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第五章 宿命【英雄への道編】

第19話 ギャンブル

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 破壊の衝撃で発生した粉塵ふんじんが微かに視界を塞ぐ。粉っぽい空気に片目を閉じた僕は、木材が燃えた焦げ臭い煙にむせながらもアドにしがみ付いて急上昇に耐える。ただそれも、数瞬の内に蒼空へ躍り出た。

「ぷはぁー」

 息苦しさから解放された僕は、目一杯新鮮な空気を肺に取り込む。それからすぐに、敵の所在を確認するために上空へ顔を向けて視線を走らせたものの、目的の人物は直ぐに見つかった。と言うよりも、攻撃魔法を放ったときからまったく移動していない。

 僕がファーガルを見たのと同時に視線が交わる。驚いたように目を見開いたファーガルは、次第にくいしばるように口元を歪めていく。大爆発が発生したから、真っ正面から爆炎を受けた僕が無事であり、まさか向かってくるとは予想だにしていなかったのだろう。

 先程までの余裕な笑みはなかった。

「アド、これで攻撃が単調になったりしないかな?」
『相手は中級魔人。いくらなんでも、そんな愚鈍ぐどんなわけない』
「……だ、だよね」

 ファーガルが怒りから我を忘れて魔法攻撃ばかりしてくれないだろうかと、いささか楽観的過ぎる僕の願いはアドにあっさり否定されてしまう。

 わかり切っていたものの、肩を落としている暇はない。歯を食いしばって悔しそうにしているファーガルと対峙たいじするようにアドが上昇を止めたからだ。

 一先ず、敵を冷静にさせないために僕は、わざと不敵な笑みを浮かべた。メイスを振り下ろすようにゆっくりと右腕を大きく回し、ファーガルを示す位置で停止させる。まったくもって僕らしくないけれど、必要な行為だ。つまり挑発である。
 
 その瞬間、どっと歓声が巻き起こった。釣られるように僕が地上を見下ろすと、騎士団員たちが手に持った得物を上空に掲げて叫んでいた。

 どうやら魔獣との戦闘がこの短時間で一段落ついたようだ。しかも、ラルフさんの存在感が半端じゃない。沢山いる人たちの中でも容易に発見できるほど目立っている。さすがに離れすぎて何を言っているのか聞き取れないけど、大槍の穂先を掲げながら「いけー」的な応援するような内容を叫んでいるのは理解できた。

「ちっ、なんなんだお前? どこの家の者だ?」

 ファーガルが忌々しそうに意味不明な内容を呟き、僕は視線を戻す。

 おっと、いけない。いまは目の前の魔人をどうにかしないといけないんだった。ファーガルの質問に答えず、僕は敵を嘲笑うような笑みを維持したまま皮肉を言ってやった。

「やってくれるなじゃないか。でも、ご馳走様でした」
「ふんっ、どうやら裏切り者がいるみたいだが……まあ、いい。遊びはここまでだよ」
「裏切り者? それはどういう意味だよ」

 ファーガルも僕の質問に答えるつもりはないようだ。

 そんなことよりも、注目すべき変化が一つあった。ファーガルの額に、いつの間にか長さ五センチほどの流線型をした黒い角が二本あらわになっていたのだ。さすがは中級魔人。下級とは違っていままで隠していたのだろう。

 そんな風に僕が感心していると、「ふんっ」と鼻で笑われた。僕の心の中を読んだわけではないだろう。攻撃の前触れだったのだ。

 ファーガルの角が眩い光を発した途端、とてつもない速度でサンダーボルトを小さくしたような電撃が迫ってきた。咄嗟に、僕はラウンドシールドを構えて魔力の吸収を試みる。

 が、衝撃で革のベルトが切れてしまい、ラウンドシールドが吹き飛ばされてしまった。

「くっ、吸収できなかった!」
「ふふ、やはりそういうことか」

 僕が魔力。いや、未だに衝撃を吸収できずに悔しがっていると、ファーガルが満足そうにニヤリと口の端を上げる。

 一方、アドが原因を教えてくれた。

『速度エネルギーを吸収できていない』

 僕も自覚しているため何も言わない。僕のスキルは、物理的なエネルギーをも吸収できるらしいけど、いまのところ上手くできた試しがない。むしろ、運動エネルギーまで吸収するコツさえ掴めていないのだ。

 ただそれも、いままでの行動でファーガルの性格がなんとなく掴めた気がする。

 もし、それが上手くいけば……と僕は一策を講じることにした。

「くそ、バレたか! そうだよ。僕は自分のスキルを扱いきれていない。だからメテオストライクみたいな大魔法の隕石までは吸収できないんだ!」

 僕は努めて悔しそうに叫び、歯を食いしばる。

「何を言っているんだい? きみはバカなのか?」

 いままでの流れから良い案だと思ったけど、相手がそう簡単に引っ掛かってくれるハズもない。敵にジト目で見られ、僕は胸のあたりを締め付けられるような痛みを感じつつ、自嘲的に笑うより外なかった。

「ああ。バカなのかもしれない」
「残念だったねー」
「うん、残念だよ」
「僕はねー、火魔法系統が大の得意でね」

 うん、それは知ってる。さっきの町中への攻撃魔法もそうだった。

 ヒューマンの場合は、詠唱の正確性が重要だと信じているし、魔力の消費効率の観点から得意系統にどうしても偏ってしまう。どうやら、魔人にも同じ理屈が通用するようで安心した。

 イルマ曰く、『咄嗟に出る魔法が、大抵の場合、得意魔法じゃ』なのだとか。そもそも、それが理由で賭けに出たのだ。

「当然、土魔法との合成魔法も使えるんだよね、これが」
「ああ、そうなんだ……」

 僕が口を挟む暇もなく、したり顔のファーガルは尚も続けた。

「自分の弱点をペラペラと喋った愚かさを悔やむがいい!」

 言下、ファーガルが気合を入れるように唸り声を上げ、両手を天にかざすのだった。

 てか、これはもしかして――期待が高まる。

「はは、これはなんというか……」

 空を見上げると、ジェット機のエンジン音のような轟音が耳に届いた。それからすぐに、雲一つない空の彼方から真っ赤に燃える巨大な隕石が、先程よりハッキリとした轟音をさせながら僕たちの方を目掛け落下して迫ってくる。

 どうやらバカなのはファーガルの方だった。と言うか、モーラさんが言っていたバカっていうのは、このような意味だったのかと妙に冷静になれた。しかも、僕の予想が的中したのだから笑うしかないだろう。

「これできみたちはおしまいだよ」

 不敵な笑みを浮かべたファーガルに対して僕は笑いが止まらなかった。

「ふふ、はは、あはははは――」
「気でも狂ったか」
「うん、そうかもしれない」

 一転して困惑顔になったファーガルに、僕は再び不敵な笑みを浮かべ返した。
 
「さあ、行くよ!」

 そう叫ぶと、アドが僕の意を汲んでくれたようにしてメテオストライク目掛けて上昇を開始しする。念のために後ろを振り返っても、ファーガルは啞然とした様子のまま僕たちを見上げるのみ。追ってくることはなかった。

 メテオストライクを見下ろす位置まで舞い上がるのはあっという間だった。

「いやー、近くで見ると凄いなぁ」

 直径一〇〇メートルは在りそうな巨大な岩が炎を纏っているさまに僕は圧倒され、見たままの感想が口をついて出た。
 しかし、これを止めない限りファーガルが言った通り終わってしまう。

 物理エネルギーを吸収できないのは本当だ。しかしながら、メテオストライクが火魔法と土魔法の合成魔法といっても、所詮、魔力エネルギーがもととなっている。

 傍から見たら、一か八かの勝負に見えるだろう。再びこんな無謀な挑戦をしたとイルマにでも知れたら、間違いなくもの凄い勢いで怒られるんだろうな。エルサに至っては泣きじゃくられてしまうかもしれない。

 けれども、このときの僕は確信していた。

 僕が魔力を生成できないのは、無限に吸収できるスキルの代償なのかもしれない。あのローラという少女の言葉の意味を理解できた気がした僕は、覚悟を決めた。

 そのゼロは無限大。そう、僕ならできる!

「アド、僕が飛んだら押し出すようにサポートしてくれないかな?」
『任せて』
「よし、行くよ!」

 アドの返事を確認するや否や、アドの背中から飛び降りた。そして直ぐにアドの翼が覆いかぶさるようにして僕を押し出した。途端、内臓がせりあがるような嫌な感覚に襲われる。

「くっ……これは……」

 まるで絶叫系のアトラクションだよ。いや、それ以上か。

 だって、高度何メートルかわからないけど、テレサの町が豆粒みたいな大きさに見える位置から飛び降りたんだから。今更ながらに、何やってるんだろう僕、と完全に後の祭りだった。

 炎の塊に突っ込んだ瞬間、僕は叫んだ。

「うおおおぉぉぉおおおーーー!!!」

 叫ぶ必要はない。ただ、メテオストライクの巨大な質量から熱を感じており、身体強化で耐性を上げていても熱いものは熱い。そんな叫び声と供に魔力を吸収することにだけ専念する。これを成功させるより外ないのだ。

「うおおおぉぉぉおおおーーー!!!」

 ほとんど気合から出た叫び声だ。

 魔法障壁が限界なのか、炎の赤なのか判別できない。ただただ、魔力を吸収することに集中する。ドクリと脈打つように魔力が体内を駆け巡る。魔力の奔流ほんりゅうが僕の腕を覆い、身体中を包み込む。

 メテオストライクの炎が、岩が――次第に弱まり、小さくなる。

「うおおおぉぉぉおおおーーー!!!」

 遂には魔力エネルギーを吸収し尽くし、メテオストライクが砂塵と化す。

「き、綺麗だ……」

 自然とそんな言葉が漏れた。魔力の粒子だろうか。太陽の陽の光を反射するように煌めく大気の中を僕は落下していく。そこへ颯爽とアドが飛び込んでくる。

 僕は腕を伸ばしてアドに跨るや否や、叫んだ。

「アド! 魔人のところまで!」

 最早、会話をする必要はないだろう。

「そ、そんなバカな……」

 殆ど放心状態のファーガルの前に戻ってきた僕は勝負に出る。

「もう僕は、ゼロの騎士なんかじゃない! 自分の炎で焼かれろ!」

 ちゃちなファイアボルトなんかではない。僕とアドを中心に深紅の炎が膨れ上がり、吸収した魔力を力任せに放出する。人の身体から出たとは思えないほどの業火がファーガルを襲う。

「な!」

 危機的状況なのを遅まきながら気付いたのか、ファーガルが魔法障壁を発動させたようだけど、無駄だろう。あっさりと巨大な火に包まれ、パリン、パリンとガラスが割れるような音が連続した直後、いくつもの爆音が轟いた。爆発の衝撃で吹き飛ばされたファーガルは黒煙を伴わせながら墜落していく。

「やったか!」

 あまりの爆風に顔を覆いながらも、ファーガルのボロボロになった姿に期待の声を上げる。

 風がおさまり、僕が生死を確認するために地上に舞い降りる。そこに沢山の騎士や冒険者たちが駆け寄ってくる。瞬く間に囲み取材のように人だかりが出来上がった。
 そして、至る所から声を掛けられる。むしろ、歓声が沸いた。

「勇者の帰還だー!」
「勇者様!」
「勇者コウヘイ!」
「竜騎士コウヘイ!」
「ミスリルの竜騎士コウヘイ!」

 勇者と勘違いされたままの歓声に僕は苦笑いで答える。二つ名らしきものも追加されており、その歓声が鳴り止むには暫くの時間が掛かってしまった。

 その間に残りの魔獣たちが逃げ去っていたのはよかったけど、僕は直ぐに悔やむことになる。そう、ファーガルも忽然と姿を消していたのだ。
 ファーガルを仕留めきれずに悔しく思いつつ、アレで倒せないとなると色々と厄介である。

 魔人のミラやアドの話が本当だとすると、僕はこの程度で満足していてはいけないらしい。正直、知ったこっちゃない話だ。それでも、僕はエルサやイルマだけではなく、デビルスレイヤーズのみんなを守ると誓った。

「人類の希望……か……」

 人知れず僕はひとつ。

 一か八かの勝負をしている時点でそんな存在になれるとは到底思えない。

 が、自分のことよりもいまは、中級魔人と魔獣の襲撃によるテレサの危機を乗り越えられた喜びをみんなと分かち合うのだった。
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