百年戦争を終わらせた英雄、異世界でも正義を貫かんとす。

末代公

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22話 同盟締結

「――以上が、事の顛末だ」

 私の報告を聞いたアルビオネスの島の諸王たちは、皆一様に渋い顔をした。

 ヴォルティゲルン王が死んだ知らせは瞬く間にアルビオネスの島を駆け巡り、新たな上王ヴォルティメルの即位を執り行う為に、ポーイス王国の首都ウィコロニウムにアルビオネスの島に割拠する諸王国の王たち全員が集まってきた。
 新王ヴォルティメルの所信演説の後、諸王会議となったが、私はその場でヴォルティゲルン王の死についての詳細な報告を求められた。
 妹モルガナが唯一神の教えを棄て、蛮族の邪宗に走ったこと。妹モルガナが蛮族が「吼え猛る野獣」と呼ぶ怪物を生み、それがヴォルティゲルン王を殺害したこと。怪物の父親が私であること以外は、全て詳らかに話した。

 諸王たちは、皆一国を治めるだけあって、威厳を湛えた壮年から老年の男たちばかりであった。その中に十代後半の若者であるヴォルティメル王と私が立てば、場違いであるかのような錯覚も覚えた。
 彼らのその老獪な顔に刻まれた皴が、より一層深くなる。目を伏せ、顔をしかめる者もいた。

「まさしく、由々しき事態だ。諸君もそう思うだろう?」

 ヴォルティメルは、諸王たちを睥睨する。

「全くです。我々の存亡の危機と言っても良い」

「蛮族に更なる力が加わったとなれば、厄介だ」

 状況は悪い。それは私も同感だ。現状に対する危機感は、アルビオネスの島を治める諸王たち全員に共有されているようで、私はホッとする。
 しかし、問題はこれからどうするか、だ。

「然して、私は皆に提案する。聖地アファロニアの島を治める聖剣の乙女の提唱する同盟に、皆で参加してはどうか? ということである。乙女ジャンヌよ、貴殿はそう主張していたな?」

「ほ……ほえ?」

 自分に話が振られると思っていなかったのだろう。私の席の後ろで、ラ・ピュセルは暢気に蜂蜜牛乳を飲んでいた。
 が、諸王たちの注目が自分に集まるのを察知して、慌てて間抜けな牛乳髭を拭った。

「そ、そうやが。今まで、アルビオネスの島の住民は、てんでばらばらにソエグレス人と戦っていたが。その結果、少なくない土地を取られ、幾つかの王国は滅ぼされたがよ。だから、おらは言うんがよ。皆で力を合わせるのが、敵をやっつける最善手やちゃ、と」

 神妙な表情で、ラ・ピュセルの話に耳を傾ける王たち。十七歳かそこらの女の話に、大の大人の男が真剣に聞くとは、異例のことであった。

「アルビオネスの島の人々は、皆同じ神様を信仰する仲間やちゃ。今まで対立もあったやろうけど、未曽有の危機に際しては恨みは水に流すのが、文明人に相応しい振舞だと思うちゃ。神様の名の下に、皆で蛮族に立ち向かわんけ?」

「勿論、ポーイス王国の王である俺は、彼女の提唱する聖剣の同盟に加盟し、蛮族をこの島から駆逐するまで戦うことを、神の聖名に誓おう」

 ヴォルティメルは、右手を挙げて誓いの仕草をした。彼に続き、他の王たちも勝利するまで戦い続けることを、神の聖名に誓った。

「皆、堪忍え! おらっちゃらっちゃが一緒に力を合わせれば、百人力。いや、百万人力やちゃ!」

 ぱあっとラ・ピュセルは笑った。彼女は良く笑う女であったが、ここまで屈託のない笑顔を見せたのは、前世で私が彼女の軍に馳せ参じた時以来であったろう。

 驚くべきことだ。あれほど皆に胡散臭がられていた聖剣の同盟が、ここに完全なものになったのである。
彼女にかかる事業を為させたもうた神に栄光あれ!

「そうと決まれば、善は急げである。至急軍を編成し、蛮族討伐に出発しよう。我が父上の弔い合戦だ!」

「おおっ!」

 ヴォルティメルの拳に力が籠り、その覇気に諸王が雄叫びで応える。自身の父親の無念を晴らしたい。私も異世界における父親を蛮族に殺された身だ。その気持ちは痛いほど分かる。分かるが……。

「上王よ、お待ちください。未だ敵の擁する怪物の詳細が分からぬ状況。この状況で戦を仕掛けるのは、あまりにも軽率です。敵の情報を集めてからでも決して遅くはありません。どうか、お考え直しを」

 情報を集めるのは戦の基本だが、それを怠って功に焦って酷い目に遭った武将は、前世にもたくさんいた。私は、ヴォルティメル王に彼らと同じ轍を踏んで欲しくなかったし、合理的に考えても拙速に戦端を開くのは勝率を上げることには繋がらないように思えた。我々には準備が足りなさすぎる。

「余も婿殿に同意だ」

 と、列席していた我が義理の父親であるケルヌビア王ジュディカエルは言った。

「勝利の女神は慎重なる者を愛す、という古の格言もある。勇敢であるのは美徳だが、それだけで勝てるほど戦というものは甘くない」

「異教徒の格言など知るか」

 とヴォルティメルは吐き捨てた。

「古の格言で言うなら、兵は神速を貴ぶ、という言葉もある。聞けば、件の怪物はまだ生まれたばかりだそうじゃないか。生まれたばかりの子供ならば、我々にも勝機があろう。悠長に情報を集めている間に敵が成長してしまえば、勝機は薄れる。今必要なのは電光石火の電撃作戦なのだ」

 皆もそう思うだろう? とヴォルティメルは諸王たちに尋ねた。

「余も上王に賛同する」

「一日も早く蛮族から島を解放すべきだ」

「父の弔い合戦こそ、子たる者の美徳よな」

 ケルヌビア王ジュディカエルとヴェネドティア王たる私以外のアルビオネスの島の王たち全員が、ヴォルティメルに賛意を示した。先王の弔い合戦だ、解放戦争だ、と息巻いている者がほとんどだ。
 万事休す。最早、説得は不可能である。私は悟った。

「勿論、この決定にはヴェネドティア王であるそなたにも従ってもらうぞ、アルチュス殿。三週間以内に軍を招集し、ウィコロニウムに馳せ参ずるのだ」

「……分かりました」

 破滅的な敗北にならぬことを、軍事聖者たちに祈るばかりである。サン=ジョルジュよ、サン=マルタンよ、サン=セバスティアンよ、どうか我らを守り給え!

「おらっちゃらっちゃが戦うから、神様は勝利を下さるがやちゃ! ハレルヤ!」

 ラ・ピュセルのその言葉で、その場は締めくくられたのであった。





 会議場であったウィコロニウムの公会堂を出ようとすると、出入り口の階段にラ・イールが腰掛けていた。
 彼女(?)は浮かない顔をしていた。物憂げな顔で、剝がれかけの石畳をじっと見つめていた。さっぱりした気質でいつでも陽気な彼女が落ち込んでいるのを見るのは、私は初めてであった。

「ラ・イール、どうした? 暗い顔をして」

「御大将」

 錆びたねじを回すかのように、ラ・イールは首を回して私の顔を見上げた。

「何でもねえよ」

「何でもないということはないだろう。私の説教すら堪える様子のないお前が、憂鬱な気分になるなど、相当の何かがあったという証拠だ。話してみたまえ。出来る範囲で、問題の解決に協力しよう」

「……はぁ」

 ラ・イールはため息をついた。熱のこもっていない、虚ろで冷たいため息だった。

「もしも、だ。もしもの話だがよ……。もし、誰かが御大将を裏切ったら、御大将はどうする?」

「私はその者を許さないだろう」

「だよな」

 あはは……とラ・イールは力なく笑う。

「そんなことがどうしたというのだ?」

「いや、何でもねえよ。心配すんな」

 と言って、ラ・イールは立ち上がると、どこかへと歩き去っていった。
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