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第五章 宿命【英雄への道編】

第28話 違和感の訳

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 テレサから三キロほど南下した名もなき平原。荒野から一転、馬や羊が放牧されていてもおかしくないほど青々とした牧草らしき地帯へと景色が変わった。

 砂漠で有名なバステウス連邦王国に近付いているのかと不思議に思う。

 しかし、なごんでなどいられない。牧草を食い散らかすが如く、地平線の向こう側からうごめく灰色の絨毯が僕たちの方へと迫ってくる。

 その原因は明らか。国境を越えてやって来たと思われる魔獣の大軍だ。

「賢者殿、一先ずあそこまで急いでください」

 ダリル卿が御者台へと身を乗り出し、イルマに魔導馬車の速度を上げさせる。

 空を旋回している翼竜騎士団の真下辺りまでやってくると、ワイバーン騎兵が一騎舞い降りてきた。

 それに合わせて僕たちも馬車を降りる。

「――報告はこれで以上です」

 モーラさんの報告にダリル卿は納得したように大きく頷く。

「うむ、大方は予想通りだ。以前検討していた通り、作戦級魔法で一気にかたをつける。準備が整い次第、詠唱を開始してくれ」
「はっ」

 騎士然としたモーラさんの敬礼に僕が見惚れていると、「なーに、そう力むことはない。こちらにはコウヘイ殿がいるんだ」とダリル卿が僕の方を見て快活に笑った。

「え? 僕ですか?」
「他に誰がいると言うのだ? 作戦級魔法発動までコウヘイ殿に魔人を相手してもらうと決めたではないか」

 怪訝そうな表情を浮かべるダリル卿に慌てて僕は返した。

「そ、そうでしたね。はい、頑張ります」

 そんな頼りない僕の返事に、自然と周りからクスクスと笑い声が聞こえてくる。直ぐに任せてくださいと返せないのが悔しい。

 僕を当てにしていることは承知している。けれどもあの大軍を前にすると、固めた覚悟が揺らいでしまう。偵察情報と同じで魔獣は五千だとモーラさんから聞いたけど、僕の目にはそれ以上に映ったのだ。

 サンドラットやサンドウルフと言った比較的小さめの魔獣の他に、サンドオーク、サンドスネイクやサンドスコーピオンなどの大型魔獣がいるからかもしれない。

「名前からして、やっぱり砂漠に生息している魔獣なんだね。だ、大丈夫かな」

 モーラさんを見送ってから、先程名前を知ったばかりの魔獣の大軍を一暼し、僕は不安から声を漏らす。

 実のところ、迫り来る魔獣との戦闘経験はない。

 サーデン帝国は、バステウス連邦王国と停戦をしているだけでお互い戦争中。そんな政治的背景があるせいで勇者パーティー時代にも訪れたことがなく、どれくらいの強さなのか知らないのだ。

「コウヘイ殿、同型の魔獣と大差ないからそんなに心配しなくて大丈夫だ。むしろ、奴らは砂漠の魔獣。平原では本来の能力を発揮できないだろう。それに、危惧していた飛行型魔獣がいないとなると、これは好機やもしれん」
「そうだ。それもそうですね」

 ダリル卿の納得いく指摘に僕は気を取り直す。

「なんだ、片桐? 怖気づいたんじゃねーよな?」
「そ、そんなんじゃありませんよ」
「んなのは、わーってるよ。冗談だ、冗談。さっきのお返しだ」
「……」

 内村主将に揶揄われ、僕は釈然としない。というか、急に態度が変わりすぎてないか?
 いや、仲直りっぽいことをしたのは確かだけど、不自然極まりないのだ。

 しかも、仏頂面となった僕に、

「うっわー、片桐だっせー」

 と山木先輩が茶々を入れ、

「ちょっと山木くんも茶化さないの。頑張ってね、康平くん。フォローは私たちに任せて」

 と葵先輩が小さくガッツポーズをして応援してくるのだ。

 転移する前でも経験したことのない、部活仲間同士っぽい遣り取りに違和感を拭い切れない。

 ただ、そんな思考もイルマによって中断させられてしまう。

「してやられたのう、コウヘイ。まっ、お主の役割は変わらんじゃろうから。気を抜くでないぞ」
「いっ……うん、大丈夫。そっちもね」

 イルマからお尻を叩かれた。まあ、言葉の通りだろう。

 二週間前にテレサを襲った魔獣たちは、兵士みたいに漆黒の鎧を身に纏っていた。けれども、今回の魔獣はそんなこともない。きっと、急ごしらえで集めた魔獣たちなのだろう。

 ともなれば、前回攻めてきた方角と違うのも理解できる。

 テレサ付近で魔獣を集められず、バウス砂漠の魔獣を集めたのかもしれない。正直な話、全て憶測でしかない。張本人に聞けばわかるかもしれないけど、どうだろうか。

 魔獣の遥か上空に、黒い点が一つ――中級魔人のファーガルだ。

 黒を基調にしたサーコートと真っ黒のローブ。全身黒尽くめのファーガルが、静かに僕たちのことを見下ろしている。予想通りではなかったけど、むしろ、飛行型魔獣がいないのは、ダリル卿が言ったように願ってもない状況だ。

 これなら、僕はファーガルの相手に集中するだけでいい。

 僕が作戦の内容を復習していると、エルサが近付いてきた。

「どうしたの、エルサ」
「前回みたいな無茶はしないでね。今回は、わたしたちもいるから。合図が鳴ったら直ぐに引き返すんだよ」

 みんなには、前回のファーガルとの戦闘内容を僕から包み隠さず説明していた。

 結果、再び約束を破ったとエルサに泣かれてしまった。自己犠牲を伴う滅茶苦茶な戦い方だったのだから、エルサが心配したのも当然だ。それでも、僕とアドだけでどうにかしなくてはならない状況だったことを理解してもらい、事なきを得た訳である。

 つまりは、同じ無茶をするなと言いたいのだろう。

「大丈夫……いや、うん。今回はみんなもいるから無理しない。作戦通りやるよ」

 微笑し、エルサからダンジョンで注意された口癖になりつつある言葉を訂正する。僕もバカじゃない。あのときは、宿命めいたものに突き動かされただけで、今回はちゃんと作戦を考えている。

「コウヘイ殿、そろそろ時間だ」
「わかりました」

 ダリル卿に促され、上空を見上げる。

 旋回していた翼竜騎士団の一部が魔獣たちの方を向いてホバリングを開始した。詠唱を開始したようだ。

 蒼穹騎士団、蒼天魔法騎士団とガイスト辺境伯軍は未だ到着していない。僕の役目は足止め。ファーガルに作戦級魔法の詠唱を邪魔させないことである。

 作戦通りに行けば、作戦級魔法によって減った魔獣へエルサたちや先輩たちが無理しない程度に攻撃を仕掛け、その間に僕は翼竜騎士団と協力してファーガルを攻撃する。援軍が到着したら全面攻勢に出るのだ。

「アド、リベンジといこうじゃないか!」
「りょうかいなのだぁー」

 僕の掛け声に元気よく返事をしたアドの身体が発光し、ドラゴンの姿へと変わる。すぐさまアドに飛び乗ってから僕は思い出したように振り返った。

「エルサは翼竜騎士団の攻撃に合わせて弾幕的に魔法を撃つように。イルマは補助魔法に徹してエヴァやミラの守りを宜しく。万が一は、プランBを忘れないように。それじゃあ、行ってくるよ」

 作戦の再確認の意味合いで指示を出し、みなにしばしの別れを告げる。

「アド、いいよ」
『しっかりと掴まっていてくださいね』

 言下、アドが白銀に煌めく翼を羽ばたかせ、僕と共に空へと舞い上がる。


――――――


 全身黒尽くめだけど、白銀の髪によく似合っているモノトーンなコーディネート。二週間前とは打って変わって、ファーガルの装いは完璧だった。

「服を新調するのに忙しかったのかな?」
「きみの方は、相変わらずボロボロじゃないか」

 嫌な奴。僕がわざと嫌味を言ったにもかかわらず、ファーガルは気にも留めない様子だ。むしろ、僕のプレートアーマの傷やヘコミを指さして笑ったのである。

「誰のせいだと思ってるんだよ」
「さあね、知らないよ」

 そりゃそうだ。こんなにも傷付いたのは、ファーガルというよりもアースドラゴンの攻撃を受けたからに他ならない。修理に出す暇もなく復興で忙しくしていたのだから、直せなかった理由としてファーガルのせいだと言えるかもしれない程度。ほとんど僕の八つ当たりである。

「で、性懲しょうこりもなく攻めてきたんだろうけど、勝算はあるのかな?」

 ファーガルを相手にすると、なぜからしくないセリフが自然に口を衝いて出る。ただ、おおむね事前に考えていたセリフに近いため許容範囲内だ。

「コウヘイ、お前はバカか?」
「な、僕がバカだって!」
『落ち着いて、コウヘイ!』

 ファーガルの言葉についムキになってしまった。アドに止められなかったら危なく突撃していたかもしれない。いまは、時間稼ぎをするだけでいいのに、どうもファーガルが相手だと調子が狂う。

 当然、理由はわからない。それならば、時間稼ぎのためついでに尋ねることにした。

「一応、聞いておくけど、僕を狙っているんだよね?」
「わかっているじゃないか」
「やっぱり、でも、理由は知らない」
「ん、理由を知りたいのか?」

 会話で間を持たせられるなら内容はなんだっていい。教えてくれたらラッキー程度で聞いてみたけど、ファーガルは腕を組んで興味を示した。

「そりゃあ、意味もなく命を狙われたくないからだよ。ファーガルだってそうだろ? 魔人だから死んでくれと言われても、『はい、そうですか』ってならないでしょ」
「ふむ、それもそうだな。そう言えば、なんでだろうね?」
「はぁー? 意味もなく僕の命を狙ってたってこと?」
「いやいや、違うよ。そうじゃないんだ。コウヘイのスキルが僕たち魔族にとって脅威なのはわかるんだけど、ここまでの手間を掛けてまで殺す必要はないのかなと思うよ、うん」

 やっぱり、手間を掛けてというくらいだから魔獣集めに苦労したのだろう。

 それより――拍子抜けとはこういうことを言うのだろうか? まるで友達と会話するような気安さで会話が弾む。魔人はもっと恐ろしい存在かと思っていたけど、案外話し合いが可能な種族なのかもしれない。

「ただ……」
「ただ?」

 急に声のトーンを落として勿体ぶるように言葉を切ったファーガルの言葉をなぞり、僕はゴクリと喉を上下させる。やはり、僕の認識は間違いだったようだ。

「オフェリア様の命令だからなんだよっ」

 言下、ファーガルの黒い流線型の角から閃光が走った。

 僕の頬をかすめるように過ぎ去った電撃を見送り、ファーガルを睨み返して叫んだ。

「ひ、卑怯だ!」

 アドが避けなかったら間違いなく直撃していた。

「卑怯? だからなんだよ。僕は、魔人。コウヘイは、ヒューマン。わかるよね、ねえ?」

 ぞくり。

 ファーガルから放たれたプレッシャーに僕の背筋が凍る。ファーガルは口を円弧に割き、不気味な笑みを浮かべていたのだった。

 ファーガルの言う通りだ。僕たちは決して相容れない種族。昔も今もそれは変わってなどいなかった。曾祖父らしきコウスケとミラは、大昔に戦ったことがあるようだし、それが道理なのかもしれない。

 正直、受け入れたくないけど、仕方がない。

 途端、ピィーと甲高い笛の音が聞こえた。翼竜騎士団の作戦級魔法の詠唱が終わった合図だ。

「アド!」

 僕が命令して直ぐにアドが離脱するように反転する。

 いつぞやの空とまったく同じ巨大な積乱雲が発生している。そうか、ファーガルの魔法だと思っていたソレは、翼竜騎士団の作戦級魔法だったのか、といまさらながらに僕は気付いたのだった。

 それはさておき、会話だけで時間稼ぎをすることに成功した僕は内心でガッツポーズをする。念のためにファーガルの動きを確認するために振り返ると、なぜか彼は手を振っている。

 そう、ファーガルの頭上に放電しながらも成長を続ける巨大な積乱雲が発生しているのに、ファーガルの余裕の笑みが崩れないのであった。
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