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第五章 宿命【英雄への道編】

第25話 領主からのクエスト

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 テレサの人々が勇者たちを他所にコウヘイばかりを相手するものだから気まずい空気が漂う。

 重装騎士のコウヘイよりも露出が多いものの、勇者パーティーは全員がミスリルの鎧を着用している。踏み均されただけの整備されていない土の道から石畳で舗装された区画に入ると、土の上でもガシャガシャと鳴らしていたのに彼らが石畳を踏み鳴らす靴音が追加された。

 先程から続いている沈黙の中、騒音のように足音が際立つ。

(しっかりするのよ、エヴァ!)

 エヴァは鎧の音に共鳴するように高鳴る鼓動を抑えようとする。

 何度も領主の館の外まで行ったことはあったが、実際に中には入っていない。ようやくそのときが来たのだ、とエヴァは胸の辺りを押さえるのだった――――

 ラルフさんに先導されて目的の場所、領主の館に到着した。けれども、門構えが僕の想像とあまりにも違いすぎて困惑する。そもそもそんなものはなかった。

「まさかのオープンなんですね」
「ああ、驚かれたでしょ。そうなんですよ。昔は数十人からの村でしたからその名残なんですよ」

 ラルフさんの説明を聞いてもいまいちピンとこない。どれくらい昔の話か知らないけど、領主の館が壁で囲われていないどころか、扉の前には門番さえ立っていないのだ。

 まあ、門がないのだから当たり前かもしれないけど、いささか不用心なのでは? と思う。しかも、大昔の学校の校舎のような木造二階建。貴族の屋敷には到底見えなかった。

「へー、そういうもんなんですか?」

 色々と思うところがあって僕が首を傾げてみれど、ラルフさんからその先の説明はない。

 そのあともラルフさんに案内されるがままで、飾りっ気のない廊下を歩いた先にある角部屋に通られる。

「さあ、どうぞ。お入りください」

 中に入ると、コの字型に配置された真っ白なクロスが掛けられた長方形の机が目に入る。外側に椅子が並べられており、これから会議をするような配置だった。

「では、コウヘイ殿たちはこちら側へ、カズマサ殿たちは反対側の席に座ってお待ちください。私は、領主様を呼びに行って参ります」
「わかりました。宜しくお願いします。じゃあ、みんな座ろっか」

 突っ立っていても仕方がないので、ラルフさんに言われた通りにする。

 内村主将たちの座る順番を見て僕は、なんだかなと思う。サーデン帝国は、日本と同じで上座・下座の概念がある。つまりふつうであれば、内村主将、山木先輩、葵先輩と順位に座り、次に元冒険者たち三人となるハズだ。にもかかわらず、内村主将の隣にハーフエルフで魔法士のイシアルが、山木先輩の隣にシーフのギーネが定位置だとでも言うように自然に席に着いたのだった。

 ふーん、やっぱりそういうことなんだ。

 死の砂漠谷への遠征のときから先輩たちと冒険者たちがベタベタしていたのを見て、僕は怪しいと思っていた。先輩たちの思惑通りにことが進んだのだろう。

 そう理解した途端、珍しく腹が立った。

 先輩たちは勇者故に人気者だ。特に女性たちからの声援が凄い。だからといって、毎晩女性を取っ替え引っ替えするような愚行を犯すことはなかった。

 当然だ。

 勇者は、国民の模範となるべし、とサーデン皇帝のアイトル陛下からきつく言われていたのだから。禁止された訳でもないけど、アイトル陛下のプレッシャーが強大なあまり先輩たちは自粛していたハズだ。

 毎晩宴会を開いてどんちゃん騒ぎを繰り広げていたのは、反動だったのかもしれない。当然、何度か宰相のクニーゼル侯爵から注意を受けていたようだけど、アイトル陛下に怒られるよりはましだ、とでも思ったのかその悪い癖だけは直らなかった。

 つまり、先輩たちも多感なお年頃。というか、思春期の男子高校生なのだ……とどのつまり、正当な理由を用いて好みの女性を手元に置くことにしたのだろう。

 いや、不当だ。

 僕を追放したのだから――

 僕は言わずにはいられなかった。

「彼女出来て良かったですね、主将」

 途端、場の空気が凍り付いたのを感じる。

 怒鳴られるかもとか、殴られるかもとかそんな心配はどうでもよかった。それに、そんな心配は無用だった。

 何を言われたのか理解が追い付かないのか、怒りからか内村主将が口をパクパクとさせてアホ面をさらしている。

 僕の発言の意図がわからないのかエルサが小首を傾げて覗き込んできた。

「急にどうしたのコウヘイ?」
「いや、内村主将が彼女が出来ないことを嘆いていたのを思い出してさ」

 内村主将が何も言わないのをいいことに、僕は調子に乗ってわざとらしい笑みを浮かべ、エルサに説明する。いまの僕は、もの凄く悪い顔をしているに違いない。

「彼女、って何?」
「え? あー、こっちには無い言葉なのか」

 言語通訳は万能じゃない。たまに意味が通じないことがある。

「うーん、そうだね。つまりは、僕とエルサみたいな関係のことだよ」

 僕がエルサの右肩に腕を回して抱き寄せる。

「え、コウヘイっ」

 突然のことにエルサが耳まで真赤にさせてあわあわしだす。僕らしくない行動だと自覚しているけど気にしない。

 くだらない理由で追放されたのだと察した僕は、無性に腹が立ったのだ。

「ダメよっ、康平くん!」

 葵先輩が立ち上がって叫んだのと同時に、内村主将が拳をテーブルに打ち付けた。

「黙って聞いてればお前……片桐ぃいい! いますぐ表へ出ろ!」

 あ、やりすぎた。葵先輩のセリフも気になるけど、内村主将の方がヤバイ。

 内村主将が顔を真っ赤にさせ、吊り上がった目尻をより吊り上げている。そんな様子に、いまさらながらに失敗だったかなと少し後悔する。

 いまの僕なら負けはしないと思うけど、追放された理由よりもくだらない理由で戦いたくない。

「待ってくださいよ、主将! 冗談じゃないですか。そう冗談。と言いますか、祝福しているんですって――」
「冗談だとぉ? 笑ってたじゃねえか」

 余計に怒らせてしまったようだ。内村主将のこめかみに浮き出た血管がピクピクと脈打っている。

「康平くん! 冗談でも女の子にそんなくっ付いちゃダメじゃないの!」

 またもや葵先輩が意味不明なことを言う。しかも、怒っているように眉間に皺を寄せている。本当に意味がわからない。やっぱり、僕を守ってくれていたあのころの葵先輩はもういないのだろう。

 自分で蒔いた種だけど、「え、なんで?」と想定外の事態に僕は困惑顔だ。

 どうする? 謝った方がいいのかなあ、と僕が右を向くと案の定イルマがジト目で僕を見ていた。エヴァはそんなこともなく、考え事をしているように俯き気味で両腕を組んでいる。むしろ、この騒動に気付いていない様子だ。

 もしかしたら、僕の意趣返しが子供っぽすぎて呆れを通り過ぎて関わりたくないのかもしれない。まるで、「あたしは、他人よ。そう、他人。だから、あたしに話を振らないで」と言っているようにエヴァは無表情を通している。

 こうなっては、ミラに頼っても意味ないし、アドは気持ちよさそうにミラの膝の上で身体を丸めて眠ったまんま。

 さて、どうするかな、と僕が何を言うべきか考え始めると、広間の扉が開いた。

「騒がしいな。何を言い争っているのだ」

 貴族服に身を包んだ帝国人に多い栗色の髪をした男の人に続き、四人の姿があった。おそらく、不機嫌そうに言ったのがテレサ男爵だろう。もう一人だけ知らない顔だけど、翼竜騎士団のモーラさんと目鼻立ちが似ており、金髪碧眼の美人であることから、セナ婦人に違いない。

 扉を閉めたあとラルフさんが、「今度はどうなさったのですか」と言って呆れ顔だ。

「いえ、なんでもありません」
「はい、騒がしくしてしまってすみません」

 内村主将の後に、僕が謝罪する。

「ふん、まあいいだろう」

 鼻で笑ってからテレサ男爵が歩みを再開し、席に座る。

「では、本題に入る前に、コウヘイ殿」
「あ、はい」

 名前を呼ばれて僕が答えると、テレサ男爵が頭を下げたのだった。それに合わせて、セナ婦人、モーラさん、そして、モーラさんの弟であるテイラー卿も頭を下げた。

 テイラー卿とは既に一度顔を合わせている。モーラさんを助けたことに対する挨拶として、わざわざ白猫亭を訪れてくれていたのだ。

「この度は、モーラの命を救っていただき誠に感謝する。なかなか挨拶できずに申し訳なかった。私がモーラの父であり、テレサの領主をしているダリル・フォン・フォックスマン・テレサだ」
「いえいえ、そんなの当たり前ですから。それに、町の復興などでお忙しいでしょうし」
「そうか。そう言ってもらえると助かる」

 驚いた。

 貴族であるダリル卿が頭を下げるとは想像していなかったのだ。サーデン帝国は実力主義と言いつつ、貴族至上主義国家。勇者でも何者でもない、むしろ、平民のような僕に頭を下げるなど、帝国の常識に当てはめると到底あり得ないのだ。

「それにしても、当たり前、か。勇者でないにもかかわらず、危険を顧みず中級魔族……魔人を相手するとは、ラルフから聞いていたようにコウヘイ殿はどうしようもないお人好しなんだな」

 僕は答えない。答える前にダリル卿が先輩たちの方を向いてしまったからだ。

「で、勇者諸君もよく来てくれた。いささか遅すぎる感もあるが、まあよかろう。これからの活躍に期待しようじゃないか。ここなら希望通り民を救う機会が多いだろうからな」

 先輩たちは答えない。さっきまで真っ赤だった内村主将の顔が真っ青になっている。ギーネたち元冒険者組なんかは俯いてしまっているのだった。

 もしかして、どこかで戦っていたのではなく、意味もなく遅れたとでも言うのだろうか? と僕は、ダリル卿と先輩たちの遣り取りに違和感を覚える。

 ただそれも、ダリル卿が話を進め、僕は思考の世界に浸る寸前で現実に引き戻された。

「さて、本題へ入るとしよう。実は――」

 ダリル卿の話はもの凄く単純だった。

 中級魔人であるファーガルの襲撃に備え、テレサにいてくれというものだった。しかも、滞在しているだけで報酬を出してくれるらしい。その代わり、ダンジョン探索などは禁止された。

 それもそうだろう。今回、僕たちはそのせいで救援に遅れたのだから。

「わかりました。鎧も修理しないといけないので、僕はそれで構いませんよ。いいよね、みんな?」

 どのみち、暫くダンジョン探索を休むつもりだったため丁度いい話だ。エルサたちからも同意が得られ、話がまとまるかと思いきや、そうはならなかった。

「ああ、それなんだが、コウヘイ殿にはドラゴンでガイスト城塞都市へ赴いてもらい、騎士を一人連れてきてほしいのだ。その間、勇者諸君には、コウヘイ殿に代わってテレサの防衛に努めてほしい――」

 内村主将がいきなり立ち上がり、衝撃で椅子が後ろに倒れた。

「どうしたのかね、カズマサ殿?」

 ダリル卿が殺気と共に内村主将をギロっと睨んだ。

「どうせだからはっきりさせておこう。きみたちは冒険者だ。クエストを受けるも受けないも自由だ。だが、中級魔族関連の場合は、帝国の法律が優先される。異世界人だろうが関係ない。帝国貴族である私がそうしろと言ったら、そうするより外ないのだよ」

 凄いプレッシャーだ。まるでアースドラゴンと対峙したときのような力の波動を感じ、ピリついた空気に鳥肌が立つ。

 内村主将が驚いたように目を見開いてから、「はめやがったな」と何やら呟き、倒れた椅子を掴んで静かに座り直すのだった。

 ――――ダリルが放ったプレッシャーにエヴァは額からじっとりとした汗をかく。

(なんですのこれ……噂には聞いていましたけど、これがアダマンタイトランク冒険者すら凌ぐ力なのですね)

 ダリルから放たれている強大な力を肌で感じ、エヴァは心が折れそうになる。

(でも、わたくしは……)

 ある貴族が言っていたように、本当にダリルが両親の仇であるならば、エヴァは刺し違えてでも復讐を果たす覚悟だ。そのためにも、エヴァはこの機会を無駄にしないようにとダリルを観察する。

 先ずは、どうにかしてダリルと親密にならなくては、とエヴァは決心するのだった。
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