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第五章 宿命【英雄への道編】
第14話 夢オチなら楽なのに
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「本気でわからないという顔をする……」
血に染まったようなミラの双眸に見つめられ、じっとりとした汗が僕の頬を伝う。魔人の人格を宿したミラがまるで僕を試すようにプレッシャーを放ち、蛇に睨まれたカエルのように身動ぎさえできない。
僕がイルマの倍近い魔力を注入したとは言え、この力の波動はいくらなんでも異常だ。あまりの迫力にまともな返答ができなかった。
「いや、だって……」
「だってじゃない! 世界樹で精霊王のニンナから、ボクの魔力を吸収したと、聞かされただろ?」
僕の態度に苛立ったように、ミラの語気が段々と厳しくなる。完全に委縮した僕の言葉は、歯切れが悪くなるばかり。
「う、うん……確かにそう言われたけど……」
ついには諦めたのか、ミラは呆れたように大きくため息を吐いてからアピールするように両手を広げた。
「それが、事実なんだよね。この身体は、ボクの分身体なんだよ」
「え! 分身体?」
「そうだよ。コウヘイが言った通り、ボクは他のアドヴァンスドたち、ヒューマンたちがいう上級魔族に城を囲われていたんだ。そんなとき、精霊の樹海にゴブリンどもが悪さを働いた。それで、ボクは古き盟約を守るためにこの分身体を向かわせたと言う訳さ」
ここまでは理解できるか? とでも言いたいのか、ミラは言葉を切って僕の様子を窺うように目を細める。対して僕は、首をコクコクと小刻みに縦に振り、理解しているという意思表示をする。
「ボクは、城に居ながらにしてこの身体を操作していた。つまり、魔力回路が繋がっていたんだ――」
ミラの説明の最中。
何かに気付いたのか、イルマが口を挟んできた。
「もしや、マジックウィンドウの動作原理と同じなのか?」
「まあ、そんな感じかな」と、虚空へ視線を向けながらミラが答える。
「な、なるほど……そうじゃったのか」
いつの間にか、血の気が引いたようにイルマの顔色は真っ青となっていた。
「も、目的は、なんじゃ?」
脈略もなくイルマがそんな質問するもんだから、ミラが小首を傾げる。
「ん? ああ、いまはその話じゃない。話が終わらないから、先を続けるよ」
イルマの質問を切り捨てたミラは、既に僕に視線を向けている。
ミラに相手にされなかったイルマが、キッと睨むような視線を彼女に向けるのを見た僕は、咄嗟に口を出した。
「いやあ、イルマの質問に――」
「クドイっ!」
叱責。
一瞬にして気温が下がったと錯覚してしまうほど、厳しく冷たい声が続く。
「コウヘイ……それ、直した方がいいよ。仲間の意見を聞くのは大事だ。でも、時と場合がある。いまは、ボクの話を優先させるべき時なんだよ」
自然と身体が震え、僕は右手首を左手で握って必死に恐怖を抑えようとする。
「……は、はい……」
あまりの迫力に、かすれた返事となり、自然と喉が上下する。
「うん、宜しい。簡単に言うと、精霊の樹海で活動するために、分身体であるこの身体に魔力を送っていたら、その回路からコウヘイがスキルでボクの魔力を全部吸収しちゃったんだよ。それが何を意味するか、ここまで言えば、もうわかるよね?」
ミラはいまの説明の中に答えがあるという口ぶりだ。けれども、僕はいまいちピンとこない。と言うよりも、意味がわからなかった。
魔族、いや、魔人だったか。
魔人が分身体を作れること。
魔人が遠隔で魔獣を操作していたこと。
精霊王が魔人と古の盟約を結んでいたこと。
魔力回路から僕が魔力を吸収していたこと。
簡潔にまとめてみたけれど、次々と明らかになる新情報に、僕の頭はパンクしてしまいそうだ。結局、僕が出来たのは、首を左右に振ることだけ。
「信じがたいことじゃが、それはあまりにも……」
イルマの呟きにミラは、「あ、やっぱり、それは言わない方がいいかもだね」と右手の人差し指を立てて待ったを掛ける。
ミラの視線が僕から外れて身体が自由になった途端、激しい動悸に見舞われるも、深呼吸を繰り返してから必死に頭を働かせる。
言わない方がいいとはどういう意味だろうか?
呼吸を整えてからイルマを見る。正面にいるミラでもよかったけど、無意識にそうしていた。
僕の視線に気付いたイルマは、チラッと僕を見るなり、すぐに視線を切る。ひとしきり頷くばかりで、僕と目を合わせまいとする不自然さと共に呟いた。
「む、いや、なんと言うか、わしの判断は間違っておらんかったということじゃ。コウヘイに付いて来て正解じゃった」
訳がわからない。僕は困惑顔だ。
僕が何も言わないでいると、ようやくイルマがチラッと僕を見た。
「まあ、そのうちわかるじゃろうて」
僕は、「そっか」と呟き、イルマの言葉の意味をわざわざ掘り下げはしなかった。
「へー、今回はやけに素直だね。いつも傍から見ていてウザったいくらい知りたがるくせに――」
「べっ、べつにそんなこと……も、あるか……」
いたずらな笑みを浮かべたミラに対し、僕が被せて遮ってみたものの、思い当たる節がありすぎて二の句を継げずに勢いが削がれる。
何かに気付いている素振りを見せたイルマ然り、ミラも先を続けない。
ミラが言ったように、いままでの僕なら根掘り葉掘り聞いたんだろうな。ついさっきもそのせいでミラを怒らせた訳だし。
正直なところ、秒を追う毎に判明する新事実の数々に疲れた僕が、これ以上難しいことを考えたくないだけだった。
妙にだるい。
ミラは魔人であり、僕たちがミラだと思っていたのは、分身体に過ぎなかった。その事実の方がショックが大きい。
やっと出来た後輩的存在――いや、つい数時間前に妹に昇格した存在は、「実は魔人でした」って、どんな仕打ちだよ!
まあ、実害がないどころか、ピンチを救ってもらっているから文句はない。ミラの正体が魔人だと知ったいま、怖いという気持ちは当然ある。
挑発のつもりかどうか知らないけど、厳しい視線や力の波動を放たれれば、僕だって怯みもする。それでも、ふつうにしてくれている分には、年下の可愛い女の子といった印象は変わらない。
思わずため息が出る。
そうすることで少し落ち着いた僕は、頭を振ってポジティブな思考へと切り替える。
先程判明した四つの新事実の中には、良い発見が二つもあった。
――魔人が遠隔で魔獣を操作していたこと。
魔人を倒せば魔獣災害の発生を抑えられるかもしれないのだ。もしかしたら、まったくのゼロにできる可能性もある。
――魔力回路から僕が魔力を吸収していたこと。
操作している魔人本体の魔力にも僕のスキルが干渉可能なことは、願ってもない情報だ。今後、僕を狙ってくるかもしれない魔人との戦闘で有利に働く。
サーベンの森で下級魔人に襲われたのは、これまで得た情報から偶然ではなく、必然だったのだと理解している。下級魔人なら問題ないけど、やはり中級魔人が相手となると、いまの僕では力不足だろう。
そんな風にいつもの癖で思考の世界に浸っていると、ミラがおちょくるように言った。
「いいねいいね。いつものコウヘイらしく色々考えているのかな? 答えが出たら言ってみなよ。正解したらボクがご褒美をあげちゃうよ」
ニシシと白い歯をむき出しにして不敵な笑みを見せるミラに違和感を覚える。これも仕方のないことだろう。
天を仰いで僕が夢オチだったらいいのになと、現実逃避をはじめるも、そうは問屋が卸さない。
「ねーミランダ、もういいのだ? いい加減アドに説明するのだ」
あ、すっかり存在を忘れていたよ。
アドがミラの深紅のローブの金糸で縁取られた袖をクイクイと引っ張り、つぶらな瞳をウルウルとさせている。
うーん、どう見てもペットにしか見えない。
「ああ、悪かったなアドリアナ。先程も言った通りさ。コイツの名前はコウヘイだ。お前が知っているコウスケと同じだが同じじゃない。別人なんだよ」
「むむ? 難しいのだぁー」
数度瞼を瞬かせたアドが、コテンと小首を傾げる。
うん、僕にもさっぱりだ。
アドのあのしつこい感じから、相当似ているのだろう。この世には、自分とそっくりな人が最低でも三人はいると言われているらしいけど、その類だろうか。
「ギフトは個に宿る……こう言ば、きみだって理解できるだろ?」
「おおー、そういうことなのだ!」
どういうことだ?
何かを理解したのか、アドが僕に近付いて顔を見つめて来たと思ったら、そのまま周りを回りはじめた。トテトテと歩き、ときに僕のことをつついてくる。
僕は首だけを動かしてアドの行動を目で追う。アドは、何かを確かめるように腰に吊ったメイスを揺らしたり、ラウンドシールドを叩いたりした。
色々と気になるけど、僕はアドの好きなようにさせて終わりを待つ。
「やっぱり、コウスケとしか思えないのだ」
アドが僕の顔を再びじいっと見ながら言った言葉は、おそらく、ミラ宛だろう。ミラがそれに答えたので間違いない。
「まあ、そうだろうね。あくまで予想でしかないけど、コウスケとコウヘイは魂のレベルで繋がりがあるハズだよ」
魂のレベル?
さすがにこれは質問するべきだろうと、僕が口を開こうとしたけど、急な倦怠感に襲われた。
「あー、もの凄く興味があるんだけど……」
突然の眩暈に僕が膝を地面に突く。
「おっと、どうしたんだい?」
声からしてミラが手を握って支えてくれたのだろう。ただそれも、あまり意味をなしていなかった。
魔人であろうともミラの華奢な身体では、僕の巨体を支えられるわけがないのだ。
「ごめん、ちょっと立ち眩みかも」
地面に両手を突いて頭を振ったけど、改善されるどころか益々悪くなる。視界が真っ白で、平衡感覚が失われている。
「コウヘイっ、大丈夫?」
「ああ、無理そうかも……ちょっと、このまま……」
エヴァを診ていたエルサも駆け付けてくれたものの、僕はそう言うのがやっとでそのまま反転して地面に大の字に寝転がる。
「ふむ、疲れが出たのかもしれんな」
「うーん、こりゃまいったね。ここからが本題だったんだけど……まあ、アドリアナの封印を解いたんだ。仕方ないね」
「コウスケ……大丈夫なのだ?」
「……」
相変わらずのアドを無視して、イルマとミラの言葉に反応する。
「ご、ごめん……イルマ、代わりに聞いといてくれると、助かる……」
意識が薄れゆく中、何とかお願いできた。
「うむ、そうじゃな。任された」
「いいよ。じゃあ、アドリアナとハイエルフはこっちに付いて来て――」
「なぬっ、ちゃんとわかっているではないか!」
「ああ、いいからいいから、本当に年寄りは口うるさくてかなわないねぇ」
「お主より三〇〇歳は若いんじゃぞ!」
などと、イルマとミラがじゃれている声や、
「それと、エルサはコウヘイの側にいてあげな。しっかり、手を握って、ねっ」
「い、言われなくてもコウヘイはわたしが看病するから大丈夫ですよーだ」
と、ミラが魔人だと判明して警戒しているのか、エルサが僕を庇うように覆いかぶさってきたのを感じた。
「あは、そこまで密着しろとは言っていないんだけどな」
違う人格がミラの声で話す様は、相変わらず慣れないな。
ホント……夢オチだったらいいのに……
――――イルマの予想通り、いままでの疲れが出たのだろう。眠りに落ちたコウヘイが反応することはなかった。
それから、ミランダの説明を聞いて行くうちに、イルマは驚愕で顔が歪むのを感じる。ミランダはそんなイルマの反応を意に介すこともせず、説明を続けた。
時間にして十数分の短い話であるにもかかわらず、約千年にも渡る壮大な話の内容に、イルマは突っ込みを入れることが出来なかった。
話が終わり、イルマが質問をしようとしたとき。
ミランダは役目を終えたぞとばかりに、不敵な笑みを浮かべてから眠りに落ちるように気を失った。
一方、ミランダの話を一緒に聞いていたアドリアナも状況を理解したようだ。
結果、コウヘイを取り合うようにエルサと一触即発の事態まで緊張が高まった。
右と左に分かれて添い寝すればよいと、イルマが言わなければ、大惨事になっていたかもしれない。
当のコウヘイは、イルマの気苦労も知らず、スヤスヤと幸せそうな寝顔を浮かべているのだった。
血に染まったようなミラの双眸に見つめられ、じっとりとした汗が僕の頬を伝う。魔人の人格を宿したミラがまるで僕を試すようにプレッシャーを放ち、蛇に睨まれたカエルのように身動ぎさえできない。
僕がイルマの倍近い魔力を注入したとは言え、この力の波動はいくらなんでも異常だ。あまりの迫力にまともな返答ができなかった。
「いや、だって……」
「だってじゃない! 世界樹で精霊王のニンナから、ボクの魔力を吸収したと、聞かされただろ?」
僕の態度に苛立ったように、ミラの語気が段々と厳しくなる。完全に委縮した僕の言葉は、歯切れが悪くなるばかり。
「う、うん……確かにそう言われたけど……」
ついには諦めたのか、ミラは呆れたように大きくため息を吐いてからアピールするように両手を広げた。
「それが、事実なんだよね。この身体は、ボクの分身体なんだよ」
「え! 分身体?」
「そうだよ。コウヘイが言った通り、ボクは他のアドヴァンスドたち、ヒューマンたちがいう上級魔族に城を囲われていたんだ。そんなとき、精霊の樹海にゴブリンどもが悪さを働いた。それで、ボクは古き盟約を守るためにこの分身体を向かわせたと言う訳さ」
ここまでは理解できるか? とでも言いたいのか、ミラは言葉を切って僕の様子を窺うように目を細める。対して僕は、首をコクコクと小刻みに縦に振り、理解しているという意思表示をする。
「ボクは、城に居ながらにしてこの身体を操作していた。つまり、魔力回路が繋がっていたんだ――」
ミラの説明の最中。
何かに気付いたのか、イルマが口を挟んできた。
「もしや、マジックウィンドウの動作原理と同じなのか?」
「まあ、そんな感じかな」と、虚空へ視線を向けながらミラが答える。
「な、なるほど……そうじゃったのか」
いつの間にか、血の気が引いたようにイルマの顔色は真っ青となっていた。
「も、目的は、なんじゃ?」
脈略もなくイルマがそんな質問するもんだから、ミラが小首を傾げる。
「ん? ああ、いまはその話じゃない。話が終わらないから、先を続けるよ」
イルマの質問を切り捨てたミラは、既に僕に視線を向けている。
ミラに相手にされなかったイルマが、キッと睨むような視線を彼女に向けるのを見た僕は、咄嗟に口を出した。
「いやあ、イルマの質問に――」
「クドイっ!」
叱責。
一瞬にして気温が下がったと錯覚してしまうほど、厳しく冷たい声が続く。
「コウヘイ……それ、直した方がいいよ。仲間の意見を聞くのは大事だ。でも、時と場合がある。いまは、ボクの話を優先させるべき時なんだよ」
自然と身体が震え、僕は右手首を左手で握って必死に恐怖を抑えようとする。
「……は、はい……」
あまりの迫力に、かすれた返事となり、自然と喉が上下する。
「うん、宜しい。簡単に言うと、精霊の樹海で活動するために、分身体であるこの身体に魔力を送っていたら、その回路からコウヘイがスキルでボクの魔力を全部吸収しちゃったんだよ。それが何を意味するか、ここまで言えば、もうわかるよね?」
ミラはいまの説明の中に答えがあるという口ぶりだ。けれども、僕はいまいちピンとこない。と言うよりも、意味がわからなかった。
魔族、いや、魔人だったか。
魔人が分身体を作れること。
魔人が遠隔で魔獣を操作していたこと。
精霊王が魔人と古の盟約を結んでいたこと。
魔力回路から僕が魔力を吸収していたこと。
簡潔にまとめてみたけれど、次々と明らかになる新情報に、僕の頭はパンクしてしまいそうだ。結局、僕が出来たのは、首を左右に振ることだけ。
「信じがたいことじゃが、それはあまりにも……」
イルマの呟きにミラは、「あ、やっぱり、それは言わない方がいいかもだね」と右手の人差し指を立てて待ったを掛ける。
ミラの視線が僕から外れて身体が自由になった途端、激しい動悸に見舞われるも、深呼吸を繰り返してから必死に頭を働かせる。
言わない方がいいとはどういう意味だろうか?
呼吸を整えてからイルマを見る。正面にいるミラでもよかったけど、無意識にそうしていた。
僕の視線に気付いたイルマは、チラッと僕を見るなり、すぐに視線を切る。ひとしきり頷くばかりで、僕と目を合わせまいとする不自然さと共に呟いた。
「む、いや、なんと言うか、わしの判断は間違っておらんかったということじゃ。コウヘイに付いて来て正解じゃった」
訳がわからない。僕は困惑顔だ。
僕が何も言わないでいると、ようやくイルマがチラッと僕を見た。
「まあ、そのうちわかるじゃろうて」
僕は、「そっか」と呟き、イルマの言葉の意味をわざわざ掘り下げはしなかった。
「へー、今回はやけに素直だね。いつも傍から見ていてウザったいくらい知りたがるくせに――」
「べっ、べつにそんなこと……も、あるか……」
いたずらな笑みを浮かべたミラに対し、僕が被せて遮ってみたものの、思い当たる節がありすぎて二の句を継げずに勢いが削がれる。
何かに気付いている素振りを見せたイルマ然り、ミラも先を続けない。
ミラが言ったように、いままでの僕なら根掘り葉掘り聞いたんだろうな。ついさっきもそのせいでミラを怒らせた訳だし。
正直なところ、秒を追う毎に判明する新事実の数々に疲れた僕が、これ以上難しいことを考えたくないだけだった。
妙にだるい。
ミラは魔人であり、僕たちがミラだと思っていたのは、分身体に過ぎなかった。その事実の方がショックが大きい。
やっと出来た後輩的存在――いや、つい数時間前に妹に昇格した存在は、「実は魔人でした」って、どんな仕打ちだよ!
まあ、実害がないどころか、ピンチを救ってもらっているから文句はない。ミラの正体が魔人だと知ったいま、怖いという気持ちは当然ある。
挑発のつもりかどうか知らないけど、厳しい視線や力の波動を放たれれば、僕だって怯みもする。それでも、ふつうにしてくれている分には、年下の可愛い女の子といった印象は変わらない。
思わずため息が出る。
そうすることで少し落ち着いた僕は、頭を振ってポジティブな思考へと切り替える。
先程判明した四つの新事実の中には、良い発見が二つもあった。
――魔人が遠隔で魔獣を操作していたこと。
魔人を倒せば魔獣災害の発生を抑えられるかもしれないのだ。もしかしたら、まったくのゼロにできる可能性もある。
――魔力回路から僕が魔力を吸収していたこと。
操作している魔人本体の魔力にも僕のスキルが干渉可能なことは、願ってもない情報だ。今後、僕を狙ってくるかもしれない魔人との戦闘で有利に働く。
サーベンの森で下級魔人に襲われたのは、これまで得た情報から偶然ではなく、必然だったのだと理解している。下級魔人なら問題ないけど、やはり中級魔人が相手となると、いまの僕では力不足だろう。
そんな風にいつもの癖で思考の世界に浸っていると、ミラがおちょくるように言った。
「いいねいいね。いつものコウヘイらしく色々考えているのかな? 答えが出たら言ってみなよ。正解したらボクがご褒美をあげちゃうよ」
ニシシと白い歯をむき出しにして不敵な笑みを見せるミラに違和感を覚える。これも仕方のないことだろう。
天を仰いで僕が夢オチだったらいいのになと、現実逃避をはじめるも、そうは問屋が卸さない。
「ねーミランダ、もういいのだ? いい加減アドに説明するのだ」
あ、すっかり存在を忘れていたよ。
アドがミラの深紅のローブの金糸で縁取られた袖をクイクイと引っ張り、つぶらな瞳をウルウルとさせている。
うーん、どう見てもペットにしか見えない。
「ああ、悪かったなアドリアナ。先程も言った通りさ。コイツの名前はコウヘイだ。お前が知っているコウスケと同じだが同じじゃない。別人なんだよ」
「むむ? 難しいのだぁー」
数度瞼を瞬かせたアドが、コテンと小首を傾げる。
うん、僕にもさっぱりだ。
アドのあのしつこい感じから、相当似ているのだろう。この世には、自分とそっくりな人が最低でも三人はいると言われているらしいけど、その類だろうか。
「ギフトは個に宿る……こう言ば、きみだって理解できるだろ?」
「おおー、そういうことなのだ!」
どういうことだ?
何かを理解したのか、アドが僕に近付いて顔を見つめて来たと思ったら、そのまま周りを回りはじめた。トテトテと歩き、ときに僕のことをつついてくる。
僕は首だけを動かしてアドの行動を目で追う。アドは、何かを確かめるように腰に吊ったメイスを揺らしたり、ラウンドシールドを叩いたりした。
色々と気になるけど、僕はアドの好きなようにさせて終わりを待つ。
「やっぱり、コウスケとしか思えないのだ」
アドが僕の顔を再びじいっと見ながら言った言葉は、おそらく、ミラ宛だろう。ミラがそれに答えたので間違いない。
「まあ、そうだろうね。あくまで予想でしかないけど、コウスケとコウヘイは魂のレベルで繋がりがあるハズだよ」
魂のレベル?
さすがにこれは質問するべきだろうと、僕が口を開こうとしたけど、急な倦怠感に襲われた。
「あー、もの凄く興味があるんだけど……」
突然の眩暈に僕が膝を地面に突く。
「おっと、どうしたんだい?」
声からしてミラが手を握って支えてくれたのだろう。ただそれも、あまり意味をなしていなかった。
魔人であろうともミラの華奢な身体では、僕の巨体を支えられるわけがないのだ。
「ごめん、ちょっと立ち眩みかも」
地面に両手を突いて頭を振ったけど、改善されるどころか益々悪くなる。視界が真っ白で、平衡感覚が失われている。
「コウヘイっ、大丈夫?」
「ああ、無理そうかも……ちょっと、このまま……」
エヴァを診ていたエルサも駆け付けてくれたものの、僕はそう言うのがやっとでそのまま反転して地面に大の字に寝転がる。
「ふむ、疲れが出たのかもしれんな」
「うーん、こりゃまいったね。ここからが本題だったんだけど……まあ、アドリアナの封印を解いたんだ。仕方ないね」
「コウスケ……大丈夫なのだ?」
「……」
相変わらずのアドを無視して、イルマとミラの言葉に反応する。
「ご、ごめん……イルマ、代わりに聞いといてくれると、助かる……」
意識が薄れゆく中、何とかお願いできた。
「うむ、そうじゃな。任された」
「いいよ。じゃあ、アドリアナとハイエルフはこっちに付いて来て――」
「なぬっ、ちゃんとわかっているではないか!」
「ああ、いいからいいから、本当に年寄りは口うるさくてかなわないねぇ」
「お主より三〇〇歳は若いんじゃぞ!」
などと、イルマとミラがじゃれている声や、
「それと、エルサはコウヘイの側にいてあげな。しっかり、手を握って、ねっ」
「い、言われなくてもコウヘイはわたしが看病するから大丈夫ですよーだ」
と、ミラが魔人だと判明して警戒しているのか、エルサが僕を庇うように覆いかぶさってきたのを感じた。
「あは、そこまで密着しろとは言っていないんだけどな」
違う人格がミラの声で話す様は、相変わらず慣れないな。
ホント……夢オチだったらいいのに……
――――イルマの予想通り、いままでの疲れが出たのだろう。眠りに落ちたコウヘイが反応することはなかった。
それから、ミランダの説明を聞いて行くうちに、イルマは驚愕で顔が歪むのを感じる。ミランダはそんなイルマの反応を意に介すこともせず、説明を続けた。
時間にして十数分の短い話であるにもかかわらず、約千年にも渡る壮大な話の内容に、イルマは突っ込みを入れることが出来なかった。
話が終わり、イルマが質問をしようとしたとき。
ミランダは役目を終えたぞとばかりに、不敵な笑みを浮かべてから眠りに落ちるように気を失った。
一方、ミランダの話を一緒に聞いていたアドリアナも状況を理解したようだ。
結果、コウヘイを取り合うようにエルサと一触即発の事態まで緊張が高まった。
右と左に分かれて添い寝すればよいと、イルマが言わなければ、大惨事になっていたかもしれない。
当のコウヘイは、イルマの気苦労も知らず、スヤスヤと幸せそうな寝顔を浮かべているのだった。
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ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
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