イメージで広がる物理学ー馬鹿騒ぎしつつ物の理に触れる物語

城屋結城

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力学の話

①其方……落ちるとこまで落ちたわね

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朝が来ると気怠い。
窓から差し込む光は、超絶お節介にも、俺の眠りを覚まそうとする。
もし太陽の光が擬人化されるのなら、美人であって欲しいものだが、それでも起きない自信がある。
何と言っても俺は、昔から朝は弱いときたもんだ。
どうして、朝はこれほどまでに怠いのだろうか?
夜行性乙。

「あっ、そっか……今日は日曜じゃないか。そりゃあ、体も重いわ」

こうして、俺は再び目を閉じるのだが、瞼が降りていく感覚を脳に刻みつつ、“ドタドタドタ“と鳴り響く足音をシャットダウンしていた。

「ぐへっ」

が、その足音の主は、“この部屋も私のものなんだけど何か?“とでも言うかのように自室のドアを蹴破り、俺のお腹に向けてクリティカルヒット級のキックをかます。
何処ぞのヒーローのように容赦なく放たれた勝負を決める一発は、見事に俺をノックダウンさせた。
認めるぞ、アンタが一番だ。

「にぃに、現実逃避しない。今日は日曜だけど、にぃには休みじゃない」

世の男性はこんな日常をどう思うだろう?
妹に起こされて幸せ?
妹に時間を奪われるなんてご愁傷様?
妹に罵られたい?
……
バカ言え!
コイツはバケモンだ。
ワザとらしく猫なで声でにぃにと宣う歩くバケモノは、俺の妹なんかじゃーない。
コイツは俺の姉だ、クソッタレ。

「今日は何かありましたっけ?」

こんなとぼけ方で逃がしてもらえるはずもなく、あえなく俺はお縄についた。
あぁ、やだやだ。
早く一人暮らししてぇ。

「遂に脳みそまで溶解しちゃったんだね……にぃにが、たとえ生きるマネキンになったとしても、アタシはにぃにのこと忘れないよ」
「おい、せめて生きるマネキンになっても、世話だけはしてくれ」
「ハッ?   嫌なんだけど」

ひでぇ。
ところで、目の前で腕を組み世界で1番偉いとでも言いたそうなしたり顔をするバケモノは、俺よりも身長が低いことを気にしてるのを全く隠せていない可愛い一面もあるのだが、俺にとってはバケモノに変わりなく、その身長差を誤魔化すために、今も俺を足蹴にしているのだ。

「世話してくれないと、俺死んじゃうんだけど」
「勝手にしとけば?」
「見殺しにすんのか! 実の兄だぞ!」
「うん。する」

ここに犯罪者がいまーす!
誰かー早く俺の平穏を守ってくれぇー
あぁところで、俺が兄と言ったのは、俺の頭がいかれているわけではない。
もう分かるよな?
言わされているんだ。

「早く支度して、にぃに」
「何でお前に急かされにゃならんのだ。おっと、心の声が」
「なぁ~に?私に反抗すんの?」
「お嬢さん、支度するので待っていてください」
「1分……なるはやでよろ~」
「はい」

この野郎。
1分と言いかけて、“アンタじゃ無理だわ“とでも言いたげな顔で馬鹿にしやがって。
とはいえ、支度しなければボコられる。
早く支度しよう。

***

晴れ時々世界崩壊
何という世界観だ、目覚めればそこは楽園だった。
スキルもレベルもマックス。
最強勇者の誕生だ。
だが、夢見る中二病は黒歴史になりかねん。
そうであれば嬉しいという思いは胸の奥深くにしまい、空飛ぶドラゴンに乗せてもらうが如く、颯爽と親父の運転するレンタカーに乗り込む。

「おい、忘れ物はないか?」
「あぁ、にぃにに忘れ物なんかないない」
「おい、お前が答えんな」
「じゃあ、出発すっぞ。飛ばすからしっかり掴まれよ?ひゃっはー」

こうして、車内にある取っ手のような物をしっかりと掴んでいたのだが、ものの数分で警察の方にこっちが捕まることになる。
おいおい、勘弁してくれ。

「あっ、そういえばにぃに、忘れ物あるっぽい」
「おい、もう遅いぞ。今から戻ったら間に合わん」

いや、このまま行っても間に合うか微妙なところだ。
親父は自分のポケットという絶対領域に手を突っ込み、今までの全ての経験を基に、運転免許を探すために弄る。
その姿に目もくれず、このバケモノは話を続ける。

「そっかぁ、残念だなぁ」
「何忘れたんだよ?」
「にぃにの脳・み・そ♪」

しばき倒すぞ、このアマァ。
と面と向かって言うことはできないので、俺はしゅんとして、これ以上虐めないでアピールをする。

「にぃに、可愛い~。アタシ、メロメロ~」
「えへへ」

つい返事に乗っかる癖がついてしまったが、このバケモノにロックオンされた男は可哀想だ。
言っちゃあ悪いが、男性陣にとって最もハズレくじがコイツに間違いない。
神様もどうしてこうも分かりやすいハズレくじを用意したんだ。
本当に罪な神だよ。

「おい、聞いてくれ。少年少女たちよ」

親父が真剣な顔でコチラを覗き込む。
その顔からは、今から隕石を止めてくると言わんばかりの決意が滲み出ていた。

「お……親父……?」
「今日はプラモの発売日だった。そっちを優先していいか?」
「ダメに決まってんだろ!!」

親父の顔から滴り落ちる大洪水は、車のワイパー如きで止められない。
俺は仕方なく親父の自由を守ることに決めた。
親父、強く生きてくれ。
結局、歩いて行くことに決めた俺は目的地に30分かけて到着し、予定の時間から1時間もの大遅刻をする羽目になった。
こんな遅刻することになった俺に、声をかけてくれるのは家族くらいのものだ。

親父は言う
『少年。プラモ、最高』

バケモノは言う
『にぃに、これからは遅刻の神って吹聴しておくね』

ガッデム。

俺が向かっていたのは、2~3人という少人数制の授業をしてくれる塾だ。
どうやら、俺の母さんの友達のお姉さんの息子さんが講師をしているらしい。
ここまで来ると誰のことなのかサッパリ分からんが、取り敢えず知り合いということでほぼ無料で授業を受けることができる。

「遅れてすみません」

出来ることなら今日は風邪をひいたからというありがちな理由をつけて、皆の前で晒しあげられるのだけは避けたかったが、オイオイなんという事でしょう、目の前には先生と思われる若い男性が1人しかいなかった。
部屋を間違えたわけじゃないはずなのだが、まるで他国軍の侵攻に対して、指揮官として重い決断を下す直前のように手を組み、机を見つめている。

「あのぉ……」
「ん?あぁ、遅刻くんだね?」
「ふぁっ」
「ごめんごめん、遅刻する人のことばかり頭をよぎってて、つい言葉に出ちゃった」

目の前の痩せ男は、ハハハと乾いた笑いを教室中に撒き散らし、壁に跳ね返った音が俺の耳に集中するよう計算されているかの如く、脳にダイレクトアタックされる。

「えと……」
「今日は初回なので、雰囲気を掴むためのお試し授業だったんだ。他の子はもう帰ったよ」
「そうですか」

俺の考えていた遅刻という不名誉な脚光を浴びるという事態は回避できたが、この気まずさは、どう頑張っても回避できない。
ん?できるだろって?
分かった分かった。
今から、シミュレーションしてみようか?

***

「今日は寒いですね。朝起きるのが大変でしたよ」
「寒い……? コウテイペンギンなめてんのか!?」

***

だめだ……どの選択肢を選んでもやられる。
確実にやられる。

「ところで、雰囲気を掴むためにも簡単な流れだけ説明するね」
「あっ、はい」

どこからともなく取り出した指示棒を、空気中でクルクルと回しながら説明を始める。
もしかしたら、俺には見えない文字が空中に描かれているのかもしれない。
流石、先生だ。
賞賛に値する。
が、俺にはどうしようもできない。
だって、見えないのだから。
それが売りなんだったら、お手上げだ。

「あっ、説明するから、喋らないでな」

見事なまでの口封じ、これからしばらくは先生の発言だと思ってくれ。
俺は心の中でも喋るのはやめることにする。

「まず、私は物理の授業を担当する武内豊です。私の授業は3ステップ。1に体感、2にイメージ、そして3に確認、4にアウトプットだ」

4つ目はどこから来たんだよ!?
ダメだ、抑えきれなかった。
俺には抑えのピッチャーは無理だな、すまん監督。
てか、アウトプットって、3ステップだって話だったろ?
先生は数秒前のことも忘れてしまう病気を持っているのだろうか?
博士の愛した数式か!
しかも何で3ステップの時は半角英数字で、ステップ紹介の時は全角英数字なんだよ?
あれ?
俺、空中の文字が見えてる?

「じゃあ、例題ね。じゃん、ここに取り出したるはスーパーボール」

声高らかに、そして心なしか体も跳ね上がりつつ、巨大な岩に追いかけられる大冒険の末に、見つけ出した秘宝を見せびらかすようにスーパーボールを掲げる。
今にも眩い光が漏れ出して、異世界への扉をノックしてくれそうな神秘的なアイテムに、俺の心も踊る。
いかんいかん、事件が起きる現場にいるのに、俺がしっかりしなくちゃ、だれがしっかりすると言うんだ。

「このスーパーボールを私の胸の高さから落とすと、その後どうなりますか?」

これは喋っても良いのだろうか?
それ以前に、スーパーボールの発音がネイティブ並みで違和感満載だ。
しかも、どうして胸を強調したんだ。
いつも胸のことばかり考えている脳が起こした幻聴か?

「答えなさい。これは例題ですよ」
「あっ、はい。落ちます」
「そうですね。偉い偉い」

俺は天才だったのか?
そう錯覚させるほどの褒め上手。
人間も犬も、皆こうして成長していくのだ。

「これでステップ1は終了です。これでお試しは終わり。また次回ということで」

どうして、ステップ4までしないんだぁぁ
これが、続きが気になるという魔力なのか?
俺にはサッパリ分からん。
そして、俺は続きが気にならん。
早く帰って、アニメの撮り溜め消化せねば。
……
こうして、本当にその日の授業は終わりを迎えた。
あぁ、無情。
俺の大切な時間は、虚空の彼方への消えていったのだった。
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