私の作った料理を食べているのに、浮気するなんてずいぶん度胸がおありなのね。さあ、何が入っているでしょう?

kieiku

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私の作った料理を食べているのに、浮気するなんてずいぶん度胸がおありなのね。さあ、何が入っているでしょう?

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「そういえば」

 にこやかに。
 聖母のごとく微笑みながら、妻が切り出した。

「今日、うちにロザリーさんがいらっしゃいましたの」
「ぶっ!」

 相槌も面倒がってひたすら肉を食い、ワインを飲んでいた夫は、そのままそれを吐き出した。
 白いテーブルクロスに赤いシミが広がっていく。

「あらあら、まあまあ。お金を節約するよう言われていますのに、これではシミが残ってしまいますわね」
「な、な」

「ロザリーさんは、私こそがあなたの愛する人なのだから、古い女は早く離婚しろ、と言っておりましたわ」
「そっ……それは、ひどい輩がきたな。きっとそう言って金を騙し取る常套手段だ」
「そうかしら?」
「ああ、そうとも。仕事柄、俺はそういうやつをよく見るからな。詳しいんだ。そのまま放っておいて構わない」

「そうなのですね。旦那様の言葉には説得力がありますわ。なんといっても、普段は単語でしかお話にならない旦那様のお言葉ですもの」

 夫はじりじりと背中に汗を感じた。
 あてつけのようだ。わかって言っているのだろうか?
 いや、そうだとしてもしらを切り通そうと思った。

 ロザリーとはたしかにねんごろになってしまったが、夫は妻と別れる気はない。そんな、面倒なことをしたくはない。
 今のままなら好きなときに家に帰れば、美味い飯が用意され、行き届いた世話を受けることができるのだから。
 それに二人の子供の父親であるという立場も、夫に自信を与えている。ろくに遊んでやりもしない子どもたちだが。

「それじゃあ早速、明日にでも通報しますね。一代限りの棋士爵とはいえ、爵位持ちの我が家を平民が騙そうとしたのですから」
「そっ! そこまですることは」
「いいえ、大事なことですわ、旦那様」
「いや……っ」

 たらりと汗が伝い落ちる。

 妻をどのように説得すればいいのか。放っておいてはロザリーが、体を重ねてわずかなりと情のある女が、牢に叩き込まれてしまう。
 それに、それにだ。裁判ともなればロザリーは、必ず自分と関係があったことを言うだろう。
 つまり夫の不貞は、より大きく世間に知らしめられてしまうのだ。

「す、すまない。ロザリーとは少し、少しだけだが、関係がある。彼女の言葉は嘘とも言いきれないというか……。その、毎日の苦しい訓練の中に、癒やしを求めてしまうのは騎士のさがなのだ。君も騎士の妻なら、わかってくれ」
「わかりませんわ?」
「君だって、俺が身を削った給料で暮らしているじゃないか。そのくらいの理解はしてくれたって、」
「ねえ旦那様、私、旦那さまと結婚して、贅沢をしたことなんて一度もなくてよ?」
「それは……」
「二人の子供を不自由なく育てて、刺繍を売って家計の足しにして、自分で食事も作っております。ええ、まるで平民のように」
「君は、夫の仕事を馬鹿にするのか!」

 激高しても、妻は静かに微笑むばかりだ。

「いいえ。ですが、それならご立派さを私に要求しないで欲しいのですわ。突然帰ってきたら食事は用意されていないものと思ってくださいませ。さんざん付き合いだと言って散財したあげく、浮気をしても尊敬されるなんて思わないでくださいませ」
「話にならん!」

 夫は椅子を蹴倒すように立ち上がった。
 くだらない話をする気はない。自分は疲れているのだ。素晴らしい仕事をしているのだ。妻の愚痴になど付き合っていられるものか。
 肩書の割に給料の安い騎士の妻となったのだから、慎ましく暮らすのが役目だろう。自分の小遣いは付き合いのためだから、これは仕方ない。

「んっ……?」

 しかし夫を立ちくらみが襲った。

「なんだ……?」

 気づけばひどく汗をかいている。
 常に鍛えているはずの自分が。

「ねえ旦那様。私が食事をつくっているというのに、浮気をするなんて、さすが騎士様ですわ。とても度胸がおありなのね」
「え……?」
「私が何か入れてもおかしくないって、思いませんでしたの?」

 さあっと頭の血の気が引いた。
 そのくせ体の熱はどんどん上がっていく。動機がひどい。

「な、なにを……っ、なにを入れたというんだ!」
「あまり興奮しない方がよろしいですわ? 早く回ってしまいますもの」
「……!」

 テーブルの向こうで妻は微笑んでいる。
 聖母のような微笑み。

 言葉を発しようとして夫は、喉がひどく腫れ上がっているように感じた。
 息が苦しい。

「た、たすけ……わるかった、俺が……っ、わるかったから……!」

 妻は微笑んでいる。
 どさりと音を立てて、夫は床に倒れた。

 やはり妻は微笑んでいる。
 夫は絶望した。愛おしいと言いたげに、幸せそうに、倒れた夫を見ている。夫を助ける気はなく、いっそ、これから看取って差し上げようと慈愛の視線を向けているようだ。

 夫の目の前には闇が見えた。ああ、死だ。
 死がそこにあるのだ。体が熱く、鼓動ばかりが聞こえて、ひぃひぃと喉が鳴っている。

「ふふっ」
「こ、こんなことをして……っ、夫殺しなど、君も死刑に……!」
「なりませんわねえ」
「悪いことはいわないっ、か、ら、医者を……」
「だって、唐辛子ですもの」
「はっ?」

 床は夫の汗でべたべたになっている。
 べたべたの中に転がりながら、夫は呆然と妻を見上げる。

「唐辛子をちょっと入れすぎたって、死刑にはならないでしょう?」
「……」
「でも本当に不思議ですね、このフルーツ。これを一緒に食べると、辛さを感じないのですわ。あれだけ唐辛子を擦り込んだのに、あなたったら気づきもしないで。ふふっ」
「とう……がら、し……」

 まだ夫には現実感がない。
 自分はもう死んだような気がしていた。だが息を吸えば、吸えた。ただひたすら汗が出ていて、体が熱く、口の中と喉がヒリヒリしているだけだ。

 妻は微笑んで言う。

「良かったですわねえ、唐辛子で。……今回は」
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