢者なんだよ」
「ん?」

 唐突に僕が種明かしをする。

「うむ、コウヘイの言う通りじゃよ。わしはエルフの賢者と呼ばれておってのう。アメリアとも懇意にさせてもらっておるのじゃ」
「……えぇええ――ッ!」

 イルマの言葉を理解しきれなかったのか、一瞬遅れてエルサの絶叫がこだまする。

 驚いたエルサをそっちのけでイルマが僕に説明してくれた。

「まあ、そういうこったな。いままでの話から推察するに、漏れ出した自分の魔力に酔った状態だったのじゃろう。しかも、じゃ。魔力弁障害にもかかわらずそうなるということは、魔力自動回復スキルの効果がかなり高いのじゃろうな。むしろ、エルサは、魔力弁障害のおかげで回復というより、上限を超えて魔力を生成できるようじゃ」

 それを聞いた僕は、思わず息を呑んだ。

 それって、ゲームでいうMP自動回復で魔法が使い放題のチートスキルじゃん。それに、僕の魔力吸収のスキルが本当だとしたら……

「それって、つまり……」
「うむ、エルサと一緒におれば、魔力を吸収し放題な上に、エルサも魔力酔いになるのを防げるはずじゃ」

 つまり、僕とエルサの相性がぴったりということだ。

 イルマが徐に腰かけていた椅子から立ち上がり、部屋の隅にある本棚の方へ向かって何やら探すように眺めはじめる。それから直ぐに一冊の本を手にして戻ってきた。

「コウヘイには、これを貸してやろう」

 見た目は、大分古びた深紫のカバーに金糸で何やら書かれた百科事典のような分厚い本だ。

「これは?」
「見ての通り魔法書じゃよ。これを読んで色々試してみるのが良いじゃろう。じゃが……白金貨の価値がある物じゃから、無くしたり破損させんでおくれよ」

 何の気なしにぱらぱらめくって眺めていたけど、その価値を聞いた僕は直ちに魔法の鞄に収納し、素っ頓狂な声を上げた。

「は、白金貨だって!」
「そうじゃよ。単純に金貨一〇枚集めりゃよいってもんじゃないのじゃ。それは魔法袋のレプリカとまではいかんが、それ相当の価値があるんじゃ」

 正直、そういうことは先に言ってほしい。

 白金貨といったら、古代遺跡から発掘された白金の硬貨であり、いまの魔導学の術を全て集めても再現不可能だと言われるほどの希少貨幣である。
 ただ、相場的に金貨一〇枚相当で取引されることが多いらしく、日本円に換算すると約一千万円の価値が付けられている。それでも、好事家によってはそれ以上の価格で取引されることもあるらしい。

「な、なんでそこまで?」
「そりゃあ、この前も言ったではないか。わしには、コウヘイを召喚してしまった責任があるのじゃ」
「いや、それにしても……」
「いいのじゃ、いいのじゃ」
「へー、いいとこあるじゃん、イルマ」

 その様子を見ていたエルサがそんなことを言ったけど、白金貨の価値を知らないのだろうか。ニコニコと笑っているのみで大人の会話に子供が茶々を入れているみたいだ。敬語よりもこの雰囲気の方は僕は好きだな。

 僕は、そんなくだらないことを考えながらも、魔法の鞄を開けて先程しまった魔法書を取り出す。そして、イルマへと差し出した。

「やっぱり、これは受け取れないよ。その代わりではないけど、これと同じようなものはないかな? エルサにも持たせたくてさ」

 魔法の鞄を持ち上げて見せてイルマにそうお願いする。単に申し出を断るより、べつのお願いをした方がイルマの気も晴れるだろう。いまさら召喚の責任をイルマに取らせるつもりは無いのだ。

「む、本当に良いのか?」
「と、当然だよ」
「ふうむ。それなら、ちと待っておれ」

 イルマがそのまま店の方へ歩いて行き、そのまま姿を消す。

 そこで僕は、思考の世界に浸る。

 いやー、ほんの数時間で凄い展開だよ。
 聖女オフィーリアが何やら怪しく、あの金髪碧眼の少女の存在も気になる。魔力量ゼロの僕が、エルサに出逢ったことで魔法が使えることがわかった。

 エルサと一緒なら凄い冒険ができると思う。そう、僕の勘が的中したのだ。が、その前に解決しなければならないことがある。

「あの、難しい顔をしてどうしたんですか?」
「ん? いやっ、これからどうしようかな、って考えてただけだよ」

 不意にエルサから声を掛けられた僕は咄嗟に誤魔化す。

「さすがに魔王軍領には行けないけど、ほら、ヒトモノの国なら――」
「気にしなくてもいいと言いましたのに……こうしているだけで、わたし、凄く幸せです」

 エルサは、僕が言い切る前に先程と同様に全身を僕に預けてくる。そして、エルサの吐息を感じるほどに顔が接近していることに気が付いた。

 こんなに好かれるようなことした覚えはないのに……

 奴隷紋――その効果が働いているとしか考えられないだろう。

 そんなことを考えている合間も、エルサの顔が近付いてくる。気付いたらエルサが目を瞑り、頬をほんのり赤く染めて小さな唇を突き出しているではないか。

 えっ! こ、こここここれって……

 突然のことで僕はパニックになる。胸の鼓動が聞こえてきそうなほどバクバクしているのを感じた。

「なんじゃ、またおぬしらは、そんなにひっついてからに……」
「ひっ」

 思わず変な声が出て声のした方を向く。店の方から戻ってきたイルマが呆れ顔をして左手を腰に当てて突っ立っていた。べつに僕がしたくてそうした訳じゃないけど、口には出せない。

「ちぇー」

 小学生か! と、思わず突っ込みを入れたくなるほど、エルサがイルマの方を見て不貞腐れていた。

 僕的にはイルマに助けられた訳だけど、少し残念な気もした。僕だって男だ。

 でも、僕には想い人がいる……

 相手は僕のことなど気にしてはいないけど、そのケジメは付けたい。そんなことを考えていたら、いつの間にかイルマが隣まで来ていた。

「ほれ、これでどうじゃ? 魔法のポーチじゃ」
「ん、これは?」

 魔法のポーチとはべつに真っ黒な魔法士のローブを二つ一緒に渡されたのだ。

「どうやらきな臭いからの。視認阻害の効果が付いた幻影のローブじゃよ」
「え! それって、マジックアイテムなんじゃ!」
「幻影のローブは、マンイートカミーリョンの皮を素材にしておって、元々の性質からそんなに技術を要しないから、大したことないのじゃよ」

 高価な物は悪いと思ったから、べつの提案をしたのにそれに負けじと凄いものを用意してくるとは……やはり、イルマは僕のことを本気で考えてくれているんだ、と嬉しくなった。

「そこまで言うなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」

 断るとまたべつの何かを渡そうとしてくると思った僕は、その好意に甘えることにする。

「それにしても、防具屋の真似事みたいなこともやっているんだね」
「何を言っておる。そういった特殊効果付きのものは、魔導学や錬金術の分野なんじゃよ。それに、そのローブは視認阻害の効果だけじゃぞ。精々火魔法に少し耐性がある程度じゃから気を付けるのじゃ」

 何から何までお世話になり、感謝をしてイルマの店を出ようとしたらイルマが、「困ったらまたわしの店まで来るんじゃぞ」と言うもんだから、僕は苦笑して手を振りながらイルマの店をあとにするのだった。
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