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◆毒草の王太子◆
2
そして、ローザは人差し指に巻かれた真っ赤な糸を眺める。
右手は第二婚約者のチェリオに。
そして心臓に近い左手は、第一婚約者であるエドアルドに。
「その赤い糸は戒めだ。君はそれを外されるまでは一切、オナニーしてはいけない。ローザ。――いい子だ、守れるね?」
愛を告げるかのような甘い声。
思い起こすだけで背筋が快感でぞくぞくする。
これは償いだ。
自分が断罪され国外追放になるとしても、あの言葉は守らなくてはいけない。
ローザはあの日からずっと、自慰行為を我慢していた。奥からこぼれてくる温かな液に太股を擦りあわせることはあっても、自分の弱いところにも触れずに耐え続けていた。
うかつに触れそうになっては戒めの糸が目に入り、慌てて手を離す。
そうやって我慢していた。
聖職者のように。
カルミネ・カモミールの姿はあの日から見ていない。
しかし、実家に帰っているだけで怪我などはしていないとエドアルドは言っていた。土の曜日までは処分しないと。
そのことは信じても良かった。
あとは明日だ――。
「その糸は、なんだ?」
耳元で囁かれて、跳ね上がる。
ローザの椅子が大きな音をたてて倒れた。
なんということだろう。ぼんやりしている間に授業は終わり、ほとんどの生徒は教室から消えている。
残っていた数人も、ローザの真後ろに立っていた男を見ると、あわてて鞄を抱え込んで逃げ出していった。
ローザはひっそりと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「……モーンさま」
エキゾチックな褐色の肌の男が、にやにやと笑っている。
海のような瞳、ゆるゆるとカールした長い黒髪は金色の房がところどころに混ざっていて、軽く三つ編みにされている。左耳には大きめの飾りを付けていた。
チェリオに似た軽さだが、彼よりも細身の体躯は飄々とした動作で威圧感は無い。
ファウスト・モーン。
南方の他国の王太子で、この王立学園に留学中だ。
その色香のあふれる声、整った顔立ちに長いまつげが縁取った憂いのある双眸。長い手足。芥子の家名の通りに、麻薬のように魅力的だ。
優しくて、親切で、冗談がうまく、怒ったところを見たことが無いと人気が高い。
ローザもまた、その吸引力にくらくらする。エドアルドという素晴らしい婚約者がいなかったら、好きになってしまったかもしれない。――前世で、このゲームさえしていなければ。
彼はクズだ。
中身は病んでいて、ゲームではバッドエンドしかない。
ヒロインであるリリィを母国に連れ帰り、城にある大きな鳥籠で飼うのが正エンドで、ほかのエンディングも、リリィを麻薬漬けにして背中に所有の印のタトゥを彫ったり、自分勝手な言い分で刺したりと、ロクな展開がない。
従兄であるヴィクトル先輩の時にも思ったことだ。
どの属性であっても、「キャラでは好きだけど、現実にいたらイヤ」か「創作でもリアルでも好み」のどちらかが圧倒的な多数だろう。むしろ、現実イヤ派が優勢かもしれない。
ファウスト・モーンは前者だ。
液晶越しなら萌えられるけれど、現実では近寄ってはいけない危険な相手。
リリィに絶対に近づけたくなかったのが、この異国の王太子だ。
十四歳の入学試験の時に、中庭で彼女に会わせたくなかったのが彼だった。それからローザはずっと、ファウストとリリィのフラグを片っ端から折り続けている。
その結果。
なぜか彼が懐いてしまったのは自分だった。
彼は自分の紅薔薇色の巻き毛をひとふさ取って、口付ける。
「その赤い糸は、なんだ?」
人を従わせることに慣れた声。
抵抗するためにはいつも、ありったけの気力をかき集めないとならない。のどが渇く。
「……こ、れは……」
「僕の婚約者に、近付かないでくれるかな?」
光が射したようだ。
エドアルドが割って入ってくれた。
「この国では、婚約中の女性に他の男が近付くのは、はしたないこととされている。僕は何度も君に忠告しているはずだけど?」
王子は振り返ると、いつも通りの笑顔をローザに向ける。
「迎えに来たよ。約束通り城に行こう」
今から? 明日ではなく、今日? 一瞬混乱したローザだったが、すぐに気付いた。
婚約破棄をするには、手続きが必要だ。
そして明日に断罪されて、鞭を打たれて、国外追放されるのだろう。婚約中にも関わらず、他の男を近付けてしまったのだから。
ならばせめて最後は誇り高くいよう。
愛するエドアルドやチェリオの中に、そして巻き込んでしまったカルミネの心に、みっともない姿は残さないでいよう。
ローザは背筋を伸ばして、微笑んだ。
「ありがとうございます、エドアルドさま」
右手は第二婚約者のチェリオに。
そして心臓に近い左手は、第一婚約者であるエドアルドに。
「その赤い糸は戒めだ。君はそれを外されるまでは一切、オナニーしてはいけない。ローザ。――いい子だ、守れるね?」
愛を告げるかのような甘い声。
思い起こすだけで背筋が快感でぞくぞくする。
これは償いだ。
自分が断罪され国外追放になるとしても、あの言葉は守らなくてはいけない。
ローザはあの日からずっと、自慰行為を我慢していた。奥からこぼれてくる温かな液に太股を擦りあわせることはあっても、自分の弱いところにも触れずに耐え続けていた。
うかつに触れそうになっては戒めの糸が目に入り、慌てて手を離す。
そうやって我慢していた。
聖職者のように。
カルミネ・カモミールの姿はあの日から見ていない。
しかし、実家に帰っているだけで怪我などはしていないとエドアルドは言っていた。土の曜日までは処分しないと。
そのことは信じても良かった。
あとは明日だ――。
「その糸は、なんだ?」
耳元で囁かれて、跳ね上がる。
ローザの椅子が大きな音をたてて倒れた。
なんということだろう。ぼんやりしている間に授業は終わり、ほとんどの生徒は教室から消えている。
残っていた数人も、ローザの真後ろに立っていた男を見ると、あわてて鞄を抱え込んで逃げ出していった。
ローザはひっそりと深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「……モーンさま」
エキゾチックな褐色の肌の男が、にやにやと笑っている。
海のような瞳、ゆるゆるとカールした長い黒髪は金色の房がところどころに混ざっていて、軽く三つ編みにされている。左耳には大きめの飾りを付けていた。
チェリオに似た軽さだが、彼よりも細身の体躯は飄々とした動作で威圧感は無い。
ファウスト・モーン。
南方の他国の王太子で、この王立学園に留学中だ。
その色香のあふれる声、整った顔立ちに長いまつげが縁取った憂いのある双眸。長い手足。芥子の家名の通りに、麻薬のように魅力的だ。
優しくて、親切で、冗談がうまく、怒ったところを見たことが無いと人気が高い。
ローザもまた、その吸引力にくらくらする。エドアルドという素晴らしい婚約者がいなかったら、好きになってしまったかもしれない。――前世で、このゲームさえしていなければ。
彼はクズだ。
中身は病んでいて、ゲームではバッドエンドしかない。
ヒロインであるリリィを母国に連れ帰り、城にある大きな鳥籠で飼うのが正エンドで、ほかのエンディングも、リリィを麻薬漬けにして背中に所有の印のタトゥを彫ったり、自分勝手な言い分で刺したりと、ロクな展開がない。
従兄であるヴィクトル先輩の時にも思ったことだ。
どの属性であっても、「キャラでは好きだけど、現実にいたらイヤ」か「創作でもリアルでも好み」のどちらかが圧倒的な多数だろう。むしろ、現実イヤ派が優勢かもしれない。
ファウスト・モーンは前者だ。
液晶越しなら萌えられるけれど、現実では近寄ってはいけない危険な相手。
リリィに絶対に近づけたくなかったのが、この異国の王太子だ。
十四歳の入学試験の時に、中庭で彼女に会わせたくなかったのが彼だった。それからローザはずっと、ファウストとリリィのフラグを片っ端から折り続けている。
その結果。
なぜか彼が懐いてしまったのは自分だった。
彼は自分の紅薔薇色の巻き毛をひとふさ取って、口付ける。
「その赤い糸は、なんだ?」
人を従わせることに慣れた声。
抵抗するためにはいつも、ありったけの気力をかき集めないとならない。のどが渇く。
「……こ、れは……」
「僕の婚約者に、近付かないでくれるかな?」
光が射したようだ。
エドアルドが割って入ってくれた。
「この国では、婚約中の女性に他の男が近付くのは、はしたないこととされている。僕は何度も君に忠告しているはずだけど?」
王子は振り返ると、いつも通りの笑顔をローザに向ける。
「迎えに来たよ。約束通り城に行こう」
今から? 明日ではなく、今日? 一瞬混乱したローザだったが、すぐに気付いた。
婚約破棄をするには、手続きが必要だ。
そして明日に断罪されて、鞭を打たれて、国外追放されるのだろう。婚約中にも関わらず、他の男を近付けてしまったのだから。
ならばせめて最後は誇り高くいよう。
愛するエドアルドやチェリオの中に、そして巻き込んでしまったカルミネの心に、みっともない姿は残さないでいよう。
ローザは背筋を伸ばして、微笑んだ。
「ありがとうございます、エドアルドさま」
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