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妊娠できないかもしれないのーー。
しおりを挟む"お前なんかと婚約してやったんだから、有り難く思え"
婚約者であるラトス・カイゼルとその家族は私にそう伝えた。まるで私を使用人のように扱い、自分たちがいかに特別な人間であるかを知らしめようとしたのだ。私が婚約者としてカイゼル家にきた初日からそうだった。
私の名前はレティ・ノノルドといい、裕福な商人の一人娘で17歳だ。一方のラトスはコーデリア国の貴族の息子。22歳。どうも、ラトスは自分の身分に誇りを持ちすぎているようで、、、。
「そんな貧乏くさいものを食えるか。さっさと捨てておけ。」
私がラトスのためにと作った料理は彼の"高貴な"口には合わなかったようだ。せっかくの料理はゴミ箱行きになってしまった。
(ああ、もううんざりだーー。)
私はため息をつきながら、カイゼル家の家計簿をつけていた。婚約者として扱わないくせに、仕事だけは押し付けてくる。
ただお金の管理を任されているのは良いことだろうか。商人の娘として育てられてきたので、お金の動きには敏い私だ。
カイゼル家の財政状況を見ていると、この後カイゼル家がどうなっていくのか、簡単に予想することができる。
(ふふ。)
私は口を抑えて笑った。一人で笑うなんて不気味かもしれないけど、つい笑いを抑えられなかった。
◇◇◇
「あの、ラトス。話があるんだけど。」
私は夜遅くに帰ってきたラトスに声をかけた。"貴族"のラトスは庶民である私と愛を育む気はないらしい。月に数回、義務だからと言わんばかりのしかめっ面で私を抱くだけ。後は外で愛人を作り好き勝手に遊んでいる。
「私を呼び捨てするな。」
ラトスは、目を細めて私に言った。ああ、ほんとに嫌な奴。いつまでも偉そうにしてられると思ったら大間違いだから。
「もしかしたら私、妊娠できないかもしれないの。」
私がそう言うと、ラトスは大喜びだった。
「は!!よく役目を果たせないお前が、今まで俺の婚約者でいれたな!!」
意気揚々と私を罵倒する。本当に、なさけない人だ。私がなぜ"妊娠できない"と言っているのか、その訳を聞こうともしない。
「そんなに言うなら婚約破棄しようか?」
「当然だ!!さっさと荷物をまとめて出ていけ!!」
ばかめ。最初からそうするつもりだよ。
「せいぜい、これから痛い目を見るといいわ。」
私はラトスを睨みつけて、そう言い放った。カイゼル家の玄関にはノノルド家のボディーガードであるリュウが待っている。
「だいじょうぶですか?お嬢様。」
心配そうに尋ねるリュウに向かって、私は肩をすくめてみせた。
「だいじょうぶよお。もう、本当に時間の無駄だったわ。婚約なんてもうこりごり。」
私は大きく伸びをした。さぁ、こんなところさっさとおさらばしましょ!
◇◇◇
「ラトス!!ノノルド家のお嬢さんと婚約破棄したというのは本当か?!」
ラトスの父でカイゼル家の当主であるサクスはラトスに問い詰めた。
「ああ。ようやく追い出せて、父上だって嬉しいだろ?カイゼル家の血筋にあんな成金が加わるなんて、俺は許せないね。」
「馬鹿者!!」
サクスはラトスを怒鳴りつけた。
「ノノルド家に、どれだけ財政援助をしてもらっていると思っておるのだ!!彼らの支援がなければ、借金を返せず、私達はこの家に住みつづけることすらできないのだぞ!!」
サクスの言葉どおり、カイゼル家の玄関には大勢の借金取りが詰めかけていた。レティを無下に扱ったあげく家から追い出したラトスに、レティの父は激怒していた。
婚約に際して援助したお金だけでなく、これまでノノルド家がカイゼル家に援助した全てのお金の返金を要求したのだった。
今までノノルド家のお金で借金を返していたカイゼル家には借金を返す財力は無かった。
「そんなっっ!私達はコーデリア国の貴族です!お金など、いくらでも手に入るはずです!!」
「何をかんちがいしておる!ラトス!!貴族だから、全てが優遇され支援される時代は終わったのだ!!我々とて、金がなければ生きていけんのだ、、、!!」
かつて、コーデリア国の貴族は国民の税金によって何もせずともお金が手に入った。だが、現コーデリア国の国王は重税に苦しむ国民を救うため、贅沢三昧の貴族への支援をやめたのであった。
「そんな、、、!」
だが外の世界を知らない貴族の母にラトスは甘やかされて育った。貴族こそが最も素晴らしい存在だと信じて疑わなかったのだ。
結局、レティと婚約破棄してそう時間が経たないうちに、カイゼル家は一家で夜逃げした。もちろん、借金取りがそう簡単に鈍臭いカイゼル一家を見逃すはずはない。早々に借金取りに見つかって、今はどこかの船の上で奴隷のように働かされていると聞く。
◇◇◇
「こうなるって思ってたわ。」
私はコーデリア国の新聞でカイゼル家没落の記事を眺めて呟いた。私が妊娠できない、といったのは別に私になにか病気があるからじゃない。
"カイゼル家が貧乏すぎて、このままだと産まれる子供の将来が心配だから"妊娠できないと言ったのだ。
「レティ様。準備はできましたか?」
ボディガードのリュウが声をかけてきた。
「すぐ行くわ。」
もう私はしばらく誰とも婚約するつもりはない。特に貴族の男なんて、誰も彼もプライドばっかり高くて、まっぴらごめんだわ。
お父さんは爵位が欲しいから、私に貴族の男と結婚してほしいみたい。でも今の時代、爵位なんてなんにも訳に立たないわよ。
「私は父を超える商人になってみせるわ。」
リュウは私からカバンを受け取るとにっこりと微笑んだ。
「お嬢様なら、きっとできますよ。」
◇◇◇
10年後。私はコーデリア国一の宝石商人として、国内のみならず大陸中で商売をしている。もう27歳になるけど結婚はしていない。あれほどうるさく結婚しろと言っていたお父様も、そろそろ諦めたみたい。
「さぁ、次の商談に行くわよ!リュウ!」
「準備はできておりますよ。お嬢様。」
相変わらず、ボディガードにはリュウがついてくれている。そういえば来月、リュウの40歳の誕生日だ。
「ねえ、リュウ?何か誕生日に欲しい物はある?いつも助けてもらってるから、何でも言って?」
リュウは少し考えた後、にっこりと笑って言った。
「そうですねぇ。それでは一ついただきたいものがあるのですが、よろしいですか?」
「なんでもあげるわ!」
私は胸を張る。今や私は、この国で一番お金持ちの女性と言っても過言ではない。ずっと尽くしてくれているボディガードにあげられないものなどないはずだ。
「それでは、、、。」
リュウはいたずらっぽく笑うと、私のことを正面から見つめた。
「お嬢様の夫という地位を頂きたいと思うのですが?」
「え、えーーーー!!!!」
◇◇◇
聞けば、リュウは私のことを10年以上前から慕ってくれていたらしい。最初は恥ずかしくて抵抗していた私だったが、結局リュウには適わなかった。私のことを知り尽くしたリュウにかかれば、私を恋に落とすなんて簡単なことだったのだ。
「お嬢様は、本当に可愛いですね♪」
「う、う、うるさい!!」
「大好きですよ、レティ。」
「わ、、私も、、、、。」
一途なボディガードと結婚し、仕事にひた走っていた私は幸せになれたのでした。
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