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21 鉄の冷たい感触

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 翌朝になり目が覚めるが、私は何もする気が起きずに布団の中でずっと丸くなっていた。スマホを見るが、誰からも連絡はない。カズ君からの「おはよう」というラインが無いのも寂しい……

 このまま夕方まで布団の中で過ごすのも悪くないかもと思いはしたが、昼前になり私の胃袋が音を出す。身体が生きろと命じている。私はノソノソと布団から這い出てキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けるが、これといって食べたいものがない……

 とりあえず私は炊飯器でご飯を炊き、生卵を乗っけて醤油をかけて食べた。少しお腹は満たされ、私は再び布団の上で横になる。そして、スマホをチェックするが、私の望んでいる通知は何一つとしてない。


 そして、そんなダラダラした生活を私は1週間も過ごした。

 いや、何やってんだよ!と私は心の中で叫びながら、ずっとソワソワしていた。昼間っからゴロゴロして、頭の中でグルグル思考を捏ねくり回す。何だかモヤモヤが消えない……カズ君からは連絡もないし……なんか、一言でも長文でもいいから、ラインでも送ってくれないだろうか?こんな終わり方でいいのか?!そして、刑事はどうなった?!

 すると、久しぶりにインターホンが鳴り、もしかしたらカズ君かも?と期待に胸を膨らませて扉を開ける。しかし、そこには刑事の岩倉と土田が立っていて、ガッカリすると同時に心拍数が一気に跳ね上がる。

「ど、どうも」

 と、私が言うと、岩倉は「お久しぶりです」と頭を下げた。

「色々と、あなたの事を調べたんですよ」

 岩倉はそう言いながらメモ帳を取り出し、どこにメモしたかな?と文字を探す。すると横にいる土田がスマホをポケットから出して、トントンとタップして口を開く。

「単刀直入に言いますね。桃野さん、あなた、ダークウェブで殺し屋のサイトに登録してますよね?」

 私は驚き、目を見開く。

「あ、え?いや……」

 動揺で言葉が上手く出ない。

「あぁ、あったぞ」と、岩倉はようやく目的のメモに辿り着く。

「事故死した仏さん達の人間関係を調べて、その人が死んで特をする人物を探したんだ。そしたら、その中の一人が白状したよ。殺し屋に頼んで殺してもらったって」

 岩倉がそう言い終わると、次に土田が言葉を発する。

「それが、桃野さん。あなたです。あなたはターゲットが死んだあとに、依頼者からお金を受け取っている。それがあなたのメリットだ」

 確かにそうだ。だけど、私は殺していない。

「だから何ですか?私は殺していません。お金は受け取りましたが……それが何か罪になるのですか?」

「何かしらの罪に問われるでしょうね」

 土田はそう言い、「まぁ」と続ける。「殺人罪になるのが、我々の望みですが」

「って事で、詳しい事は署で聞かせてもらおうか」

 そう言った岩倉は、手錠を取り出して私の両手首にそれをかけた。鉄の冷たい感触に、身体が一瞬だけ震える。

 私はこのままどうなってしまうのだろう?逃げるか?いや、逃亡すれば罪が重くなりそうだ……だったら、このまま大人しく……

 そうだよ。これが私にお似合いの最後だ。罪を償って……そのあとは誰とも関わらずにひっそりと生きればいい……

 私は刑事に引っ張られて、パトカーの後部座席に乗せられた。そして、車が発進しようとした時に声が聞こえてくる。一週間前まではよく聞いていた声。カズ君だ。

 カズ君の存在に刑事は気付いたが、そのまま車を発進させる。カズ君は自転車でパトカーを追いかけ、車内にいる私達に聞こえるような大きな声で叫んだ。

「待って!止まって!お願い!モモちゃんに、言いたいことがあるんだ!」

「あの……」と私が助手席に座る岩倉に訴えるが、岩倉は無言で前を見ていた。私の両サイドには、土田と制服を着た警察官がいて、私の腕を掴んでいる。運転しているのも恐らく下っ端の警察官だろう。

「モモちゃん!あの時、何も言えなくてごめん!!」

 声がどんどん遠くなる。しかし、カズ君は私に聞こえるように叫び続けた。私は後ろを振り向きカズ君の声を見逃すまいと耳を向けた。だが、警察官が「こら!動くな!」と前を向かせる。

「あの時驚いた!驚いたけど、やっぱり僕は、モモちゃんが好きだ!」

 その告白がハッキリと私に聞こえた。そして、カズ君は私に想いを伝えたくて、何度も何度も叫ぶ。

「モモちゃんの事が、好きだ!好きだ!!好きだ!!!好きだーーー!!」

 いや、ちょっと待って!そんなに告白したら……

 告白の直後、岩倉は「なんだありゃ?」とバックミラーを見て呟いた。そりゃ、そんな反応をするだろう。何故なら、カズ君の後ろから暴走したトラックが迫ってきていたのだ。いや、きっとそれだけじゃない。まだ他に何かが起きるような気がする。

 その直感を頼りに、私は土田と警察官の腕を振り払い、前の座席と後部座席との間の隙間にしゃがんで入り込んだ。土田は、「何してる?!」と私に怒鳴りつける。だが、運転している警察官が、それどころではない様子で叫んだ。

「危ない……!!」

 その瞬間、パトカーに衝撃が走り、私は頭を手で守り丸くなったのであった。
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