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第二章 遭遇【精霊の樹海編】
第19話 精霊王の策略
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精霊王の寝所は、心臓の鼓動が聞こえてくるほどシーンと静まり返っていた。
驚きの声を発したエルサとイルマでさえ、そのあとは何も言えずに沈黙を保っていた――――
エルサとイルマの驚き声から大分遅れて、ニンナは魔王が人間の味方であることを念押しするように肯定した。
「本当のことですわ」
「じゃが、しかし……」
イルマは否定しようとして、何やら思い当たる節があるのか口ごもった。
「その封じられているはずの力が解き放たれた結果、魔獣が至る所で暴れまわっているのですわ」
「それはつまり、魔王が人間の味方を止めたということでしょうか?」
ニンナの言葉を信じるかどうかは別にして、魔王が人間の味方をして魔獣の能力を封じていたのであれば、そうでない今は、その反対だということを意味している。
「そうではないのですわ。その発端は、ある魔人が魔王に反旗を翻したことにより、魔王がそちらに気を回せなくなってしまったからなのですわ」
「ほう、内乱が起きたということじゃな」
イルマの指摘にニンナは頷いて説明を続けた。
ニンナの話に因ると、このままいけば魔王は敗れるらしい。
本来、魔王の盾となる上級魔族が鉄壁の守りで魔族領を掌握していたけど、その上級魔族が反乱の首謀者だと言う。
魔族が人間嫌いなのは本当なようで、現魔王であるドランマルヌスの方が異端らしい。
つまり、その魔王への不満が爆発して内乱が勃発したという背景があるらしい。
能力を封印されていた魔獣たちが力を取り戻し、ある活動を開始したという。
その活動というのは、自身の能力強化のために樹海の魔力を取り込んでいる。
特にマナ――僕たちが言う魔力――の濃度が高い精霊の樹海の魔獣たちの勢いが、凄いなのだとか。
「魔獣も僕と同じで魔力を吸収できるんですか?」
ニンナの説明を聞いて、僕は確認せずにはいられなかった。
「いいえ、コウヘイは特別ですわ。魔獣たちは、マナを含むものを食事として取り込んでいるのですわ。例えば木々の根を食べたり、樹海に生息している獣を狩ったりしてね。特に勢いがあるのは、悪食のスキルを持ったゴブリンですわね」
それを聞いて僕は、ほっとした。
「ねえ、イルマ。だからラルフローランのダンジョンでゴブリンジェネラルが出たのかな?」
「うむ、説明を聞く限りではそうじゃ……いや、どうやら違うようじゃぞ」
「え?」
イルマが顎をしゃくってニンナに視線を向けた。
僕もそれにつられるようにニンナに視線を戻したら、ニンナはそっぽを向いて目線を合わせない。
「のう、そうじゃろう? ニンナ」
「おほほ」
「笑って誤魔化すでない!」
精霊王に対して、イルマは追撃の手を緩めない。
流石は、盟約を結んでいることだけはある、と僕は感心した。
ここまで来たら洗いざらい吐いてもらおう。
「そうですわよ! 樹海で発生したゴブリンジェネラルを転移させたのはわたくしですわ!」
偉そうに言うことでもないけど、ニンナは白状した。
まあ、あの反応から薄々気が付いてはいたけど、どうしてそんなことをしたのだろうか。
「あのー、良ければ、理由を教えていただけませんか? 僕たちは危うくゴブリンジェネラルに殺されるところだったんですよ。むしろ、僕たちでなければ死んでいたでしょうし」
「う……」
僕の指摘に俯いて、ニンナはゆっくりと事情を話し始めた。
悪食のスキルがあれど、ゴブリンたちだけでは大して脅威ではなかったらしい。
エルフたちに協力を要請して、魔獣討伐はある程度の成果が出ていたという。
しかし、エルフ数名が下手を打ち、ゴブリンたちに捕縛されたらしい。
恐らくそれを捕食したゴブリンが指揮を執り始めて全てが変わった。
組織的行動を取り始めたゴブリンに劣勢となり、捕縛されるエルフが増えた。
益々力を付けたゴブリンが他の魔獣を捕食し、急激にマナを吸収していった。
樹海のマナスポットが減少し、木々は枯れ、樹海の至る所がマナロストに蝕まれていったという。
それを防ぐために、精霊王が自身の魔力を世界樹を通して大地に放出して巻き返しを図ったけど、ゴブリンに対しては焼け石に水状態だったという。
やっとの思いでゴブリンジェネラルを罠にはめて、倒した者を樹海に呼ぶための転移魔法陣と一緒にゴブリンジェネラルを封印することに成功し、勇者がいるサーデン帝国領へ転移させたという。
「なるほど……まあ、僕たちは勇者じゃないですけど、理由はわかりました」
「いえ、僥倖にめぐりあった思いですわ。イルマが来たことでエルフたちへの指示が出し易くなるのもそうですが、何よりもコウヘイのスキルが素晴らしいですわ」
エナジーアブソポーションドレイン――魔力吸収能力と魔力放射能力。
確かに、魔力が枯れている場所に放出できる僕のスキルは、今の状況に打って付けのスキルだろう。
でも……
「残念ながら、僕は自分で魔力を生成できないので、それは難しいと思いますよ」
「うむ、わしも国に戻るつもりはさらさらないぞ」
いや、イルマは戻った方が良いような気がするんだけど……仮にも女王だし。
「それは大丈夫ですわ。見たところ徽章もないところから帝国騎士ではなく冒険者ですわよね? それに、イルマは何通か書状をしたためていただければ結構ですわ」
洞窟の中でローブは邪魔でしかないため、フルプレートの徽章を留め付ける場所には、何も無いのがまるわかりだった。
「はは、帝国の事情にお詳しいんですね」
「それならやぶさかではない、かのう……」
僕が感心している脇で、イルマは一つ頷いた。
「これでもわたくしはファンタズム大陸の精霊王ですわよ。他の大陸のことならいざ知らず、大抵のことは耳に入ってきますの」
さも当たり前という風に説明したニンナは誇らしげにドヤ顔だった。
そんなの知らないし、と思った僕は、凄いと感心しながらも、僕たちの行動も筒抜けだったのでは? と心配にもなった。
先程、転移魔法陣をサーデン帝国に設置した理由を、勇者がいるからと言っていた。
しかし、僕たちがテレサの町に向かっているのを知っていたから、ラルフローランのダンジョン内にゴブリンジェネラルを転移させたのではないかと、疑わずにはいられなかった。
ただ、次のニンナの発言によって、それはどうでもよくなった。
「それと魔力の件ですが、コウヘイの場合は、魔石からも吸収できますのよ」
「えっ、そうなんです?」
「ええ、本当でわ」
それは、自ら魔力を生成できない僕にとって展望が開ける重大情報だった。
魔力補給は、大気中から吸収できたけど、それは微量で、大部分がエルサ頼りだった。
魔石であればダンジョンで三〇〇匹以上のゴブリンの物を回収していたし、ゴブリンジェネラルとゴブリンシャーマンも回収していた。
それに、今後も補給がし易く、貯蓄も可能だ。
魔道具の燃料になるくらいなんだから、それを取り込めないはずもなかった。
やっぱり、知っているのと知らないのとでは全然違う。
ニンナとの会話は、僕が知らない情報の宝庫だった。
「それじゃあ、僕たちは、そのー、何をすればいいんですか? 魔獣討伐より魔力が枯渇している場所で魔力を放射すればいいんですか?」
「それもそうですが、一先ずは、魔獣討伐を依頼したいですわ。丁度今、別の古き盟約により助力に駆け付けた者が、もう一頭のゴブリンジェネラルの縄張りに向かっているのですが、何分一人な故、心配ですの」
「「え!」」
「な!」
このタイミングでその告白は、僕たち三人が驚愕するには十分だった。
「それってヤバくないですか? もしかしてハイランクの冒険者ですか?」
「冒険者なのは確かですが、ランクまではわかりませんわ。ただ、一人で十分とは言っていましたわね」
ミスリルランクが適性の魔獣であるゴブリンジェネラルを相手に一人で十分と言い張る冒険者と聞き、間違いなくミスリルランクかその上のアダマンタイト冒険者だろうと当たりを付ける。
人のことを言えないけど、ゴールドランク以下なら大言壮語にもほどがある。
魔力を大量に吸収した状態の僕だとしても一人では無理だと思う。
それは、実際に戦った僕だから嫌でも理解できた。
この大陸に一〇人といないアダマンタイト冒険者なら確かに問題ないかもしれないけど、ランクが不明なためそこの判断はしようがなかった。
それに、「古き盟約」とニンナは、言った。
精霊王がその表現を使うほどだから、ヒューマンではないのかもしれない。
長寿といって思いつくのは、エルフ族かドワーフ族くらいだろう。
「イルマ、エルフにアダマンタイト冒険者っているの?」
「はて、どうじゃろうな。わしが思いつくのは……はっ、先王とか言わんじゃろうな!」
先王といったらイルマの父親だろうか?
イルマでさえゴールドランクなのだから、行方を眩ませて冒険者をしているなら、アダマンタイトランクでもおかしくない。
しかし、ニンナは頭を振った。
「なんじゃ、違うのか。そうなると知らんのう」
「そっか、誰だか気になるけど、僕にアダマンタイト冒険者の知り合いはいないから聞いても意味なさそうだし」
そう名前を聞いたところで、誰? となるだけなため、それは捨て置くことにした。
「うーん、でもこれから応援に駆け付けるとして、今の状態で行くのは危険じゃないかな?」
吸収して余りあるほどあった魔力は、ニンナに与えてしまって殆ど残っていないし、エルサもようやく目覚めたばかりなのだ。
「もしや、魔力のことを言っておるのか?」
「いや、それもあるけど、それは魔石から吸収すれば大丈夫でしょ」
「おお、そうじゃった。それなら他に何が心配なんじゃ?」
そうイルマから問われ僕は、ニンナのベッドに腰かけているエルサへと視線を向けた。
その表情は、暗く、先程から口数が少ないことから、万全でないのは確かだった。
「え、わたし? ううん、わたしは大丈夫だよ、ほらっ」
僕に視線を向けられ、懸念要因が自分自身だと思われたことが嫌だったのか、自ら指さしてから立ち上がって、飛び跳ねたりした。
「そ、そう? 無理しなくていいんだよ」
「で、でもその冒険者の人が――」
「もしや、コウヘイ。報酬が気になるのか?」
「ん、別にその気は無かったけど……いきなりどうしたのさ」
エルサの言葉を遮るほど重要とは思えないその内容に、僕は呆れてしまった。
「お人好しなのは構わんが、相手はゴブリンジェネラルじゃぞ? しかも、一度わしらは危険な目に合っておろうがっ。冒険者ならそのリスクに対価を求めるのが当然じゃ」
「まあ、確かに僕たちは冒険者だけど……」
世界の大事みたいなときに報酬とか言っている場合じゃないけど、イルマに言われて思い出した。
僕たちは、勇者パーティーじゃない。
勇者パーティー時代は、サーデン帝国だけではなく、救援依頼があった国々の人々のために命を賭して戦った。
確かに、帝国からの給金として、内村主将から小金貨二枚を受け取っていた。
それでも、それは、生活する上で必要最低限の金額だった。
平民の平均収入がどれくらいかわからないけど、黒猫亭で寝泊まりするだけなら、一カ月あたり銀貨九枚で十分で、小金貨一枚と銀貨一枚が残った。
それも、先輩たちみたいに宴会をしないからなのだ。
それに、ポーション類や遠征に必要な消耗品は、全て帝国からの支給品で賄えた。
だから、今までお金で困ったことはない。
しかし、イルマの言うことは、尤もなことだった。
僕たちは、冒険者だ。
しかも、成り行き上、魔王討伐も目指している。
精霊王といったら、ヒューマンの王より珍しいし、その魔王討伐に役に立つかもしれない。
現魔王は人間の味方かもしれないけど、反乱を起こした者たちは、間違いなく攻めてくるだろうから、備えるに越したことはないと思う。
どこからも補給を頼れない僕たちは、報酬を得ることで装備を整え、日々鍛えなければいけない。
今後のために仲間も増やしたいし、貧乏パーティーに人気がないのもまた事実。
となると……
「魔獣討伐の報酬として、それなりに期待しても良いのでしょうか?」
「ふうむ。精霊王に向かって取引を持ち掛けるのですか?」
「え、いや、無理にとは言いませんよ。ただ、できることなら、と……」
ニンナにそう言われて、つい弱気になってしまう。
イルマが平然と話しているから精霊王が軽く見えるけど、本来はかなり高位な存在だった。
「まあ、良いですわ。それならわたくしで如何かしら?」
「はい?」
最近は本当に幻聴が多い。
「管理をしていますが、人間たちのように領地という概念がないので、樹海を差し上げることもできませんの。神のようにスキルを与えることもまた然りですわね。となると、残りはわたくし自身しかないのですわ」
どうやら幻聴ではなかったようだ。
「それに……」
「それに?」
何やら頬を染めて悶えている……ちょっと怖い。
いや、まさかこの流れは……
ちょ、やばい!
ニンナが言おうとしていることが想像できて、慌てて口を塞ぐべく駆け寄ったけど、遅かった。
「コウヘイとの接吻が忘れられなくて……」
「やっぱりいいいー!」
「せ、せ、せっぷ、んうううー!」
――――自身の予想が当たったことでコウヘイは悲痛な叫びをあげ、ニンナの爆弾発言に、これまたエルサが反応した。
ああ、そんな目で見ないでほしい……
エルサは、恋人の浮気現場にうっかり遭遇してしまったときのような、怒りとも悲しみとも取れる表情を、コウヘイに向けるのだった。
驚きの声を発したエルサとイルマでさえ、そのあとは何も言えずに沈黙を保っていた――――
エルサとイルマの驚き声から大分遅れて、ニンナは魔王が人間の味方であることを念押しするように肯定した。
「本当のことですわ」
「じゃが、しかし……」
イルマは否定しようとして、何やら思い当たる節があるのか口ごもった。
「その封じられているはずの力が解き放たれた結果、魔獣が至る所で暴れまわっているのですわ」
「それはつまり、魔王が人間の味方を止めたということでしょうか?」
ニンナの言葉を信じるかどうかは別にして、魔王が人間の味方をして魔獣の能力を封じていたのであれば、そうでない今は、その反対だということを意味している。
「そうではないのですわ。その発端は、ある魔人が魔王に反旗を翻したことにより、魔王がそちらに気を回せなくなってしまったからなのですわ」
「ほう、内乱が起きたということじゃな」
イルマの指摘にニンナは頷いて説明を続けた。
ニンナの話に因ると、このままいけば魔王は敗れるらしい。
本来、魔王の盾となる上級魔族が鉄壁の守りで魔族領を掌握していたけど、その上級魔族が反乱の首謀者だと言う。
魔族が人間嫌いなのは本当なようで、現魔王であるドランマルヌスの方が異端らしい。
つまり、その魔王への不満が爆発して内乱が勃発したという背景があるらしい。
能力を封印されていた魔獣たちが力を取り戻し、ある活動を開始したという。
その活動というのは、自身の能力強化のために樹海の魔力を取り込んでいる。
特にマナ――僕たちが言う魔力――の濃度が高い精霊の樹海の魔獣たちの勢いが、凄いなのだとか。
「魔獣も僕と同じで魔力を吸収できるんですか?」
ニンナの説明を聞いて、僕は確認せずにはいられなかった。
「いいえ、コウヘイは特別ですわ。魔獣たちは、マナを含むものを食事として取り込んでいるのですわ。例えば木々の根を食べたり、樹海に生息している獣を狩ったりしてね。特に勢いがあるのは、悪食のスキルを持ったゴブリンですわね」
それを聞いて僕は、ほっとした。
「ねえ、イルマ。だからラルフローランのダンジョンでゴブリンジェネラルが出たのかな?」
「うむ、説明を聞く限りではそうじゃ……いや、どうやら違うようじゃぞ」
「え?」
イルマが顎をしゃくってニンナに視線を向けた。
僕もそれにつられるようにニンナに視線を戻したら、ニンナはそっぽを向いて目線を合わせない。
「のう、そうじゃろう? ニンナ」
「おほほ」
「笑って誤魔化すでない!」
精霊王に対して、イルマは追撃の手を緩めない。
流石は、盟約を結んでいることだけはある、と僕は感心した。
ここまで来たら洗いざらい吐いてもらおう。
「そうですわよ! 樹海で発生したゴブリンジェネラルを転移させたのはわたくしですわ!」
偉そうに言うことでもないけど、ニンナは白状した。
まあ、あの反応から薄々気が付いてはいたけど、どうしてそんなことをしたのだろうか。
「あのー、良ければ、理由を教えていただけませんか? 僕たちは危うくゴブリンジェネラルに殺されるところだったんですよ。むしろ、僕たちでなければ死んでいたでしょうし」
「う……」
僕の指摘に俯いて、ニンナはゆっくりと事情を話し始めた。
悪食のスキルがあれど、ゴブリンたちだけでは大して脅威ではなかったらしい。
エルフたちに協力を要請して、魔獣討伐はある程度の成果が出ていたという。
しかし、エルフ数名が下手を打ち、ゴブリンたちに捕縛されたらしい。
恐らくそれを捕食したゴブリンが指揮を執り始めて全てが変わった。
組織的行動を取り始めたゴブリンに劣勢となり、捕縛されるエルフが増えた。
益々力を付けたゴブリンが他の魔獣を捕食し、急激にマナを吸収していった。
樹海のマナスポットが減少し、木々は枯れ、樹海の至る所がマナロストに蝕まれていったという。
それを防ぐために、精霊王が自身の魔力を世界樹を通して大地に放出して巻き返しを図ったけど、ゴブリンに対しては焼け石に水状態だったという。
やっとの思いでゴブリンジェネラルを罠にはめて、倒した者を樹海に呼ぶための転移魔法陣と一緒にゴブリンジェネラルを封印することに成功し、勇者がいるサーデン帝国領へ転移させたという。
「なるほど……まあ、僕たちは勇者じゃないですけど、理由はわかりました」
「いえ、僥倖にめぐりあった思いですわ。イルマが来たことでエルフたちへの指示が出し易くなるのもそうですが、何よりもコウヘイのスキルが素晴らしいですわ」
エナジーアブソポーションドレイン――魔力吸収能力と魔力放射能力。
確かに、魔力が枯れている場所に放出できる僕のスキルは、今の状況に打って付けのスキルだろう。
でも……
「残念ながら、僕は自分で魔力を生成できないので、それは難しいと思いますよ」
「うむ、わしも国に戻るつもりはさらさらないぞ」
いや、イルマは戻った方が良いような気がするんだけど……仮にも女王だし。
「それは大丈夫ですわ。見たところ徽章もないところから帝国騎士ではなく冒険者ですわよね? それに、イルマは何通か書状をしたためていただければ結構ですわ」
洞窟の中でローブは邪魔でしかないため、フルプレートの徽章を留め付ける場所には、何も無いのがまるわかりだった。
「はは、帝国の事情にお詳しいんですね」
「それならやぶさかではない、かのう……」
僕が感心している脇で、イルマは一つ頷いた。
「これでもわたくしはファンタズム大陸の精霊王ですわよ。他の大陸のことならいざ知らず、大抵のことは耳に入ってきますの」
さも当たり前という風に説明したニンナは誇らしげにドヤ顔だった。
そんなの知らないし、と思った僕は、凄いと感心しながらも、僕たちの行動も筒抜けだったのでは? と心配にもなった。
先程、転移魔法陣をサーデン帝国に設置した理由を、勇者がいるからと言っていた。
しかし、僕たちがテレサの町に向かっているのを知っていたから、ラルフローランのダンジョン内にゴブリンジェネラルを転移させたのではないかと、疑わずにはいられなかった。
ただ、次のニンナの発言によって、それはどうでもよくなった。
「それと魔力の件ですが、コウヘイの場合は、魔石からも吸収できますのよ」
「えっ、そうなんです?」
「ええ、本当でわ」
それは、自ら魔力を生成できない僕にとって展望が開ける重大情報だった。
魔力補給は、大気中から吸収できたけど、それは微量で、大部分がエルサ頼りだった。
魔石であればダンジョンで三〇〇匹以上のゴブリンの物を回収していたし、ゴブリンジェネラルとゴブリンシャーマンも回収していた。
それに、今後も補給がし易く、貯蓄も可能だ。
魔道具の燃料になるくらいなんだから、それを取り込めないはずもなかった。
やっぱり、知っているのと知らないのとでは全然違う。
ニンナとの会話は、僕が知らない情報の宝庫だった。
「それじゃあ、僕たちは、そのー、何をすればいいんですか? 魔獣討伐より魔力が枯渇している場所で魔力を放射すればいいんですか?」
「それもそうですが、一先ずは、魔獣討伐を依頼したいですわ。丁度今、別の古き盟約により助力に駆け付けた者が、もう一頭のゴブリンジェネラルの縄張りに向かっているのですが、何分一人な故、心配ですの」
「「え!」」
「な!」
このタイミングでその告白は、僕たち三人が驚愕するには十分だった。
「それってヤバくないですか? もしかしてハイランクの冒険者ですか?」
「冒険者なのは確かですが、ランクまではわかりませんわ。ただ、一人で十分とは言っていましたわね」
ミスリルランクが適性の魔獣であるゴブリンジェネラルを相手に一人で十分と言い張る冒険者と聞き、間違いなくミスリルランクかその上のアダマンタイト冒険者だろうと当たりを付ける。
人のことを言えないけど、ゴールドランク以下なら大言壮語にもほどがある。
魔力を大量に吸収した状態の僕だとしても一人では無理だと思う。
それは、実際に戦った僕だから嫌でも理解できた。
この大陸に一〇人といないアダマンタイト冒険者なら確かに問題ないかもしれないけど、ランクが不明なためそこの判断はしようがなかった。
それに、「古き盟約」とニンナは、言った。
精霊王がその表現を使うほどだから、ヒューマンではないのかもしれない。
長寿といって思いつくのは、エルフ族かドワーフ族くらいだろう。
「イルマ、エルフにアダマンタイト冒険者っているの?」
「はて、どうじゃろうな。わしが思いつくのは……はっ、先王とか言わんじゃろうな!」
先王といったらイルマの父親だろうか?
イルマでさえゴールドランクなのだから、行方を眩ませて冒険者をしているなら、アダマンタイトランクでもおかしくない。
しかし、ニンナは頭を振った。
「なんじゃ、違うのか。そうなると知らんのう」
「そっか、誰だか気になるけど、僕にアダマンタイト冒険者の知り合いはいないから聞いても意味なさそうだし」
そう名前を聞いたところで、誰? となるだけなため、それは捨て置くことにした。
「うーん、でもこれから応援に駆け付けるとして、今の状態で行くのは危険じゃないかな?」
吸収して余りあるほどあった魔力は、ニンナに与えてしまって殆ど残っていないし、エルサもようやく目覚めたばかりなのだ。
「もしや、魔力のことを言っておるのか?」
「いや、それもあるけど、それは魔石から吸収すれば大丈夫でしょ」
「おお、そうじゃった。それなら他に何が心配なんじゃ?」
そうイルマから問われ僕は、ニンナのベッドに腰かけているエルサへと視線を向けた。
その表情は、暗く、先程から口数が少ないことから、万全でないのは確かだった。
「え、わたし? ううん、わたしは大丈夫だよ、ほらっ」
僕に視線を向けられ、懸念要因が自分自身だと思われたことが嫌だったのか、自ら指さしてから立ち上がって、飛び跳ねたりした。
「そ、そう? 無理しなくていいんだよ」
「で、でもその冒険者の人が――」
「もしや、コウヘイ。報酬が気になるのか?」
「ん、別にその気は無かったけど……いきなりどうしたのさ」
エルサの言葉を遮るほど重要とは思えないその内容に、僕は呆れてしまった。
「お人好しなのは構わんが、相手はゴブリンジェネラルじゃぞ? しかも、一度わしらは危険な目に合っておろうがっ。冒険者ならそのリスクに対価を求めるのが当然じゃ」
「まあ、確かに僕たちは冒険者だけど……」
世界の大事みたいなときに報酬とか言っている場合じゃないけど、イルマに言われて思い出した。
僕たちは、勇者パーティーじゃない。
勇者パーティー時代は、サーデン帝国だけではなく、救援依頼があった国々の人々のために命を賭して戦った。
確かに、帝国からの給金として、内村主将から小金貨二枚を受け取っていた。
それでも、それは、生活する上で必要最低限の金額だった。
平民の平均収入がどれくらいかわからないけど、黒猫亭で寝泊まりするだけなら、一カ月あたり銀貨九枚で十分で、小金貨一枚と銀貨一枚が残った。
それも、先輩たちみたいに宴会をしないからなのだ。
それに、ポーション類や遠征に必要な消耗品は、全て帝国からの支給品で賄えた。
だから、今までお金で困ったことはない。
しかし、イルマの言うことは、尤もなことだった。
僕たちは、冒険者だ。
しかも、成り行き上、魔王討伐も目指している。
精霊王といったら、ヒューマンの王より珍しいし、その魔王討伐に役に立つかもしれない。
現魔王は人間の味方かもしれないけど、反乱を起こした者たちは、間違いなく攻めてくるだろうから、備えるに越したことはないと思う。
どこからも補給を頼れない僕たちは、報酬を得ることで装備を整え、日々鍛えなければいけない。
今後のために仲間も増やしたいし、貧乏パーティーに人気がないのもまた事実。
となると……
「魔獣討伐の報酬として、それなりに期待しても良いのでしょうか?」
「ふうむ。精霊王に向かって取引を持ち掛けるのですか?」
「え、いや、無理にとは言いませんよ。ただ、できることなら、と……」
ニンナにそう言われて、つい弱気になってしまう。
イルマが平然と話しているから精霊王が軽く見えるけど、本来はかなり高位な存在だった。
「まあ、良いですわ。それならわたくしで如何かしら?」
「はい?」
最近は本当に幻聴が多い。
「管理をしていますが、人間たちのように領地という概念がないので、樹海を差し上げることもできませんの。神のようにスキルを与えることもまた然りですわね。となると、残りはわたくし自身しかないのですわ」
どうやら幻聴ではなかったようだ。
「それに……」
「それに?」
何やら頬を染めて悶えている……ちょっと怖い。
いや、まさかこの流れは……
ちょ、やばい!
ニンナが言おうとしていることが想像できて、慌てて口を塞ぐべく駆け寄ったけど、遅かった。
「コウヘイとの接吻が忘れられなくて……」
「やっぱりいいいー!」
「せ、せ、せっぷ、んうううー!」
――――自身の予想が当たったことでコウヘイは悲痛な叫びをあげ、ニンナの爆弾発言に、これまたエルサが反応した。
ああ、そんな目で見ないでほしい……
エルサは、恋人の浮気現場にうっかり遭遇してしまったときのような、怒りとも悲しみとも取れる表情を、コウヘイに向けるのだった。
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そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
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彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
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僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
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レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
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※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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