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◆菫《すみれ》の少年◆
1
朝食の席に出現したニコを見て、ローザは目を見開いた。ゲームでも学園の中で、義弟のロジィと仲良くセットになって登場してくるが、まさか朝から一緒にいるとは……。
当然ながら、多忙な両親の姿はない。
ローザも侍女が用意した席についた。
パンを手に取り、彼らに振られた話題に返しながら、考え事に沈んでいく。
なぜだろう。
ニコとロジィを目にして胸がざわついたのは……。
数日前の婚約式で、ニコに求婚されたから?
いや、もっと最近に彼の声を――ぼんやりとした夢の中で――。
「ミズローザ」
シャボンがはじけるように、思考が霧散した。正面に座ったニコが、食後の珈琲を置いてこちらに身を乗り出す。
「ぼくの求婚は、あなたにとって唐突だったようですね。ぼくは、ずっとミズローザを好きだったのに……。ぼくでは、あなたのお眼鏡にかないませんか?」
簡単な朝食を終えたローザは、口をナフキンで拭いて彼を見つめ返した。
「……あなたの有能さは認めてますのよ、ニコ。前年の予算、日程、人員の動きまで、必要なデータをまとめようと思ったときには、すでに資料が用意されていますもの」
「ぼくはただ、これが必要かな? と、思ったものを資料室から持ち出しているだけですよ。あれだけたくさんあるファイルの中から必要なデータを取捨選択するミズローザの能力を、ぼくは尊敬しています」
ニコは照れたように頬を染めて微笑む。
「それに……。あなたのセンスはとても好みです。先日のドレスもとても素敵でした。ほかの婚約者のみなさんの服も、ミズローザが見立てたんですよね? シャツやタイにさりげなく薔薇の織りが入っていて、色は違うのに統一感が出ていました」
「よく気が付いたわね、さすがですわね」
指摘されたのは初めてだった。
「でも、ぼくを異性としては見られませんか?」
愛らしい少年――だと思っていたけれど、その顔立ちは青年になりつつある。身長だって義弟と同じようにもうじき自分を抜くだろう。ときおり年齢に似つかわしくない成熟した男の目つきになることはローザも気付いていた。
戸惑うローザをそれ以上は追いつめることなく、ニコは小首をかしげる。
「では。ミズローザ、つながりのメリットは? こちらの商売が海運のルートが弱いことは、ロジィから聞いて分かっていますよ」
「そうだよ姉上。ニコを婚約者にしてくれたらこの公爵家がさらに発展する。むしろニコだけでいいよ」
さすがに苦笑する。
「そういうわけにはいかないわ。殿下にはあれほど突っかかっているのに、ロジィはニコならいいの?」
そっくりの顔をした少年たちは、少し困ったように顔を見合わせる。
先にこちらに向き直ったのはニコだった。
「ぼくは、四番目で構いませんよ。ほかの皆と同じだけの権利がいただけるのでしたら。それに、人気者のミズローザを専有なんてしたらみんなに恨まれてしまいそうです。……それは、ぼくの役目ではないですね」
ニコが黒い笑みを見せる。
彼はそつなく立ち回る。それが田舎の領地から出てきた彼の処世術であることをローザは知っていた。
学園に入学したばかりの頃を思えば、ずいぶん強くたくましくなったものだ。無茶な希望を押しつけてくる各部の代表や、業者との交渉なども、愛らしい笑顔のままうまくこちらの要望を通していく。ついつい気弱に流されてしまうローザが、今までどれだけ助けられてきたか……。
「ぼくは……」
ロジィは困った顔をした。
「姉上は結婚しなくてもいい。ずっと独身でも、ぼくが面倒を見るから……」
ちいさな頃に、似たようなことを言っていた。
「困らせないで。わたくしはみんなに愛されて、とても幸せなのですわ。それに王家との婚姻を一方的に断ち切るなんて、出来ないのは分かっているでしょう?」
「……うん」
「わたくしはずっと、あなたの姉よ」
「……それじゃ厭なんだ」
小さな呟きが聞き違いかと思うほどに、ロジィは勢いよく顔をあげて、愛らしく笑った。
「わかってるよ、ローザ。殿下との婚約は解消できない、普通はね。それに殿下はずいぶんとローザに執着しているし。さあ、寮に向かうんでしょう? 一緒の馬車に乗ろう」
立ち上がる。
「え、ええ」
そういえばむかし、一時期だけ名前で呼んできていた。いつのまにか「姉上」に戻っていたが……。
「ロジィ?」
「三年生は午後から授業でしょう?」
「ええ」
いつもと変わらない笑顔を見て、かすかな疑念に蓋をする。
彼も成長期だ。姉のことが鬱陶しく思えてもしかたない。少しだけ寂しさと不安がわき起こったが、ローザはうなずいて席を立った。
◆ ◆ ◆
当然ながら、多忙な両親の姿はない。
ローザも侍女が用意した席についた。
パンを手に取り、彼らに振られた話題に返しながら、考え事に沈んでいく。
なぜだろう。
ニコとロジィを目にして胸がざわついたのは……。
数日前の婚約式で、ニコに求婚されたから?
いや、もっと最近に彼の声を――ぼんやりとした夢の中で――。
「ミズローザ」
シャボンがはじけるように、思考が霧散した。正面に座ったニコが、食後の珈琲を置いてこちらに身を乗り出す。
「ぼくの求婚は、あなたにとって唐突だったようですね。ぼくは、ずっとミズローザを好きだったのに……。ぼくでは、あなたのお眼鏡にかないませんか?」
簡単な朝食を終えたローザは、口をナフキンで拭いて彼を見つめ返した。
「……あなたの有能さは認めてますのよ、ニコ。前年の予算、日程、人員の動きまで、必要なデータをまとめようと思ったときには、すでに資料が用意されていますもの」
「ぼくはただ、これが必要かな? と、思ったものを資料室から持ち出しているだけですよ。あれだけたくさんあるファイルの中から必要なデータを取捨選択するミズローザの能力を、ぼくは尊敬しています」
ニコは照れたように頬を染めて微笑む。
「それに……。あなたのセンスはとても好みです。先日のドレスもとても素敵でした。ほかの婚約者のみなさんの服も、ミズローザが見立てたんですよね? シャツやタイにさりげなく薔薇の織りが入っていて、色は違うのに統一感が出ていました」
「よく気が付いたわね、さすがですわね」
指摘されたのは初めてだった。
「でも、ぼくを異性としては見られませんか?」
愛らしい少年――だと思っていたけれど、その顔立ちは青年になりつつある。身長だって義弟と同じようにもうじき自分を抜くだろう。ときおり年齢に似つかわしくない成熟した男の目つきになることはローザも気付いていた。
戸惑うローザをそれ以上は追いつめることなく、ニコは小首をかしげる。
「では。ミズローザ、つながりのメリットは? こちらの商売が海運のルートが弱いことは、ロジィから聞いて分かっていますよ」
「そうだよ姉上。ニコを婚約者にしてくれたらこの公爵家がさらに発展する。むしろニコだけでいいよ」
さすがに苦笑する。
「そういうわけにはいかないわ。殿下にはあれほど突っかかっているのに、ロジィはニコならいいの?」
そっくりの顔をした少年たちは、少し困ったように顔を見合わせる。
先にこちらに向き直ったのはニコだった。
「ぼくは、四番目で構いませんよ。ほかの皆と同じだけの権利がいただけるのでしたら。それに、人気者のミズローザを専有なんてしたらみんなに恨まれてしまいそうです。……それは、ぼくの役目ではないですね」
ニコが黒い笑みを見せる。
彼はそつなく立ち回る。それが田舎の領地から出てきた彼の処世術であることをローザは知っていた。
学園に入学したばかりの頃を思えば、ずいぶん強くたくましくなったものだ。無茶な希望を押しつけてくる各部の代表や、業者との交渉なども、愛らしい笑顔のままうまくこちらの要望を通していく。ついつい気弱に流されてしまうローザが、今までどれだけ助けられてきたか……。
「ぼくは……」
ロジィは困った顔をした。
「姉上は結婚しなくてもいい。ずっと独身でも、ぼくが面倒を見るから……」
ちいさな頃に、似たようなことを言っていた。
「困らせないで。わたくしはみんなに愛されて、とても幸せなのですわ。それに王家との婚姻を一方的に断ち切るなんて、出来ないのは分かっているでしょう?」
「……うん」
「わたくしはずっと、あなたの姉よ」
「……それじゃ厭なんだ」
小さな呟きが聞き違いかと思うほどに、ロジィは勢いよく顔をあげて、愛らしく笑った。
「わかってるよ、ローザ。殿下との婚約は解消できない、普通はね。それに殿下はずいぶんとローザに執着しているし。さあ、寮に向かうんでしょう? 一緒の馬車に乗ろう」
立ち上がる。
「え、ええ」
そういえばむかし、一時期だけ名前で呼んできていた。いつのまにか「姉上」に戻っていたが……。
「ロジィ?」
「三年生は午後から授業でしょう?」
「ええ」
いつもと変わらない笑顔を見て、かすかな疑念に蓋をする。
彼も成長期だ。姉のことが鬱陶しく思えてもしかたない。少しだけ寂しさと不安がわき起こったが、ローザはうなずいて席を立った。
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